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2026年 宇城道塾 春季合同合宿が開催されました

  • 7 時間前
  • 読了時間: 92分

2026年3月7日、8日の2日間にわたり、静岡県修善寺にて宇城道塾合同合宿が行なわれました。

全国各地から道塾で学ぶ仲間が集いました。


2日間寝食を共にするという途切れない時間の中で参加者は、宇城塾長のものの見方や考え方に学び、自分のあり方を見つめ直していきました。

さらに、塾長が創り出す5次元6次元の時空の中で自身に眠る潜在力を引き出され、通常ではあり得ないことが「できる」を体験。「できる自分」と「できない自分」が同時に存在する事実に直面し、自分自身の課題に気づいていきました。



iPadで、資料(画像・音声)を使っての講義




提示された課題に、全員がじっくりと向き合えるのも、合宿ならでは

(写真は先頭の人が差し出した手の甲に触れるだけで、列を動かす実践)






●人間のエネルギー


人間は本来、知識を詰め込んだり、筋力を鍛えなくても、もともと素晴らしい能力が備わっている。

その証明として、塾長は様々な実践を行ないました。



列が支える先頭の拳に指先で触れるだけで・・・・

列は勢いよく崩れていく







椅子に腰かけた塾長の全身をがっちりと固定する

そこに、正面から1人が突きを構える

攻撃が突きを繰り出そうとした瞬間、塾長は全員をゼロ化

押さえていた全員が降り飛ばされ、攻撃も一歩も動けないまま崩れる





●塾長が創り出す5次元、6次元時空の中で


私たちは通常3次元を生きているが、思い込みや我欲で2次元に、さらには1次元にまで落ち込んでしまっていると塾長は言います。

そこで塾長は気によってその場に5次元、6次元を創り出し、通常ではあり得ない実践を体験させます。





1人に対し、5人が掴みかかる実践

通常、5人に捕えられ身動きが取れなくなるが、塾長が時空を変化させると・・・・・

5人はスカをくらい・・・

掴むことが出来ず、逆に倒されてしまう





両足に、それぞれ3人がぶらさがる

通常このままでは足を閉じることはできないが、気を通されると・・・

簡単に足を閉じることができた





仰向けになったところに相手が掴みかかる実践

塾長が創り出す5次元、6次元の中では、身体の向きを変えたり、

指差しをするだけで、相手をさばくことができる





参加者全員が、四つ這いの1人の両腕にぶらさがる

四つ這いの人は身動き一つとれない

塾長が空間を縮めると・・・・

四つ這いの人は全員を引きながらどんどん前進していく






2026年 宇城道塾春季合同合宿 記念写真



塾長が創り出す時空の中で、できない自分を脱ぎ捨てた経験は、参加者に多くのものを残しました。

講義・実践で気づかされたこと、向き合って明らかになった自分自身のこと、湧き上がる思いが感想文に綴られています。

以下に紹介いたします。




参加者の感想



●神奈川 会社員 30代 男性 NS


この度は修善寺の道塾合同合宿でのご指導誠にありがとうございました。

宇城先生に学ぶ全国の道塾生が一堂に会し、二日間に渡っての合宿は普段の道塾では学べない密度の濃い時間であり、一段とエネルギーに溢れるものでした。

合宿はスタートから早速実技へと入り、先生から常識ではあり得ないエネルギーを与えて頂き、魂を売ってしまった私達、奴隷となっている私達を理屈抜きに実証を通して気づかせて頂きました。


奴隷となっている自分をより痛感したのはストッパーとなった6人が胡座で列となり、それを先生に倒されたときです。

先生のエネルギーでゆっくり倒され、あと一歩のところで完全に倒される状態で先生が敢えて止めると、その状態で複数の第三者に上から押さえつけられてもビクともしませんでした。見た目はあと少し力を加えれば完全に倒れる状態ですが何ともありません。

人間にはこのとんでもない力が存在しているのに発揮できていないということは奴隷となっている他ならないと先生が話され、本当にそうだと思いました。

また不思議なのはその倒れかけた状態で第三者に押さえられると逆に楽になるということです。

通常ならば倒れるギリギリのところでキープしている状態なので追い討ちをかけるように力を加えられたら簡単に倒されてしまいます。

しかし先生に投げられると、先生にやられているのに常識ではあり得ない力が生まれています。まさに三次元の世界では絶対に経験できない、全く次元の違う体験です。

私達が常識としている力は本当に小さな小さな世界での話であり、従来の自分は人間が本来持つ潜在力を全く引き出せていない、奴隷となっている自分を理屈抜きに痛感する検証でした。


合宿以降、日常の至る所で「こじつけ」が溢れていることをより感じるようになりました。こじつけや世の中の矛盾は自分も他人に対し平気で行なっていたことに気づかされました。

今の世の中は意識の僅か1%の世界にある理論→理屈→屁理屈→「こじつけ」であり、その小さな微々たる世界で優劣を争っていることを改めて痛感しました。また権力者はその1%の中の0.1%しかないこと。

先生は本来であれば人々を幸せの方向に導かなくてはならないのにそれが逆方向へ向かわせようとするのは能力がないからだと話されました。

先生の大きな視野、高い視点、五次元やさらに上の高次元から見れば全く違う見え方になるのだと思いました。

しかし三次元の1%の世界にいる私達では気付くことができません。

三次元の1%の中にいる自分は権利者の0.1%にいる人間は超エリートで、自分なんかよりはるかに優れた人間であると勝手に自分で優劣を付け、そのように思い込んでいました。

しかしそのことが自ら魂を売ってしまった、奴隷と成り下がっている自分を証明していると感じました。

自身が三次元の対立、競争の次元にいるからこそ三次元の1%の世界では0.1%がすごいように見えます。三次元は競争・対立であり、衝突や優劣の世界を知らず知らずのうちにインプットされていることを感じました。


合宿の二日目に、二人組で一人が四つん這いとなり、もう一人が相手のお腹の部分に手をまわし投げる検証を行いました。

これまで道塾で何度か行なっている検証ではありましたが、先生に投げてみろと言われ相手を投げようとする時、必ず力で投げようとしている自分がいます。

すぐ力でやろうとすることがインプットされている。対立や衝突がインプットされています。

先生から「赤ちゃんを抱くようにやる」と言っていただき、相手を投げることができました。しかしイメージは2、3回行うとすぐに効かなくなってしまうこと。だから型にきっちり嵌めることが大切なのだと。

私達には身体にその調和する力を引き出す回路がありません。

対立・競争がインプットされた力を使う回路しかありません。

身体で出来ないと分かるとすぐ「どうしたら…」と言って頭に行きます。

これを捨てなくてはいけない。

先生が仰っていた「捨てていく」という意味を感じました。


力を使うことがすでにインプットされているのと同じで優劣を付けることもすでにインプットされている私達。

知名度、肩書きで勝手に優劣を決めている自分がいます。その在り方が三次元なのだと。まさに色んなことを省いた短絡的な思考でもあります。

短絡的な思考だからこそ、こじつけにも引っ掛かる。

さらに三次元に不安や怯えが生じると二次元へとなってしまいます。だから私達は三次元でありながら二次元の方向に寄って行ってしまっていることを教えて頂きました。

どんどん自分さえ…となり悲劇のヒロインとなればそれはもう一次元であると。二次元は私達人間をローラーでペシャンコにしたようなもので、だから横から相手を見てもペラペラで気づけない。それは無関心ともつながります。

次元が低いからこそ気づけないし、隣の人を見たくても見えません。それこそ意識の世界でどうこうなる問題ではありません。

合宿を通して先生がいつも仰る「自分さえ…」という自らの心が自分で自分の次元を低くしてしまうことを一段と感じることができました。


だからこそ自分が一つ一つ段階を通じて次元を高めていくことが大切であることを学びました。

三次元であるならばまず二次元に行かないように自分を戒めていかなくてはなりません。そこから三次元を3.1次元、3.2次元にしていく。

それが私達には可能なのだと思います。

なぜなら私達は先生から五次元の世界を体験させて頂いているからです。

今回の合宿では五次元以上の六次元も身体で体験させていただきました。

先生が常に実践事実が先行する「実証先にありき」でその目に見えないエネルギー、時空の存在に気づかせてくださいます。

その実践が先になけれは三次元、五次元を言葉で学んだとしても何の意味もないことを実感しました。言葉や頭で分かったつもりになりますが本当は分かっていないこと。

身体を通してでしかその時空の存在を認識することはできないからだと思います。

身体を通して三次元、五次元の世界を体験させてくださるのは本当に世界で宇城先生しかいないと思います。

対立・競争の三次元の世界とは全く次元の違う五次元のエネルギーに溢れた世界を身体で体感させてもらえます。


五次元の世界では力は要りません。優劣もありません。

先生の「人数が多くなればなるほど楽になる」という次元は当然三次元の考えとは全く異なり、従来の常識とも全く違うものの見方、考え方です。

だからこそ短期、中期、長期で見なくてはならないこと。

短期でやろうとすると目先のことに捉われて、良い格好にもなってしまいます。

長期の絶対的な垂直に泳ぐ方向へ向かう「生かされている」というあり方。

先生は時空を変え、私達に高次元の世界を体験させていただき導いてくださいます。

日常や仕事で力を使わないよう稽古して参ります。力を使っていれば「あ、また力を使っている」と自分に言い聞かせ、力を捨てていくようにしていきます。

「自分さえ…」を戒め、身近なところから寄り添う行動を通して3.1次元、3.2次元に向かえるよう精進して参ります。

この度も貴重な御指導を誠にありがとうございました。




●鹿児島 司書 40代 女性 YK


道塾合宿での二日間のご指導ありがとうございました。五次元,六次元とレベルの高い世界をたくさん見せていただき,また,体験させていただいた二日間でした。


今回の講義では,私たち一人一人が「自分で出来るようになること」を特に強く伝えようとされていると感じました。普段の道塾では,宇城先生の気やエネルギーの力で“出来る”を体験させていただいていますが,合宿では,自分たちだけで検証をする場面もありました。

5人ずつに分かれて4人が列を作り,1人が列を押す検証では,“それぞれ工夫してやってみる”ということだったのですが,自分で,というのを聞いて,できるかな…と不安になりました。

途中で先生から「一人出来るとその列は出来る」とお話があり,最初の方が出来るとその列は全員が出来ていました。私も自分の前の方々が出来ていて,前に出た時に”出来る“という感覚があり,実際に列を押せました。

実際に体験する前は頭で考えていたので,出来るか不安だったのだと思います。

頭では,出来ると思っても出来ないかもしれない,という不安がありますが,身体での出来るという感覚は,疑うところがまったくなく,ただ出来るというものでした。頭と身体の違いを強く感じた検証でした。


もちろん,宇城先生がその出来る空気を作り出してくださっていると思います。

講義の中で,出来る側へ来てほしい,というお話があり,特に印象に残っています。私たち自身で検証を行うというのも,気やエネルギーできっかけを作ってくださっていますが,本来は自分でできることだと伝えていらっしゃるのだと思いました。

その体験や身体の感覚に蓋をして,これまでの常識で生きてしまっているのは,自分自身だと思います。どこかで”先生がいてくださるからできる“と甘えてしまっていました。自分で出来るように変えていく。少しできるとすぐに調子に乗ってしまう癖がありますが,この感覚を普段の生活で活かせるよう変えていきたいです。


自分の内面に意識を向ける検証では,自分の体を指さすことで内側へ意識が向き,ほかの人に抑えられても自由に動くことが出来ました。それだけ,普段は自分の外側に意識がいってしまっている,ということに驚きました。この検証は,自分の意識では何かが変わったということはわかりませんでした。

しかし,実際に自由に動けたので,身体は変わっているということだと思いました。

頭にはわからないことも,身体ではきちんと受け取ることが出来ている。

頭と細胞ではスピードも全く違うと感じました。


呼吸法では,吸うことで取り込み,吐くことで発散するということを実際にやってみました。検証では,掴まれていても呼吸が出来ていれば相手を自由に動かすことが出来ました。この呼吸法を丁寧に行い,身体をつくるということを学びました。どの検証も,普段のできない自分と気の通った出来る自分がまったく違っていて,普段どれだけぼんやり生きているか,気が通るだけでどれだけ変わるかを改めて感じました。


エネルギーを体験する検証では,本当に別次元だと感じました。3人で行った検証で,寝転がって2人に足を引っ張ってもらうと普通は引きずられてしまいますが,背中で床を見るようにすると背中と床がくっついたような感じがして,引きずられなくなりました。起き上がって目線を合わせると相手が小さくなったように目線が高くなり,腕を掴まれても投げることが出来ました。足を引っ張る側に回ってみると,最初は軽く引っ張っていられたのが途中で重くなり,起き上がった人が大きく見えました。腕を掴んでもあっさり投げられてしまいました。同じように二人で行った検証では,何もない状態で目線を合わせ,1人にエネルギーが入るとその人が大きくなったように見えました。驚いたのは,エネルギーを抜いた状態に戻したときです。本当にしゅーっと縮むように小さくなっているように見えて,思わず縮んでいる!と言ってしまいました。


全員で1人を抑え込む検証では,エネルギーが入ると全く抑えられず,逆にエネルギーの流れに吹き飛ばされてしまうように感じました。ほかの人に触れているときはもちろん,触れていないのに体がもっていかれるような感覚に驚きました。吹き飛ばされたり投げられたり,普通であればへとへとになりそうですが,検証中はなんだか楽しく,全員が笑顔でした。エネルギーのある空間は,とても居心地が良いと思いました。


合宿では,全国の塾生の方々とお会いできるので,ほかの地区の道塾や塾生の皆さんのお話が聞ける貴重な機会です。宇城先生や道塾との出会い,普段の生活への還元など,同じように学んでいる方々だからこそ,自分自身を振り返ることもできます。


宇城先生は,迷いや不安は自分で作り出しているとおっしゃっていました。いろいろなことで迷い,決断の遅い私には耳の痛いお話でしたが,今回の合宿で感じたゆるぎない感覚を振り返ると,確かに迷いや不安,心配は頭で作り出した妄想のように感じます。ただ,普段の生活に戻ると,これまでと同じように常識で考え,頭でどうにかしようとする自分が出てきてしまいます。悩むのは自分自身に酔っている,と肝に銘じて頭に振り回されないよう変えていきたいです。


二日間の貴重な学びの機会をくださりありがとうございました。今後もご指導をよろしくお願いいたします。






●東京 会社役員 60代 男性 TK


今回の合宿では、冒頭から理論や理屈ではない、実証の世界をとことん体験するという事で、先生からの理屈抜きのエネルギーを何度も体感させて頂きました。エネルギーによって最初は出来なかった検証が段々と出来ていくという中で、合宿全体の雰囲気も次第に変わっていきました。自分自身がエネルギーに満たされる事でこんなに変化するという事を何度も繰り返して体感する事が出来ました。


合宿後に先生から自分達塾生は合宿に参加した後に変化していない。行動に現れていない。合宿に参加して喜んでいるだけでは、ちまたの仲良しクラブやオタクの集まりと一緒だと、厳しいご指摘をして頂きました。


変わらない、成長しない事は今までも何度も厳しく諭されているのに、合宿でこんなに物凄い体験をしてエネルギーに満たされたら、本当は自然に行動に現れて変化していくはずなのにそうならない。何故なのか。変われない自分を考えた時に、先生からご紹介頂いた夏目漱石の「私の個人主義」の中で、漱石が自分とは何かに悩んだ「嚢の中に詰められて出る事の出来ない人」と同じような状況なのではないかと思いました。複雑化する社会や今まで育ってきた環境の中で、自分は何をしたいのか、どう生きれば良いのかというものが、無意識から来る不安や怯えに包まれて見えなくなっているのではないかと思います。


「奴隷化」、「アトム化」とも同じ状態ではないでしょうか。漱石が「自己本位」という考えに辿り着いた時の表現で、「私の不安は全く消えました。私は軽快な心を持って陰鬱なロンドンを眺めたのです。。私は多年の間懊悩した結果ようやく自分の鶴嘴をがちりと鉱脈に掘り当てたような気がしたのです。。今まで霧の中に閉じ込まれたものが、ある角度の方向で、明らかに自分の進んでいくべき道を教えられた事になるのです。」とありますが、そのような境地に自分も辿り着きたいです。


先生は「型をしながら自分に問いかけていく」と言われましたが、自分を取り巻く社会や環境の中で自分はどのような状態になっているか、真の自分はどうしていきたいのかを見つめ直して、自分の「自己本位」を見出していきたいと思いました。


先生は合宿で、3次元の世界も5次元の世界も今この世界に2つ存在していると仰られました。自分は先生が示して頂く5次元の世界は、どこか別の世界に存在する様な感覚を持っていましたが、そうではなく今ここに存在すると。

自分の中にも潜在意識が存在する様に、3次元と5次元のどっちに行くかは全て自分次第だと。

改めて全ては自分だという事、今という時間の中に全てが存在するという事を示して頂いたと感じています。


今アメリカとイスラエルがイランと戦争を始め、その戦火は中東全体からヨーロッパにも飛び火しようとしています、ロシアとウクライナ戦争、中国の台湾や日本への介入も含めて、国連などが全く機能しない世界秩序が存在しない時代となっています。

トランプ大統領を見ても人格を感じず、全ては金と力による統治です。世界全体が力による現状変更や「自分さえ」が蔓延り、このままでは国が潰れてしまいそうです。藤原正彦氏は「国家の品格」で国や地球が潰されてしまうのを防ぐには真のエリートが絶対数必要で、エリートの条件として第一は文学、哲学、歴史、芸術、科学といった、何の役にも立たないような教養を身につけていて、その教養を背景として庶民とは比較にならないような圧倒的な大局観や総合判断力を持っている事。第二は「いざ」となれば国家、国民のために喜んで命を捨てる気概があることとありました。


自分は国を存亡危機から救い出し、平和な国へと導いていく真のリーダー(エリート)の育成には、日本伝統武術からの事理一致の教えと徹底した実証哲学を内包した宇城先生の教えが必須ではないかと思っています。

リーダーとなるべく人達が宇城先生や宇城空手に出会う機会や場を作っているために、自分に何が出来るのか、その事も自分自身の「自己本位」の追求にもつながっていると感じています。





●岡山 会社員 20代 男性 KI


今回の合宿で特に印象に残ったのは、日本全国から多くの塾生の方々が集まり、共に学び交流できたことです。

普段はそれぞれの場所で学んでいますが、このように同じ場に集まり、多くの刺激と学びをいただきました。

同じ志を持つ仲間と時間を共有できたことは、大変貴重な経験でした。


また、稽古やお話を通して、宇城先生の持つエネルギーの大きさを改めて感じました。

同時に、自分自身の日常での実践がまだまだ足りていないことにも気づかされました。

頭では理解しているつもりでも、実社会の中ではつい理論や理屈で考えてしまい、本来の純粋な実践から離れてしまっている部分があると感じました。


実践の中であった「赤ちゃんを抱き抱えるように動く」ということに気づきがありました。

そのような純粋な気持ちで身体を使うことで、自然と体に気が通るという感覚を体験することができました。

これは技術として行うものではなく、心の在り方がそのまま身体に表れるものだと感じました。


今回の合宿を通して、自分の未熟さを改めて感じると同時に、日々の実践の大切さを深く学びました。

宇城塾で学ばせていただいていることを、日常生活や仕事の中でも純粋な気持ちで実践していくことが大切だと感じています。

これからも日常こそが稽古の場であるという意識を持ちながら、一つ一つの行動を大切に実践していきたいと思います。




●千葉 自営業 20代 男性 YW


道塾合宿の参加は5年ぶりで、今回また実践塾と道塾で先生の指導を受けることができていることに感謝しております。

道塾だけ、実践塾だけではなく、両方参加することで見える景色や先生の言葉の感じ方が変化していくことを実感することができました。


指導の中で、三次元と五次元についてのお話しがありました。

「三次元と五次元は常に同時に存在している」と先生は仰っておりました。

いままでは先生の気によって、私自身の身体に何か作用しているのではという考えでしたが、検証を通してそうではないのではないかという考えが出てきました。

三次元と五次元は同時に存在しているが三次元からは五次元を見ることはできません。先生は常に五次元に生きており、我々を三次元でも五次元でも見ることができるため、チャンネルを切り替えるだけで誰にと限らず三次元にも五次元にも変化させることができるのだと思いました。

誰しも三次元から五次元に変化できる可能性を秘めているのに、我欲や屁理屈で意識が強くなるため五次元に変化できず、対立・衝突することで二次元、一次元と退化していきます。


私自身も、検証に参加させていただき、先生に五次元に変化いただいたにも関わらず、先生と自分を100%信じることができず頭が働いたときに三次元もしくはそれ未満になってしまい検証できなかった場面がありました。

それが今回の合宿での一番の心残り、そして後悔であり、いかに屁理屈で我欲の強い自分がいるのだと痛感しました。

それと同時に、普段から常に先生に指導していただいている「調和・融合」の大切さ、そして師を100%信じることの必要性を感じました。


意識、やってやろうという心を消し、フラットすることでできないからできるに変化しました。

そのような五次元の世界ではできる自分がすでにいるため、やる前からできるという自信につながり、その自信があるからこそ他人を感じ、寄り添うことができるのだと感じました。

日常から相手に寄り添う、「人として当たり前のことを当たり前に行う」そのような心からの行動こそ五次元に変化することのできる実践であり、知識というノウハウではないのだと実感しました。


今年から道塾と実践塾にて学ぶことで、より自分の日常を見つめ直す機会が増えたこと、先生の教えが常に日常にあることに感謝しており、より一層進歩成長していかなければならないと思っております。

今後も引き続きご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします。




●群馬 自営業 60代 男性 TY


宇城先生、合宿に参加させていただきましてありがとうございました。

合宿ではとても良い時間を過ごすことができました。

今回感じた事は、自分が子供の頃に感じていた楽しさやワクワクするような気持ちに戻ったということです。


宇城先生の元で修行すると決め、入会したときは「きちんとやる」、「必死になってやる」という気持ちでしたが、今回の合宿ではようやく先生に対して心が開けてきたように感じます。

目先の事にとらわれているうちは「できる、できない」とあれこれ考え、不安や怯えが出てきて思考が止まってしまったり、心が閉じたりしてしまいますが、楽しいと感じた時やワクワクした時は、積極的にチャレンジしたり前向きに行動できます。


先生の教えの中の「人が進化する時、進歩・成長に向かう原理がある。」ということに改めて気づいたからこそ、楽しい、ワクワクするといった気持になったのだと思います。そしてそれを日々継続していくことがエネルギーにつながるのだと思います。


先生と一緒にいると色々な物事の本質を改めさせられたり、気づいたり、気づかせていただいています。純粋な気持ちに戻り、嬉しさや楽しさを感じられることに感謝致します。


今後ともご指導よろしくお願い致します。

ありがとうございました。





●神奈川 会社員 40代 男性 DK


宇城先生、合宿でのご指導、本当にありがとうございました。

私にとって、どこにもない衝撃的な体験となりました。

初日からお話しいただいた台湾有事の現実に、背筋が伸びる思いでした。

台湾や沖縄、尖閣諸島が犠牲になるかもしれないという危機のなかで、「自分はどう生きるのか」という問いが心に深く刻まれました。

今の混乱した世の中を、自分の足でしっかりと生き抜くために、武術が絶対に必要だと強く感じました。


先生の杖の振りによる実践では、目の前に立たせていただく貴重な機会を得ました。

杖が腹に突き刺さるような衝撃とともに、背中には立てた机、さらにその後ろで数人が私を押さえているという状況。

しかし、先生のエネルギーは私を貫通し、後ろの人たちをふっ飛ばしてしまいました。

先生に「入られる」と、立ったり座ったりという当たり前の動作すらできなくなる不思議な体験。

そして、力ではなく「心(内面)」からの発動が現実を変える。

5次元のエネルギーである「気の力」を、頭ではなく身体で理解することができました。

それは私に「武術、そして5次元のエネルギーを習得せよ」

という先生からの強いメッセージのように感じました。


人生を短期・中期・長期のスパンで考える視点をいただいたことで、これからの自分の生き方が明確になりました。

先生が仰った「エネルギーを得たのなら、それを日常の行動に変えなければならない」という言葉を胸に、明日からの仕事に向き合います。職場の仲間が孤立することなく、一人ひとりが人間らしく、誇りを持って働ける環境を作るために、私自身がまず変わっていこうと思います。

今回の合宿で、大きな感動と、これからの人生を歩む強い自信をいただきました。

本当にありがとうございました。




●群馬 会社員 50代 男性 MH


宇城先生、合宿でのご指導ありがとうございました。

宇城先生からの二日間にわたる深いご指導とともに、各地の塾生と交流できたことが新たな刺激にもなり、充実した時間となりました。また、通常の私たちのいる意識世界から、宇城先生のいらっしゃる高次元の無意識世界へ行くことの難しさも実感しました。


検証では、縦に複数人並んで一番前の人が拳を突き出した状態を、列ごと押したり、回したりするものがありました。これが自分には、なかなかできませんでした。周りのグループが次々とできている状況の中で焦りも生まれてきました。

宇城先生は「透明人間が前に出ていくような感じ」ともヒントをいただきましたが、相手に入れたような気がした瞬間、次には動き出そうと意識してしまったり、手で押そうとしている自分がいました。押さずに押すを維持できず、意識と力の世界に切り替わってしまいました。それは、相手と対立してしまう空手の癖が、身体に残っていることだと感じました。また、一番前の人が、前に腕を伸ばした状態を「突き出した」と捉えていること自体、自分が無意識に対立の世界にいたのかも知れないと気づきました。この検証は、焦りとできない自分に対して、同じグループの方々よりフィードバックや温かい言葉もいただき辛うじてクリアすることができ、居残り残業は回避できました。一緒になったグループのメンバーは、たまたま空手の塾生ばかりでしたが、稽古させてもらった仲間に感謝しました。


稽古の中では、宇城先生に触れさせていただき、呼吸によって身体が変化するのを体験させていただきましたが、自分の認識が違っていたことに気づきました。

これまでは呼吸により、少しずつ段階的に身体が変化するイメージを持っておりました。

ところが宇城先生は、瞬間的に最初の段階からすでに変化していました。

まさに自分は時間の後追いのような感じであったと反省しました。


今回の合宿では、自分の身体に染み付いた対立や力の存在と、そこからの脱却の必要性、意識世界から無意識世界への移行という課題をいただきました。

この合宿で宇城先生からご指導いただいたことを、今後の稽古に生かしてまいります。

ありがとうございました。




●京都 会社員 20代 男性 HF


私は初めての参加であり、初めて体験すること見ることばかりで衝撃的でした。

これほど密度の濃い時間を過ごしたのは、生まれて初めてだったかもしれません。

先生の命がけで歩んでこられた人生が凝縮されているようで、この度得られた経験を自分に生かしていきたいと思いました。


私が合宿の中での一連の講義・実践を通して感じたことがたくさんあります。

まず、目で見える世界は当てにならないということです。

先生の実践では、揉まれる人の肩が硬くなったり、柔らかくなったりと常識では考えられないことがすぐに起こります。

私は肩を揉まれる側で、自分では何も違和感を感じませんでしたが肩の硬さが変わるということがとても不思議でした。

また、2人の人が持ち上げた黒い帯に先生が気を通すと、その帯の下をくぐれなくなるという実践も見させていただきました。

最初は何が起こっているのか全く分かりませんでしたが、くぐれない人の側に立って、帯を見てみると、帯が刃物のように見え、怖く感じました。


起こっている現象が、私には全く信じられませんでしたが、このような怖さを感じとれることが大切なのではないかと思いました。

また、先生は5次元時空について説明され、5次元時空では夢がかなっている自分も同時に存在するということを言われました。

実際に、先生の作り出した5次元やさらには6次元という空間では、四つん這いになった人を簡単に転がすことができました。

私は、自分が目で見て判断できる世界は、この世界のほんのごく一部ではないかと感じました。

目で見ている世界をすべてだと思うという、自分の思い込みを根本から見直さなければならないと思いました。

見えることだけではなく、自分の身体で感じ取ること(場の雰囲気、自分の気分等)が本当に大切であるということを学ばせていただきました。


また、そのことに気づいていけば、先生が言われるように、人間はとんでもない力を発揮できるのでないかと思いました。

また、押さなくても思うだけで良いということも実感しました。

複数人が縦に並んだ列を、前に動かすという実践に参加させていただきました。

初めは、手をどうしても前に押さないといけないと思っていましたが、押さずに列が前に動くことに驚きました。押さなくても良いのだということが実感でき、この感覚を忘れてはならないと思いました。


また、宇城先生のエネルギーを受けると、先生から離れていても皆が同じように動いてしまうということも私にとって衝撃的であり、皆つながっているのだという先生のお言葉がとても印象的でした。

普段の自分自身を振り返ると、無意識レベルで他者と自分を区別しているように思います。

であるからこそ、私は人の目が気になったり、常におびえているのではないかと思いました。


このように他者と自分を区別する自分を無くしていきたいと思いました。

宇城先生の講義だけでも私にとり密度の濃いものとなりましたが、懇親会の場も私にとり大きな学びの機会となりました。

懇親会では他の道塾の方とお話しする機会を得ましたが、その際に日本の農業は大変なことになっていることをお聞きし、

そのような事実を全く知らなかった自分に危機感を覚えました。

自分から情報を得て、考えて、少しずつでも行動していかなければならないと思いました。


この度の合宿を通して、宇城先生のエネルギーや場の雰囲気を体感できたとともに、自分自身の思い込みや無知さに

向き合わざるを得ないたくさんの体験ができました。

自分自身の日々の生活に生かしていきたいと思います。

宇城先生、どう塾の皆様、誠に有難うございました。



●千葉 事務職 50代 女性 RO


昨年7月に入塾し、今回初めて合宿に参加させていただきました。

2日間たっぷりご指導を頂きありがとうございました。


今までの道塾では、実証を間接的に学ぶことがほとんんどでしたが、合宿では自分が実証に参加することが多く、宇城先生のエネルギーをより近くで持続的に感じる貴重な経験できました。

宇城先生が見せて下さる実証は、今までの常識では説明出来ないものばかりで、エネルギーの力に終始圧倒されました。

気を通して頂くと、塾生の皆さんが活性化して元気になっていき、目や表情が変わっていくのを目の当たりにして、自分はすごい場所に勉強しに来たと改めて思いました。自分も早く一員になりたいと願いましたが、実証では心と体が抗い1つになれず自分が浮いている感覚が何度もしてきました。

特に初日は、1つにならなくてはと考え、考えないようにと考えてしまい、特に実証の先頭になると、瞬時に固まり、身構えてしまいます。改めて自分の怯えの根深さを実感しました。

そして、怯えのせいで気が切れてしまってるかも、迷惑をかけてるんじゃないかと不安がよぎると、段々孤独になっていく気がしました。


そんな時、お部屋や食事の場、二次会の場でもたくさんの塾生の方々とお話をする機会が持てました。

自然と自分の話をすることもできてアドバイスを頂いたりご自身の経験を話して下さったり、塾生の皆さんと話していると固くなった心身が少しずつ解けていくようでした。

みんなで学ぶ場で、出来なくて迷惑をかけてはいけないと思う事は、ここでは全く意味がなく、その考えこそが自分勝手でむしろ謙虚さやお願いしますの気持ちが足りないのだと気づきました。

出来ないイコールダメの思考が癖になってる私に、私はずっと出来ないをやってると仰る塾生の方が、清々しく芯(真)の通った姿が強く大きく見えました。


私の学ぼうとしているものは、それ程に今までとは違い、桁外れですばらしいのだと知りました。

私の少し閉じかかった心の扉を、たくさんの方がノックしてのぞいて声をかけて下さった事に本当にありがたく温かくうれしく思い勇気をもらいました。

そして宇城先生が食事の場で『オープンハートが大事』と優しいお顔で仰った言葉に少し涙が出てしまいました。

宇城先生の大きな愛と塾生のみなさんの揺るぎない覚悟に触れて自分がここにきた意味を再確認が出来ました。


2日目は、ありのままでいこうと思い、でもやっぱり実証になると、何度も殻に入りそうになります。

それでも、ただ怯えるのでなく、対面の中で現れる自分の感情の癖に気づきました。

相変わらず少し迷いながら、でも体を動かし、なるべく考えないように自然にを努めると宇城先生と塾生の方のパワーとハートを感じて勇気が出てくるようでした。

昨日の自分より 皆さんのおかげで輪に入り自分も元気になっていくのを感じました。私は、自分の感情のチグハグさに違和感を感じて、迷ってばかりいます。

しかしこの先、宇城先生の元で学ぶ事で課題や進むべき道がはっきりしてくると思えました。宇城先生の講義を受けて、そのエネルギーの大きさと深さに感銘し、真剣さに触れると、何かしたい、しなければという思いになります。


世界情勢は厳しく、もっと広い視野で深く物事を捉えて、真剣に取り組まなければいけない状況です。

しかし、現実の中の自分は、あまりにも自分の葛藤ばかりでぐらぐらです。

ですが、先ずは自分と向き合う事を真剣にしなければ本当の意味で立つことも進むことも出来ないとも思います。気づきがあったら、動く(直す)を繰り返していく毎日を心において、事理一致の道を歩めるようになりたいです。


宇城先生と道塾の皆さんのお力を借りながら、これからも取り組んで学んでいきたいと思います。

そして、いつも宇城先生が実践し見せて下さる指導や今回多くの方が学ぶ姿勢を見せて下さったこと、寄り添って背中を押して下さった事、当たり前と思わずに大切にしたいと思います。

自分に受けたものは、いつかどこかで還元し回していけたらと考えます。

ありがとうございました。今後もどうぞよろしくお願いいたします。




●岩手 教員 50代 男性 JS


この度初めて合宿に参加させて頂きました。宇城先生から2日間教えて頂き、道塾とは違うエネルギーが体に凝縮されたような感覚が残っています。

一番感動したことは、いつもは先生に気をとおして頂いてできることが、自分でできたことです。先頭の方の手の甲に指をのせたり、撫でるようにするだけで複数の方を動かすことができました。その際、先生から「何もしない、人ではなく自分、すべてはある、内面を観察する、透明人間が押すように」との指導を頂きました。逆にできない時は押したり、体をねじったり、色々と考えている時でした。自分以外をどうにかしようとすることがどれほど自分を小さくしているかを実感しました。昨年あたりから筋力ではなく、エネルギーであることが少しずつですが身体でわかってきた感覚があるですが、今回その感覚が強くなった気がします。


3次元と5,6次元の体験も宇城先生がいらっしゃらなければありえません。エネルギーに満ち、優劣がなく、桁違いのスピードで、私も四つん這いで全員を引っ張っていました。ただ、音声で聞かせて頂いた「すでにあり選択している」ということがわからなかったため、今後勉強していきたいです。


先生は「怯え、魂を売っている、奴隷」ということを再三おっしゃいました。自分を内観すると行動の根源には「怯え」がありました。そして世の中が怯えを巧みに利用していることも教えて頂きました。コーラの実証では我々の口に入っているものは何なのだろうと考えずにはいられませんでした。製造者はわかっているはずなのにNoと言えず利益のために販売する、まさしく魂を売っています。さらに「こじつけ」も私も含め周囲では「こじつけ」だらけです。根源には怯えがありそれが魂を売ることにつながっていることを教えて頂き、常に自分の心に怯えがないか観察する基準となりました。


また、特攻隊の浜園氏の涙ながらのお話を聞き、戦争で命を失った方々を思うとただただ申し訳ない気持ちでいっぱいになります。子どもがこのような環境の中で生活するかと思うと絶望的になると同時に、せめて本来持っているエネルギーを守ってあげなければと思います。その為にも高次元の世界、99%の世界を学び続けなければ守ることもできません。


今回の合宿に参加し、塾生の方々が本当に勉強なさっていること、気を感知するレベルがはるかに高いこと、そして人として本当に懐が広いことに感銘を受けました。そしてその方々と交流できたことは私の財産となりました。また、「塾生は、変化していかなければならない。エネルギーを得たのなら、行動を起こさなければならない。仲良しクラブで終わってはだめだ」とメッセージを頂きました。再度、自分がすべきことは何なのかを考え、行動に移していきたいと思います。


宇城先生に教えて頂く度に自分の甘さを痛感いたしますが、それは自分を成長させる糧となっております。今回も本当に大切なことをたくさん教えて頂いた宇城先生に感謝いたします。そして、このような機会を作って頂いた道塾スタッフの方々にもただただ感謝しかありません。本当にありがとうございました。




●東京 会社員 50代 男性 HK


宇城先生、この度は道塾合宿にてご指導いただき、ありがとうございました。

今回、道塾合宿に初めて参加させていただきましたが、2月の道塾参加時に感じたことと同様に、自身のこれまでの実践塾への参加の姿勢が大きく間違っていたと感じました。

先生に気をかけていただき検証を行う際に、すでにできている状態にあるにも関わらず勝手に自分の解釈を入れ、頭で考えておりました。一見、先生のおっしゃることに準じているようにふるまいながら、力を入れたり、頭で考えたりしていたのだなと感じました。


今回、この頭で考えたり、動き出しに力を入れたりする自分に注意し、先生に気をかけていただいたら、そのまま動くということを心がけました。結果、これまでの実践塾の時とは異なり、スムーズに自分が動けることができました。

相手と両手を合わせて、片方の人が押し込む、それをもう一方が受けるという検証の際に、相手をかわすことにこだわり、できるように必死になってやっている自分に気づきました。その時に、できてもできなくともいいと自分が思った瞬間、相手との関係が変わりました。


これとは異なる検証ですが、複数名が縦一列になった状態を、先頭の方が手を伸ばし、そこに自分の手をのせるだけで、列を動かすというものがありました。

いつもならば相手が動かないと焦ってしまい、結果、押してしまう状態になることがありましたが、ここでもできてもできなくてよいと思い、相手が前に出てきたら、それに合わせて後ろにいく、逆ならばそれに合わせて動けばよいと思った瞬間に、相手が動きだしました。

すでにできている状態にあるにも関わらず、その状態を自分で壊してしまっている、そのことに気づかずにおりました。これまでの稽古の中で、まさに何度も振りばかりしていたのだなと感じました。自分自身では到底理解できないものを理解しようとしていたことも含め、大きな勘違いをしておりました。先生にご指導いただいたことを、そのまま受け入れる、それを感じるということが全くできておりませんでした。


そして、今回の稽古の中で、ふと自身の中から湧き出てきたのは、すべては自分の問題であるということでした。いままで自分の周りで起きていることを、どこかで周りの問題だとしてしまっていたと感じました。

さらに、先生に相手とつながった状態にしていただいた際に、先生から「この状態になったら裏切れない」とお言葉をいただいた際に、自身の中でその通りだと感じる瞬間がありました。自分も含め大人はとにかく言葉で説明したがります。ただ、今回、言葉ではなく、確実に自分が感じている瞬間がいくつもありました。これまでの稽古の中でも先生に、このことを示していただいていたにも関わらず、自身が感じられていなかったのは、その信号を受け取ろうとしていなかったのだと反省いたしました。


道塾に参加させていただき、先生の教えや宇城空手が、自分の日常とつながることに意味があると感じております。これは言葉では表しづらいことではありますが、道塾に参加した時間が、その後の自分の日常とつながっている感覚、また、ご指導いただいた翌日もずっとその内容が、自分の中で残っていること。そこに向き合うことの大切さを感じております。


自分が変われば、周りが変わる。まさにこのことを最近よく感じております。その日常は常にあったのに現れてこなかったのは、自分自身の問題でした。今回の合宿でも感じましたが、いらないこだわりが自分を邪魔してしまっている。

これを持ち続けてしまっているのがプライドであり、いらぬプライドにしばられて、本来、人間としてあるべき姿や力を失ってしまっている。そのことに向き合い、常に自分を変化させて参ります。





●千葉 自営業 30代 男性 YT


先生と寝食を共にできる貴重な時間を過ごす合宿と言う場に参加させていただきまして、ありがとうございます。

今回の合宿は参加するにあたり、当たり前のように参加すると言うことがどんなにありがたいかとても感じる合宿だったと思います。

ただ自分が参加すると言う事においても、その裏には様々なものが隠れていると感じました。今回合宿を出発する直前に奥さんが体調不良になり、合宿の参加は難しいかと思う瞬間がありましたが、あんたがいても症状が楽になるわけでは無いから、行って来なと言う温かい言葉をいただき参加することができました。


1番下の子はまだ4歳と小さく奥さんがいないと生活はできない年齢ですが、1番上の、もうすぐ高校に上がる長女、そして中学生の次女がいることで、ある程度の事はお姉ちゃんたちが面倒を見てくれると言う安心感もありました。

自宅に帰っても長男のお風呂や食事の面倒を終わらせていてくれ子供達にもとても感謝の思いがこみ上げてきました。

合宿だけではなく、普段の道塾や実践塾に参加できると言う裏には家族の支えがあるからこそ行けると言うことを今回はとても実感さしていただき、より道塾合宿のありがたさを実感しております。


今回の合宿は実証、実証と言う頭脳ではなく、身体に覚え込ませていただけるような講義の連続で本当に貴重な体験をさせていただいたと感じております。

実証一つ一つを重ねているうちに自分軸に戻る瞬間と言うものを理解させていただきました。


2次元3次元の今までの自分の世界線と5次元6次元と言う異なる世界線を体感することにあたり、そこにある、できる自分とできない自分のパラレルワールドを行き来するような感覚で講義を受けさせていただきました。

パラレルワールドの結びつくものとして先生からTVの電波は同時に存在しているが自分がどのチャンネルにするかは自分の選択でしかなく、またそのパラレルワールド(膜宇宙論と解釈しました)をどう行き来するかをきめる鍵が『重力』であるとリサ、ランドール博士も言われているような超弦理論があり、さらに意識と無意識の世界では95%以上は無意識であり情報処理も10万倍に以上の処理を行っている。

ホログラフィック原理で言う観測する側で世界が変わるや量子力学で言う、観測したときに波の周波数が粒子に変わると言う理論とも繋がりを感じます。


しかし、理論(こじつけ)だけでしか理解ができないと言うことも事実であり、理論で、確かに今はわかっているかもしれませんが、それがさもすべてのことのように捉えやすく自己解釈になってしまう。

講義中、先生がおっしゃられていた裏の意味と言うものが存在すると言うお話が胸に残りました。


先生は一貫として今までご指導してくださった事をわかりやすく例えてくださりますが、その受け取りが意識的になってしまい、自分という我を捨てなければ無意識領域に入れない。


しかし、意識しないと意識してしまう、力を入れない意識すれば力を入れるに意識し、自然体になろうと思う不自然のパラドックスがあり、困難に思えますが、そこに宇城空手の『型』があり、自分がここにいるという重力を感じる身体感覚を高める、普遍的な道標と先生から意識を介さないで身体で感じ、パラレルワールドを行き来することができる『気』でのご指導がどれだけ膨大なエネルギーを受け取っているかを再認識させて頂ける合宿で自分の中では漠然とですが、節目になるような時間だったと感じております。


感想文を書いている間にも世界情勢が刻々と変化し、対立の世界がより深刻化し、ホワイトハウスの公式SNSでも戦争をまるでゲームのように取り上げて、爆撃し人を殺した時に+100点のような動画まで上げる始末。高市政権も武器の輸出ができるような法案を強行したりと対立でしか維持できなくなっているそんな人間力が落ちている中で、ガソリンの値上がりという日常に関係して初めて意識できない平和ボケした自分。


先生のご指導が調和の世界での目に見えないエネルギーがあるからこそ唯一無二の平和へ導けるご指導だと戦争を通してより実感する事ができました。

もうすぐそばに対立の世界が迫ってきていますが、先生のご指導を胸になんとか自分の周りから調和を広げていけるようにして参りたいと思いますのでこれからもご指導宜しくお願い致します。




●奈良 40代 女性 KM


この度の春季合同合宿でのご指導をいただきまして誠にありがとうございました。

合宿での時間は本当にかけがえのない学びの場であり、一生の財産を毎回いただいていますことを感謝いたします。

この2日間、やはり力ではなくエネルギーであることを身体に浴びさせていただきました。


力でない世界、その世界を体験させていただき、では日常の自分はどうなのか、自分の姿あり方を考えさせていただく時間でした。


たくさんの実践をさせていただく中で、じっくり自分に向き合うことができるもの、また自分が頭で考え過ぎてできないものもありました。

印象に残っているのが、長い列になって宇城先生の気のエネルギーで動いていく実践のとき、私の前の人のところで切れてしまいました。

自分の前で切れたけど自分の身体に何かが残っている感覚があり身体が動き続けました。

これが人間の原動力であることを身体で体験させていただいているのではと感じました。


四つん這いになっている人を転がす実践では相手をひっくり返そうと思ってやっても無理でした。

宇城先生が赤ちゃんを抱くようにと仰ったらすっと転がりました。

そこに対立はなく力はなくただ愛する人を抱くという感じがしました。

先日の道塾のときも列を押すとき、そこに子どもがいたらどうする?と先生は仰いました。

普段の自分は人と人の間に何か壁をつくってしまっているように感じました。

そして押そう、倒そうとか何かをやろうとしてはいけない、相手と思ってしまってはいけない、と思いました。

子ども赤ちゃんがいるという気持ちでやることで相手と一つになる感覚でした。

そこに力はいりませんでした。

それを忘れないように日常の自分のあり方をしっかりと見て行動していこうと思いました。


列の先頭の人の手の上に自分の手を置いて列を押す実践では押さずとも倒れていくことを体験させていただきました。

これも力でなく皆との繋がりや一つになることを体験させていただきました。

すっと透明の手が出ているようにと表現をしてくださいました。

押すのではないことを改めて感じ、力でなく押すでもないのに先に列が動き始める様子がありました。

これも日常で何をしていてもそうなるような自分になっていけば対立せずにうまく人間関係を築けるのだと思いました。


何も考えないとはこういうことなのではないかと考えさせられたのは、正座をして腕を伸ばしてその腕をグループの人が掴む実践です。

腕を掴まれないように下げようとしたら遅くて掴まれてしまいました。

しかし、お辞儀をしてみと宇城先生が仰ってお辞儀をすると腕を掴まれませんでした。

自分でも掴まれるとか何も考えずにただお辞儀をしただけ、相手のことも気にならずただお辞儀をしただけでした。

この実践を振り返ると、この速さが瞬発力に繋がるのではないか、周りは関係なくお辞儀という型に集中した身体になると速い、集中すると周りが関係なくなる、このように身体に集中して稽古、修行をしていったらいいのではないかと思いました。

腕を下すというよりは身体が先に動いているような感覚がありました。

この感覚をもう少し深く感じ取れるよう日常でも考えてみたいと思います。

頭で動いてしまう自分の動きではなく、とにかく迷いがなく気持ちよく感じました。この感覚を大切にして何かの気づきに繋げていきたいと思います。


自分の癖、姿勢、あり方に一人では絶対に気づけないことをご指導いただいていることをこの度の合宿でも感じています。

師をもち、生きていく有難さ、そして師のもとにいる仲間の皆さんがいるからまた気づかせていただいたり、自分に向き合うことをさせてもらえていることもいつも感じています。

宇城先生のもとご指導いただけることを心より感謝致します。


合宿だから24時間、2日間自分の癖、あり方に向き合い考えさせてもらえます。

しなければならないで動くのではなく、心に従って動く人間になっていきたいととても感じます。

人にどう思われるか、自分はしてはいけないのではないか、間違ってはいけない、きちんと伝えなければいけない、自分がしたことで行き違いや間違いが生じてはいけない、このようなことを私は先に考えてしまいがちです。

そうなってくると全く心がなくなってくる、自分がなくなってくると思いました。

感謝の気持ちや思いやる心をもっていたはずなのにいつの間にか違うものに変わってしまうように思いました。だから心で動ける人間になりたいです。


「自作自演である」「笑顔でいる」こと宇城先生にご指導いただきました。

自分で自分をつくっている姿はとても恥ずかしいことで、そのようなことをしてる場合ではないと思いました。

そんな姿では何も変われないと思いました。「自作自演」の自分を止めて、もっと真実に集中しないといけないと思いました。

過去を引きずっているのは自分で、頭で考えているのも自分で、暗くしているのも自分で、ご指導いただいた時はっとしました。今を生きていないことになります。

それでもまた日常で自分を見ると暗くなっていく自分になっていると気づきます。


宇城先生にご指導いただいたことを思い出してはっとしては、またぐーっと暗くしそうな自分になり、その繰り返しですがそれがなくなっていくように修行していきます。

笑顔でいると身体や気持ちが和らぎ柔らかくなるように感じます。

宇城先生にお話いただいたことを日常で自分に向けて自分の癖、染み付いたものを取り除いていけるように過ごします。


昼食時に宇城先生が聞かせてくださった浜園さんのお声、千玄室さんが亡くなられたこと、心に残ります。

戦争をしてはいけない、戦争になる前にできることは何か日々考えて小さなことでも動いていかないといけないと改めて感じました。

戦争を体験された方々が日本、世界に伝えてきてくださっていること、宇城先生が日々私たちにご指導してくださっていることを心に置いて日本人の一人としてどう生きていくかを考え行動していけるよう精進して参ります。

この度の合宿でのご指導をお話をたくさんのエネルギーをいただきまして誠にありがとうございました。




●東京 公務員 50代 男性 JA


今回の合宿では、「学校教育の中で洗脳されている」という言葉が印象的でした。振り返れば、義務教育を含めこれまでの教育では、既存の知識を習得することが優先され、「いかに賢くなるか」という肝心の「学び方」や、自ら情報を収集・分析し行動するプロセスは極めて少なかったと感じています。


道塾では常に「事実・実証」を起点とするため、必然的に「なぜだろう」という問いから始まります。答えが容易に手に入らないからこそ、日々の試行錯誤は続きますし、一生をかけてこの探究に取り組む覚悟も生まれます。


また、​量子力学的なアプローチによる説明も、非常に腑に落ちるものでした。「観測するまでは、良い結果も悪い結果も同時に存在している」というお話には、大きな希望を感じました。何の変哲もない室内練習場に溢れる、人を元気にするエネルギーはどこから来るのか。先生がなぜ「気づく、気づかせる」をテーマにされているのか。その源泉に触れるための重要なヒントをいただいた気がします。


​実技中に肋骨を痛めるハプニングがありましたが、先生の手当てのおかげで、静止していれば痛みを感じないほどに回復しました。身をもって「気のエネルギー」の凄みを体感する貴重な機会となりました。この場をお借りして改めて御礼申し上げます。


これまでは「合宿に参加して元気になる」というサイクルでしたが、最近では参加前から体調不良が回復するなどすでに身体が変化し始めるような感覚があります。道塾や合宿が特別なイベントではなく、日々の生活と地続きであり、自分の一部となっていることを改めて実感しています。


​これからも、自分自身の生き方が根底から変化していくよう、日々精進を続ける所存です。今後ともご指導のほど、よろしくお願い申し上げます。





●千葉 自営業 40代 男性 TH


宇城先生、沢山の検証・実践と御講義本当にありがとうございました。

1日目の夜は、二次会へ戻って来ていただけた感激と、その際にお話くださった「明日から来てるんや、君たちは昨日の延長やろ」という御言葉と、「多分これが6次元なんやと思う」という御言葉に、先生のものすごい進化スピードのヒントをいただいた感激がありました。

「寝ていられない」ほどの使命感や情熱、エネルギーに触れ、自分の限界を決めている自分に気づかせていただきました。

先生が師でいてくださる事への感謝と感激が深まるばかりです。


5次元への移行について、身体を通し、御言葉を通し、教えてくださった事が心身に残っています。

2日間の多くの検証・実践をいただき、『できる自分とできない自分の同居』は相変わらずなのですが、「できる自分にも移行できる」という事を身体がわかったような気がしています。

心身の変化として、花粉症の不安が無くなり、帰り道はマスクをせずに帰れました。翌日、翌々日と不安のない感覚が残っており、何かが変化した事を感じています。


検証・実践において、できない時は頭で考えてしまっている。それを体感・自覚できました。

以前は無意識に思考が入っていた為『考えないようにしてるんだけどな…』と頭で思っていました。そして、できないという事に囚われてしまう自分が居る事への気づきもあり、それと同時に「できる自分で在りたいのに…」という欲が出てきてしまうのを感じました。


その後の検証・実践では、先生に触れさせていただく場面も多々あり、一触の御指導をたくさんいただけた感謝とたくさんの気づきをいただきました。ありがとうございました。

やはり筋力ではなく、腹の底から動かされるような感覚や、あんなにも飛ばされるような感覚は、先生の術以外にありません。


合宿から明けての日常の、姿勢や思考にまで先生のエネルギーをいただいている実感があります。

先生の仰るように、行動しなければならないと思います。

行動できるエネルギーをいただけた事に感謝し、変化、深化できるよう、精進致します。





●大阪 歯科衛生士 50代 女性 NH

この度は、道塾合宿でのご指導を賜り、誠にありがとうございました。

二日間を通して、まさにエネルギーを身体いっぱいに受け取る貴重な体験となりました。

そのエネルギーを自分のためだけでなく、周囲へも広げていく視野の大切さを学びました。


「ひとつになる」という教えは、人と人だけでなく、椅子やテーブル、水といった無機質なものとも一体になることだと知りました。

溶け合うようにひとつになることで、ぶつかる面が消え、筋力ではなくエネルギーで動き出すことを実際に体験しました。


合宿では、塾生全員がさまざまな検証を通して、自分の内面の在り方を確かめる機会をいただきました。

並んだ人の列を内面で押していく検証では、「自分の中の透明人間が先に押したり引いたりする」というご説明がありました。

私の感覚では、すでに内面が先に動き、身体が後からついていくような不思議な体験でした。

通常であれば衝突が起こる場面でも、ひとつになれたときには通り抜けることができ、その事実に驚くと同時に、私はこれまで“衝突の世界”に自らしがみついていたことに気づきました。


通り抜ける感覚は、自分のことばかり考えていると決して生まれません。

相手を優しく受け入れること。

その姿勢がなければ、ひとつになることはできないのだと深く学びました。

相手が正しいか間違っているかではなく、まず受け入れること。

それが今の私には難しかったのだと気づかされました。


この気づきが正しいかどうかも、今の自分から脱却できるかどうかも、結局は行動し、変わっていくことでしか確かめられません。

「迷っている自分」「悩んでいる自分」は停滞でしかない。

合宿で触れた圧倒的なエネルギーの中で、自らを省みたとき、「すべては自分」という言葉が強く心に残りました。


この合宿で得た“できた感覚”を大切にしながら、今の自分と真摯に向き合っていき

ます。

貴重な二日間を過ごさせていただき、心より感謝申し上げます。

今後ともご指導のほど、よろしくお願いいたします。




●神奈川 映像制作 30代 男性 YT


宇城先生、今回も合宿でのエネルギーに満ち溢れたご指導、ありがとうございました。いつもこのような貴重な学びの機会をいただき感謝いたします。

今回の合宿では、人が本来持っている可能性・エネルギーの凄さをさらに強く・濃く・深く感じた時間でした。


先生にご指導いただきエネルギーが生まれることで、複数人の大人を簡単に投げ飛ばしたり、仰向けに寝転んだ状態から十数人の大人に押さえつけられた状態からひっくり返したりと、今までの常識では絶対にありえない体験とエネルギーの実証の数々に、先生がおっしゃる1%の意識・理屈の世界がいかに小さく狭い世界か、自分自身のエネルギーを浪費し自ら可能性を閉ざしているかということを改めて感じました。


また、エネルギーがある状態とない状態、できる自分とできない自分は何が違うのか、何度も何度も繰り返しながら実践を通して学べる合宿ならではのご指導の数々にたくさんの学びとエネルギーをいただきました。


改めて、今回の合宿でご指導いただいたこと、学んだこと、いただいたエネルギーを、凄かった・感動した、で終わらせずに、いかに日常に落とし込んで行動し、今までの自分から脱却するか、周りに良い影響の輪を広げられるかが改めて重要だと思いました。


先行き不透明で不安ばかりな時代ですが、先生のブレない生き様・教えに学び、エネルギーに触れ、人の持つ可能性の一端を体験させていただき、未来に向かって前進できる大きな希望・エネルギーになっています。

今回学んだことを日常の中で積み重ね精進してまいります。

改めまして、今回も合宿での貴重なご指導の数々ありがとうございました。




●北海道 公務員 50代 男性 HM


今回の合宿の冒頭、時間は矢のように進むのではなく、現在しかなく、現在の中に過去と未来があること、また、量子力学によると、全ての可能性が同時に存在することをお話しいただきました。このことを自分は完全には理解できてはいませんが、座って上から押さえられた塾生が、シャツの色や性別など先生がおっしゃる通り立てたり立てなかったりするのは、まさにできる自分とできない自分が同時に存在することであり、 出来ると出来ないの間に筋トレなどの物理的な努力があるのでもなく、自分の古典力学的な「常識」や固定観念をベースに不思議と思うよりも、この事実から自分の誤った固定観念を変えるのが本当だと思いました。


自然の理は自分の想像や知識や経験の範疇を遥かに超えており、そのことは今回の合宿でも先生は惜しみなく示し我々塾生に体験させてくださりました。また、押さずに押すなど、力や対立ではなく、人間本来の力である調和により列を動かすなどの実践では、完全ではないものの自分でもすることができ、感動しました。


これまで受けた教育や経験の積み重ねによる、自分の中の欲や怖れが、この人間本来の調和の力に蓋をしているということ、欲や怖れから生活のために魂を売り、自ら奴隷化しているという現実を直視し、誤った方向に向かうことが癖になった自分に瞬間瞬間気づき、自分を変化・成長の方向に向かわせなければと思います。先生は「この力はどこから来るのか?」と何度も我々にエネルギーを与えて下さいました。出来る自分は必ずいると信じ、精進してしていきます。これからもご指導ご鞭撻よろしくお願いいたします。




●宮城 医師 70代 男性 TU


宇城先生、いつも私達が本来持っている潜在力を引き出し身体の細胞にエネルギーを与えて前に進んでいく勇気をくださる御指導、本当にありがとうございました。先生の気のエネルギーによる身体細胞の変化の数々。気が流れ、エネルギーが補給され、勇気が出る(自然に湧き上がる自信、できる という感覚)、身体が安定し強くなる、身体が柔らかくなる、ビビらなくなり肚がすわるなど、先生の気のエネルギーが溢れた時空間で「細胞の活性化が起こり常識ではあり得ない事ができるようになる」人間の本来持つ潜在的な能力を身体を通じて学び進歩・深化につなげることができました。


特に合宿初日の実践検証、手を置いたり指で触れたりしながら数人の列を押したり、引いたり、ひねったりして動かす検証と2人で組んで相手を回す検証。部分体から統一体へ、衝突から調和への実践。宇城先生の気のエネルギーを借りずに自分の気のエネルギーで、数人の列を押したり、引いたり、ひねったりとコントロールするのだがとても難しい。まず自分を心をオープンにするようにというご指導をいただき無の自分に努める。しかし直ぐに意識が表面に出て何かをしようとしてしまい力が入り衝突してしまう。姿勢を正し、自分をオープンにして、さらに胸のライトで照らす(以前から度々ご指導いただいていたこと)ようにしたところ「できる自分」が感じられて実際に列を動かすことができました。その時の自分の内面には心地よさがあり、自信とエネルギーに満ちていました。人が本来持つ潜在的な力を十分感得できた瞬間で貴重な学びになりました。今回のご指導を今後に生かし、自分をオープンにして、衝突から調和へ自己研鑽に励み、周囲や社会を変えていく一助になるよう精進いたします。宇城先生の五次元・六次元の気のエネルギーによるご指導本当にありがとうございました。


また先生をはじめ合宿を企画していただいた道塾のスタッフの方々に多大なる感謝をいたします。そして寝食酒をともにして一緒に学ばせていただいた道塾塾生の皆さん、ありがとうございました




●岡山 自営業 40代 女性 EY


この度は合同合宿に参加させていただきありがとうございました。

初めての参加で、ほとんど顔見知りの方もおらずで不安もありましたが、塾長の真剣なご指導の中にもアットホームな温かい空気間があり、孤立感を感じることもなく参加させて頂けたことに感謝しております。


また、懇親会では宇城道塾の和やかな一体感の中、皆様の笑顔とエネルギー溢れる空間で意見交換や親睦をできたことに感謝しております。

そして富士山に温泉に、、、身も心も活性化されました。

この度の合宿でのエネルギーを持ち帰り、今までの常識や先入観を取り払い、調和する世界を目指し日々を過ごしたいと思います。

本当に貴重な体験をありがとうございました。





●神奈川 70代 女性 RS


宇城先生、あたたかいご指導をどうもありがとうございました。

昨日夜に合宿から帰宅し、今日午前中に7〜8人の仲間と趣味の活動をしていた時、ポッと頭の中に

「なんて素敵な人生だ」

という言葉が浮かびました。えっと思いましたが、また

「なんて素敵な人生だ」

と頭に。


物語のフレーズのようで、自分が口にするようなものではないし、何かが頭に浮かぶなんてこともないので、これは、自分の今がこの通りなんだと無意識が言葉にして気づかせてくれたのではと思いました。


宇城先生が、5次元の世界では何でもあるんだよ。お金持ちの自分も金持ちでない自分も、恋人のいる自分もいない自分もどんな自分もいるのに、3次元の私たちはそれが見えないから今の状態を生きている。と、おっしゃていたように思います。


私は、今までの人生をどうこう思ったことはあまりないのですが、安定した生活を送ってきた部類だと思っていました。でも、素敵な人生だなんて、その上、なんて素敵な人生だなんて! 嬉しいうれしいことでした。


私が今、素敵な人生ならば、この先も素敵な人生でありたい。周りも世界も平和でなければそれは叶わない。

昨今の世界情勢や、仙台道塾のOさんが涙しておっしゃっていた遅々として進まぬ震災復興など、身の回りはおかしな事がいっぱいです。国やメディアの情報操作や、小さい時からの教育によって思い込んでいる常識などを疑って、勉強して考えて、子どもや孫の世代、中長期を見据えた暮らしをしていかなければと強く思ったことでした。


今回の合宿の実技では、先生のエネルギーの凄さを体感しました。

先生をみんなで掴んでは跳ね飛ばされ、じわじわと潰されて、倒れた後も動けません。振られた方向から奔放なエネルギーの赴くまま蛇行し、渦を巻く塾生の列からは逃げ惑いました。

2人組〜5人組の実技でも、できる自分を体験させていただきました。自分もできるのが当たり前のような気持ちにさえなりかけました。


しかし、先生のエネルギーのない所では、どうしたら自分のエネルギーを出すことができるのでしょう。

先輩塾生にお尋ねすると、「ごみを拾う、人に寄り添う、人の喜ぶことをする」と即答でした。先生のおっしゃっていることそのままでした。深く頷きました。


また、別の先輩塾生に、サンチンを教えてくれる人はいないだろうかとお聞きしたら、「宇城先生のDVDを見ながら練習するのが一番」とお答えでした。先生のDVDはエネルギーがあり、先生を見ながらサンチンをするのは、「先生をうつす」ということで、他では得られないと教えていただきました。誠にありがたいことでした。


合宿のあれこれを思い返していて、今回は今まで以上に楽しかった、気持ちが楽だったと思いました。

それは、今まではどこか、道塾塾生でない自分が隅にいてみんなの仲間になりきれていなかったから、と反省しています。

宇城先生も先輩方も以前から変わらず、あたたかくしていてくださったのに、私は自分で垣根を作っていたのだと分かります。

今日のこの嬉しさをもとに、さらに研鑽を積み、家族、周りの人に感謝しながら、宇城先生の教えを周りに伝えていきたいと思います。

ありがとうございました。

これからもどうぞよろしくご指導のほどお願い申し上げます。





●静岡 農業 40代 男性 YF


今回の合宿は恐らく普通に自分が過ごす時間、その何倍もの密度の経験をさせて頂いたと思います。また普通に生きていれば一生かかっても経験する事の無いような事を体験させて頂いたと思います。


御話で、世の中は理論(意識・頭)であり、それは理屈、兵理屈、こじつけでありそれは1%の世界である事、それに対して実証は真実、真理である身体は無意識で99%の世界である事、それを説明されたのち、まさに徹底的に実践、実証を行いました。

1%の意識の世界で対立、競争し、我欲で権力を握った政治家、既得権益は0.1%にも満たない人間達であり、だから世界はどんどんと不安定になっている事、そして自分達はその0.1%にも満たない人間の創り出した価値観に洗脳され、奴隷化しているのだと。99%の無意識の世界、事実、の世界では人間は優劣も無く、そして大きなエネルギー、力を発揮する事が出来ます。先生のように50人を動かしたり、また他人に対しても、大勢を四つん這いで引っ張らせてしまったりと、そのエネルギーと五次元の世界はまさに現在の1%の世界など遥かに凌駕した世界であり、しかしまたそれが事実、真実であるのだと思います。その事実を受け止めずに、0.1%以下の価値観を元に生きていれば、それはそのようにしか、ならないと思います。戦争になっても、愛する者を失っても当然であると思います。二次元では線であり、三次元でまた視点が変わり、五次元になると更に視点や感じ方が変わり、その世界で生きなければならないと思います。


数人を理合い、心の働きで動かす検証の際には自分達のグループはなかなか動かなかったのですが、メンバーを見れば空手実践塾にも通う人ばかりで道塾のみという、生粋の道塾生はグループ内にはおらず、このような事も無意識に自分の中でも衝突が働いていたのではないかと思います。自分が最初に行いましたが、そこで対立、衝突が生まれてしまい、その後のグループも時間がかかってしまったのではと思います。御話の中でも、最初に交渉する人間、最初の人間に心が無ければ、その後がこじれる、という御話がありました。だからこそ最初を走る人間、組織でもトップの人間は誰よりも勉強、修行しなければならないのだと思います。


短期・中期・長期のお話がありました。中期、長期を見据えるにしても、短期である「今」が出来ていないと、その先にある中期も長期にも続いていかないのだと思います。机を大勢がガッと掴むと全体が動き出してしまう検証も、まさに短期、「今」それを見越したエネルギーが先生により入っているから、その後に時間差となって動き出すのだと思います。まさに「今」という瞬間が一番大事であり、充実していなければならないのだと思います。日本の政治はまさに短期もままならない、アメリカ追従、自分の立場のみを保身で行き当たりばったりであり、中期・長期は皆無であり、それはそのまま未来が無い、という事だと思います。また肩を掴まれた状態で呼吸で自分を念頭に置いて腕受けをして数人を動かすという検証がありました。また正座した人が自分の肚を意識して立つと抑えられても立つことが出来、また抑える人が座った人の中心を指させば立てなくなる、という検証もありました。これも意識で何回かすれば消えてしまい、これらの感覚を身体で出来るようになるにはやはり訓練、稽古、修行が必要なのだと思います。そしてこのような次元の学びを受けている自分たち一人一人がそのエネルギーを学び、行動、実践していかなければならないと思います。

今回も本当に、他には無い世界を経験、体験させて頂きました。この経験を、軸

に自分の今、を広げ、行動、実践して参ります。





●山形 教員 60代 男性 MI


宇城憲治先生、この度の合同合宿でのご指導、本当にありがとうございました。

この度もたくさんのエネルギーを注入していただきました。先生は合宿に参加された塾生の皆さんの身体に信じがたいほどのパワーも得させてくださいました。その中で、一人ひとりの身体に、本来は豊かにあるはず可能性がすっかりしまいこまれていることや、制度としての学校教育が多くの人間の心身の成長の可能性を奪っている事実にあらためて気づかされました。と同時に、何よりも自分の本当の姿、現在の立ち位置を思い知らされ、すごく情けない思いでいっぱいです。本当に申し訳ありません。


この度の合宿で与えていただいた三つの気づきについて書かせていただきます。

一つは「自分こそが奴隷である」、もう一つは「自分が怯えている」、三つめは「自分の身体に希望を持つ」です。


まず、一つ目ですが、先日、ヘーゲルの言葉を紹介していただいた際には、「自分が教員としてかかわった学校教育は、奴隷を育てていただけだった。生徒を家畜化していただけだった。」という気づきを得たのですが、今回のご講義の中での先生のお話を聞いていて、「奴隷を育てた自分こそが奴隷」「生徒を家畜化してきた自分こそが家畜だった」だと痛感しました。自分が勤務してきたのは私立学校ですから、本当に生徒たちが自立・自律できるようサポートしていこうとしたら、いろんな授業や行事・部活をいろんなぶつかり合いを経ながら企画・実行できたはずです。しかし、そうしませんでした。実際には他の教員との衝突を恐れ、過去の「伝統=慣習」に縛られて、周囲とのなれ合いの中でとても生ぬるいかかわりしかしてきておらず、その内に初心者の頃に抱いていた夢や希望、情熱、現場改革の「熱い想い」はどこかに行ってしまいました。髪の毛やピアスもそうですが「服装の乱れは気持ちの乱れ・生活の乱れ」などと決めつけて、生徒を抑えつけて生来のエネルギーの発露を消失させてきたのは、自分こそが抑えつけられることに慣れてしまってエネルギーを失っていたからだと思います。まさに「奴隷」です。自分で動きたいように動く、自分の判断や身体の感性を信頼して状況を切り開いていく、そんなあり方が全然できていませんでした。組織や制度の中で、必然的に奴隷化されていただけではなく、内面において自ら進んで奴隷化していたのです。


本当に、実に愚かでした。教える教科・科目について専門的な勉強をしてきて生徒に比べて多少いろんなことを知っている、経験値があるとはいっても、せいぜい中間の“奴隷頭”程度です。魂をすっかり抜かれてしまった大勢の日本人の中にいて、自分だけはちょっと違うと思っていたかったのですが、完全な錯覚でした。競争原理を根底に持っている受験勉強やスポーツ(運動部)という毒をたくさん浴びたまま、自らその毒をまき散らし、自分の頭脳と身体が「見えない鎖」で縛られていることに盲目であって、「自分は少しはましかも」などと勘違いしていました。そんな勘違いのままでは、宇城先生がおっしゃる「調和・融合」など望むべくもないほどに、自分は無意識レベルですでに「洗脳・操作」されていたのです。「人間は生まれながらにして完成形」という宇城先生の教えに長く接していながら、教育の現場で「本来の教育はどうあるべきか。今何をするのか。」などについて真剣に、共同で模索することを放棄してきたのです


二つ目。初日のご指導の中で、宇城先生は「日本の社会には今、理屈・屁理屈・こじつけがひどく多い。それらは怯えや不安から生み出されている」とお話しされていました。自分はそのお話をお聞きして、「本当にそうだよな、特に学校の教員ってそうだよな。理屈・屁理屈ばかりで、全然自分を変えようとしないし…」と感じていました。

しかし、そのお話を伺っている時には、まさか自分が100%、そのまま当てはまるとは思っていませんでした。正直「自分はちょっとましかも…」と思っていました。しかし、それこそがまさにとんでもない傲慢さ、横着さに他なりませんでした。


懇親会の席で、先生から直にいただいた「実践が何もなくて、理屈・屁理屈ばかり。そういう人同士は話が合うが、怯えている証拠だ。」との言葉は、自分の中にある「横着さ」「傲慢さ」、前回の合同合宿とのつながりで言えば「ガサツさ」をはっきり見させるものでした。無意識レベルの自分、つまり本当の自分を、ズバリ言い当てられたと痛感しました。意識のレベルではそのような自覚がなく、そんなふうに考えたことがなかったので、一瞬、「えっ、この自分が怯えている?」という思いがありましたが、すぐに、普段の自分の姿や様々な場面での行動を思い返して「そうだ、自分は怯えているんだ。不安だらけなんだ。それを感じなかったのは、見たくないものは見ないように自分をごまかしていただけなんだ(戦前の軍部と同じだ)。」と思いました。自分では意識は出来ていませんでしたが、先生の眼から見れば、自分の行動は自分の無意識の中身をそのまま現わしているのだと感じました。先生は一つひとつの行動を見て、その行動の背後にある無意識レベルの本当の姿(本質を)を見抜かれているのだと思いました。


せっかくの合同合宿で、先生が寝食を共にしながら学びの場を提供していただいているにもかかわらず、その価値を理解しないかのような自分の所作や行動、そして普段の生活における自分の行動や時間の使い方(優先順位の付け方)等を振り返ってみると、本気で自分を変えようとしておらず、宇城先生からたくさんの教えをいただいているのにもかかわらず、進歩・成長に取り組む「ふり」をしているだけ。実際には進歩どころか退化さえしているのです。学んでいる「ふり」は本当に恐ろしい毒だと思います。しかし、それが自分の無意識レベルで起こっているので救いがたいと感じました。


正直、これまでは「自分が怯えている」と考えたことはありませんでした。しかし、将来の自分の生活に不安がないと言えばうそになります。「年金」「病気」「仕事」「生活」などについてか、他の人と同じように不安を抱えています。社会全体の動きに対しても不安を感じています。「いったいこれから日本は、世界はどうなるのか」、そんな不安を抱えていながら、見ないように気づかないように、不安なんか感じていないかのようにふるまっていただけです。まさ「ふり」です。

こういう自分のホントのあり様は、宇城先生に教えをいただいていることの価値と意味を台無しにしているのだと痛感しました。何とも罪深いことです。


特に、今まで自分の授業を受けてきた生徒たちに対して、本当に申し訳ない想いです。単なる「知識」を多少の理解しかないのに、わかった「ふり」をして生徒に話をしていただけ。世の中の様々な問題を生徒たちに提起して「考えろ」と求めていながら、肝心なところでは自分こそが、真剣に考え行動することから逃げていました。

そんなことで生徒たちが、自分の授業を心待ちにすることなどあるはずがないのです。

宇城先生が、本来の先生の在り方としては「先生が校門で子どもたちを迎える」のではなく「子どもたちが先生を迎えに来る」状態であるべきだと言われたことの意味が、自分の中でどんどん深くなっています。


今、認定こども園にかかわっていて、週に数回「1、2歳児クラス」「年少、年中、年少」の子どもたちとかかわることがあるのですが、彼らはエネルギーの塊です。疲れ切るまで夢中になって遊ぶさまは、まさに「おそれ」「ためらい」「不安」「おびえ」などを知らない感じです。しかし、そんな子供たちがやがて小学校・中学校・高校で「学校行きたくない」「死にたい」ってなります。ホントに訳が分かりません。しかし、これが日本の子どもたちの現状です。大人、特に学校教育に関係する者の罪は本当に深いと感じます。そして、その中の一人が自分です。「おそれ」「ためらい」「不安」「おびえ」を抱えながら、それに気づかぬふりをしているだけの教員が他らならぬ自分でした。そして、「自分はちょっとまし」この考えこそが、毒でした。自分の進歩・成長を妨げるものでした。


「多くの国民が洗脳されている」そのように宇城先生が指摘される時、どこかその「洗脳」から自分を除いていました。当たり前の話ですが「洗脳」とは、意識の層ではなくて無意識の層で起きています。自分はすっかり無意識の層で「洗脳」されていました。

日本人がGHQによって、本来の日本人の精神性の成長を骨抜きにされてきたことは知っていました。アメリカに従属することによって経済的な繁栄を与えられて、魂を骨抜きにされてきた日本人はまさに自分でした。


「スポーツが栄えると国が滅びる」まさにそうなのだと思います。為政者は野球やサッカーを始めとして多くのスポーツを、国民が夢中になれるものとして用意します。何のために? 国民をコントロールするためです。政治や経済の「真実」、つまり様々な問題の原因とその解決策を見させないようにします。健康や暮らしなど、それぞれの国民が抱える不安から目を背けさせ、一時の「憂さ晴らし」のために大きなお金が動く仕組みを学校教育の現場やメディアを動員して作りあげています。自分にはそのことが見えていて、ちょっとましだと思っていました。


しかし、宇城先生の眼から見たら、自分も他の国民も本質は一緒。自分もバカ国民の一人です。オリンピックやWBC、サッカーのワールドカップなどスポーツの報道にはどうしても目が行ってしまいます。特に自分の好きな、自分がやったことのあるスポーツの結果はどうしても気になります。自分が応援したい選手がいればなおさらです。そのことによって、どれだけ日常生活の中で時間を喪失してきたことかと思います。これがまさに「洗脳」の結果です。


今朝のニュースで、WBCのハイライトを報じていましたが、東京ドームに集まって“熱狂”している姿を見て、背筋が寒くなってきました。この人たち、ローマのコロッセウムに集まった観客と同じように「熱狂」しているけど、世界が第三次世界大戦に突入していることなど全く気にかけない、本当に愚鈍な民だなと思いました。そして、自分もまぎれもなくその愚鈍な民の一人です。

スポーツは現実逃避のための「麻薬」だと思いました。「勝った負けた」の結果で右往左往するスポーツに夢中になり、ネットやテレビでスポーツネタをチェックして、そうして無駄に費やしている暇な時間がどれほど多いのか、自分も含めて「気晴らし」に時間を奪われ、人生を喪失している人が本当に多いのです。これでは到底、日本が戦争に向かうことを阻止できるわけがありません。このままでは宇城先生の「日本が戦争する」という予告が、近い将来、本当に当たってしまうと思いました。


ここまでの二つの気づきは榎本師範がすでに指摘されていたことです。「問題は一人ひとりが「自分は違う」と自分を省いてしまうことです。今読んでいるこの瞬間も省いている自分がいることと思います。先生は「すべては自分」と教えているのに、まず「自分」を省く。「自分は違う」という根拠は? 身体での教えを学んでいるのに、その学びを身体で表せなければ全て嘘。思い込みの自分で生きている自分に気付くことです。」『宇城空手の神髄と継承(一)』」(P109)この言葉が本当に真実で痛いです。しかし、「先生の教えに一直線な自分がいれば、必ず自分で気づくことができます。背伸びする必要はない。今の自分は否定できません、事実です。だからこそ先生は次のステップとして示してくれる。先生の教えに気付くことができれば、ステップを踏むことになります。そういう導きしかしないからです。」との言葉は希望です。とても情けなく恥ずかしい自分の現実を事実と認めて、そこから一歩一歩進むしかありません。事実をごまかしたら全く成長できないことは明らかです。


 三つ目は「自分の身体に希望を持つ」です。合宿ではずっと先生にエネルギーをいただいていましたが、そころどころ、自分たちでやってみる時間帯がありました。その度毎に他の塾生にも手伝ってもらって、自分の身体の検証をしました。

途中、先生は「出来た感覚を身体が覚えていることが大事」と言われました。そのことに関連するのですが、二日目の午後、自分が「正座して両肩を二人の人に押さえつけられた状態で立ち上がる」動きの中で、最初は自分の力で立ち上がろうとして、結果的に両肩を抑えている塾生とぶつかってつぶされましたが、先生に「自分の内面を変える、自分の内面に向かう。」と言われて、自分の内面に気持ちを向かわせた瞬間、結果として体から力みが消えスッと立ち上がることができました。この時に感覚はまだ自分の身体の中にあります。本当に力ではないのだと思います。対立するばかりの筋力に頼ることを本当に辞めたいと感じました。


また、塾生の全員が先生にしがみつき動かせまいとして押さえて付けた時、先生の身体が消えたと感じた瞬間に、圧倒的なエネルギーが押し寄せてきて、自分の身体も他の塾生の身体も持っていかれました。「中心を消す」「内面を変える」などによって計り知れないエネルギーを生み出すことができるのに、それをできないようにできないようにお金を払って学校で学び続けてきたという指摘がそのまんま当てはまって本当に痛かったです。「いったい自分は何をしてきたんだ。どれだけ狭い世界で生きてきたんだ」と思います。


しかし、合宿や普段の道塾の学びで、先生は常に身体でご指導くださいます。今回も先生のご指導の際に、自分の身体が解放された思いです。とてつもないエネルギーを先生から与えられて自由自在に動き回ることができ、相手をその動きに従わせることができます。しかし、そこには勝ち負けがありません。相手を動かした次には自分も動かされて、体が喜んでいます。投げられても投げることができ、投げられてもいたくありません。腕や足などの部分ではなく体の芯からエネルギーが湧き出てくる感じです。筋力ではなく細胞に注ぎ込まれたエネルギーによって動く身体の感覚がいつもより鮮明でした。そして、「勝った負けた」がないということは、どれだけ身体にとって魂にとって健康的で大事なことかと痛感しました。きっと細胞に与えられるエネルギーは、あるかないかはあっても優劣はないからだと思います。日本の学校で絶え間なく生産されている「優越感・劣等感」は百害あって一利なしの相対の世界ですが、宇城先生の「気」は常に絶対の世界でああって「優劣」を超えた世界だからです。


「戦わずして勝つ」「相手と向かい合った瞬間にすでに勝っている」ことはスポーツにおけるような勝者・敗者を生み出しません。江戸時代の剣術家、本来の日本の武道家が「勝ち負け」を超えた世界を目指してひたすらおのれの修行に励み、精神性を向上させてきたのはこのことのためなのだと、わかっていた「つもり」でしかなかったことが本当にわかりました。これまで自分がかかわってきたスポーツの世界は本当にセコイです。勝ち敗けの結果にとらわれ親も学校も無駄に一喜一憂しています。勝てば天狗になり負ければ卑屈になり、精神性をどうやって向上させるのか、と思い知らされました。


ただ、今回の合宿では自分の身体の感覚、先生に気を通していただいた際の身体の変化の感覚がいつも以上に残っている感じがあります。わずかですが、言葉と身体感覚が一緒になっている感じが残っています。先生がおっしゃる「事理一致」にははるかにおよびませんが、プレ道塾の際に実践塾で学ばれている塾生の方たちに教わった時の感覚もよみがえってきて、自分の身体ができることからしっかり積み重ねていきたいと強く思わされました。とにかく日常を変えるしかありません。「一人稽古」が本当に大切だとわかっていても実践しなければ、宇城先生に学ぶ意味は失われてしまいます。

最後に、宇城先生が命を削って私たちに教えていただくだけではなく、世界中を駆け回って教えていただいていることには本当に感謝と敬意の思いでいっぱいです。「よくこの時代にいてくれたなと本当に奇跡だといつも思います。」『神髄と継承(一)』(P107)と榎本師範が言われるこの言葉は本当に真実です。ですから「奇跡」をできるだけ自分の日常に落とし込むために、頭での理解や「つもり」「ふり」を捨て、先生のご指導の際に自分の身体が感じ取った変化を信じ、自分を変革していくことに専心したいと思います。生徒や周囲の同僚を変えるのは先の先だと思います。どうぞこれからもご指導のほどよろしくお願いいたします。

この度の合同合宿でのご指導、本当にありがとうございました。





●神奈川 会社員 60代 男性 MW


宇城先生、この度も素晴らしいご指導をありがとうございました。

合宿に参加する前まで、ずっとモヤモヤとしていた自分がスーッと透明になれたような気がしています。今回の合宿は、参加しているときから感じていたのですが、あらためて振り返ってみても次元が違う桁違いのエネルギー時空に参加させていただいたのだと思います。

実技も冒頭から、「出来なかったら晩飯抜き!」という冗談とも本気とも思われる実証からスタートでした。グループごとに一人が、列に並んだ先頭の人が突き出した拳を触って一体となって全員を動かす検証でした。


 「出来るかな?」というちょっと迷った感じで先頭のTさんの拳に手のひらを乗せて列の一番後ろの人にまで押さずに触った感触を伝えようとしました。でもちょっと押しているような気がして、「ダメだなあ」と呟いたときに先頭のTさんが、「ああ惜しい」といったので、もう一回Tさんの拳を触ると「あ、出来る」と感じました。それは自分が動かすのではなく、乗せているだけで、列のみんなと自分が繋がっている感じでした。「何もしない、やろうとしない」「透明人間がスーッといく」というような先生のお言葉が、まさにピッタリ来る感覚でした。押さずに思うだけで、列の後ろのほうまでスーッと下がっていくのを感じて、今度は「こっちに来てほしいなあ」と思うと、スーッと引っ張っていないのに、列を引き寄せることもできました。この透明な気持ちよさが、グループみんなの共有体験となって、次々と順番を変えても、みんな出来ていく。最高に気持ちのいい感覚でした。

2巡目になると指で触っているだけで動かせたり、触らずに手のひらを近づけるだけでも列を動かすことが出来ました。

この感覚を忘れないように謙虚な生き方をしなければならないと、嬉しい気持ちになりました。

こんな感覚というか気持ちになったのは、10数年の宇城道塾の体験のなかでも初めてだと思います。


講義の途中で、ちょうど先生の真正面に正座してお話を伺うことが出来た時になんともいえない緊張感と、心地よさを感じました。

先生のお顔をまっすぐに観ていたら全身が熱くなりました。これが身体で受講することなのかと幸せな気がしました。

講義の中で、宇城先生がこれまでも何度かおっしゃっていた短期、中期、長期の考え方が、今回はとてもしっくりくる感じがしています。所属する会社では、立場的には既に定年後の嘱託契約になっているので、会社業務と並行して自分の個人事業の健康指導や整体にシフトしていく準備中です。そのあたりの焦りが、合宿参加前のモヤモヤにも繋がっていたのだと思います。

先生がお金をすぐに回収しようと、我欲を出してはいけない、中期の投資として学ぶことは重要だとおっしゃる言葉が響きました。

今のシステムの中で、焦らずに人の役に立つこと、ためになることを積み重ねていく、そして中期的にそれが自分の経済基盤になるには無意識領域で施術やサポートができるようになってからなのだろうと思います。


そもそもファスティングを中心とした健康サポートをやるきっかけは、自分が小学校の頃に、病気で体育も見学だったのを母が食育を学び、食事の改善で医師も驚くような健康体に生まれ変わったのを50歳近くなってやっと気づいたことがきっかけでした。それから約10年たって、今度は母の踊りの生徒さんが膝や腰が痛くて踊れなくなったので、自分が整体や身体操法を学んで歩けるようにお手伝いしたことが整体を本格的に学び始めるきっかけとなっております。

昨年は自分が肩を痛めたことを機に、40肩や50肩、腰痛、ひざ痛の治療法を学び、痛みやコリは整形外科的な西洋医学よりも有効な方法が多くあるとわかりさらに研究しています。身の回りの困っている人を助けることから、食事指導や施術を広めていくことが急がば回れで、自分のやりたいことなのかもしれません。


合宿で全国の塾生と旧交を温めるのも最高に幸せな感じがしました。昨年は参加できなかったので、2年ぶりだったり10数年ぶりに会う方もいて、ああ道塾仲間はいいなあとしみじみ思っています。この輪をもっと拡げていきたいという気持ちも強くなりました。

引き続きご指導のほどよろしくお願い申し上げます。




●千葉 自営業 50代 男性 CN


この度も先生と寝食を共にさせていただく貴重な合宿の開催誠にありがとうございました。毎回ですが最高の合宿となり本当にありがとうございました。


「理論、理屈、屁理屈、こじつけ」と称された板書きからのスタートでしたが、合宿中のどの場面も全て理屈抜き、実践実証のまさに知の入り口を身体にしていただいた二日間でした。

冒頭の多人数の列を触れて動かす検証の際、出来る感覚が先にありました。

その感覚を変化させずにいくと列が結果動きました。

しかし、その感覚から少しでも押そうとしたり、頭に切り替わると途端に手が外れ衝突したのですが、その違いがはっきりと感じられその実感を得られたのは、とても大きな気づきとなりました。

本当に歩みが遅く微々たるものではありますが、先生のご指導の積み重ねを感謝いたします。

一生気づく事のなかった世界を本当にありがたく思います。


検証の中で先生に竹刀、木刀で打ち込んでいくという実践をさせていただきました。

自分の人生の中でも通常味わう事のない、大変貴重であると同時に、本当に怖い実践検証でありました。

打ち込んでいく側の自分の呼吸がどんどん取られていきます。竹刀から木刀に変われば尚更にそれは厳しくなり、一本一本が本当に厳しいものでした。

先生に打ち込んでいくというのは、死を意味するというのでしょうか、切られる覚悟というのか、競技的に打ち込めば良いなどというのとは、全くもって別次元の話であり、肝を冷やすというのはこういうことでは無いか、と思いました。

素手の時よりも木刀を手にした時の方が圧倒的に身体が身の危険を感じていて、通常の次元であれば武器を手にしたほうが強いはずなのに、全く逆です。

真剣になればなるほど観念せざる得ないのが本当によくわかりました。


何で振り下ろせなくなるのか、と質問を受けましたが、勝手に止まってしまうとしか伝えようもなく、身の危険を感じてくれる身体に感謝します。

本当に志ある政治家などは本当に先生に教えを乞うべきです。

肩書き、知名度で世界に通用する筈もなく、ましてや心なしで何が出来ようかと思います。

武術の極意は真心というのが少し垣間見得た気がしました。


様々な場面で先生の立ち居振る舞いの中に先生の心が見えてくる様に思いました。

羽織の紐を解く時の繊細な手の動き、お酒を飲まれていても変わらず、本当に丁寧な動きを見てはっとしました。

今まで気づいていなかったのだと感じました。


塾生への温かく厳しいお心遣い、一触の際の触れ方から何から何まで、心の発動と自分たちの頭からの発動の大きな違いをあらためて感じさせていただきました。

先生を真似る、それは師の心を映す、ということが今まで以上に腑に落ちました。

途中先生がエネルギーの袋を投げるからと言われ、みんなで受け取りました。

よく考えたら、先生は常に降り注ぐ様に私達に与えてくれています。

それを気づかずキャッチしない、だからこそ見かねて、あえて今から投げるからキャッチしなさいと仰られたのではないかと思い、3次元から5次元は認識出来ないのだから、5次元の世界から自分の世界に切り替えている癖がまだまだあるのだと認識しました。

切り替えなければ降り注いでいただいているエネルギーを逃さず、吸収していけるはずです。あらためて精進いたします。


人間の凄さ、人生の素晴らしさをあますことなく伝えていただいた二日間。

しかし、良かったで終わる事なく、道塾、実践塾と日常との隔たりがない様に過ごしていかなければ、先生のご指導を活かす事にならないと思います。

それは先生は常に物凄い速さで変化し続けながらも変わらず、どの場でも先生だからです。

理論、理屈、屁理屈、こじつけの自分ではなく、本当の真の自分で在れるように、日々の姿を曝け出し、作る事なく、偽る事なく、先生の前に立てる様な日常生活を送っていきたいと思います。

この度の貴重なご指導ありおがとうございました。

今後ともご指導のほどよろしくお願いいたします。





広島 公務員 50代 男性 TI


今回の合宿の講義は、先生が白板に書かれていましたが、意識の世界は1%で、無意識の世界は99%であること、意識の世界は理論、理屈、屁理屈、こじつけにつながっていき、無意識の世界は真実で真理につながっていくとのことでした。また1%の意識の世界の中の0.1%を使って権力者が我々庶民を操っているとのことでした。そのため、勉強しないと奴隷になると言われますが、勉強するのも、自分の無意識の力を借りないと気づけないとも思いました。困難ですが意識したいと思います。


実践では無意識のすごい力を何度も体験させていただきました。この無意識の力は5次元の世界につながり、ものの見方も5次元で見ることができるようになるとのことでした。また意識の世界は、勉強せずにいると2次元に退化してしまいやすいとのことでした。横着な自分でいると、そうなってしまうのだろうと感じました。


無意識の力の実践で、班に分かれて列になり、前の人の出した手に手をのせて押すことを行いましたが、手で押すことがやめられず難しかったです。先生が透明人間が自分から出てきて、押していくようにと言われ、その通りに行うとできました。例えが分かりやすかったですが、押さずに押すという無意識世界への入り口を体験させていただきました。


部屋で一緒になった方にMさんがいらっしゃいました。仙台道塾で北海道の北見市から通われているとのことでした。お仕事は市役所で、農業のことを長くやられているとのことで、特産の玉ねぎの事等をお聞きしました。遠くから来られている方がいらっしゃることで、合宿場のエネルギーが高くなっている気がしました。


今回、岡山道塾からは3名の参加でした。私は実践塾に入らせていただく前の、3年前ぐらいに一度参加させていただいた以来の参加でした。自発的ではなく、岡山道塾が無くなるかもしれないから、盛り上げなければという気持ちでした。しかし道塾は、空手がない分ダイレクトに職場での自分や家庭での自分等を皆さんと交流しながら顧みることができ、大変貴重な場であるとあらためて感じました。皆さんが大変良い雰囲気を作られていて、私も一緒にそうしたいと強く思いました。前回の参加では我を出してしまって、雰囲気を壊したと思います、今更ながら反省しました。 


同じ岡山実践塾のIさんと、初めて長く話すことができましたが、社会人野球をやっていて、辞めて仕事を始めるタイミングでSさんに誘われて入塾したことをお聞きしました。仕事を始めてみると、様々な社会の仕組みが分かってきて面白いと言われていました。自分を顧みて、そのような時があったろうかと思いました。Iさんの懇親会の時の挨拶は、先生が「将来取締役や」と言われていましたが、私も大変素晴らしいと思いました。一緒に岡山道塾の良い雰囲気を作って盛り上げていきたいと思います。

今後ともご指導よろしくお願いいたします。




●東京 会社員 40代 女性 NS


春季道塾合宿に参加させていただき、誠にありがとうございました。


一番の気づきは、これまで「押すふり」をしていて、それをやめていなかった、という点です。

押すふりをやめる、そしたら、ピタッとくるところがある。そしたらぐらぐらとくる。そして、動き出す。本当に、一般の感覚の「押す」がありませんでした。

逆にいうと、それが1ミリでもあれば、エネルギーによって動きませんでした。


押すふりを手放す手がかりとして、仰向けになって背中で地面をみることや、正座して上から押さえられているところ、内面、内臓をみるようにご指導いただきました。

また、中心を感じられるように気を入れてくださった場面がありました。

その感覚を頼りに我々も再現できるように手がかりをくださったものです。


中心ができた時は、思うだけで両手を押さえていた人たちが動いていきました。

思うと言っても、こう動かそうと思ったものは、動きません。先生のおっしゃる「思う」と、「欲」の違いも体験させていただきました。


先生が指をふれるだけで列が動く実証をされて、それは電気が通るのと似ていると思いました。つながっていない電線が、つながることによって電気が通る。先生の場合はふれなくても気を通すことができるわけですが、我々に分かりやすいようにみせてくださり、ありがとうございます。


電気が通る現象ですと、我々も日常にあるものとしてピンときやすいと思います。

これが気となった途端、「できない」「無理」という刷り込みが働く。しかし、同じ自然の原理だと思いますし、その思い込みは違うのだと、上書きできる手がかりをいただいたと感じております。


人は、3次元どころか、2次元になることがあることも体験させていただきました。

そして、2次元の時は、不安と怯えがあり、一番大切な「今」がみえなくなりました。2次元になることは、そのほうが庶民を従わせやすいと、権威が食料不足を煽る等の工作でも操作できますし、個人で「自分は弱いから」「こういう性格だから」「こういう過去があるから」「こういう事情だから」と、自作自演することもできます。すべて、言い訳だとわかります。


謙虚さがない現代人は、受け取ることに対し、もっと自覚しなければならないと思いました。2次元を自作自演となっている人は、先生の気も、太陽も空気も水も、受け取っていることを受け入れる必要があると思います。自ら受け取ることをせき止めていることを感じています。開いていない状態とも言えると思います。


これは、わたし自身が、合宿中に、全体で先生に気を通され大きく動き出している時に、自分の反応がにぶいと感じた時に自覚したことで、気が通ることに抵抗している自分を感じました。身を任せたら、気が通りやすくなりました。


マカオの水のショーの動画をみせていただきました。わたし自身子供の頃にあのような高いところから飛び降りるショーをみたことがある記憶があり、そこから「人間はああいうことができるんだ」と違和感なくみれました。

しかし、これが大人になって初めてあの映像をみていたら、きっと「あんなこと無理」という反応になっていただろうと思いました。ここでも、大人になる前に何にふれるかが大切だと感じました。


懇親会で各地域の代表の方からのご挨拶がありました。皆さん、不自然さがなく、心から思われていること、普段実践されていることを話されている感じがしました。先生に教わっていることを、日々の生活の場面で広められていてすばらしいと思いました。わたしも実践につながる日常での行動をしようと思いました。


また、新しい方が各地域から今回の合宿に参加されていたことも嬉しいです。

濃い強い仲間が各地に増えて、それぞれの地域で活動して、周りを影響して、横でも繋がれればと思います。


学費は在学中は不要で、後払いにするビジネスモデルの学校も、実業をみてこられた先生ならではの視点だと感じ、可能性を感じました。そのような子供が育つよう大人のわたしも教育していきたいと思います。


合宿に参加させていただき、数々の貴重な体験や気づきをくださり、誠にありがとうございました。日々の生活の中で実践して参ります。

これからもご指導の程、よろしくお願いいたします。





●神奈川 自営業 50代 男性 TS


今回の開催に参加させていただきありがとうございました。

 

3次元にある「できないことから、できるようになりたいという」渇望の次元から、5次元という既にある「すでに存在している」という並行現実の次元への移行。

この考えを気の体験を通じて、心の抵抗を外していく体験が合宿の中で特に胸に残っております。


そして、高い時次元からみれば低い次元の状態がよくわかる。

だから、5次元というできる自分からみれば3次元の状態が見える。

なので、「できないからできるようになりたいと思っているときは、我がでて、欲がでて、抗っている自分」がそこにありました。


しかし、できる自分という視点かみれば「そもそもできるのでが我でず、なんとかしたいという欲もでず、抵抗なくできる自分がいる」、それを言葉でなく、身体で理解するそんな体験をさせていただきました。


これらをこうして字面にすると書いていいる自分ですらまるでなぞかけのようで、禅問答のようで、わかるようでわからない言葉ですが、できた自分にとって、そして体験した自分にとっては、これらのこの言葉がわかりやすく、気を発動する中心に向かう大事なあり方に気づかせていただいと感じております。


しかし、この学びや感じたことをこれから関わる方に伝えていきたいとおもうのですが、何も知らない人、今悩んでいる人、今苦しんでいる人に、このまま伝えても伝わらず。

むしろ混乱してしまうかもしれないと思いました。


そう、今こうして書いている自分の中にまだ「できないと感じている次元の自分」がおりました。


そこで合宿で体験して、身体に残っている感覚を頼りに中心に戻れば、そこには「できている自分」がおりました。

すると「相手を変えようとすることではなく、自分が変わることで繋がる」と胸にあります。


気の体験であったのは、「他者を変えることではなく自分を変える」という体験でした。

そのことでで大きな力を生んだり、たくさんの人にも伝わるという気の力を体感しました。

そこには相手を変えようとする欲からくる視点ではなく、できるという視点の次元から関わっていたこと。


そこには対立も衝突もない世界が「すでにある」ということ。

今日から進む道が目の前にありました。


ご指導ありがとうございました。今日から更に道を歩み進みます。



●愛知 教員 50代 男性 TU


この度、通常ではあり得ない六次元の高次元の世界から、思考が全く働かず、死に体となっている

低次元の状態の世界まで、唯一無二の実証を通じて「真実」「真理」を教えて頂きましたこと、

宇城先生には感謝致します。

 

講義中、宇城先生からは「五次元からは、三次元が見える。しかし、三次元からは五次元は見えない」とありました。以前、道塾で先生は「高いビルからは下がよく見えるが、低いビルからは高いビルの向こう側は見えない」と仰ってみえました。まさに、このことだと思います。

 

今までの私は、マスコミ報道や、教育、そして政治・行政などについて、知らず知らずのうちに一方的に受け身状態となり、三次元どころか二次元の領域にも入っていたことを実証の体験で感じたところです。

 

正座から立ち上がることができない、横に仰向けになった状態から起き上がることができない、あるいは、両腕を4人の方に握られ動かすことができない……正直、なすすべありません。自由がありません。無理しなくてこのままでよいのではという諦めも正直出てきます。

これは、為政者がもっともらしい理論を述べ、庶民を二次元世界に身を置かせ、思考をもさせない状態と同じであると考えます。

しかし、宇城先生からひとたびエネルギーを入れて頂くと、急に「できる」という感覚が体中に走り、想像をはるかに上回るエネルギーにより、正座から立てたり、腕をつかまれそうになった4人が前方にものすごいスピードで転がっていき、自身の自由無碍を体験させて頂いたのです。

そして、「できる」が生まれるのです。

 

先生が仰るように、1%の理論・理屈・屁理屈・こじつけでは、何も生まれません。ただ、ひとつだけ生まれるとしたら「無関心」だけだと思います。

逆に、99%の実証・真実・真理だからこそ、目に見えない世界に何億倍ものエネルギーが潜み、それを体の内側から出すことにより、「できる」が次、次、次への生産性につながっていくことを、理屈なしで身をもって学ばせて頂きました。

何故なら、転ばれたエネルギーの入った方の手、足をつかんだ方がものすごいスピードでまた転び、次の方、次の方へと転がってもエネルギーが伝播していくことが真実だからです。

 

最後に、先生は目に見える形で六次元の世界を実証して頂きました。

 

相手(真ん中の人)の胸の部分と反対の背中部分に拳をあて、真ん中の1人と、胸前の2人と背中後ろの

2人の合計5人が一つとなるものです。

最初は、真ん中の人は、拳が前後から強く当たり、痛いです。しかし、先生が六次元の世界を作り出すと、拳は胸の中に優しく食い込み、5人が一体となるのです。そこに回転が加わると、ものすごいスピードで回りはじめました。

(この拳が自分、または相手の胸に入っていく感覚は、昨年8月インターハイ試合直前、『宇城空手の真髄と継承(一)』の本の表紙に手を乗せると、手が本の中に吸い込まれ、大舞台でぶれない心になっていったことと一緒でした。)

 

さらに、宇城先生が中心となって、周りのみんなが先生に触れてもいないのに、エネルギーによって回転するという六次元世界の体験もさせて頂きました。

その時、直感として、宇城先生が創りだされた六次元の世界には「愛」があると身体で感じとることが

できました。

五次元を上回る六次元の世界には宇城先生の「愛」があったのだと自然に答えが出てきて、宇城先生への感謝、家族への感謝で、先生を中心に回ったあと目頭が熱くなっていました。

 

宇城先生の渾身の二日間のご指導で、新たな気づきを頂きました。

明日からも希望を持って、教員生活を送りたいと思います。ありがとうございました。

 




●東京 会社員 50代 男性 TT


宇城先生、ご指導の程、誠にありがとうございました。2日目のみの参加ではございましたが、エネルギーを沢山頂き、非常に内容の濃い1日となりました。

3次元の空間と5次元の空間は同時に存在するが、魂を売ってしまうと3次元どころか、簡単に2次元1次元の世界に落ちぶれてしまう。今までの間違った常識によって、本来持っている人の能力が失われていく。何も感じず、何にも考えずに行動すれば、この人間の能力が自然と失われてしまう世の中の仕組みとなっている。知らないという事はとても怖い事だと思います。


運良く、そうならない調和の世界を知る機会に恵まれました。争う事を覚えてしまった人類が、戦争という愚かな過ちで、自ら人類を滅ぼさないようにするには、この調和しかないと思います。頭では分かりますが、今までの常識が邪魔をして、なかなか身につきません。今教わっている事は今までの知識の延長線上にはなく、全く新しいものなので、投げることが出来た、出来なかったと表面的な事に囚われず、もっともっと内面の違いに向き合わないといけないと思いました。


先日、「真似をする時には形を真似するのではなく、その心を真似するのが良い」という渋沢栄一の言葉を教えて頂きましたが、今回教わった事も、良かったね、凄かったねと表面的な真似で終わらず、師匠の心を少しでも理解できるように日々実践していきたいと改めて思います。


また、話は変わりますが、今回小学校時代の友達が、合宿に初参加してくれました。ひょんなことから35年ぶりに再会し、宇城先生の話をした事で、繋がりました。人の縁はとても不思議だと思います。以前に拡げるのではなく、拡がるとのお話がございました。宇城先生の教えは人を幸せにすると思います。宇城先生の教えを自ら一生懸命実践し、その幸せが拡がっていけばいいなと思います。

今回もありがとうございました。引き続き、ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い申し上げます。




●福島 会社員 60代 男性 MO


今回の合同合宿では、宇城先生の実践検証に次ぐ実践検証の連続で、身体にたくさんのエネルギーをいただきました。これで明日から年度末繁忙期で、とても忙しい仕事で頑張れます。ありがとうございました。


今回の実践検証で、自分達の2次元3次元の世界から、2日間にわたり5次元6次元の世界に宇城先生に連れて行っていただきました。そこは、自分達の知る常識の世界ではなく、まったくの非常識の世界でした。5人の連なった列を、押さないで押す。引かないで引く。考えるとできなくなる。意識するのも同じ。全くの無意識で相手と調和すること。宇城先生は相手の細胞と仲良くすればええんや、と言われました。検証では、自分もなんとか列を動かせましたが、動き出すと力になって押してしまったように感じました。また、別の検証にて四つん這いで両手両足を複数人に掴まれての前進では、宇城先生に気を掛けられると、できるできないではなく、ただ前に進めると言う感覚しかありませんでした。


合同合宿での実践検証は、時間も回数も通常の道塾より多く、宇城先生の気によりできた時の身体の感覚を多く感じられるので、その感覚を身体に刻みつける場であると思います。そして身体の変化から心身の変化に繋げられれば良いと思います。いや、そうしなければいけません。


その、心身の調和が大切であると。今のウクライナ、イランでの戦争は人々の不安と怯えから起きていると宇城先生は言われます。日本もあり得るとも。これからの世の中どのように動くかわかりません。それだけ調和の心が大切になってきます。


道塾合同合宿では、通常の道塾や実践塾での検証より、合宿での検証はできてしまうことが多いです。それは宇城先生が作り出す気の場であり、同じ心持ちで合宿に参加している、塾生同士の調和ではないかと思います。そしてその調和の心で夜の懇親会は深夜まで続きます。それがまた、とても楽しいです。


宇城先生、道出版のスタッフの方々、春季合同合宿開催ありがとうございました。




●福島 公務員 50代 男性 HO


熱く激しく楽しい合宿をありがとうございました。


この5次元の世界

2次元、1次元の世界に貶めているのは他ならぬ自分自身


その事実をこれでもかというくらい体験させていただきました。


さらに高次の6次元の世界


その完全調和の世界はあまりに現実離れしており、映像や写真を見ただけでは絶対に信じられないと思います。この最先端科学や既存常識を超越した世界を体験させていただけるのは、世界の理を体現しておられる宇城先生のおかげです。


我々は、その高次元の世界を体験させていただいているのに「本当にできるだろうか?」と不安になり、結果を出せないことに怯え、頭と力の低次元の世界に逆戻りしてしまう。全ては自分自身の問題です。


量子力学の「シュレディンガーの猫」のように、できない自分とできる自分が同時に存在している。スピリチュアルや宗教のように、心の持ち様で全てが変わるといった根拠のない「理屈」ではなく、宇城先生は言葉ではなく身体をもって証明されるばかりか、その奇跡を我々にも体験させていただいております。それがどれだけとんでもないことか。謙虚にその事実を認めざるを得ません。


〈我々が失ったもの〉

世界の理との繋がり

調和

融合

人の魂


〈我々が手に入れてきたもの〉

パンとサーカス

対立

競争

分断

我欲


これまで手に入れてきたものの上に、失ったものを取り戻し、積み上げることはできません。それらを全て手放さなければならないのだと思います。しかし、徹底的に洗脳されてきた我々は手放すことができなくなっているのかもしれません。だからこそ、我々の子どもたち孫たちが同じ轍を踏まないようにしなければならないのだと思います。


今、世界中で究極の対立である戦争が起き、多くの命が失われています。その根底にあるのは、大国の指導者達の恐れ、怯えだと思います。


日本の政治も、この沈みかけている国を復興させるための施策を待ったなしで打っていかなければならないのに、今だけ良ければ良い、金持ちだけ良ければいい、人気だけ取れれば良いという愚策しか推し進めていません。中期長期のビジョンもなく、ただ自滅が待つ未来への短期の時間を溶かしているように感じます。


この破滅に向かう世界で我々に何ができるのか?


答えはひとつ


宇城先生のご指導を実践することだと思います。


この理不尽な世界への怒りと人の可能性という希望をエネルギー変換し、日常において行動し、自分を変え、周囲を変え、絆を結び、場の雰囲気を調和融合へと変えていく。

その場の変化を広げていく。これしかないと確信しております。


絶望と諦めという感情は捨てます。


どうかこれからも厳しいご指導をよろしくお願いいたします。

ありがとうございました。


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