2026年 第2回関西教師塾開催レポート
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令和8年4月15日(水)、京都にある私立立命館宇治高校にて第2回関西宇城教師塾が開催された。近畿地方を中心に、遠くは岐阜県より教員を中心に学童保育を経営する塾生も含めた23名が宇城塾長のもとに集まり、教育の行き詰まり、子どもたちのSOSに対して教育者が持つべき理念、行動すべきことを身体で学ぶ機会をいただいた。
冒頭、宇城塾長より、私たちが生きている世界には1次元〜5次元までが同時に存在しており、低い次元では競争から対立が生まれ、高い次元では調和・融合が起こる。私たち教師が低次元から高次元に変化しなければ、子ども達が持つ調和のエネルギーを奪ってしまう。そのことにいち早く気付き、教師が変わることが子ども達の未来を救うことにつながるという訓示をいただいた。
宇城塾長の気の世界はまさに5次元であり、宇城先生が気を通すとそれまでできなかったことが瞬時でできるようになることからも、低次元と高次元は別の世界に存在するのではなく、今この瞬間も自分の中に同時に存在しているのだということをさまざまな実践を通して経験させていただいた。
<検証①>
姿勢を正して正座をすると帯を引っ張ることが出来るが、ガッツポーズをすると帯を引っ張られてしまう。所作と身体との繋がりを経験することができた。
(正座の場合)
(ガッツボーズの場合)
<検証②>
宇城塾長が気を通した机は、机を押さえている力とは関係なく、前に移動していった。
<検証③>
一人の人間を押さえている大人数の人が宇城塾長の気により、回転し始めた。
検証②・③を通して、今までの経験ではあり得ない実証を経験させていただいた。既存の知識は役に立たないこと、無意識に自分にフィルターをかけることが自らの潜在能力に蓋をしていることに気づかせていただいた。
<検証④>
一列になった人を普通では押せないが、宇城塾長により身体に地球の重力のエネルギーを通してもらうと簡単に押すことができる。
<検証⑤>
寄り添う事で押さえた机を押すことができる。寄り添った人だけではなく、寄り添われた人も潜在能力を発揮することができる。心と身体は繋がっていることを経験させていただいた。
講義では、宇城塾長より「今日本が危機的な状況にあるのは日本の教育が本質を捉えていない。その理由のひとつに、教員自身が自ら勉強することをしない。先生という職業をなめている」という厳しい言葉をいただいた。ただし、宇城教師塾に集まる人たちは普段の学校教育に疑問を持ち、何とかしたいという強い思いのもとに集まっている。宇城教師塾で得た経験を学校で実践し、子どもたちのためにこの経験をいかして欲しいと期待を込めたお言葉をいただいた。
新年度始まって間のないこの時期に集まった塾生たちは、校務の忙しさのなかで忘れかけた大切な心を取り戻し、新しく出会った子どもたちや目の前にいる子どもたちに今、全力で寄り添う気持ちを持ち会場を後にすることができた。
参加者の感想
【京都 中学校 男性 40代】
先生の言葉だけではない、実証の世界を見せていただいて改めて次元の低い人間が本来の人間というレベルで考えた時、大人より高次元な子どもを間違った方向に、言い方を変えれば破滅に向かわせている。先生が実演されたことを我々はすぐ映せない。しかし講演会で参加している子どもや障がいを持っている方たちはすぐに映す。それも凄いだろではなく、当たり前に。いかに今の教育が人間のレベルを下げているか。
できる人に我々のようにできるかな、できないかな。といった迷いはそこにはない。帯をお互いに引っ張りあっての綱引き、3対2は3人が勝つのが常識。しかし先生が気をかけたら2が勝つ。それだけではなく、片方が正座をするとそちらが強くなる。気合いを入れてのガッツポーズは弱くなる。自分たちの常識は?
人間は電源スイッチがなくても動く。心臓、各臓器は命令では動いていない。サボるということを知らない。当たり前と言われれば当たり前だが、先生からしたら今日やった全てが当たり前で我々できない人からしたら受け入れられない事実だ。言葉で3次元、5次元、気の世界というのとは意味が違う。
改めて思うことは、いかに私は横着な生き方をして、生徒に接しているかがよく分かる。
横着な生き方が楽でいいというふうに刷り込まれている部分もある。それは子どもたちにも当然映る。対立の世界か、調和融合の世界か。先生の世界を知らなければ、対立の中に真実を見つけ出す生き方になり、我さえ良ければそれで良いになってしまう。結局お金になってしまい。
人間とは何のために生まれ、自分とは何者なのかということに向かう生き方ができない。
改めて私は何によって頑張るかが今は『欲』なんだと痛感した。しかし、先生に『欲』といういやらしさは微塵もない。『透明』『欲』の行き先はやはり自分さえの戦争になってしまう。それがこれまでの歴史に集約されている。
平和だからこそできること学ぶことがあり、平和だからこそ、この今がいかに貴重で尊いものかそれを守っていかなければいけないということに気付かされる。そのためにも自分とは何なのか、何者なのかそのことを問う学びを今の教育はしてこなかったし、そこに向かう学びではない。そんな学びからは強い軸や中心が作れない。自分の中心がない大人、教師が子どもの芽を摘んでいる。未来、大人に希望が持てない。それが社会に反映して様々な社会問題、子どもの自殺につながっているといっても過言ではない。先生が最後に言ってくださった。人間は『心』。
人は寄り添い、寄り添われることで本来の力を発揮する。その行動、勇気が人のエネルギーである。人として何より教師として普遍的なことを日々の実践で大切にして行き、自分自身が、自分にベクトルを向けて深さを求めて頑張ります。
新学期が始まり希望を持って子どもたちは登校しています。そのエネルギーをさらに高められる自分でいられるよう、正しい方向に導けるように、今日の学びを子どもたちに返して行きます。本日はありがとうございました。
【岐阜 高校 男性 40代】
先日の教師塾でのご指導ありがとうございました。
新年度となり、新しい職場においては間に合わないことが多く、目の前のことに振り回されている状況の中で、原点・本質に立ち返る貴重な時間となりました。今回のご指導で、短期・中期・長期の視点をもつことのお話がありましたが、まさに今の私が短期(どころかその日1日)をどう乗り切るかということに汲々としている状況でした。それなりに懸命に取り組んでいたつもりではありましたが、宇城先生の姿を見た瞬間に自分の甘さを痛感しました。
宇城先生は常々、「教師こそ誰よりも勉強しなければならない」とおっしゃいます。このことは当然のことのようでありながら、そもそも「勉強」することの本質すら蔑ろにしてしまっていることに気づきます。子どもたちを育てること、導くこと、心ありの人間にすること。私たちの仕事の目的をおろそかにして、大人や社会の都合で彼らを振り回す現実。そしてそれに飲まれる私たち。教師塾や道塾のような原点に立ち返る場がなければそのことにすら気づけません。目の前の業務や現実的な問題は山積していますが、そんなことは朝飯前でこなしつつ、本当にすべきこと、究めるべきことを究めていく実力をつけていきたいです。
そんなことを思い、もう一度原点に戻ろうと、新しい職場のトイレ掃除を翌日朝から始めました。この4月から勤める学校の校舎はまだ新しく、外観は公立高校とは思えないくらいきれいで洗練されています。しかし、よくよく見てみるとトイレや生徒用玄関はかなり汚れていることが気になっていました。そこに職員や生徒の心が表れているように感じつつ、なんとなくそのままにしてしまっていました。教師塾の翌日、これまでもそうしてきたように、ある階の便器を磨きました。時間はおそらく15分程度でしたが、その小さな空間の空気が変わったように感じました。このたった15分をこれまでおろそかにしてきたのかという気づきと、たとえ右も左もわからない環境でもできることはたくさんあるという元気が湧いてきました。
今日本は待ったなしの状況が続いています。産業、経済、医療、政治など各方面で完全に行き詰まっています。教育はその最たるものです。本校は進学校でありながら、受験勉強だけでなく探究型の学びを推進してきた学校だそうですが、それを推進し始めて20年近くたつにも関わらず、旧態依然の空気と新しい学びに対する懐疑的な雰囲気を職員の間で感じます。今回の会場校である立命館宇治高校のような学校の空気を吸うと、全くそのスピードやエネルギーに追いついていないと感じます。私自身がもっともっと外に出て、社会にもまれて学びを続け、この学校で生徒を見守り育てていきたいと改めて決意を新たにしました。
今年度も教師塾や道塾でのご指導何卒よろしくお願いいたします。
【京都 中高一貫 男性 40代】
昨日は教師塾でのご指導ありがとうございました。全ては自分の中にある。1 次元、2次元、3次元…5次元と。要するにできる自分とできない自分が既に「ある」ということで、それをどう引き出すのか。しかし「どうすればできるのか」と頭で考えている時点で「できない」ということです。それは人間が脳で動くのではなく、細胞で動くからです。
椅子に座った自分を抑えられると全く身動きができませんでしたが、先生に気を通してもらうと簡単に動かすことができました。抑えている人たちも先生が導く方向にグルグルと回り出し、その勢いは人数が増えれば増えるほど大きくなっていきました。人が多ければ頭では、『この人数はさすがに無理だ』と勝手に決めつけてしまう思考と身体になっていることに気づきました。それは2対3の帯引きでも同様です。人数が多い方が勝つという根拠のない要因が頭に浮かんできてしまう…ダメな方で身についてしまっているものはなかなか抜けません。
その思考は、日常の中でも同様のことがあることに宇城先生からご指導いただく中で気づかせていただきました。「建物を建てることが目的ではなく、教育の中身を充実させることが何より大切」おっしゃる通りだと。 学校の教育理念がそこにはあり、 本当に大切なのは、そこでどのような学びがあり、子どもたちがどう成長するかです。 そして、そこで勤務する教師の力量や想いこそが学校文化を創っていく。ということは、どれだけ教師が学び続け、深さを求め続けているのかが重要だということです。今の自分も含めてどこまで立命館宇治の教員集団が学べているのか。もっと教員が学んでいくような仕組みをつくる必要があると感じました。
宇城先生が 「教師塾は思いある人が集まっていて、 ここに集まり、 また頑張ろうと思う場である。 」とこの言葉に救われる一方で、同時に同じ職場にその想いをもつ教員が結集していないという裏返しでもあることに、自分自身が職場に影響を与えられていないという反省にもつながります。心なしが増えていること。愛の反対は憎しみではなく、無関心である。と…。関心を持たないから学ばない。 学ばないから深さがない。 深さがないということは愛がない。 本当の意味での寄り添うことができていないということなのだろうと強く感じました。おなかを押さえて痛い人を見て見ぬフリをしている。 あれは先生が1つの例としてやっていただいていることですが、 全てに通ずることであり、 振り返ると見て見ぬフリをしていることがいくつもあるなと。
正直管理職として、 見たくないこと。 聞きたくないこと。 がたくさんあります。 そんな自分に本当にそれでいいのかと問われているようでした。ただいいように使われるような人間でなく、本当に先頭にたち全体を引っ張っていく存在になるためには、学び、稽古していく「やるか。もっとやるか」のどちらかだと気が引き締まりました。
何に学ぶのか。 誰に学ぶのか。 師の存在がこうしていてくれることに甘えることなく、 その身体をつくっていくための稽古と学びを引き続きして参ります。
【兵庫 高校 男性 50代】
今回もわたしたちに眠るエネルギーを引き出し、体験させていただき、ありがとうございました。
今年度から西神戸高等特別支援学校という、高等部のみの支援学校に転勤になりました。知的障害に特化した職業訓練校で、障害者枠での就労を目指して教育が行われています。卒業後はすぐに就労する生徒が多く、教員も使命感をもって働いています。全日制の高等学校にこそ必要だと思っていた活動をしていますので、これから非常に楽しみです。まだ少ししか教育活動を見ていませんが、教員が生徒たちに表面上だけきちんと行動させようとすることで、生徒たちのもつ力に蓋をしてしまっているのではないかと危惧しています。受験勉強のようなものからは自由に教育活動ができるだけに、生徒たちのもつ力をなくさないような方向にしていければと思っています。おそらく2年という短期しかいられないと思いますが、まずは自分ということで、変えていきたいと思います。
宇城先生のお考えにぴったりというチャーリー・カーク氏が紹介された本を読みました。暗殺されたときより少し前であったように思うのですが、その番組では、大学生と討論する氏を右寄りのナショナリストとして紹介していたと記憶しています。そのときは大して気にも止めず、暗殺されたニュースが流れたときもトランプ大統領に似た右派の活動家が調子に乗って殺されたという印象でした。今回、本を読んで印象はがらりと変わりました。非常に短いスピーチと参政党の神谷代表とのセッションでしたが、キリスト教の信仰心からくるという彼の対話の姿勢は、どこまでも謙虚であり、押しつけることはありませんでした。それでいて、非常に説得力があり、グローバリズムに洗脳されていたのは自分であることに気づかされました。宇城先生に学び、深さを知り、謙虚になっていくことを目指していたはずですが、依然としてものの見方や勉強の仕方が表面的な浅いものから抜け出せていないことを感じました。
宇城先生の講習を受けるたびに、自分の次元の低さを知らされます。先生の教えといただいたエネルギーを糧に、深さに向かう勉強と実践をしていきたいと思います。
今後ともご指導のほどよろしくお願いいたします。
【大阪 大学 男性 60代】
今回の宇城教師塾において示された内容は、単なる教育論を超え、「人がどう在り、どう生きるか」という根源に迫るものであった。中でも板書に示された「パラレルワールド」という言葉は、非常に重要な意味を持っていると感じます。一般的にパラレルワールドとは“別の世界”というイメージで捉えられがちであるが、宇城先生がここで示された意図はそうした空想的な概念ではなく、むしろ「同じ現実の中にいながら、人それぞれが全く異なる世界に生きている」という事実を、分かりやすく伝えるための表現であったと感じます。例えば同じ出来事に直面しても、ある人はそれを困難と捉え、ある人は成長の機会と捉える。捉え方そのものも様々であるが、その差は自身が日々勉強しているかどうかにあるように思います。その認識の違いが、その人の行動や結果、さらには人生そのものを大きく変えていく。
つまり、外側の世界が変わるのではなく、自分の在り方や次元が変わることで、見えている世界そのものが変わるといえます。今回の板書にあった次元の図は、まさにこのことを示しており、低い次元では対立や分断が生まれ、高い次元では調和融合が起こるという構造が表されていた。そしてこの「パラレルワールド」という言葉をあえて用いられた意図は、教師自身に「今、自分はどの世界に生きているのか」を問いかけるためであったのではないかと思います。
教育の現場においても、日頃同じ教室、同じ子どもたちを前にしていながら、教師の在り方によって全く異なる教育が展開されていくのが現状である。評価や競争、管理を軸とする世界に立てば、子どもたちは常に比較され、力を発揮する前に可能性を閉ざされていく現状があります。一方で、宇城先生が常々仰る「調和」「融合」の次元に立てば、子どもたちは本来持っている力を自然に引き出され、生き生きと成長していく。つまり教師は、学校の中で子どもたちをどの世界へ導くかという重大な役割を担っていると捉える必要があるといえます。この構造は教育界に限らず、現代社会全体にも当てはまります。現在の世界情勢を見ると、国家間の対立が深まり、戦争という形で顕在化している。これはまさに対立の次元に立った結果であり、力で押さえつける、奪い合うという意識の延長線上にあるのが現状です。対立からは決して解決や幸せはありません。
一方で、本来人間が持つべき方向性は、調和し、共に生きるという在り方であるはずです、その視点が失われていることが大きな問題である。またスポーツ界においても同様で、勝つことだけが目的となり、相手を倒す対象としてしか見ない在り方が強調される傾向にある。しかし本来のスポーツは、自己を高め、相手と共に成長する場であるはずであり、そこには調和の視点が不可欠である。宇城空手が示す世界は、まさにこの調和の次元にあり、力に頼らずとも相手とつながり、自然な変化を生み出す在り方を体現しているといえる。さらに重要なのは時間軸の捉え方にあると思います。
現代の教育や社会は短期的な結果を追い求める傾向が強いが、それでは本質的な変化は生まれない。宇城先生が示されるのは、より中期・長期を時間軸に、さらには人間の本質に根ざした変化であり、その視点に立つことで初めて真の教育が可能になる。そして何よりも、宇城先生のご指導はこれらがすべて「実証」によって示される点である。言葉や理論ではなく、その場で体感する現象として提示されるため、誰もが自分の現状を否応なく認識させられる。その体験は、自分がどの次元、どの“パラレルワールド”にいるのかを明確にし、「このままではいけない」という内側からの気づきを生み出すといえます。まさに「気づく・気づかせる」という事の実証にあり、すべては自分次第にあるということを示していただいています。
今回の学びを通して明確になったのは、教育を変えるためには外側を変えるのではなく、教師一人ひとりが自らの在り方を変える必要があるということである。そのためには自身の現状を知ることが大切であり、今回も様々な実証を通してそれぞれが自分自身と向き合う機会をいただきました。子どもたちは、教師、大人の生き様、生き方を見ています。また今の世界情勢が対立と分断に向かい、リーダーの保身だけで犠牲になる命を何とも思わない状況にある中だからこそ、一人ひとりが自分自身と向き合い、一人革命を起こすことが求められている。その先にしか、子どもたちに真の希望を示す教育は存在しません。今回、宇城先生が「パラレルワールド」という言葉を通して示されたのは、まさにその選択の重要性であり、私たちはどの世界に生きるのかを自ら決めていかなければならないということを問われていると改めて感じました。
【奈良 中学 女性 30代】
お忙しい中、私たちのために御指導いただきありがとうございました。先生の気の力で、自分の身体が大きくなったり、縮んだりして、心の様子やエネルギーの様子が可視化され、驚きました。
今回、宇城先生がお話くださった中で、マザー・テレサの「愛の反対は憎しみではなく、無関心である」という言葉が、最近の自分の考えていたことに当てはまりました。
人に対して、「無関心」な人が多いなと思います。教員でも、若い人が悩みながら遅くまで残っているのに、主任や年配の方は早くに帰ってしまいます。早く帰ることが悪いと言いたいのではなく、全く気にも留めている様子がないことが気になっていました。今回の実践ので、困っている人に対して、「大丈夫ですか」という声をかけると、声をかけた方もかけられた方も、どちらも強くなりました。愛情を相手に渡せば、自分も相手も元気になる、ということを見せていただきました。私の職場の先生方は、エネルギーを消費しているだけなのだと思います。それは、子どもにも影響があって、仕事だからと心を無くしてしまっていて、子どもに対しての関心が消えてしまっているように感じます。そんな状態では、エネルギーの溢れる人を育てることは無理です。今までは、自分一人で行動していくこと、進むことが不安だったのでした。
けれど、今日、宇城先生にお会いし、学ばせていただき、身体はしんどがっていたことに気づきました。身体に嘘をついている状態が健全だとは全く感じません。改めて、愛情のない人間関係に流されず。巻き込まれず、自分のやりたいこと、正しいと思う道を進んでいかないといけないと感じました。しかし、それだけでいいわけではないです。
今日のお話の中でも、知らないこと、知ろうとしていなかったことがたくさんありました。考えることがいやで、見ないふりをしていたこともたくさんあります。けれど、学び続けなければいけません。宇城先生に学びに来ているからこそ、もっともっと深くなっていかなければと思いました。
今後ともよろしくお願いいたします。
【三重 高校 男性 30代】
宇城先生、この度も教師塾に参加をさせていただき誠にありがとうございました。「現実とは何か」これまで現実は固定された外的な環境だと考えていました。ですが、今回の講義を通じて、現実とは、その瞬間、瞬間によって生成される「パラレルワールド」の連続であるということを学ばせていただきました。宇城先生の「気」の実証を通じて、「できない自分」と「できる自分」が同じ会場に同時に存在するというパラレルワールドを、明確な現実として体感させていただきました 。
目の前で実践いただく実証において、「できない自分」が、宇城先生の導きによって、「できる自分」へと一瞬で変化します。あの会場に居させていただき、エネルギーを頂戴することで、外面的な現象の変化を自覚できたつもりになってしまいます。ですが横着な自分は細胞の活性化という内面的な変化は全く感じ取れません。感じるものではない、凄いスピードのものなのかもしれませんが、私のレベルはその程度です。自分自身の鈍感さを認め、自分自身に寄り添い、目の前で起こることに向き合っていきたと思います。
鈍感さ。物心ついた頃から繰り返してきた「頭で考える」という行為からできたものです。「できない自分」から変化し、「できる自分」、現実を変えていくための解は、自分の中にあることを教えていただきました。「謙虚になること」「感謝すること」‥。言葉や単なる知識として終わらせず、常に心に強く持ち続け、言い訳や誤魔化す自分を認めて、自分自身に気づき、心で行動したいと強く思います。
実践のないところには変化も成長もありあません。宇城先生が創られる5次元の時空、この時空こそが希望です。5次元の世界では我や欲、意識は意味をなさず邪魔になります。5次元の世界では、よい、悪いもなく、あらゆる分別に壁や枠がありません。教師塾は生きていくための凄まじいエネルギーをいただける場所です。日々の小さな選択を変え、見せていただいた解を日常のあらゆる場面で実践し変化する信念を持って目の前の子どもたちと接していきたいと思います。宇城先生、今後ともご指導のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。
【奈良 高校 男性 40代】
先日は、わたしたち教師のために、ご指導していただきまして、誠にありがとうございました。今回は半年ぶりの参加となりました。半年間、自分なりに学校現場でやっていたこと、正解か間違っているか、こどものためになっているか、分からないことがたくさんありましたが、生徒のためと思ってやっている行動がただの大人の都合であったり、嘘やごまかしがたくさんあったと気づかされました。学校現場で働いていると、生徒にとやかく教えることはありますが、時間をかけて待ってあげたり、見守られている安心感の中で、生徒が行動したりなど、自分自身の力不足でまったくできていませんでした。
生徒も私のことを信じて、教えを請いにくる場面など、ほとんどありませんでした。その中でも、上からの命令や、知識で教え込む指導など、自分の中で、違和感には感じるのですが、他の方法が見つからず、生徒の気づきにも、なかなか繋がらない日々を送っていました。小学校、中学校のときに、恩師に感じさせてもらった、先生という偉大さ、先生という仕事の魅力、周りへの良い影響、自然とできる方向へ気づかせてもらえたことなど、もう一度、先生という仕事を志した初心を大事にして、勉強しなければ、本当にレベルの低い人間で終わると痛感しました。
宇城先生から、「先生という仕事をなめている」とご指摘いただきましたが、情けないながら、本当にその通りだと思いました。相対の世界で、生徒が出来たら、自分のおかげ。生徒が出来なければ、生徒のせい。出来ないのは、聞いていないから。やる気がないから。このようなレベルの低い会話も教員の世界では当たり前にされています。もっと真摯に自分自身に矢印を向けて生活していかなければいけないと感じました。
また、22歳から教師になり、今年で7年目ですが、何の疑いもなく正解だと思っていたことが、間違っていたこと、違和感に感じながらも、変えられなかった部分も、大人の都合ではなく、生徒のために、行動していこうと感じました。一見、熱心に仕事しているように見える、教える→学ぶというやり方がいかにレベルが低くて、まったく伝わっていないか。ただ、気づく⇔気づかせる指導というのは、まず、先生側の次元が高いことが必須条件だということも宇城先生に学ばせていただいて感じました。
教師塾の最後に実践していただいた、お腹の痛いひとに寄り添うこと。何度も経験させていただいておりますが、寄り添うという心からの行動は強くなることは、日々の生活のなかでも、意識していましたが、寄り添われたほうも強くなるというのが、より感動を覚えました。目には見えないものを横着にせず、勇気を持って行動していきたいと思いました。宇城先生が一日2~4冊は最低でも本を読んでいるとおっしゃっていて、もっと勉強しなければと感じました。私も生徒に勉強しなさいではなく、勉強している姿を見せることが出来たら、勝手に勉強するのかなとも思いました。今回のご指導、本当にありがとうございました。
【奈良 高校 男性 20代】
今回も教師塾でのご指導ありがとうございました。
現代の教育への危機感を感じることのできる時間でした。今日、チャットGPT、GeminiなどのAIは、凄まじく進化を続けており、人間が1ヶ月かかる仕事を1分でこなすなど圧倒的な知識量と情報量と処理能力をもっています。そのため、単なる「知識」や「理屈」では意味をなさなくなっており、現代必要になってくることはそれらを土台としてどのように行動を起こすか、起こさせるかAIで知識をまとめさせてその後にその知識から自らの考えかたを持つことが大事になってくるのだと思いました。従来の常識に縛られた3次元的なものの見方では通用しない時間軸や見えないものですが確実にその空間に存在する5次元的な視点で物事を捉えていく必要があると感じました。
また、AIは情報を教えることはできるがそれを実践を伴う「体感」を与えることはできないため自らの身体を使って実践し、そこから得られる実感や気づきを大切にする教育をしていきたいと思います。それが真の「考える力」「必要な力」だと思います。今回、特に印象に残った話は「人の役に立つものや便利なものでも無く、世の中にないものをつくらないといけない」ということです。工業高校というものづくりの原点に立つ教員として、単に便利な道具や製品を作るだけでなく、農業や食糧問題、あるいは当たり前だと思われている歴史の背景にある「なぜ」という問いの裏側を考えていき「世の中にないもの」を創り出す探究学習の場を生徒たちと共に創り上げることで、彼らの可能性を無限に広げ、正解のない未来を自らの力で切り拓いていける強さを養っていけるのでは無いかと思いました。
また、体現では寄り添うことの大切さ、力では何も解決しない、中心を捉える、作る必要があるということを示してくださり改めて生徒に良い師として見せることの大切さを感じさせて頂いたと思っています。私自身がまず様々な事に挑戦し、試行錯誤する姿を背中で見せることで、生徒たちが変化を恐れず自らの可能性を信じて道を切り拓いていけるよう、その導き手として努力を積み重ねていきたいと考えています。今後ともご指導よろしくお願いいたします。
【奈良 中学 男性 20代】
この度はご指導ありがとうございました。
今回も様々な実践から沢山の気づきをいただきました。宇城先生が真剣に私たちに向き合ってくださり、私自身もっともっとできることややるべきことがあると感じさせていただきました。未来を変えていくために教育と真剣に向き合っていきたいと思います。
今年度より勤務先が変わり、新しい環境に戸惑うことばかりです。正直、疲れも出てきていたのですが、教師塾が終わったころには自然とまた明日から頑張らせてもらえるなと思えました。
実践の中で、エネルギーのある状態とない状態での目線の違いを体験し、いかに自分自身で本来の力に蓋をしているのかを実感しました。今までに生徒から「なんだか身長以上に大きい」と言われることもあれば、逆に「なんか最近身長縮みましたか?」と言われることもありました。子どもたちは私自身のエネルギーの高くなっているときや低くなっているときを自然と感じ取っていたのだと思います。子どもには嘘がありません。全部感じ取ってしまうのだなと思います。こちらの本気度もそうです。
仕事をしていると「これは誰のためにやっているの?」と感じることがたくさんあります。部活動の地域移行に関しても、はたして子どもたちのためになっているのか。本当に疑問です。保護者の方が不信感を抱くのも当然です。難しい状況にあることは確かですが、この2026年度がターニングポイントだと思って必死に頑張ります。行動は勇気、心ありの自分で真摯にこの教師という誇りある仕事に向き合っていきます。
この教師塾で自分が変化するきっかけをいただき、また日本を教育界を良くしていこうと奮闘されている先生方にも出会うことができました。感謝しかありません。これからも精進します。引き続きご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします。ありがとうございました。
【兵庫 高校 男性 40代】
先日の教師塾でのご指導、ありがとうございました。このまま自滅に向かうのか、調和・融合へ向かうのか。前回、「2026年は大きく変化する1年」とお話ししていただきましたが、世界では新たな戦争が起こっています。日本もいつ巻き込まれるかわかりません。対立構造が当たり前のように存在し、至る所で目に見える形で現れている今、宇城先生に学ばせていただき、目に見える形で調和・融合の世界を見せていただけることに感謝の気持ちで一杯です。教えていただいた者にしか分からない世界ではありますが、誰もが自分の中に元々備わっているものでもある。発揮できないのは、顕在意識に囚われるような教育が原因です。知識は細胞のスピードには勝てない。また、知識も進化するAIとは勝負にならない。そんな現状において、教員の役割とは何かを改めて教えていただきました。
どうすれば調和・融合の「寄り添う」にもっていけるのか。宇城先生のように体験させることができればストレートに伝わります。しかし、自分にはできません。言葉ですべて伝えることもできません。先生は、「できなくても良い。見せれなくても良い。知ったことを行動に現すように。」とおっしゃられました。自分ができることは、根底に「愛」をもって生活すること、「心あり」の生き方を実践することです。一人革命。変えられるのは自分だけ。無関心、自分さえよければという空気が広がり続けていますが、生徒のなかにある「寄り添う心」を引き出すことに力を尽くしていきます。今後ともご指導の程、よろしくお願いします。
【京都 中高一貫 男性 40代】
勉強しなければならない。先生は20年前から変わらず、自らも学び続け、その姿勢を私たちに示し続けてくださいました。私なりに,私のペースで勉強していますが,当時と比べると、本やメディア、インターネットから得られる情報の質が大きく変化しています。そのような中で、今回特に心に残ったのは、「私たちが社会構造の中で奴隷的な状態に置かれている」という指摘です。グローバリズムなどの大きな流れの中で、自分たちを取り巻く状況を自ら変えることは容易ではありません。それでも、「一人革命」をどのようなモチベーションで実行していくのか、そのヒントを宇城先生から学ばせていただいたと感じています。
コロナ後、私たち教員を取り巻く大きな流れとして働き方改革があります。私立である私たちは比較的早い段階で取り組まざるを得ない状況にありましたが、近年ではクラブ改革の流れもあり、公立の先生方と接する中でも違和感を覚えることが増えてきました。そして今回、先生から感じた「その職業に対してどのような気持ちで働いているのか」「その仕事が好きかどうか」「どのような使命感をもっているのか」という問いを自分の中で改めて咀嚼することで、心にスッと落ちる感覚がありました。
自分自身も中堅となり、若手に何をどのように伝えていくのかを考える立場となりました。働き方改革の中で、そして昭和・平成という環境で育ってきた私が平成・令和という環境で育ってきた若手に対して、どのように関わるべきかを日々模索しています。若手の教員が生徒や保護者との関係づくりにおいて、後手になり,予想通りうまくいっていない,だからそうなると感じる場面が何度もありました。しかし、それを先回りしてその若手に伝えられるかどうか、宇城先生が私たちのレベルに合わせて示してくださっているように、自分が若手に同じことができるのかを考えると、その難しさを痛感します。
今回、改めて印象に残ったのは「怯え」と「覚悟の違い」です。どれだけ教材研究を重ねても、どれだけ行事の準備をしても、うまくいかない要因はそこにあるのではないかと再確認することができました。怯えの状態が周囲に伝わり、それに子どもたちや保護者が無意識に反応して行動している。このことを、自分なりに若手に伝えていきたいと思いました。
ここ数年、無意識に身体が反応した後で意味に気づくことや、先に感覚的に察知して行動できることが増えてきました。宇城先生のおっしゃっていることは、まさにこれなのではないかと思える経験を何度もしています。これは、先生と関わる時間をいただく中で、自分の中のサビが少しずつ取れてきた、そしてそうした現象が実際に存在することを認識できるようになったからだと感じています。ただ、このような感覚や気づきは、同僚に対して言葉で説明したり議論したりすることが難しいものでもあります。だからこそ、宇城先生につながり、共に学び続けることの大切さを再認識しました。
最後に、先生が最初にホワイトボードで示してくださったグラフについてですが、±0の現状維持は存在せず、調和であれば上昇し、それ以外の対立であればどのように下降するかの違いであるという点が印象に残りました。すでに遅いという可能性もあるのかもしれませんが、自分なりに今回の学びを生かし、行動していきたいと思います。ありがとうございました。
【大阪 中学 男性 60代】
宇城先生。先日もいろいろとお忙しい中、教師塾でのご指導を賜り、誠に有り難うございました。
私が会場に到着したとき(午後6時45分頃?)には、既に6~7名の方々が宇城先生を囲み、宇城先生のお話しを聞いておられました。そこで、私もその場に加わり、拝聴させて頂きました。
丁度、宇城先生はチャットGPTについてお話しされているところでしたが、チャットGPTに対する私の理解とは全く真逆で、ものごとの見方とらえ方が、宇城先生のそれと私とでは全く違うことを改めて感じました。
私は、人間がチャットGPTを利用していると、安易に答えを提示してもらえて、その人の人間としての思考力が落ちてしまい、チャットGPTに頼るのはあまり良くないことと考えていました(卑近な例ですが、メールなどを打ち、漢字の候補を挙げてもらえる昨今では、私は、自分で漢字が思い浮かばないようになってきています)。
それに対して、宇城先生はアメリカの例を引かれて、「今、アメリカでは、まずはチャットGPTによってベースのところを指し示してもらった上に、自分の思考を加えないとダメになっている」と教えて下さいました。
そういった世界の情勢の流れを、自分は何一つ分かっていない。
今までも、宇城先生からは「人を導く教員だからこそ、“一に勉強、二に勉強、三に勉強、四に勉強…”と、率先して勉強しなければならない」と、その都度、お話して頂いているのに、それが出来ていないことが分かります。
以前に、宇城先生から「“勉強する”とは、“関心を持つこと”」とのお言葉を頂きましたが、全然関心が持てていないのです。しかし、その中で、少しでも関心を持ち、世界を知ろうとするきっかけとなるのが、宇城先生の「宇城道塾」や「宇城教師塾」だと思います。そして、季刊『道(どう)』を定期購読させて頂いていることだと思います。
今までも、『道』の記事を読み、その中で自分が興味を持った方の著書を購入し読んでみたりしました。そうすると、その本の中に知らなかった世界があることに気づかされます。
今、ネットで情報を得ようとしても、“玉石混交”。なかなか、その真偽を自分の目では見分けることが難しいです。そういった状況の中で、その道標(みちしるべ)を、宇城先生並びに「どう出版」が発信されている書籍などに指し示して頂いていると感じています。
そして、今回、実証においては、今まで何度も何度も見せて頂いたり、自分でも体験させて頂いたりしたことなのですが、改めて印象に残ったことがあります。
それは、帯を二手に分かれて持ち、引っ張り合う実証です。私もその持ち手で参加させて頂きました。
宇城先生に“気”を入れて頂いたわけではないのに、所作を変えること(例えば、正座をするなど)により、明らかな違いが起こり、それも努力することなく、楽に引っ張ることが出来ました。
その違いの大きさに素直に驚きがわきおこり、本当に“簡単に”相手方を動かせたことに、さわやかな感じがしました。
これからも、私の“身体”にそのような体験をさせて頂きたいと思っています。
そして、最後の方で宇城先生が「実際に実証をしなくても“寄り添う”思いがあればよい」というような意味のことを仰られたことが、私の中に残りました(私の誤解があるやも知れませんが…)。
引き続き御指導の程、宜しく御願い申し上げます。
【奈良 教育研究所 男性 30代】
先日はご指導いただき、誠にありがとうございました。
年度始まりの何かと環境が落ち着かない時期で、私自身にも不安や怯えがあったのか、身体の弱さに気付くとともに、気を通していただいた際に生じた身体の変化に深い感動を覚えました。
いつも変化させ、その変化を実感させ、感動へと導かれる宇城先生の実践は、私たちが教育現場で実現したい実践そのものです。ところが、現実はモグラ叩きのように何か事が起きてから忙しく対処したり、何かに追い立てられてただ業務をこなす日々です。そこに自分はありません。死に体です。
自分のもてる力を引き出してくれる、思い出させてくれるのが先生です。また頑張ろう、気概をもとう、先を取ろうと前向きにさせてくださいます。
自分もそんな実践ができるように、そして良い状態で自走できるように、表面でなく動力源から変えなければならないと決意を新たにしました。
年度の初めにエネルギーと勇気をいただけたこと、本当に感謝しております。精進して良い年度にして参ります。引き続き、ご指導賜りますようお願いいたします。
【奈良 高校 男性 40代】
先日は、第2回関西宇城教師塾にてご指導いただき誠にありがとうございました。
講義、実践を通じ宇城先生の著書にもある「人間は生まれながらに完成形」というお言葉がすごく分かりました。
帯を引っ張り合うという実践を最初にしていただきましたが、ガッツポーズなど気持ちが相手に向かうと自分の力(エネルギー)が出ませんが、正座をして自分の心が自分に向いたり、丁寧な礼をすることで相手を倒すのではなく、相手を尊敬する、自分が謙虚になるという気持ちを持てば自分の力(エネルギー)が出るからです。
宇城先生の教えを聞くと、人、人間は生まれた瞬間から誰かとの比較の世界で生きていると感じます。また、宇城先生から、本当はそんな世の中のなかで、本当に大切なことは自分がどうあるべきかを子どもたちに伝える、気づかせるのか真の教育だと教えていただいています。本当はすごく単純で当たり前のことかもしれませんが、今の学校現場では気づくことができないことを気づかせていただける貴重な時間となりました。
先日、誰かのSNSで「今の教育は間違っている。それに気づけた教師は教師が嫌になり教師をやめて自ら教育に関わる事業を起こしている」というコラムを読みました。確かに、教員をやめ自ら事業を起こすことはすごいことだと思います。でもそれは宇城先生がいつもお話される「戦わずして勝つ」という理念とは違うのではないかと思いました。
今の教育は子どもたちの可能性に蓋をして、自分に自信が持てないようにしています。偏差値、勝利、順位といつも不安や怯えを生む、そんな教育です。その世界のなかで、自分が教師としてどうあるべきか、自分が子どもたちや他の教師に対して何を発信できるか、そのために自分がどうあるべきか、それを常に問いつづけることが目の前の子ども達、子どもたちの未来につながるのではないかと教師塾を通して思いました。
私自身、学校では失敗の連続です。何かトラブルがあった時に生徒や保護者の対応をしますが、やはり今の私ではなかなかそのトラブルであったり、生徒や保護者の心を落ち着かせることができません。4月に入ってまだ間がありませんが、生徒対応や保護者対応で私が謝罪することがありました。
でもそんな時にやはり自分に矢印が向くのは宇城先生の教え、宇城空手の教えがあるからです。自分の行動に心があったのか、保護者からの意見に毅然と対応できたのか、相手に忖度しなかったのか、宇城先生の教えや宇城空手の教えは人の心とつながっているからこそ自分の行動を見直すことができます。また、心の在り方の大切さを宇城先生の気により経験させていただいている身体からの学びがあるから、何があっても自分に矢印を向けようという思いになります。
この度のご指導誠にありがとうございました。教師塾での学び、気づきを自分自身の行動に繋げていけるように精進致します。今後ともご指導よろしくお願い致します。
【奈良 高校 男性 20代】
この度は、ご指導いただきありがとうございました。
宇城先生にご指導いただくと、心の底から何でもできる気がします。今回の実践でも、腕が捕まれた状態で、倒す前から倒せることが分かりました。今回の教師塾で、きっと私の目はこの上なくキラキラしていたことだと思います。それを私たちは、生徒たちにさせなくてはなりません。この4月、不安や悩みを抱えた新入生が多く入学してきました。それでも今後の学校生活や未来について希望をもって生きていけるよう、私たちが明るい未来を見せてあげる必要があります。
宇城先生は、今がターニングポイントだとおっしゃっていました。これから発展に向かうのか、衰退に向かうのか。未来がどうなっているのか、一番深く関わっているのが教育です。私たちに責任があります。
私には、人を変えるほどの力はまだありません。しかし自分自身を変えることはできます。恥ずかしながら、今までの教師塾で、前向きに参加できていないことが何回かありました。しかし今回、いつもより特に前向きな気持ちで参加させていただき、その前向きな気持ちがあるだけで、今までよりも話がスッと入ってくる感覚がありました。心一つで変わることを、身をもって感じました。自分が変わり、成長し、それを子どもたちに受け継いでいく。まずは自分にできることから始めます。
この度も、ご指導いただきありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。
【京都 中高一貫 女性 40代】
宇城先生、この度も教師塾でのご指導ありがとうございました。人間には素晴らしい力がある。先生は常にそのことに私自身が気付くにように導いてくださっているということを、これまで以上に痛感する時間となりました。
1次元、2次元、5次元、それは全く異なる世界に存在するのではなく、今のこの瞬間も同時に存在している。そして私自身がどの次元にいるのかは私自身が決めているのだということを先生は実践を通して教えてくださいました。宇城先生だからできるとか、師範だからできるとかそう言うことではなく、自分がどう生きるのか、自分の身体とどう向き合うのかによってその答えを自分自身で決めているのだということを教えてくださいました。
対立・競争の世界で育ってきた私は、無意識の中で常に自分を周りと比べてしまっています。自分に集中することが大事だと頭ではわかっていながらも、自分の心が無意識に周りと比較し、自分の弱さを見ないようにしているのだということが先生から学ぶ中でわかってきました。人と比べること、それこそがまさに欲であり、人よりも良く見せたい、評価されたいという自分が無意識の中に存在しているのだということを教えていただいています。
私はなぜ教師をしているのか。宇城先生と出会い、そう考えることが増えました。いつも先生が私に示してくださっているように、自分の可能性を信じ、自分の未来に希望を持てるようにすることが教育者の責任です。自分はその責任を果たせているのか。そう考えると今のままではダメだ、変わりたいと心から思えます。先生から教師が教師の仕事を舐めていると厳しいお言葉をいただきましたが、本当にその通りです。忙しい、時間がない、周りに伝わらないなどは何の言い訳にもなりません。それは自分に実力がないからです。そのことから逃げていてはいつまで経っても今の次元からは抜け出せません。いつまでもおかしいと思うことに固執するのではなく、今こそ学校現場で必要のないものを勇気を持って削るべき時なのではないかと思えてなりません。
競争や対立の中で子ども達を脅し、やる気を無理やりに引き出す教育はもう限界が来ています。私自身が先生に指導いただく中で、自分の内側から希望のエネルギーが湧き出てくるように、学校という場が子ども達が自分の可能性に気づき、自分の内側からエネルギーが湧き出るような教育をできる場にしていかなければ、日本や世界に未来はないと感じています。
女は男より弱い。力では勝てない。最近行った生徒指導の際、そう伝えなければならない自分に違和感を覚えました。それは私自身が宇城先生から気を通していただくことで、相手が男性であっても、大人数であっても倒すことができるからです。実際に、今回の教師塾でもそのような実践を多く体験させていただきました。この目の前に存在する5次元の世界をどう生徒に伝えられるのか。それは自分自身が5次元の世界で生きられる自分に変化するしかないのだということに戻ってきます。そのために何ができるのか。いつも先生が実践してくださる、困っている人がいたら寄り添い、ゴミが落ちていたら拾う。そういった当たり前のことと自分自身が誠実に向き合い、目の前にいる生徒や保護者、同僚と真っ直ぐに向き合い続けることなのだと思います。何か大きなことや変わったことをすることに目を向ける前に、自らが必死になって学び、自分に集中するしかないのだと気づかせていただきました。
自分は周りとは違うと思っている時点で自分に集中できていません。誰かと比較している時点でそこには欲が生まれている。それでは5次元の世界にはいつまでも行くことができないということを、今回の教師塾ではあらためて気付くことができました。調和・融合の世界で生きるためには、自分の人生をどれだけ真剣に、一生懸命生きられるかです。さまざまな制約や、今自分が置かれている環境の中ででも、自分にできることを最大限にやり切ることでしかその世界には進めないのだと思います。
私は出会った子ども達に、自分の可能性を諦めることなく、自分の人生を精一杯生きて欲しいと思っています。そうやって生きられれば、未来を希望で埋めることができるからです。そのためには、自分自身がそんな生き方をするしかないのだというとてもシンプルなことを先生は出会ってからずっと教えてくださっています。怯えや不安は自分を信じられていないから出てくるものです。これを言ったらどうなるだろう、これを言ったら相手は傷つくだろうか、そう考えている時点で、自分のことしか考えられていません。自己中心と、自分に集中するの違いが自分はこれまでわかっていなかったのだと思います。そこに気づけたのであれば、そう変化できる生き方をしていくしか道はありません。世界が混沌とし、不安や怯えを煽るような情報で溢れている今だからこそ、自分がブレることなく正しいと思える道を進んでいくしかありません。私が怯えていれば、コースの先生や生徒、保護者にもその怯えは伝わっていきます。いつも宇城先生が太陽のように私を照らしてくださっているように、前に立つ人間がどうあるかによってその集団の空気は大きく変わります。根拠のない不安に覚えるのではなく、正しく情報を得て学ぶことで不安を消すことができます。そのためにも学ぶことをやめず、できない自分から逃げることなく自分に集中し、稽古を続けていきます。
短期、中期、長期の長期を見据えている先生が2026年はターニングポイントだとおっしゃったました。いよいよ悠長なことを言っていられない時が来ています。対立、競争の世界に向かい落ちていくのか、調和・融合の世界に向かい上がっていくのか。今こそ心のあり方を真剣に問い直すべき時です。思いがあるからこの場にいる。先生の愛情深いお言葉に希望をいただきました。これからはこれまで以上に教師塾が目の前の子ども達につながる場となるよう精進してまいります。貴重な時間をいただきありがとうございました。次回教師塾までに自分が今いる場所でできること真剣に向き合います。今後ともご指導よろしくお願いいたします。




























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