top of page

2026年 創心館幹部合宿レポート

  • 7月25日
  • 読了時間: 19分

更新日:5 日前

淡路島創心館総本部道場にて、7月16日(木)から20日(月)までの5日間において、創心館幹部合宿が行われた。宇城館長の元に両師範を始め、全国から幹部、アメリカ、ヨーロッパからの支部長が集い稽古が行われた。


合宿のテーマは「入る」。初日は館長がホワイトボードに記載した宇城空手の最大の特徴であるゼロ化、無力化とそこに至るための「先を取る」とは何を指すのか、その総論とそれを踏まえた様々な検証から始まった。言語化可能な対立・打ち合いの意識領域と、言語化できない調和・無力化の無意識領域。身体能力の目盛りは後者に行くほど細かくなる。


2日目からはその具体的なステップとして肘を柔らかく使うという指導とその検証があった。肘が自在になるのも宇城空手の大きな特徴である。複数で組んだ状態から相手を動かせるのか、寝た状態で動かせるのか。宇城館長は「目盛りが細かい世界から、目盛りが粗い世界に見せたら、見せられた方は分からない」との指導と共に、全ての矢印は相手ではなく自分に向かうと繰り返し述べ、「気づくきっかけは人それぞれ。できる時は身体が分かっている。やろうとするのは既にできていない証拠」、と指摘した。


館長による一触の指導
館長による一触の指導
「入る」を実践する
「入る」を実践する
館長の指導は妥協がない
館長の指導は妥協がない

3日目からは榎本師範、拓治師範も参加し、両師範の指導の下、グループは二つに分かれて稽古が続いた。基本、天の型、そして型と分解。宇城館長は常に合宿のテーマに沿って、「間を作る、間ができたらそこに気が流れる」と指導すると共に、参加者全員に対し武術空手に向き合う厳しさ、真剣さの欠如について厳しく指導した。対立・打ち合いを否定した所で、それを凌駕する理合を身につけなくては、それはただのオタク空手であり、館長が指し示す未来への希望には繋がらない。そのためには検証でも互いに妥協を許さない厳しさと、できて喜ぶ、できなくて落ち込むではなく、「なぜなのか?自分に今欠けているものは何なのか?」と常に問い続けることの重要性を説いた。


型を通じてそれぞれが己に向き合う
型を通じてそれぞれが己に向き合う

創心館総本部道場は特別な場である。そこに志を同じくする者同士が集う。稽古を重ねていく中で各自が日常では実感できないような目盛りの深さを感じる。その深さは道場の中でのみ起きるとは限らない。ニューヨーク支部長は懇親会の席で館長にワインを注いでいたが、そこで館長が「今、できている。ならば道場でできていない時と今とどっちが本当の稽古なのか?」と問いかける場面もあった。そして「この人数で、この場でこれだけの時間を共に過ごすから感度が高まり、理解が深まる」との言葉もあった。


懇親会も稽古の場である
懇親会も稽古の場である

「人と人の間」と書いて「人間」。そこの「間」では理合も伝播するが同様にクセも伝播する。子供は自然と全てを写す。となれば、その親はもちろんこと、周りにいる大人の責任は重大で「無くて七癖あって四十八癖」と館長は各自が無自覚に持っているクセに対し、いくどとなく指導した。外面的なクセは比較的修正しやすいが、内面のクセと細胞の動きはその人の無意識の中にあるもので、指摘されなければ気づくこともできない。5日間の様々な検証を通じて、宇城館長は各自が持っている課題に向き合えるよう道場でも、懇親会でも一切の妥協無く指導した。


理合があれば人数は関係ない
理合があれば人数は関係ない

宇城空手は人間の潜在能力を開発する素晴らしい方法であり、日常生活こそが実践の場である。これを日本のみならず、アメリカ、ヨーロッパと、世界各地域で身につける人々が増えれば、そこからの周りへの伝播も含めて未来への希望と繋がる。5日間の稽古を終えて、各参加者が改めて己の思いと課題と共に創心館総本部道場を後にした。


集合写真
集合写真

参加者感想

■マーク・エイブラムス ニューヨーク支部長


金曜日の午後になりますが、私は今もなお、今年の合宿の余韻から立ち直り、内容を噛み締めているところです……。火曜日の夜に帰宅して少し眠った後、すぐに仕事へ戻り、時差ぼけと闘いながら、今回の合宿で体験したすべてを整理しています。



木曜日の夜、先生から私に直接いただいたお言葉は、まさに今の私がようやく聞き入れなければならない真実でした。先生は私に対し、「人間としては『先(せん)』を取れているが、武道・武術の文脈に入った途端、自らの内なる自分や潜在能力が表に出て『先』が発揮されるのを止めてしまっている」と指摘してくださいました。「真剣」というテーマが、私の全身全霊に響き渡りました。ドイツを出発した際、私は自分自身に腹を立てていました。なぜなら分解組手を始めた瞬間、昔からの筋肉の悪い癖が顔を出し、稽古の体験を阻害していたからです。そのため私は、腰の術後に型を身体的に稽古し始めた「最初の第一歩」に立ち返り、筋肉の緊張をなくし、腰(背中)の動きから四肢へと連動させる動きに戻ろうと努めました。



淡路道場での稽古には、何か特別で深いものがあります。私は自分自身の内面を正しい状態に置き、サンチンの型を稽古し始めました。先生は私のサンチンの変化に気づいてくださり、その変化を、今まさに進むべき(そして、とっくに進んでいるはずだった)方向へと導くための直接のご指導をくださいました。ここで、先生の「真剣」というメッセージが、これまでにない次元で私の中に腑に落ちたのです。型における自分の動きへの意識において、私が「厳しさ」を欠いていたという先生のご指摘は、100%その通りでした。先生は「間」について、単に時間と空間を制するにとどまらず、相手の意識の及ばない形で時間と空間を制しながら、相手を無力化することに繋がっているとお話しされました。この正しい動きによって空間に「気」が満ち、それがやがて、自動的に空間に気が満ちる状態へと変化していくのです。先生から(後に榎本師範から)ご指導いただいた動きを稽古する中で、私は過剰な筋肉の緊張を伴う動き、筋肉の緊張はないが「気」が抜けている動き、そして「気」を体現した正しい動きという、それぞれの感覚の違いを意識できるようになりました。私は自分の動きの中で「気」の流れが途切れる瞬間に猛烈に意識を向け、日常のあらゆる場面でこの動きの意識を実践しています。昨晩私が指導したクラスでは、道場生たち(特にスコット)が、私の中に生じた大きな変化を敏感に感じ取っていました。私が個人的に取り組んでいるテーマを共有したところ、道場生たちは私の動きに対する自分たちの反応の違いを体験することができ、それが彼ら自身の進歩を加速させる一助になればと願っています。



そして、もう一つ私の中で深く刺さった大きなポイントは、病み、争いに満ちた世界を調和させ、癒やしていくという目標を、自身のあらゆる体験に浸透させ切れていないという「意識の厳しさの欠如」でした。心理療法士としての職業生活においてはこれがうまくできていると実感していますが、人生において出会うすべての人々に対しても、より高い次元でこれを体現できるよう目指す必要があります。



今回の合宿は、ここ最近の合宿の中でも久しぶりに、自分の中に前向きな変化が起きていると実感でき、日常のあり方に対して必要な「厳しさ」を維持することで、どのように自己の成長を加速させられるかワクワクしています。来月シアトルで榎本師範のもとで稽古する際、この成長の姿をお見せできればと思っております。


■T.K 東京実践塾


宇城先生


創心館総本部道場での幹部合宿に参加させて頂き、そして貴重なご指導を賜りまして深く感謝申し上げます。


幹部合宿は、宇城先生と両師範、海外からの弟子達と共に、淡路島総本部道場にて先生や両師範からご指導を頂き、五日間も先生と寝食を共にする事の出来る、本当に稀有で貴重な体験の場であり、参加させて頂いた事は誠に光栄な事ではありますが、もっと自分自身が幹部としての自覚や責任を持って、宇城空手に向かわなければならないと改めて感じています。


武術は出来るか、出来ないかの厳しい世界であり、どんなに貴重なご指導を頂いても、最後は自分自身の身体と心でそれを自得しない限り出来た事にならないという事。出来ないには必ず出来ない原因があり、出来ない今の自分の中に内在している無数の原因を一つひとつ見出して、それを身心で克服していくしかありません。何でも理屈というフィルターをかける癖、心に潜んでいる我や欲、そして今回先生は、卑屈さも出来ない原因の一つとして挙げられました。型や分解組手の稽古では、沢山の自分の癖やしゃくりについてご注意を頂きました。これも身体で直していくしかありません。


武術の究極である「先」をとるという、相手に入り相手を無力化するという世界は、0.5秒以下の無意識の時間、0.2秒以下の超無意識の時間に働き、先生の気は細胞がもつ100万分の1秒に働きかける速さを持っている為、先生によって瞬時に、自分達塾生を出来る自分と出来ない自分に変化させられます。この無意識の世界は、心と身体で感じるしかない世界で、考えようとすると瞬時に止まって消えてしまいます。先生は「この0.5秒以下の無意識の世界にのみ人間の成長がある」と仰いました。そして人間の進化は、真心によって自分自身の目盛を増やしていく事であり、それが人間の成長であり、相手に入り無力化する事にも繋がっていくと。


今回の稽古で、麻那さんがサンチンの型をされた時に、麻那さんから全体に放射されるエネルギーの様な波動をはっきりと感じる事が出来ました。この理屈抜きの波動を全身で感じた時、人間には本当に限りない可能性や潜在能力があるんだという思いが込み上げて来て感動した事が今回一番印象に残っています。


性別も年齢も体格も社会的地位も全く関係の無い世界、闘争や衝突を乗り越えて調和と融合で相手を制する世界、それが宇城空手の世界であり、世界中のどこにも存在しない世界だと思います。今世界中で戦争や紛争が続き、社会も差別や信じられない様な悲惨な事件が続出している世の中であり、この現状から脱却し、特に将来を担う子供達にとっては、宇城空手の教えが唯一の解決策になると思っています。


合宿が終わった後では、いつでも自分の無力感や虚脱感でいっぱいになり、何も出来なくなりますが、時間と共にまた沸々と元気が湧いてきて、やるしかない、という気持ちになります。それは合宿においてとんでもない莫大なエネルギーを何度も無意識レベルで体感したからだと思います。稽古で経験した沢山の事も、今は全部覚えていなくても、これから無数に後から後から湧いてきて思い起こされてくるのだと思います。それ程のかけがえのない貴重な体験をこの幹部合宿で体験させてもらえた事は本当に感謝しかありません。


これからもひとり稽古の中で自分の出来ない原因を探していき、また日常の中で行動をしていく事、常に宇城空手を実践する事を心がけ、自分の目盛を増やしていきたいです。


これからもご指導ご鞭撻の程、どうか宜しくお願い申し上げます。


有難うございました。


■M.K ヨーロッパ支部長


2026年 淡路合宿



今回の淡路合宿は、私にとって非常に濃密で深い体験となりました。先生の直接のご指導のもと、そしてそのお姿を間近で拝見しながら稽古をさせていただいたことで、武術の理合に対する理解を大幅に深める機会を得ることができました。その場での即座のご指摘や解説を通じて、一つひとつの技の背景には、単なる身体的な動作を遥かに超えたものが存在することを実感いたしました。武術の世界へとより深く入り込み、多様な理合の繋がりをより明確に理解することができました。



今回の合宿において特に重点が置かれたテーマは「入る」と「無力化(ゼロ化)」でした。私自身、稽古の核として取り上げていただきたいとお願いしていた内容であったため、これらの主題についてこれほど徹底的に掘り下げていただいたことに深く感謝しております。先生がこのテーマに心を配り、時間を割いて深く追究してくださったことに心より感謝申し上げます。これらの基礎に集中的に取り組むことで、効果的な技を生み出すためには、正しい入り方、立ち位置、そして相手を無力化することがいかに重要であるかを、より一層深く理解することができました。



稽古のもう一つの重要な要素は、「先を取る」という理合に関連する技の検証、そして意識的に「間」を創り出すことでした。距離、タイミング、そして立ち位置が調和して作用して初めて、技が自然に展開するのだと理解するに至りました。これにより、無駄な力を使うことなく動作が流れる状態が生み出されます。この気づきは、武術の根本原理に対する私の理解を大きく広げてくれました。



今の私の責任は、合宿で得た学びのテーマを道場の中だけでなく、日々の生活の中でも意識して実践していくことだと捉えています。臨在感、意識の高さ、気遣い、そして適切なタイミングといった価値観を、稽古の場を越えて持ち続け、自身の成長の糧とし続けてまいりたいと思います。



私の個人的な目標の一つは、今回の合宿で得た知識と気づきを、私が指導する子供たちのクラスへと還元していくことです。単に技術を教えるだけでなく、彼らの年齢に適した形で武術の価値観や理合を分かち合うことを目指しています。稽古を通じて、子供たちが武術的な技能を伸ばすだけでなく、敬意、自信、自律、そして共に学ぶ喜びを体感してくれることを願っております。



結びに、先生へ心からの感謝を申し上げます。宇城空手の世界への、これほどまでに深い学びの機会を賜りましたことを深く感謝いたしております。今回の合宿は、技術面においても人間的にも私を豊かなものにしてくれ、今後の精進に向けた貴重な糧となりました。学んだことをさらに深め、日常に活かし、そして次の世代へと伝えていけるよう努めてまいります。


■J.D シアトル支部長


今回の淡路幹部合宿は、私にとって目から鱗が落ちるような、そして自己を大きく変革させる体験となりました。



「入る」という合宿のテーマは、宇城空手の内面世界を覗く非常に明確な窓となってくれました。まるで空手の内的理合の核心を巡るガイドツアーを受けているかのような感覚でした。合宿前、私は「間」や、それが「気」「ゼロ」「入る」とどのように関連しているのかについて多くの疑問を抱いていました。しかし2日目の終わりまでに、それらの概念が何であり、身体でどう感じるのか、そして相互にどう作用し合っているのかを、身体を通じてはるかに明確に理解することができました。



初日、先生は私たちに並んだ人々を動かすよう指示されました。案の定、私は失敗しました。「入る」ことよりも「列を動かそう」としてしまい、身体ではなく頭に頼り、考えすぎ、息を止め、ゼロの状態を作ることができませんでした。身体を統一し、ゼロを確立し、それから「入る」という教えは、私にとって深遠な気づきとなりました。この検証を通じて、自分が日常のあらゆる場面でいかに「対立・ぶつかり」を生み出すよう深く条件づけられているかを思い知らされました。自分がその条件づけの囚人であったことに気づかされたのです。しかし、それに気づくことができたからこそ、そこから脱却できるという素晴らしい可能性も開けました。



「間」を創り出すために先生が行わせてくださった「中割れ」や「腕受け」の稽古は、これら基本の型の中に含まれる驚くべき深みを明らかにしてくれました。本物の「間」と「入る」動作は、基本のみを通じても練り上げることができると分かり、大変勇気づけられました。同時に、肘から動かせていない、あるいは回転をやり切れていないといった自分の過ちに加え、正しい動きの片鱗であっても再現できれば、明確な「間」と「入る」感覚が生み出されるということも明確に理解できました。榎本師範からいただいた腕受け、中割れ、正しい肘の使い方、そして回転の生み出し方に関するご指導は極めて貴重なものでした。これらの基本こそが「間」と「入る」を身につける道筋であるという確信を得ることができました。



この5日間は、先生の「入る」「間」「ゼロ」「気」のご指導に完全に没頭する時間でした。私は始終集中力を維持し、学びと変化の機会を一つたりとも無駄にしないと心に決めて臨みました。先生が他の方に与えられているご指導も、すべて自分自身に向けられたものとして受け止めました。このレベルの没入には強烈な集中力が求められましたが、かつてないほど「今、ここ」に存在し、能動的に稽古に向き合うことができました。



今回得た最大の大悟の一つは、すべての人間が驚くべき潜在能力を秘めているということ、そして型と基本こそがそれを開花させる鍵であるということです。しかし、今回の合宿で明確になったのは、進歩を決定づけるのは稽古の「量」ではなく「質」であるということです。変化を生み出すのは動作の精緻さ、細部への意識、そして正しい「感覚」であり、反復回数ではありません。これまでの自分が「量」を重視していたことで、癖をなくすどころか、かえって悪い癖を強化していたのだと気づきました。以前にも先生からこのお言葉を伺ったことはありましたが、5日間の濃密な稽古を経て、その言葉が身体で実感できるものとなりました。一週間が経過した今でも、その感覚は身体に残っています。



また、こうした質の変化を生み出すには、単に型を稽古するだけでは不十分だということにも気づきました。先生が図示されたCやDからAやBへの変化を遂げるには、どれほど日常的な行為であっても、日々の生活全体を通じて「間」、姿勢、「気」の流れ、そして呼吸に常に意識を向け続ける必要があります。それは空手のあらゆる側面において質、細部、そして深さを追究することであり、一つの領域での向上(目盛りが細かくなること)が他のすべての領域を変革させていくということです。大切なのは量ではなく、深さなのです。



空手は「24時間365日」実践しなければならないとよく耳にしてきました。先生のご指導に完全に没頭できたおかげで、その言葉の本当の意味がより深く理解でき、それを現実にしようという強い決意が芽生えました。空手を生き切ることこそが目標です。空手を自身の生き方とすること、それこそが宇城空手なのです。



また、ジーナがごく自然に「入り」、「気」を使えている姿を見られたことも大きな喜びでした。彼女の姿にはインスピレーションを受け、時間や年数だけで進歩が生まれるわけではなく、正しい稽古のあり方によってのみ進歩が得られるのだと改めて実感させられました。自分の姿勢や稽古への臨み方を改善していくにあたり、彼女の導きを受けられることを幸運に思います。



最後に、私が指導を担当する子供たちのクラスやサマーキャンプに対し、先生や両師範が示してくださった支援と励ましに深く心動かされました。そのお言葉は、私の空手と人生に新たな目的を与えてくれました。そして、子供たち自身もまた、私にとって重要な師となるのを感じています。稽古の新たな段階へ進むことを楽しみにしています。先生とこの合宿のおかげで、子供たちと真に向き合うために必要な変化を遂げていけると信じています。

■G.D シアトル支部


今年の合宿のテーマであった「入る」は、ミハエルの質問から生まれたものであり、感謝しなければなりません。「入る」ためには、まず「間」を創り出す必要があります。金曜日、先生は「中割れ」を使ってこれを行う一つの方法を示してくださいました。私の場合、意識の対象を自分自身からグループ全体へと切り替えてしまったことが原因で、うまくいったりいかなかったりと結果はまちまちでした。内面への意識を維持しつつ、その中にグループ全体を包み込むことができた時には、より良い結果が得られました。しかし、このことに対する私の姿勢はまだ間違っています。うまくいくと喜び、いかないとフラストレーションを感じてしまうからです。稽古の途中、先生からどう感じるか尋ねられ、私は「嬉しい」と答えましたが、身体が軽くなった感覚もあり、そちらを答えた方がより適切だったのではないかと思っています。



また、先生からは、私がまだ「イメージ(観念)」に頼りすぎているとのご指摘も受けました。私はこれまで学びの過程で常にイメージを使ってきたように思いますが、論理的な思考が自分の体験を勝手に修正・編集してしまう癖があることに気づき始めています。道半ばではありますが、自分自身が「できない人間」から「できる人間」へと変わる境界線の上に立っているような感覚を得ています。



先生が私を麻那さんとペアにしてくださったおかげで、彼女の「あり方」を間近で観察することができました。どのように技を行ったのか尋ねたところ、彼女は「全然分かりません」と答えました。これはまさに、先生がホワイトボードに描かれた「無意識の領域」から作用している具体例でした。調和の状態にあるステージAやBにおいて、この意識へとアクセスできるよう、型や分解組手の稽古を通じて自分を高めていきたいと思います。そして、これは細部への徹底的なこだわりによってのみ可能になるものだと実感しており、今後はその方向へ集中して精進してまいります。



宇城先生、榎本師範、拓治師範の忍耐強いご指導と明確なご教授に心より感謝申し上げます。

■J.A ドイツ支部


今回の淡路合宿は、私にとって宇城空手の稽古をさらに深く掘り下げるための、再びかけがえのない機会となりました。日々の稽古と先生からの直接のご指導を通じ、これまで知識として知っていた概念を極めて深いレベルで体感し、より確かなものとして身体に染み込ませることができました。



宇城空手への理解は、単に厳しい稽古をこなすことや知識を得ることだけで深まるものではなく、示された動きのプロセスを評価や判断を交えずに素直に受け入れることによっても育まれるのだと痛感しています。



この数日間、私は自分自身が本来持っている能力に対する確信を深める必要があると何度も痛感させられました。疑念が残っている限り、内に秘めたエネルギーが自然に発現することは阻まれてしまいます。



私にとって大きな新しい気づきとなったのは、腕の動きは必ずしも常に一定の速度で行う必要はないという実感でした。パートナーとの分解組手の最中、先生のご指導のもとでこれを体感することができ、タイミングの重要性や自然な動きの本質が明確になりました。



また、個々の技を通じて「気」のエネルギーを生み出す感覚へと段階的にアプローチしていけるという先生のアドバイスは、私にとって特に貴重なものでした。頭で思考するのではなく、弛まぬ実践を通してより深い理解へと至る具体的な道筋を示していただきました。



稽古中だけでなく、日々の行動を通じてプラスのエネルギーを世界へと広げていくようにという先生のお言葉には深く感銘を受けました。現在の世界情勢を見ても、変革とは単に上から与えられるものではなく、多くの小さな行動の積み重ねから生まれるべきものです。それゆえ、私自身も自らの悪い癖に気づき、それを一つひとつ克服できるよう努力を続けてまいります。



先生の自然な関節の柔軟さには、今回も改めて魅了されました。エネルギーは緊張から生まれるのではなく、全身の調和した連動と脱力から生じるのだということを再認識いたしました。対立や抵抗はエネルギーの円滑な流れを妨げます。だからこそ、相手を察知し、無駄な反発力を生じさせることなく状況を収めていくよう適応しなければなりません。



ポーランドの仲間たちが抱える現状の問題に関する先生のご指摘は、宇城空手の理合が道場の中だけに留まるものではないことを教えてくれました。この非常に難しい状況においても、より大きな視点に立って物事を捉える助けとなりました。



結びに、熱心なご指導、とりわけ私に対する忍耐強い向き合い方とご信頼に対して、先生に心より感謝申し上げます。淡路で得た気づきは、自分が歩むべき道において、まだまだ先が長いことを改めて教えてくれました。これらの体験を感謝とともに胸に刻み、稽古において、そして日々の生活において、さらに深めていけるよう精進してまいります。


コメント


アーカイブ
  • Facebook UK実践塾 Kenji Ushiro
  • Twitter UK実践塾 Kenji Ushiro
  • Instagram UK実践塾 Kenji Ushiro

本サイトは、UK実践塾(創心館宇城空手・宇城道塾)が管理するウェブサイトであり、ここで紹介されている実践メソッド・プログラムはすべて宇城憲治のUK実践塾に知的財産権として帰属するものです。これらメソッドを個人の使用目的以外で、講演会や講習会といった公の場で許可なく使用することは禁止しています。

使用を希望する場合は、必ず認定指導員の派遣を当塾に要請するか、当塾を受講することで資格認定を取得するようにしてください。

また本サイトに掲載の記事・写真の無断転載を一切禁じます。


ウェブサイト制作 創心館宇城空手・宇城道塾 事務局

Copyright© 2010 UK 実践塾 All right reserved.

bottom of page