2026年 第1回関西教師塾開催レポート
- chiba
- 1 日前
- 読了時間: 56分
1月17日(土)、午後からの京都実践講演会に先立って2026年の第1回目の関西宇城教師塾がハートピア京都にて開催された。今回は関西圏を中心に遠くは山口県、島根県から23名の中学校、高等学校の教員が集まり、宇城塾長から教育の本質についてご指導いただいた。
冒頭、宇城塾長から教員の不祥事、子ども達の不登校、いじめなどが増加していることを例にあげ、今の学校や子どもたちは、破壊されている、そしてその原因は点数主義の既存の教育、勝つことを優先としたビジネスと結びつけられたスポーツ、受験にあるという核心に触れたお話があった。だからこそ教師が本気で勉強し、実践を通して深めていかなければ本当に大切なことを見失ってしまい、子どもたちが犠牲になることに気づかせていただいた。
また、私たちがすべきことは1%の顕在意識ではなく、99%の潜在意識に目を向けることであるということを様々な検証を通じ感じる機会となった。
講義の途中、教師塾で学ぶ教員が、置かれたそれぞれの立場で実践し自らが変わること、また塾生たちが真剣に自身と向き合うことが教育、子どもたちの希望であるという言葉に講義を受ける塾生たちの眼差しが強く変化していった。
そして、午前の教師塾で学んだ後、午後からの宇城塾長の実践で子どもたちが見る見る変化していく様子を目の当たりにし、自らの役割を再確認し帰路に着くことができた。
冒頭、宇城塾長から「なぜ私たちは、進展しながら自滅に向かうのか」という問いから始まり、今の教育の課題、そして教育の本質、点数主義や勝ち負けではなく、人間性を高めることが大事であると教えていただいた。

実証①
顕在意識で腕相撲をすると負けてしまうが、宇城塾長に気を通してもらい潜在意識に働きかけるといとも簡単に倒してしまう。しかし、宇城塾長が気を通しても顕在意識から潜在意識への移行が出来ない教員がいた。改めて、教員が1%の顕在意識、頭脳優先が身に沁みついていると危機感を感じた。
実証②
顕在意識では腕をつかまれても倒すことはできない、またつないでいる手も上から押されると弱いが・・・・
宇城塾長に気を通され潜在意識に働きかけると簡単に倒すことができ、つないだ手も強くなる。
実証③
せまってくる机に当たると痛い、怖いという顕在意識が身体を不安・怯えで弱くさせるが、宇城塾長に気を通され潜在意識に働きかけると身体、細胞が安心を覚え怯えない身体となる。
実証④
大人が数名で押してくる机を宇城塾長は止めることができる。また、まっすぐ押す机を宇城塾長の気により方向を変えることができる。1%の顕在意識がどれだけ集まろうが、99%の潜在意識には適わない。むしろ、人数が多くなればなるほど宇城塾長の気のエネルギーが強くなる。
実証⑤
数名で簡単に持ち上げることができる机も、宇城塾長が気を通せば重くなりあがらない。エネルギーは物質にも伝播することを体験させていただいた。
参加者の感想
【奈良 中学校 男性 30代】
本日はご多忙の中、教師塾並びに実践講演会でのご指導誠に有難うございました。
「打って勝つは下の勝ちなり・勝って打つは中の勝ちなり・戦わずして勝つは上の勝ちなり」宇城先生から度々お聞かせいただくこの言葉が重くのしかかりました。ここ最近、世間を賑わせている栃木や大分のいじめ動画・・・。スパーリングと称し、2人の男子生徒がどつき合いをしている模様を多数の生徒が取り巻き、そのうちの1人が動画に撮影。どつき合いをしている2人には明らかな力の差があり、ほぼ無抵抗の子を一方的に殴り、蹴るという見るに堪えないものでした。戦う前からわかりきっている力差、弱いものいじめ、それを喜び、遊びと勘違いしているレベルの低さ・・・・下の勝ちのさらにさらにレベルの低い次元です。それを助長させているのは教育です。私たち教員です。
また、先週奈良県内の15歳の少年が中学校内で同学年生徒の胸倉をつかみ、膝蹴りを数回し、けがを負わせるという事件がありました。被害者生徒と家族が警察へ届け、事件は発覚。蹴った少年は逮捕されました。宇城先生が私たちに示してくださる空気感、エネルギーに包まれていればそのような事が学校という場で起こるはずがない・・・生まれながらに完成形である子供による痛ましい事件は私たち教員のエネルギーのなさを痛感させられるものだと思います。
地球温暖化→要因はCO2(ビジネス)→CO2を無くす(✕)、木を植える(〇光合成という仕組み=生産性)は教育に必要なことをそのまま示してくださったように思います。教員がエネルギーを持ち、生徒を明るく照らすと生徒たちのエネルギーはどんどん生産され、学級学校は元気を取り戻す。学校は楽しい場になり、不登校の問題が減少する。さらにそんなエネルギーに包まれた学校で育った生徒たちが親になり、その子供を育て、またその子供たちがエネルギーのある学校を作っていく・・・そんな循環が必要なんだと思います。そのように考えると教育とは、1本1本丁寧に木を植えること、そしてその木に愛情をかけることなんだと思います。初めは1本の木でもそれが少しずつ広がっていき森になる・・・0→1の最も遠い距離を先頭に立って実証先にありきで示してくださるのが宇城先生です。先生は教師塾で私たち教員の心に木(気)を植えてくださいます。大きな愛情を注いでいただいた私たち教員1人1人は森の木々のように光合成(生産・勉強)によってエネルギーを作り、菌糸のネットワーク(つながり・絆)で支え合いながら、エネルギーを高めていかなくてはなりません。生まれながらに完成形である子供たちを破滅に向かわせるわけにはいきません。これからも宇城先生の元に学び続け、1度しかない人生を生ききります。ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い致します。
【京都 中学校 男性 40代】
午前、午後と本当にあっという間に時間が過ぎて行った1日でした。教師塾では教師がいかに1%の世界、顕在意識で生きているのか、知の入り口は本来身体なのに、頭優先、未知の世界に生きず、0点から100点の世界に生き、それを正当化するために理屈の狭い世界に無限の可能性のある子供たちを押し込めている。だからこそ先生が気を通されても無意識の顕在意識が邪魔して本来の潜在意識が働かない。本来我々教師は潜在能力を引き出すのが役割なのに、人間力を出させないように教育してしまっている。というよりもその力がない教師はそうしないと怖いし、制御できないということだと今日感じました。それだけ子ども達というよりも本来の人間の持つ力は宇城先生の実践に見て分かるように、人を触れずに倒せる。相手の動きを止めることができる。ALSや病気を治す力を持っている。本来この力があれば様々な人を救う力なのに一部の人がお金を稼ぎ権力を握るためには逆に目覚めさせたくない力になる。正に先生の実践はフリーエネルギーの世界で消費が全くない。今の社会からしたらあっては困る考え方、力だと気付かされました。しかし今AIが生まれ、知識の世界ではいくら有名大学を出ていても太刀打ちできません。AIが進化すればするほど今の教育のあり方には限界と矛盾が生まれるはずです。そういう今だからこそ今まで正しいとされていた価値観が変わるチャンスなんだと今日話を聞いていて感じました。
そして昼からの一般の部では赤ちゃんからお年寄りまで職種関係なく学ぶ機会の中で先生が子ども達に今の教育や消費の世界の先には何が待っているかを真剣に丁寧に噛み砕いて時には気による実践で話を進めてもらう中で子ども達には難しい話かなと思い顔を見ると真剣に目を輝かせ、頷いているのを見て、この4月から子ども達の目線に合わせて、一つ一つ自分なりに丁寧に積み上げできものが間違っていなかったと感じました。いつも先生が仰っている子どもに『寄り添う』こと。『俺は先生だ』ではなく、生徒を心からリスペクトして信じることの大切さを私は学びました。その自分に変われたのも子どもの持つ力を何度も話だけでなく身体で感じているからです。今日はたまたまプロ野球選手日本ハムのファイターズの北山選手も来られていましたが、先生のアドバイスを感じ取る力や真摯な態度、驕りがなく謙虚な姿勢、わからないことがあれば中学生に丁寧に質問する姿に、ジャパンの代表に選ばれる人はこういう人格者何だという見本、手本を見て謙虚になっていく子ども達の姿が微笑ましかったです。
一般の部の最初にふざけていて横柄な態度をとっていた柔道部の生徒に対しても先生が厳しく指導し、その後何度も厳しさの何倍もの愛情を注いで関わる先生の姿を見て、先生の仰る信じる力、信念の強さがどれだけ強いのかを学ばせてもらいました。会が終わって帰る際には、誰よりもいい笑顔で挨拶をして帰っていく姿を見て改めて子ども達と関われる仕事の魅力と可能性やりがいを感じました。今日先生が人間力を引き出すためには人に寄り添い、皆んなで助け合うこと。競争で蹴落としあって進んでいくのではなく、困っている人が居たら助け、丁寧に挨拶をする。何よりもそこを大切にしていきたいと本校のキャプテンが先生に話ていた言葉を日々見守っていき私も共に進んで行きます。そうすることでどのように子ども達が変化成長していくのかが楽しみでなりません。奇跡のような時間を先生に見せて頂き、勇気と希望エネルギーをたくさん頂きました。今後とも御指導宜しくお願い致します。
【奈良 教育研究所 男性 40代】
このたびは、教師塾にてご指導いただき、誠にありがとうございました。遅れての参加となり、大変失礼いたしました。
今回特に印象に残ったのは、「透明になる」というお言葉でした。「ニュートラルに」「力まない」といった表現と通じる部分もありますが、今の自分には特に強く響きました。
仕事の中で、自分の言葉や行動が色が付いたものとして伝わってしまったり、そう見られたりしていると感じることがあります。寄り添えていない、素直に受け入れてもらえていないと感じる場面も少なくありません。
だからこそ、「いかに色のない透明な状態に近づくか」が、親身に寄り添い、心から受け入れてもらうための鍵なのだと気づかされました。
そのためには、まず自らの力を磨き、自信のなさや恐れの状態から抜け出す必要があると再認識しました。
宇城先生に気を通していただいた際、自分でも信じられないほどの力を発揮できたことに、いつも以上に深い感動を覚えました。これこそが本来自分の中にある力なのだと実感しました。
日々の学びを通して力を蓄えながら、その力を素直に発揮できる身体と心をつくっていきたいと思います。そして、仕事や家庭をうまく回すために、この姿勢を追求していく決意を新たにしました。
今後ともご指導のほど、よろしくお願いいたします。
【山口 中学校 男性 40代】
「教育の本質を持たなければならない」という先生の御言葉にとても希望を感じました。私達が学校という現場で行っている教育という名の、常識や競争、対立構造へと子ども達を染めていくあり方は早く変えないといけない。それが劣化の一途を突き進んでいる日本や世界を、より良くすることに繋がるのだとの思いを強くしました。
よく考えてみると、現場ではあまりの忙しさでそこまで考える余裕すらありません。そして学校教育=教科指導、担任業務、部活動指導といった捉え方がほとんどではないかと思います。「教育の本質」とは何なのか。それはもちろん子ども達を育てること、育てるとは人としての、その心を成長させること。そこの思いは多くの教育関係者はもっていると思います。しかし、それを達成するためのプロセスが皆バラバラであり、裏付けも何もありません。まさに一人一人が模索している状況かと思います。その中で、受験やスポーツなどはわかりやすい指標となっており、結果を残せたから素晴らしい指導であると安易な捉え方になってしまっています。私達教員がまず勉強しないといけないのはこの部分かと思います。受験は記憶力が優れているものが有利であり、スポーツはまさに運動能力が優れていれば、努力をそこまでしなくても結果が出ることがあります。その現実を子ども達が気づいた時、果たして自信や誇りをもつことができるのか。心のどこかで自分はダメなんだとか、あの人より自分はマシだとか考えて、マウントをとって上に立とうとするなど、弊害が出ているのが現在の状況ではと思います。
人間には素晴らしい潜在力がある。この事実は、全ての希望であり、私自身にとっても進むべき方向であり、子ども達に伝えていきたい人間の素晴らしい本質です。宇城先生の御指導によってどんどん変化していく中学生やプロ野球選手、皆さんの姿は人間の無限の可能性に触れ、希望に満ち溢れていました。この潜在力が誰にでも備わっている事実は本当に大きな光です。それを引き出す本質は遥に深遠ですが、実証し御指導してくださる宇城先生がいらっしゃるからこそ、私自身が今置かれた状況で行動していかなければならないと改めて気持ちが引き締まりました。
腕相撲の検証では、「学校の先生は顕在意識が強いからできない」というお話がございました。自身の潜在力を発揮し、その姿を子ども達に見せていく立場である私達は、より謙虚に自分と向き合い成長していかなければならない。その姿で子ども達との信頼、 家庭との信頼関係を構築していく。より謙虚さを求めて学んでいくからこそ、成長していくことができるし、自然と周囲が変わっていく。
「(自分の指導が)循環しているかどうかの視点が必要である」との御言葉では、目先や目の前の結果だけに囚われるのではなく、人間の本質に向かって自分自身が進めているか、子ども達を導いていけているのか、そこに至るプロセスや方法がその目的に見合ったものになっているかを常に念頭に置いて教育にあたれているのかを自分自身で見つめながら実践していくことが大切であると感じました。まだまだ勉強も、実力も足りません。しかし、これからの歩みをさらに進めていく大きなエネルギーをこの度の御指導でも賜りました。
宇城先生、この度も大変貴重な御指導を賜り、誠にありがとうございました。教師塾塾生としての誇りをもって、これからも 精進して参ります。宇城先生、教師塾の先生方、本当にありがとうございました。これからも何卒御指導、御鞭撻の程、宜しくお願い申し上げます。
【奈良 中学校 女性 30代】
今日は御指導ありがとうございました。
朝から宇城先生の御指導をいただきましたが、全体的に自分が遅れてしまっているように感じていました。今なら、余計なことを考えていて、先を取れず遅れてしまっていたのだと分かります。午前中の教師塾で、一番頭で考えてしまうのは教師だと聞き、腕相撲で先生の気を感じ取れなかったのは、頭で自分はできないと決めていたからだと思いました。午後の部で、プロの方の姿を拝見し、素直に先生の言葉や気を受け入れていらっしゃいました。また、中学生をはじめ子どもたちの姿を見ていると、自分がいかに心を閉ざしているかと痛感しました。宇城先生に学ばせていただいていることを、誇りに思って過ごしていたつもりでしたが、変に驕っていたんだなと思います。しょうもないプライドがあり、深さがなかったです。ここ最近、自分の学級で、何か違和感というか、不安があるような感じがしていました。それは、自分の横着な部分が子どもたちに伝わり、心が離れていたからだと思いました。顕著に子どもたちに現れていたなと、日頃の行動、考え方を反省しました。
先生の気や言葉をすんなりと受け入れていらっしゃる他の塾生の方を見ていると、私には見えていない姿や世界があるのだろうと思い、もっと学ばなければいけないと焦ります。そうやって考えることも、健在意識のことだと思いますが、最近の私はそこで止まってしまっていました。
潜在意識に働きかけていただくとなぜかわからないけれどできます。後から考えても、ただできたという事実だけしかわかりません。けれど、表面上だけ合わせにいっても、それは辻褄を合わせただけで、できないこと、感じる電気が出ていない自分を隠蔽しようとしているだけです。身体に入口を作るとおっしゃっていたように、すべは身体がわかっているはずです。頭で考えず、先生に教えていただいた呼吸を続け、少しずつかもしれませんが、身体に流れている電気とエネルギーを出していけるよう、学び続けていきたいです。子どもたちのためだけでなく、死ぬ時に一番いい状態になっていけるよう、これからも御指導よろしくお願いします。
【三重 高等学校 男性 30代】
この度は教師塾でのご講義、誠にありがとうございました。
今回のご講義を通じて、自分自身の「弱さ」と「甘さ」を見つめ直す必要があることに気がつかせていただきました。宇城先生がおっしゃることの一つひとつのレベルが高く、自分の力では到底理解できないことを頭で理解しようと力む自分がいました。教員として一人の人間として自分が作ってしまった小さな成功やプライドの存在をまずは認めて、染みついた癖をとり教育を内側から変えていける存在になりたいと強く感じました。
仕事を手に入れたり、肩書きがついた時に、それらを離すまいとする心が私達にはあると思います。これは日本の教育、社会のシステムから来るものかと思います。とりあえず学校に行って、とりあえず少しでも偏差値の高い学校に入る事が重要であると小さい頃から当たり前のように刷り込まれ、この思考が形を変えて人生を通じて繰り返されています。ですが、それだけではないことを私たち大人は身体で感じています。ですが、そこに対して一歩踏み出せません。だからこそ、私達教師は宇城先生という師のもとで勉強し、真実をこども達の細胞に働きかけなければいけないと思います。宇城先生が仰った『見えている顕在意識は小さく、見えない潜在意識は大きい。水面より上に出ている氷山の一角が1%の顕在意識で、水面下に隠れている氷山の本体が99%の潜在意識である』というお言葉から、宇城先生が実践されていることこそ、潜在意識そのもので、次元の異なるものだと認識いたしました。
AIが私達の生活に普及してきた今、AIは切っても切り離せない存在なのかと思います。このAIと調和ができるのか私には想像すらできませんが、変化の激しい時代をAIとともに突き進んでいける力、子どもたち自身が成長できるための学びを子ども達にさずけたいと思います。箸の持ち方のお話があったように、シャーペンを握る指先、姿勢。ここから日本人としての強さを取り戻したいと思います。宇宙の産物である人間は本来、無限の潜在能力を持っています。その能力を引き出すことが本当の「鍛える」と言うことである。と教えて頂きました。自然の一部である私たちが謙虚になり、自身の生き様を見つめ直さなければならないと強く感じました。今後とも何卒、ご指導のほどよろしくお願いいたします。
【岐阜 高等学校 男性 40代】
今年度最初の教師塾でのご指導ありがとうございました。
今回のご指導は、宇城先生の新刊「子育ての「新常識」」を読んだ直後でしたので、特にわかりやすく、かつ、私たち教師塾に学ぶ者にとって示唆に富んだものでした。真の教育とは何か、私たちの何が間違っているのか、どの方向に進めばいいのか、すべてが一度にわーっと私の中から湧き上がってきた感覚です。
学校や教育を取り巻く状況は悪化の一途をたどっています。そのことに対して、社会からの批判や提言、学校の内側にいる私たちの葛藤は様々あります。しかしそのどれもが「対立・衝突」の意識や構造から出ているものであって、その先に何の答えもありません。「ではどうすれば?」。そのヒントが宇城先生の指導や著書にあふれていることに今回心の底から気づけたように思います。
現在の勤務校に勤めて4年目になります。毎年この時期に生徒による授業評価を学校全体で行っています。そのなかで興味深い現象が起こっていることに気づきました。生徒の私に対する評価のなかで、これまで特に「授業において自分の出番がある」「先生に質問しやすい」の項目が、他の項目と比較して相対的に低いことが課題でした。授業全体の進行に関わる項目に比べて、生徒個々の主体性・やる気・前向きな姿勢に関わる項目の評価が低かったのです。それが、昨年度(R6)から今年度(R7)になり急激に改善されました(「自分の出番がある」3.77→4.21/「質問しやすい」3.98→4.13/他の項目平均4.22→4.43 5点満点評価)。
この4年間で授業の手法や構成、教材などはほとんど変わっていないので、上記の結果が出た際に、なぜそうなるのかが私自身で分かりませんでした。しかし今回の宇城先生のご指導を受けて、私自身の変化についてふと気づいたことがありました。それは「生徒を信じられるようになった」ことです。
「この「出来る感覚」は、特定の技術や動作に限りません。勉強にも通じます。「出来る」「解ける」と分かっていれば、努力する意欲・集中力が変わります。必ず出来るのだから、出来ると信じて、出来る道を探すからです」(「子育ての「新常識」」)と宇城先生はおっしゃっていますが、まさにこのことなのではないかと思います。
教師塾のご指導の中で、宇城先生は繰り返し私たちに眠る可能性を実証してくださいます。そのことが確実に私の身体に残っていき、生徒たちの前に立つ私自身が変わってきたのではないかと思うのです。この変化は特にこの1年で感じてきたことでした。
今担当している学年は飲酒・喫煙・器物破損・いじめなど問題を抱えた生徒が数多くおり、私は学年主任として、その度にその対処にあたってきました。この問題の数々をクリアしていくためには、表面的な指導や力による指導では到底不可能でした。生徒だけでなく、保護者も変えていかなくてはなりません。そのためには、生徒の過去や可能性を否定する(衝突・対立)のではなく、逆に彼らと彼らの可能性を信じなければならないと考えるようになりました。それができたのは、宇城先生のご指導によって私の中に「出来る感覚」が確実にあったからだと思います。問題が起こるたびに私の「顕在意識」が私を邪魔しようとしました。問題ばかり起こって指導力がないのでは、とか、面倒ばかり起こす生徒に腹が立つとか恥ずかしいとか、そのようなレベルです。ですがその度に私の中にある「出来る感覚」が私を支えました。
結局は私自身がどうあるかということなのではないかと思います。私自身でも気づかないうちに変わっているのではないかと。私自身が自分の可能性を信じられるから、生徒の可能性も信じられるし、彼らのなかに眠るエネルギーに気づけるようになるのではないかと思います。実は先の授業評価で、「先生は自分をほめてくれるか」という項目も高い評価(4.23)で、さらにそれはテストの成績の低いクラスほど評価が高い(最も成績の低いクラスで4.48)という興味深い結果が出ています。
実際には、私は授業中に「すごいね」「よくできたね」などと褒めることはまずありません。むしろ厳しく指摘する方だと思います。にもかかわらず生徒は「ほめてくれる」と感じています。言葉や表面的なことではなく、もっとずっと深いところから希望は湧いて出てくるということなのではないかと思います。
教師塾という場は、私たちにとって本当にかけがえのない場です。真実や真理を垣間見ることができ、さらには横着な自分を奮い立たせてもいただけます。いつもご指導本当にありがとうございます。慢心する自分、あきらめてしまいそうな自分、横着な自分が消えることはありません。ですが、確かに身体に残る希望と「出来る感覚」とを頼りに、これからも進んでまいりたいと思います。今後ともご指導よろしくお願いいたします。
【奈良 高等学校 男性 30代】
本日も貴重な時間をありがとうございました。
世界は戦争に走り、政治も私利私欲で市民は置き去り、目の前の生徒も自分さえよければと相手の気持ちがわからない、この先どうなってしまうのか、教育が抱える問題はとてつもないと感じました。
今回は、「進化について」と「人間力について」と2つの大きなテーマで講義、実践をしていただきました。話の中で宇城先生から出てくる教育(教員)のダメなところ、
・教育は奴隷をつくっている
・幸せになれないということを教えている
教師塾に参加していなければ絶対に聞くことがなかった言葉であると思います。参加させていただいているからこそ、この言葉の重み、教員としての不甲斐なさを感じ、前を向き、変化しようとする自分と向き合うことができます。小さなことでもできる変化をしていかなければならないと感じました。
先生の話の中で出てきた、異常気象の解決に向けたCo2削減というのはビジネス(金儲け)のためであるということ、健康診断は病気をつくるためで結果的には病人が増えて病院が儲かるとういうビジネスであるということ、ラジオ体操は人間を弱らせるためにつくられたということ、日本では抗がん剤を使うがアメリカでは抗がん剤を使わないということ。これらのことに関して衝撃を受けると同時に、本当に怖い世界であると感じるとともに、無知であることの怖さも痛感しました。
午後の最初の方の実証中に少しふざけている中学生に先生が注意をされたときの中学生の態度が自分も気になりました。注意されたことに対して、プライドが邪魔をして素直になれていない様子でした。その中学生が、大人のスクラムを倒したり、他の実証を見て感じていくことで、表情が変化しているのがわかりました。アメだけではなく最初のムチをきっかけに中学生を導く先生の姿に、学校現場で自分がどこまで生徒を導くことができているのかと思いました。この教師塾、実践講演会で、自分も変化を感じることができるとすごく嬉しく、ワクワクします。生徒たちが学校でそういった経験ができると学校に居場所ができて欠席が減る、不登校が減ることにつながると思いました。そんな経験を日常や学校行事で生徒たちにさせてあげなければいけないと感じています。
午前の教師塾の話は、後から振り返っても、どう言葉(文章)にして良いかわからないところもあります。まさに自分のレベルが低い証拠であると思います。ですが、午後の講演会でみんなで試した実証を通して、寄り添うことや信頼の大切さを学び、また、現役のプロ野球選手の取り組む姿勢やプロの選手ですらこれだけ謙虚で素直に取り組んでいる姿を見せていただいて、改めて「謙虚に素直に」を心に刻んで日々精進しようと思います。
先生がおっしゃった「未知の世界に対してどうしていくのか力をつけないといけない。」力をつけるためには知識を詰め込む勉強でなく、教師塾で得たことを普段の日常に落とし込むことだと思います。「教師が一番勉強して実力を上げないといけない」宇城先生のこの言葉をしっかり胸に刻んで前を向いていきたいと思います。明日生徒にエネルギーを与えるために。一日あっという間に過ぎました。ありがとうございました。
【奈良 中学校 男性 30代】
本日も私たちのためにお時間を作っていただき体を通じて気づかせていただきありがとうございました。今回のお話は、「なぜ人は進展しながら自滅していくのか」でした。私自身は、日々変化しているつもりでしたが、お話を聞いているなかで自分自身が理解できていないことを感じました。それは、自分自身が頭で考えてわかっているふりをしていることへの気づきでした。
実践の中でも終始自分に自信がなく、宇城先生に気を通していただいているのに自分で切ってしまっているような感覚がありました。この感覚のまま、子どもたちの前で話していることを恥ずかしいと感じ自身に磨きをかけ魅力のある人間になっていかなければなあと思っておりました。
お昼からの京都実践講演会の中では、午前の自分とは違い童心に戻って体験させていただきました。3歳の子どもにできて、大人はできない。子どもは、生まれながらに「統一体」であることを教えていただきました。
私たち大人がおもいやりを接すること、愛をもって関わることが子どもたちのありのままを導く一歩になることをあらためて実感しています。スクラムを組んだ大勢の大人を大きな男の人が押しますが崩すことができません。
ですが3歳の女の子がスクラムを押すといとも簡単に崩すことができました。この状態で大人はいかに崩れてしまっているのかを再確認させていただくと同時に、スクラムを組んでいた私自身も大人に押されるよりも子どもに押される方がはるかにエネルギーを感じ崩されることも想像に固くありませんでした。
さらに赤ちゃんを抱っこしたお母さんはに押される際は、衝撃のような温かな波紋を受けるような崩れ方をしました。また、お腹を抱えて苦しむ男性を「大丈夫ですか。」と心配し、寄り添った中学生がスクラムを押すとスクラムは崩れ、苦しむ男性を素通りするとスクラムは倒れないことに、おもいやりは大きなエネルギーを生むことを体験しました。
宇城先生は、たくさんのお話をしていただきながら実践を通して私たちに気の通し方も教えいただきました。呼吸をしながら腕を前や上や横や後ろに曲げ伸ばしをすると地面とつながる様子が実感できました。ペアの同じような体格の男性に抱えられてもびくとも上がりません。私たちの体がいかに浮き足だっていることへの気づきでした。
いつも様々な角度からお話をいただき私たちへの気づきをいただくことに感謝し子どもたちに希望を与えられる人間に変化していきます。ありがとうございました。
【大阪 男性 60代】
2026年は、社会全体が大きく変化していく節目の年になると感じています。その意味においても、今年は非常に重要な一年になると思っております。今回の教師塾では、覚悟をもって前に進むための大きなエネルギーをいただきました。
【テーマ】① 「進化について」― なぜ私たちは進展しながら自滅へ向かうのか ―その答えは、日常における自分自身の生き方、人間性・人間力にあることを強く示されました。この自覚・覚悟がなければ、本質を深めていくことはできませんし、日々の進化成長にも繋がることはありません。
【テーマ】② 「人間力について」私たちは、わずか1%の顕在意識に捉われ、依存しながら、非常に小さな世界で生きていることを数々の実証を通して気づかせていただきました。また多くの人が、その事実、現実に気づかないまま日常を過ごしている現状があります。
頭では理解しているつもりでも、身体(細胞)がまったく伴っていない。そのことが、実証を通して明確になり、自身の現状を深く突きつけられる時間となりました。「分かった」は知識であり、実践・実証を通して初めて「分かる」になる。この本質を、一人ひとりが自覚する貴重な機会であったと感じます。
嘘や誤魔化しなく、自分自身に正直であること。その姿勢こそが、身体で受け取るスピードを高めることを、さまざまな検証を通して明確に示していただきました。そこに、大人と子どもの決定的な違いがあることも実感しました。
宇城先生に実際に「気」を通していただくと、身体から事が起こる前に、まるで電波のようなものが発せられている感覚があります。意識や捉われ、思い込み、損得、肩書きといったものが、いかに自分を縛り、呼吸を止め、存在を小さくしているかを、身体を通して感じることができました。 講義の中では、便利になればなるほど人間は考えなくなる危険性があり、無意識のうちにその流れに飲み込まれていくというお話がありました。知識はAIで調べることができます。しかし、AIにないもの―それは心・身体、そして神秘の世界です。科学では立証できないことを、宇城先生はその場で瞬時に示されます。このような世界は、他にはありません。
理論や説明で理解したつもりになることが、かえって身体のエネルギーを下げていることも、多くの実証で示されました。さらに、その変化に瞬時に気づく感性そのものが、時代の流れの中で鈍くなっていることにすら気づかず、私たちは日常を過ごしています。
これからの時代、AIや自動化はさらに進み、人との関わりは確実に減っていきます。その中で、宇城先生が仰る「依存・奴隷・家畜状態」に近づいていく現実があり、だからこそ、子どもたちへの「教育」がいかに重要であるかを、改めて様々な実証を通してご指導いただきました。
教師一人ひとりが変わること。そのためにも、今回の教師塾での実体験を通して、「全体からすべてを見る」という視点へと、自身の在り方を変えていく必要があると気づかされました。自分中心になりがちな現代社会は、社会全体のエネルギーの低下を招き、犯罪や事故、不登校、いじめ、人間関係の希薄化へと繋がっているように感じます。さらに地球規模で見れば、温暖化や地震などの災害が加速していく中で、日本人としての良さがどんどん失われていく危険性も強く感じました。
人間性・人間力の高い教師や指導者から受ける教育は、身体を通して伝わる波動やエネルギーの質がまったく異なります。知識中心の教育が、知らず知らずのうちに捉われを生み、自らの身体を動かなくさせ、本来の自分を鈍らせているということへの深い気づきでもありました。後戻りはできないという危機感を持つ必要があると改めて感じます。
まさに「現状維持は退化である」という先生のお言葉を、身体を通して受け止めると同時に、すべては自分の内面にあり、すべては自分次第であるという事実を突きつけられました。日々学び続け、今の自分、そして教育現場の現状と真剣に向き合う必要性を強く感じます。
私たちは、宇城先生から直接ご指導を受け、実践・実証を通して、「待ったなし」「答えはすでに先にある」ということを身体で体感させていただいています。そのエネルギーに包まれた場の中で感じ取ることこそが、人間としての真の本質なのだと思います。
教育とは、「教える・学ぶ」ことではなく、自らが実証し、「気づかせる・気づく」ための土台づくりである。その土台とは、深い愛情に裏打ちされた厳しさと優しさにあると、改めて感じました。
先生のご指導には細かい説明は一切ありません。説明で済ませ、点数化される現代教育とは真逆です。身体は正直であり、誤魔化しは通用しません。そこにある未熟さや不安、怯えと真剣に向き合うことでしか、本当の成長はないのだと感じました。
子どもは素直で正直、捉われがなく、すでに身体で分かっています。しかし成長とともに、それは失われていきます。だからこそ、幼少期からの親の生き様や躾、実体験が何より重要であると強く感じました。
午後からの実践講演会では、「子どもにできて大人にできない」という事実を、目の前で子どもが実証してくれました。
母親と一緒にいた幼い女の子が、先生に呼ばれると迷いなく親から離れ前に出て、大人のスクラムを押し倒した姿には、力ではないスピードと揺るぎないエネルギーがありました。その場にいた誰もが、理屈抜きの言葉にできない本質を感じ取った瞬間だったと思います。本人はそういった事すら感じさせないほど自然体でした。前に出てきてスクラムの前に立ち、押す前にその空気感の中ですでに答えは出ていました。
今回の教師塾を通して、教師一人ひとりが、頭(意識)で寄り添うのではなく、内面から寄り添うことの重要性を痛感したはずです。
このような自分に気づく場は他にはなく、その気づきがあるからこそエネルギーは高まり、真の教育の本質に近づけるのだと確信しました。
宇城先生の実証には、やり直しも演出もありません。あるのは、事実・現実・真実のみです。
この教師塾は、参加するだけの場ではありません。自分に気づき、変わり、そして日常の中で実践し続ける覚悟を問われる場です。その一人ひとりの「一人革命」が、必ず未来へと繋がっていくと感じています。年4回の教師塾に参加する中で自身をさらに深める意味でも、季刊『道』の購読、プレ道塾、道塾への参加を通して、自身の進むべき「道」を、これからも確かなものとして自信を持って歩んでいけると確信しております。
【大阪 中学校 男性 60代】
宇城先生。先日もいろいろとお忙しい中、教師塾、そして、午後からは実践講演会…と、ほぼ全日のご指導を賜り、誠に有り難うございました。私にとっては本年初めての宇城先生のご講義で、本当に幸せな一日でした。
さて、午前の教師塾は、宇城先生のホワイトボードへの板書から始まりました。最初に2つの項目を記され、1つ目が.「進化について」。そして、2つ目が「人間力について」でした。
1つ目については、昨年来より、“なぜ、私たちは進展しながら自滅へ向かうのか”というテーマを示して頂いていて、引き続きそのことでした。…が、繰り返し繰り返し示されているということから、それだけ、このことが重要なことだということがわかると思いました。しかし、このこと(進展しながら自滅の方向に向かっているということ)も、宇城先生のご講義を受けていなければ、そのような視点にも立てていなかったということに気づかされます。
宇城先生とのご縁を頂いている“有り難さ”を感じます。
そして、2つ目については、「顕在意識(意識領域)」と「潜在意識(無意識領域)」の働きに関してで「全ての原点(思考、行動)は潜在意識にあって支配されている。その比率は1:99となる」とのこと。このことは、以前にお話しして頂いた「この宇宙に関して“既知”の部分は5%で“未知”の部分は95%である(ダークマター)」ということと、何となく呼応していると思いました。また、「日本人には“察する”力がある」のだと仰っておられましたが、これこそ「潜在意識」の働きであり、元々日本人にはその働きを自然と使っていたように思いました。
数々の実証の中で、我々を代表して前に出て下さる方が、宇城先生に“気”を通されても出来ないときがあります。そのようなときに「(1%である「顕在意識」の中だけで行おうとする)“教師”や“偏差値の高い人”に(出来ない人が)多い」と仰いますが、その姿はそのまま私自身の姿です。頭(「顕在意識」)では何も考えずに“自然”に行おうとしても、少しでも(出来るかな?)と頭に疑念が浮かぶとダメです。それが“我欲”なのですね。
しかし、以前の教師塾でも「“出来る”、“出来ない”ではない」と仰って下さったように、そこだけにこだわってしまうと、現在のスポーツがおちいっている「勝利至上主義」と同じになるように思います。“今の自分”の“現在地”を示すバロメーターなのだととらえ、何度も宇城先生との“場”を共有し、「私の“身体”」が「顕在意識」があずかり知らぬところで体験を重ねていくことが大切だと思いました。
そして、午後からの実践講演会(親子塾)。子ども達の素直な「調和力」に自然と笑みがこぼれてしまいます。
参加していた中学生も何かいい雰囲気で、顧問の先生方が彼らを、宇城先生に学べる場に導かれているその力量に素晴らしさを感じます。中には気になる生徒がいましたが、宇城先生が「ビシッ」と現実を突きつけられ、しかし、それだけで終わるのではなく、その生徒のよいところを導き出されるよう関わっておられた宇城先生のお姿に、宇城先生の“人間愛”を感じました。
また、今回はプロ野球の方も参加されていて、また、その方が“プロである”ということを“鼻に掛けず”に素直に宇城先生の御指導に驚きを持って接しておられたのが、印象深かったですし、「求める方は“出会い”に導かれる」のだと思いました。
今回も示して頂いたように、少しでも「“知の入り口”を“身体”にする」その方向へ向かえるようになって行きたいと思います。引き続き御指導の程、本年も宜しくお願い申し上げます。
有り難うございました。弥栄。
【奈良 高等学校 男性 20代】
今回も教師塾でのご指導ありがとうございました。
今回の教師塾の講義を通して、「人は言葉や知識だけでなく、身体を通して本質を感じ取る」ということの重要性を強く実感しました。
講義の冒頭では、生徒達が話を十分に聞いていないように見える場面がありました。しかし、身体実証を通した関わりの中で、その生徒の表情や姿勢、話の聞き方が大きく変化していったことが非常に印象に残っています。
特に印象的だったのは、体に触れた瞬間に、その生徒が日頃から身体を使った活動に取り組んでいることや部活名を見抜かれていた場面でした。ただ触れただけでそこまで分かるのかと驚くと同時に、相手の背景や身体の状態に気づく力などその凄さをどう言葉にすればよいのかと感じる程でした。
それに加えて「君なら良い体をしているから、絶対に勝てる。頑張りなさい」という言葉がかけられ、その生徒の表情がより一層一変したように感じ、その言葉は表面的な励ましではなく、身体を通して手本を見せる、やる気を出させる、ということを身体を通して伝えられたからこそ、生徒の心に深く届き生徒に変化があったのだと思いました。
ホワイトボードで示されていた顕在意識と潜在意識の話とも重なり、人の行動や意識の変化は、頭で理解したときではなく、身体で納得したときに起こるのだと実感しました。説明を聞くだけでは生まれない「なぜだろう」という感覚が、身体実証によって自然に引き出されていたように感じました。
また、複数の大人を相手に投げるという身体実証の場面も強く印象に残っています。生徒では投げることができなかった相手を、投げて見せる姿からは、力や技術では説明できない、本質的なものがあることを強く感じました。そこには、宇城先生の長い積み重ねによって培われた凄さが凝縮されているように思えました。そしてその姿を見たからこそ生徒の目つきも変わったのでは無いかと思えました。
今回の講義を通して、知識を教えるだけの教育には限界があり、それは今後ますますAIが担っていく分野であると改めて感じました。だからこそ、教師に求められるのは答えを教えることではなく、生徒が「なぜ」と感じ、自分自身で気づき、行動を変えていくきっかけをつくることなのでは無いかと実感しました。
生徒の変化や身体実証を目の前で見て、私自身も「こう在らなければならない」と強く感じたと同時に言葉だけに頼るのではなく、身体を通して伝え、気づかせる指導ができる教師を目指し、今回の学びを今後の教育実践に生かしていきたいと思います。
今後ともご指導よろしくお願い致します。
【奈良 中学校 男性 30代】
宇城先生、どう出版の皆様、事務局の先生方、お忙しい中教師塾の運営並びに開催をしていただきありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。
私自身、久しぶりの教師塾の参加となりました。塾のスタートよりも早めに宇城先生が会場に入られ、今日のためのホワイトボードの準備をされる。その瞬間に会場の先生方は自然と無音でホワイトボードの前に集まり、先生の呼吸と板書の音が聞こえ、一気に会場の空気が変わります。私が教師として目指す姿がそこに変わらずありました。私自身が一番好きな瞬間でもあります。心があらわれました。ありがとうございます。
今回の教師塾では、私たち教師に対する先生の怒りと激励を絶えず感じました。人というものはやはり自分が一番見えていない。自分を一番最初に見失うものなのだと痛感しました。知らず知らずのうちに頭で考え、損得で考え、顕在意識が真実だと勘違いをし、生きています。子どもたちに筋肉を鍛えさせ、点数が武器であるかのような指導をしているのと変わりません。自分は大丈夫だと思い、自惚れや過信を自信と根拠と捉えている。何もかもが間違っていた生き方をしていたとは思いませんが、私が12月に体調を崩していたことが何よりの証拠です。身体は知っている。
あらためて本当の一人革命、まずは自分の型を見失わないようにしようと決意しました。ありがとうございます。
教師塾全体を通して、最後に宮崎先生のお言葉にもありましたが、2026年を宇城先生が強調されているような感じを私も感じました。今までも日本の教育が崩れている旨のお話は幾度となく聞かせていただいていましたが、もしかすると今までにない振り幅で、何かが悪い方向に変わるのか。私ごときの働きで何かが良い方向に大きく変わることなんてないのかもしれませんが、それでも目の前の子どもたちのために私に何ができるのか、何をしていかなければいけないのか。あの日からずっと頭の片隅にあります。
型も心も大切なことは、今まで教えていただき私は多くを知っている。でも型や心のともなった生き方が常にできているかといえば疑問。それが今の私の事実。西田先生からのメールの内容にもありました。自分が「変化する」ステージから、自分も周りも「変化させる」ステージへ行かなければならない。今日もまた頑張ります。宇城先生、塾生の先生方、多くの学びをありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。
【奈良 中学校 男性 40代】
本日はお忙しい中、教師塾を開催して頂き、またご指導して頂き、誠に有難うございます。今年度もご指導、宜しくお願い致します。
今日は、前回もお話いただいた「人はなぜ進展しながら、自滅に向かうのか」と「顕在意識と潜在意識」のお話をして頂きました。私の学校では、最近子どもたちの家庭の問題で家庭での居場所がない子どもの話を聞くことがたくさんありました。「ご飯が食べられない」や「暴言や暴力を振るわれる」といった愛情を感じない様子がたくさんありました。
この間も週末になって、土曜日、日曜日と長い時間に家にいたくないと訴えがあり、自殺をほのめかすこともあったのですが、関係機関に連絡をしたところ、先生のおっしゃっていた仕組みが先の話が先に来てしまい、肝心の子どもの話は二の次になってしまっていました。でも学校側の訴えにより、なんとか預かることが出来ましたが、仕組みをこえる心を体験しました。最近、その様なしんどい家庭の状況をよく耳にします。本当に愛情を感じない言動や態度に心を痛めます。先生に教えて頂いたおかげだなと感じました。この様な経験のたびに上手く行って、ホッとしますが、このようにならないためには何ができるのかをいつも考えさせられます。勉強しないといけないなと感じます。
先生がおっしゃっていた「循環」ともつながりますが、今の子どもがいつか親になり、子どもを育てる時に今のように悪い循環にならないためにも教育をしていかないといけないと思います。そのためにも教員が勉強をし、実力をつけないといけないと本当に感じました。また、顕在意識が1%、潜在意識が99%であるということを教えて頂きました。今回の子どもの話も潜在意識の中で、子どものことを心配している教員が多く、本当に心から救ってあげたいと感じている人が多かったのかと思いました。思いやり、寄り添いという気持ちを持っていたことが潜在意識につながったのかと思いました。仕組みをこえる人間性を作ることが本当に大事だと感じました。先生は「知の入口は身体である」とおっしゃっていましたが、体で感じることが本当にできればと思いました。
午後から実践講演会が行われ、たくさんの中学生が来ていました。私の中学校の生徒も来ていました。私の野球部は人数が少ないこともあり、3校で合同をしています。先生に指導していただいた柔道をやっている生徒もその合同チームの生徒になります。今回参加させて頂き、先生に指導してもらったことは感謝していると言っていました。最初は態度も悪く、ふざけていたようでしたが、先生にお話いただいたことで帰りは目が輝いていました。エネルギーを頂いたようでした。あのように指導をして頂きまして、本当に有難うございました。本来は私が行わないといけないところでしたが、先生が指導していただくと瞬時に変わることができました。先生の愛情の大きさ、器の大きさなのだろうと思いました。本当に有難うございました。私も引き続き子どもたちに光を与えられるように努力していきたいと思います。今後ともご指導のほど、宜しくお願い致します。
【奈良 高等学校 男性 40代】
先日は関西宇城教師塾、ならびに午後からの実践講演会にてご指導いただき誠にありがとうございました。
「なぜ私たちは進展しながら、自滅へ向かうのか」、「知の入口を身体にする」この2つのことを身体を通して学べる機会となり自分がどれだけ子どもたちの成長の邪魔をしているのかを痛感しました。
特に実践講演会にて、柔道をしているという男の子に対して厳しく、そして温かいお言葉、実践で男の子の目つき、またその隣にいたしかめっ面をした男の子の表情が真剣かつ柔らかく変化していく様子が分かりました。(石山先生から聞きましたが、その男の子は家族の不幸事が理由でしかめっ面になったそうです。)そして最後の復習の時間では、2人で呼吸法を積極的に行う様子がとても印象的でした。他にも、これまで「投手をやりたくない」と言っていた中学生が、宇城先生のご指導で「投手をやりたい」と言い出したことに「教える」ではなく「引き出す」教育、私たち教員が実践しなければいけない教育はこれだと改めて感じることができました。。
子どもたちのエネルギーを引き出すことが本当の教育だと感じ、自分の普段の活動が無意識下にある「野球で勝ちたい」とか「自分が目立ちたい」とかの自分の欲でしかないことに気づかされました。また、「幸せになりたい」と思うことがすでに1%の顕在意識で部分体である。はるか昔に地球ができ、人間の誕生がその後追いだからこそ、地球に生かされているという心にならなければいけないと、人間の持つ可能性、それを引き出すための心を教えていただきました。
教師塾の前日に家庭訪問をしました。内容は繰り返し問題行動をおこす生徒に進路変更をお願いすることでした。保護者とのやり取りのなかで「心がない」、「怯えている」と言われました。いつも宇城先生からご指導いただく言葉と同じ言葉を保護者から言われたと思いました。しかし、宇城先生からご指導いただいてなければ「自分は一生懸命やっているつもり」となり、矢印を自分に向け、謙虚になることはできせんでした。いつも、無意識領域に働きかけていただき、自覚のない自分を知ることが出来ているからこそ、保護者からの意見をしっかりと受け止めることが出来ました。
無意識下での自分をご指導いただける場所、今の教育の課題解決の方法を知る場所は宇城先生にしかないと改めて感じました。教師塾の途中、宇城先生から「組織は変わらないが、塾生がそれぞれの場で活躍し、繋がり大きな輪となることがこれからの教育の希望」だと教えていただきました。
私は何をすべきかと考えた時、まずは本気で宇城空手に取り組み自分が身体から変わること。そして、一人でも多くの教員を宇城先生に繋げることだと思いました。人数が全てではありませんが、教師塾の人数が増えないのは自分が何も本気でないからだと感じます。現場では子どもも大人も困っています。冒頭、宇城先生からありましたように学校、子どもは破壊されています。その流れを止めることができるように、宇城先生を中心とした教師の輪が広がるようにまずは自分自身が変化する。そんな一年にします。
今後ともご指導よろしくお願い致します。
【奈良 高等学校 男性 40代】
先日の教師塾でのご指導、ありがとうございました。今回の教師塾では、「循環」ということが一番残っています。自然の循環によって生かされているにも関わらず、人類はそのシステムを壊し続けています。「進展しながら自滅にむかっている」という現状、その原因は教育の崩壊にあると教えていただきました。
特に、「受験もスポーツも消費でしかない」ということが突き刺さりました。環境も受験もスポーツもすべてビジネス。誰かの利益のために踊らされているということに気づき、変えていかなければ未来はありません。「強い・弱い」「上・下」という概念そのものが、本来は自然界には存在しないにもかかわらず、私たちはその消費システムの中で評価し、競争させられ、知らず知らずのうちに洗脳されています。そしてそれを生徒たちにも押し付けています。人間の意識は、顕在意識がわずか1%、潜在意識が99%であるにもかかわらず、今の教育は目に見える成果、数値化できる結果、言語化できる知識に囚われています。その結果、身体で感じる(先を取る)、察するといった本来あるはずの機能が働かなくなってしまっています。「知の入り口を身体にする」というお言葉がありましたが、自分自身の時間を止めてしまわないよう、常に自分に矢印を向けて毎日を過ごしていきたいと思います。
宇城先生は、「2026年は大きく変化する年である」とおっしゃられました。循環を取り戻す教育とは何か、消費ではない学びやスポーツとは何かに本気で向き合っていきます。今まで隠されていた大事なことが、少しづつ表にでてきつつあります。私たち教員が自覚と責任をもって学び続け、この流れを加速させていくことが一つの希望となると思います。
今年もご指導の程、よろしくお願いします。
【奈良 高等学校 男性 30代】
宇城先生、第1回教師塾および実践講習会でのご指導ありがとうございました。
今回は、目に見えるものに対する意識である顕在意識は、全体の意識の世界から見ると、わずか1%に過ぎず、残りの99%は潜在意識であることを教えてくださいました。ほとんどの場合、我々が目に見える世界の中での知識や感覚を全てと信じて行動していますが、それはほんの1%にすぎないものであり、そのものさしで見た世界は本質ではありません。わずか1%しかない顕在意識を全てであると思い込んでいる状態では、どんどん視野が狭くなり、勘違いや錯覚を生んでしまいます。近年の教員による不祥事の多発は、我々教員がこのような、狭い世界で、狭い視野の中で生きてしまっていることに起因しています。
宇城先生は、今回もホワイトボードを用いて、このことを視覚的に説明してくださいました。長年学ばせて頂いている立場でありながら、本来であれば、宇城先生の実践を体感させて頂く中で自ら心得ていかなければならない立場でありながら、この視覚的な説明を頂くことに安心してしまっている自分がいます。
今回も先生は、目の前の一人に対してだけでなく、その空間の全員に対して気を通してくださり、潜在意識の中での人間のエネルギーに気づかせて下さいました。
また、午後の実践講習会では、今まで中学生ぐらいまでは残っていた潜在意識からくるエネルギーが、無くなってきている様子を目の前で証明してくださいました。普段の学校内でも、教員たちが口にする、社会や時代のせいにする風潮。人ではありながら、間を失い人間から遠ざかりつつある現在の子供たち。元をたどれば、今の社会や時代を作ってしまった一番の原因が学校教育であり、我々教員なのではないかと、改めて責任の重さに気づかせていただきました。
我々教員は、常に将来の社会を担う人間を育てる一丁目一番地であることに責任をもち、誰よりも学び、将来を見通すことのできる能力を身に着ける必要があります。宇城先生が毎回仰っていただく、「今年は危ない」というお言葉について、私自身の中でも強く感じるようになってきました。宇城先生のお言葉をいただいている我々が、多くの子供たちと接する我々教員が、周囲を巻き込みながら、明るい未来に希望をもって歩みだしていくことのできる、エネルギーある人材を育成することができるよう、より一層学びを進めていきたいと思います。
今後ともご指導の程、よろしくお願いいたします。
【兵庫 高等学校 男性 50代】
宇城先生、教師塾、講演会でのご指導ありがとうございました。
宇城先生のご尊顔を拝し、先生の講義を受けさせていただいて、緩んでいた気持ちを正す機会をいただきました。
新年早々から、アメリカのトランプ大統領が露骨に武力による他の国への影響力を行使し、ロシアとウクライナとの戦争も終息せず、世界中に戦争の火種がくすぶっています。例によって日本は何も言わず、何もせず、何もできません。沸々と湧き出る怒りや憤りを腹に持ちながら毎日を過ごしておりました。宇城先生の講義を受け、中学生や子供たちのエネルギーに満ちた姿を見て、他の国のような遠くのことを考えるのではなく、まず見るべきは自分の近くの生徒や同僚であることを思い出しました。そして、怒りや憤りは、自分が身近なところで何もできていないことに対してのものだったと気付かされました。
講義では、人間の顕在意識と潜在意識の割合は1:99であるにも関わらず、成長するにしたがって顕在意識に頼るようになり、潜在意識に蓋をすることで、本来持っていた調和する力を使えないようになっていくこと、そしてその原因は親と学校教育であることを教えていただきました。また、講演会では子供たちの素晴らしさを見せていただきました。宇城先生の実践に目を輝かし、話を真剣に聞く中学生や、赤ちゃんの頃から来ている実践塾生のお子さんがスクラムをこともなげに押し、1対複数の腕相撲をするのを見ていると、未来への希望を感じました。
AIの進歩のスピードと拡大はすさまじく、数年前に想定されていた範囲をはるかに超え、さまざまな場所でAIが活用されています。折しも共通テストをAIに解かせると満点やそれに近い点を取っており、東大にも合格できるレベルであることを考えると、既存の知識により解答できるようなことに関して、多くの人間がAIにかなわないことは明白です。私も職場で生成AIを使うことがありますが、文章を書いたり、文章をまとめる能力は的確で驚異的に速く、素材さえあれば、それを編集するようなことは簡単にこなします。絵画やイラスト、音楽のような人間しかできないと言われていた創造的なこともプロに近いことができます。いろんなことが人間より短時間で効率的に疲れを知らずに正確にできるので、間違いなくかなりの種類の仕事で、人間よりAIの方が能力が上になることでしょう。そのときに人間はどうしているか。仕事を何もせず、消費するだけの存在になっているか。それとも人間力を生かし、人に寄り添うことを仕事にしているのか。後者であってほしいと思いますし、その方向に進むように、教育の現場で働いていきたいと思います。
教師を退職したら教師塾の仲間で集まって学校を作ったら、というお話がありました。個人的に数年前から、将来、寺子屋のようなものができないかと考えていましたので、非常に魅力的なお話に思いました。学校というしくみは変えられませんし、そこで働く教師も変わるのはほんの一部です。現在の学校教育から離れて、子供たちが元々もっている力を伸ばし、引き出す助けができればと思っております。今のままでは、その任に足りないと思います。さらに宇城先生に学び、変化・成長していきたいと思います。
【奈良 スポーツ振興課 男性 40代】
宇城先生の講義を拝聴し、年々厳しさを増す教育現場の現状と、その中で教師に求められる在り方について深く考えさせられました。教育を取り巻く環境は複雑化し、教師一人ひとりの「自力」がこれまで以上に問われていると感じています。そのような状況だからこそ、教師自身が立ち止まることなく、自ら学び続ける姿勢を持つことの重要性を改めて実感しました。 テクノロジーやAIの急速な進歩に関するお話がありました。単に答えを教えるだけであれば、もはやAIの方が正確で効率的であり、教師以上の役割を果たす場面も増えていくと思います。その中で、教師の存在意義や役割とは何なのか、私自身も問い直す必要があると強く感じました。教師に求められることは、単なる答えを教えることではなく、子供たちをいかに導いていくか、テクニックやHow toのような小手先ではなく、また言葉だけでなく、自らの捉え方生き方から伝わるもの、人が人であるべき姿を追求していく必要性を感じました。教える立場である前に一人の人としての本質を見つめ直し、自分自身を振り返ることが求められているのだと思います。
今回の講義では、顕在意識と潜在意識についてのお話を伺い、私たちがいかに顕在意識に振り回されて日々を過ごしているのかを実感しました。恐れ、怯えもその一つだと感じています。出来ないと自らで決めつけ、それに立ち向かうことに恐れてしまう。今までも宇城先生から学ばせていただいていますが、今だに自らの恐れ、怯えが常に付きまとっています。居ついて動けていない。今回の実践でもありましたが、怯えている人間からは明らかに周りに波動が伝わっていきます。間近でそれを感じることができました。その場の雰囲気が変わる。良いも悪いもそれぞれの人から波動がでて、人に影響を与える。当たり前の話ですが、良い影響を与える波動がでれば、自分も周りも幸せになれる。本来、人間誰もが持っている力を十分に発揮できていないのはなぜなのか、その力の発揮を妨げているものは何なのかを「感じ取ること」の大切さを学びました。実践を通して、自分自身の内側にある力を体感させていただいたことは、非常に貴重な経験でした。
宇城先生に導いていただいた学びは、講義の場で終わらせるものではなく、これからは自ら一人で実践し、深めていくことが必要だと感じています。他者に依存するのではなく、自分自身を変革していく「一人革命」を起こすことこそが、これからの教師に求められる姿なのではないのか。今回の講義で得た気づきを、今後の自己研鑽に生かしていきたいと思います。ありがとうございました。
【奈良 高等学校 男性 20代】
今回の教師塾の中での、気を通してもらった状態で掴まれた人を倒す実践で、私の癖が強いことを改めて実感しました。自分でも気づかずうちに、「倒そう」という意識を働かせており、一瞬しゃくってしまいました。自分でも指摘していただいて初めて気づいたことでした。意識的に倒そうとすることが染み付いており、以前から教師塾を通して感じていたことではありますが、自分の癖がずっと抜けないことを痛感しました。
頭で考える癖もあります。宇城先生から体験させていただく気の世界を、頭で理解しようとしても意味がないのに、ずっと頭で理解しようとしています。今回指摘していただいて自分でも気づけただけで、他でもその癖はずっと抜けていたいのだと思います。
頭で理解して、知識があることに特に意味はありません。先生になるには、少し教育法規を覚え、教科の知識(私は数学)があればなれます。少し人よりも数学の知識があるだけで、それ以外の国語や英語等の知識があるわけではありません。それもインターネットやAIが発展した今の世の中、知識には価値はありません。
人間に必要なものは心です。他人を思いやり、助け合うことが大切です。困っている人に「大丈夫ですか」と声をかけると強くなる実践でもそれは証明されています。それが人間本来の姿なのだと思います。しかし今や、chatGPTなどのAIで相談事をすると、「大丈夫です」「心配しないでください」などの優しい言葉を返すようになっています。相談したいことがあれば家族や友達ではなく、AIにするような時代になりつつあります。人間力が無くなってきている証拠だと思います。生徒に力ずくで言うことを聞かせることは教育ではありません。心を尽くして、生徒に寄り添うことが大切だと改めて感じました。
先日、学年の取り組みとして通学路のゴミ拾いをしました。地域の方への恩返しということでしたことですが、ゴミを拾っているとだんだん皆元気になっていて、最初は暗い顔をしていた生徒も、学校へ返ってくる頃にはみんな笑顔になっていました。「ゴミ拾いすることはいいことだ」と口で何回説明しても意味はありません。体験してみたらすぐに分かることです。知識ではなく実証です。
今年も、ご指導いただきありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。
【奈良 中学校 男性 20代】
この度は2026年第1回教師塾および実践講演会でのご指導ありがとうございました。
お話や実践を通じて、学校や現在の教育が今日の社会の悪循環を生んでいること、いかに私たちの日常が人間本来の力に蓋をしてしまっているかを感じました。自分は生かされている存在であって、自分の力だけで生きているわけではありません。細胞をはじめ、心臓などの臓器が自動操縦で動く、このようなことを様々なことに応用していくことができれば成長し続けられると感じました。自分には本来持っている力があるのにもかかわらず、それに気づかず、自分にない力を使おうと力んだりしゃくったりする。
それは学校での私自身の姿と同じです。自分の役目は人間の本来の力を活かし、素晴らしい素質を持った生徒を生かすことです。力を引き出していきたいのに、自分の「欲」や「頑固さ」が邪魔をします。また、野球をしている自分を振り返ると、バッティングでスイングをする際には知らず知らずのうちに呼吸が止まっていました。宇城先生の呼吸法をしてスイングをすると意識せずとも呼吸が止まらないスイングになりました。そのスイングは呼吸が止まっていたスイングよりも詰まりがなく、視界も開けていました。この感覚を大切にしていきたいです。
午後からの実践講演会では、子どもたちの変化に感動しました。特に、取り組む姿勢には素晴らしいものがありました。中学生が宇城先生にの前で次々とシャドーピッチングをしている姿は、一人ひとりの「もっと上手くなりたい」「もっと良くなりたい」という熱意が表出していました。その気持ちを引き出すことが大切なのだと強く感じました。また、宇城先生が話をされている姿から生徒との向き合い方、自分自身の心のあり方について気づかせていただきました。
今回も素晴らしい気づきをいただきました。この感じられたものや身体に残る感覚を大切にしながら生徒たちと一歩ずつ歩めるよう精進していきます。ありがとうございました。今後ともご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします。
【奈良 教育研究所 男性 30代】
先日は教師塾と実践講演会にてご指導いただき、誠にありがとうございました。
「知の入り口を身体にする」というお言葉が、強く印象に残っております。
近年は即効性や特効薬、ハウツーといったものを求める傾向が強く、もはやそれが当たり前の世の中になっているように感じます。その場しのぎで場当たり的な知の触れ方では、継続も循環も生まれないのは当然だと思いました。
先生に実証していただく中で得られる気付きは、いつも身体を通して得るものです。それがどれほど大きなエネルギーをもたらすかを、私たちは身をもって経験してきました。この「知の入り口を身体にする」気付かせ方を、私自身も実践していかなければならないと、改めて強く感じました。
私事ですが、小学生の娘が今年度初めにソフトボールを始め、練習等を手伝う中で小学生と接する機会が増えました。これまで向き合ってきたのは高校生でしたので、身体の素直さや変化の速さの違いを感じることが多くあります。ただ、その違いには、大人の関わり方も影響しているのではないかとも思います。
小学生には言葉で伝えるよりも、やってみせる、やってみさせる場面が多くあります。一方で高校生には、振り返れば言葉でわからせようとする場面が多かったように思います。意図せず、子どもの発達段階に応じて関わり方を変えてしまっていたのかもしれません。
小学生であろうが高校生であろうが、また大人であろうが、身体で気付くことに勝る成長の鍵はないと思います。そして、身体で気付かせる、知の入り口を身体にするためには、自分自身の力をつけることが欠かせません。
このことを肝に銘じて、今後も精進してまいります。今後とも何卒よろしくお願いいたします。
【京都 中高一貫 女性 40代】
宇城先生、教師塾には参加できず申し訳ありませんでした。京都実践講演会では後半のみの参加となりましたが、会場は先生のエネルギーに包まれた空間で、参加されている方がどんどんと先生に惹きつけられていくことを感じることができ、改めて2026年は変化の年にしなければエネルギーをいただきました。
私たちはなぜ進展しながら自滅に向かうのか。深さを求めない教育が当たり前となってしまったことが大きな要因だと先生にご指導いただく中で感じています。男性は女性よりも強い。大人は子供よりも強い。プロ野球選手は中学生よりも強い。でもそれって本当のなの?なぜそう言い切れるの?と考えることや勉強することもなく、それが常識だという多数の声に洗脳され、無意識のうちに深さを求めることをやめてしまってきたことが子ども達の未来の可能性を奪ってしまっています。
実際、宇城先生のさまざまな実践を通じて自分の身体に変化を感じた子ども達は目を輝かせ、どんどんと前のめりになっていきました。講演会の最後には先生を囲み、元気よく笑顔で挨拶をして帰っていく姿を見た時、これこそが本来の学校にあるべき姿であり、疲れた、ストレスを感じる…などマイナスの言葉を口にし、本当に疲れ切って授業を受け帰っていく中高生を見ていると、学校で今行っている教育とは何なのかと考えさせられます。
知の入り口が頭になってしまい、細胞に働きかけられる教育ができておらず、本来なら頭で発信したことを受け取れられるはずの心も競争教育により劣化させてしまい、頭からの発進すらも受け取れず行動ができない生徒が増えています。子ども達をそんなふうに変えてしまったのは、間違いなく私たち大人や社会の仕組みです。今が変わらなければ未来は変えられない。短期を変えながらも中期・長期の視点を持ち同時に動いていかなければならないという先生のお言葉に、ではどうすればいいのかとまたすぐに頭で考えている自分がいいます。
先生がおっしゃっているのは気づいた時に動くではなく、細胞が感じているならすでに動いているということです。ゴミが落ちていたら自然と拾う、困っている人がいれば自然と助ける。日頃から自分自身がそう変化していけているのかどうかが何よりも大事であり、感じて動くのではなく先に動くことが大事なのだと先生にご指導いただく中で感じるようになってきました。感動の語源は感じて即動くの感即動だと言われていますが、心が動くから行動するのではすでに遅いのだということを先生は実践を通じて教えてくださっています。モチベーションを上げる方法や、心を動かす方法で教育を行っているのでは遅いし、持続しないということがわかってきました。それは結局うわべだけの教育です。それに対し、なぜ空手は稽古を続けるのか。毎日稽古をすることで身体を変化させ、身体の変化から行動が変わっていきます。これはまさに感じる前に動いている状態であり、日々自分の身体と向き合うことで自分の弱さに気づき、内側から自分を変えたいというエネルギーが湧き出てくるからです。
教育が目指すべき点はまさにここなのだと気づきました。いくら目標を立てても動けないという多くの人がぶつかる壁もそう考えれば非常に理にかなっており、目標やモチベーションに頼るのではなく、身体を動かす仕組み作りを教育には取り入れていかなければならないのだと考えています。まさに先生のご指導がそうであり、身体を通じて先にできる自分を体感させていただくことで、自分の中にできる自分がいると信じられるようになり、できない自分に気づく中で変化をしたいと努力をする中で心に軸が育っていきます。そんなふうに自ら気づ気変化していく教育に変えていくことで、本来日本人が持つ素晴らしいエネルギーを開花させ、世界を平和な方向へと変化させていける人材が誕生するのではないかと考えています。
とはいえ、まだまだ自分は頭の中での考えであり、実践できるだけの身体は身についていません。自分が変化することでしか、周りは変えられない。宇城先生が示してくださる教育の可能性を信じ、自分が変化できるよう諦めずに前に進んでいきたいです。2026年、これまで以上に勉強をし、前に進めるように、精進いたします。今年も厳しくご指導の程、よろしくお願いいたします。


























コメント