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東京実践塾 感想文 2026年1月~ 2026年3月

  • 6 日前
  • 読了時間: 17分

■T.K 自営業 神奈川

宇城先生、今年もご指導を頂きありがとうございます。

1月から3月における稽古にて、「本当の科学」という言葉を何度か先生より聞きました。

1992年に刊行された書籍ですが、科学技術庁が編集した「最新科学技術キーワード」という書籍がございます。「科学の成果」という項目において次のように記されています。


「科学知識とは、一般的に、自然に関する知識であり、実験・観測に裏付けされた知見や、さらにそこから導き出された法則・原理を指す。かつては、科学知識は絶対的な真理であるとされるのが普通であった。しかし、近年における科学論では、様々な立場はあるものの、科学知識は絶対的な真理であるといった考えはもはや全くないといってよい。また、それが必ずしも価値中立的で普遍的なものとされることもほとんどない。科学知識は人間の生み出した一つの文化であるとするのが最近の科学観である。」

と記されており、国の大元は科学論のみでの説明に限界を知っていることになります。にも関わらず一般論では科学的な知見、証明を求めています。必要な事ではあるのでしょうが、その証明は解りやすい一つのその時代に合わせた方便とも言えます。


その証明は、先生が常々仰る5パーセントの範囲の計測できる物質を対象とした証明に過ぎず、95パーセントの目に見えない物質、エネルギーを謙虚に、知らない、解らない自分を認め追い求めていく姿勢が「本当の科学」であり、その「理」を知るメソッドが宇城空手にはあります。

先日になりますが、今年の3月に「IPS細胞」を用いた再生医療製品の2種が条件付きにて承認されました。以前、稽古にて先生より「再生された細胞は部分では完成であるが、もともとある身体の全体との親和性、調和がとれるかは難しいのでは?」というようなお話を伺い激しく納得した記憶がございます。


IPS細胞は山中伸弥教授が発見し、ノーベル生理学・医学賞を受賞されたわけですが、会見の際に難病を患っている子供の手紙に涙し、受賞ではなく実際に現場で助けにならなくては意味がないというような話をされ、最近の番組でも、「おかあちゃんには適わない。」と述べたりと、私は心ある方だと思っております。「理」ということに向き合え、先生の仰ることにも耳を傾けることが出来る方なのではと思っております。しかし、ご本人の「心」なり「理」との向き合い方を理解していないまま開発が進むと「利」との絡みが大きくなり取り返しがつかない方向へ進んでしまっている感じを受けています。

また、稽古にて今後の日本における、「癌」の増加に関してもお話がありました。体内にてフリーラジカルな状態が発生し癌なり難病なりへと移行するわけですが、アメリカ発にて「アーシング」という療法を目的とした考えがあります。


一般的には、大地に素足や素手で触れることで体内に貯留している電磁波などをアース効果により大地へ逃がすとされていますが、処理できないフリーラジカルな状態を大地へ抜く事にも寄与しているとされています。実際は足の接地と離地の繰り返しという自分の脚での移動である無意識な行動によりその効果が発揮されるのですが、アーシングの療法においては自然を崇拝する意識によるスピリチュアルな世界へと向かっていくと思います。


今年の稽古にて、今までも度々実践して頂いていますが、身体の重みが増し、足の接地も変化する検証を行いました。先生より「そのような状態で歩かなあかん。」とご指導をいただきました。

野生の象は巨体の上に遠距離を移動します。象は癌化する確率が極端に少ない動物で知られています。そのような遺伝子の存在も発見されていますが、代々続いている行動様式も関わっていると思います。身体の重みが増した状態で日々生活するというのは計り知れない身体を守っていることに繋がっていると思いますし、本当のアーシングだと言えます。


もちろん宇城空手による身体の変化によるほんの一端です。意識することで逆に身体が軽くなることを私たちは体験しています。頭では身体は守れない、意識で効果効能を求めては変化はなく、無意識領域への追求という本当の科学がここにあるのだと思います。


なぜ先生は間違いのないことを見出して行けるのかを鑑みた際、やはり「理」と「心」をベースにした深い追求と謙虚な姿勢での検証を大切にされているからだと思います。


宇城空手は先生が歩まれた技術開発時代の追求する姿勢と古来からの武術が融合した奇跡の武術であり未来への真実がそこにあります。様々な事象の発見者である先生の心をしっかり理解して今年は稽古に臨みたく思います。本年もご指導のほどよろしくお願い申し上げます。


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■A.K 公務員 千葉

宇城先生、1月から3月までの稽古、ご指導どうもありがとうございました。

稽古では大変広くしかも深いことを学ばせて頂きました。各月の稽古で感じたことやとくに印象に残ったことについていくつか記述させて頂きます。


1月の稽古では、空手の組手について時空の歪みという視点から、宇宙(天体)を例に教えて頂きました。先生は「宇宙では時空の中に強い重力(重いもの)が発生すると時空の歪みが発生し、それより軽いものは重いものに引き寄せられる。組手では、この時空の歪み(重さ)が相手を引きつける。決して相手を押したり引いたりしているのではない」と仰っておられたと記憶しております。


自分が変化し、重くなることで結果的に相手に技がかかる。投げようとして投げるのは間違いだということだと思います。先生はこのことについて、「マクロ(天体)とミクロ(組手)」と表現されておりましたが、非常にスケールの大きな話であると同時に、先生の組手を見ているとそれが本当に事実であることを実感し、感動しました。


また、東大の卒業生の大半が医者か官僚になることを例に、「医者は病気を作るだけ、官僚は現状のシステムを維持するだけで変化を目指す者を潰す存在になっている」ともご指摘されておられましたが、(医者と官僚の)いずれにも進化はなく、結局は現状維持のための奴隷を作り続けるだけの存在にしかなっていないのが実情だと理解しました。


国の最高学府が育てる人材の現状や教育システムがこうである以上、この国の教育で優秀と言われる基準はこれと同じだと言えると思います。これでは次世代の未来に希望がないのは当然です。しかし私自身もそうした社会システムの一部であり、結果的に優秀な奴隷になるための努力を少なからず行っているということもまた紛れもない現実であることを忘れてはならないと思いました。


2月の稽古では事理一致と型の解釈について教えて頂きました。

事理一致について、先生はこの日の稽古で「理とは簡単に言えば心の働きである。体の動き(事)と心が一致しなければ意味がない」と仰っておられました。事理一致の「理」については、正直なところ、私はよく分かっていなかったのですが、この日の組手での検証から、相手がいても下がらない内面がないと技はかからないこと、外面上は下がっていないように見えても背中に触れてみると内面が下がっているのが分かることを教えて頂きました。また、先生の場合は(触れさせて頂くと)全く下がっておらず、相手がいても何も変わらないことから、そのような次元が実際にあることを体感しました。

以前の稽古で、先生が「びびったら入れない。しかしビビらないように心を鍛えることはできない。入る技があればびびることはない」という意味のことを仰っていたのを思い出しました。


また、型について、「型は後処理を教えている。後処理の前には理合によって相手に入ることが必須であり、それをどのように行うか(型に反映するか)が型の稽古の要点である。ほとんどの人は後処理の動作だけを見てそれを稽古しているが、それには理合がないので型の意味がない。型の理解が最初から間違っている」と指摘しておられました。


私はこれまで空手の型についてこれほどの解説や指導を受けたことがありません。私にとって型とは何かというのは昔からの疑問であり、いつか先生にお尋ねしてみたいと思いつつも、どう聞いて良いかわからないことでもありました。


この時の先生の言葉からそのお答えを先に頂いたように感じました。同時に型について自分が全く理解していなかったことを知り、今まで何年も師の型の何を見てきたのかと恥ずかしくなりました。先生の仰ったことのが本当の意味で理解できるのはそのような型ができた時だと思います。その時を目指して稽古を続けたいと思います。


3月の稽古では講義での夏目漱石についてのお話が印象的でした。

私は夏目漱石という人について明治期の小説家という以外に詳しく知らなかったのですが、稽古前に先生に送って頂いたアカデミーの資料や、同時期に放映されたテレビ番組から、彼が国費でイギリスに語学留学して近代資本主義の実態を知ったこと、その時の衝撃的な体験から西洋を模倣して急速な近代化を行うことに疑問を持たなくなっている当時の日本社会に強い危機感を感じつつも、それが政府の政策や世情と対立するという現実の中で何をすべきかを生涯悩んだ人だったことを知りました。


同様の意見を持つ有識者らが弾圧される中、漱石が政府や世論と単に対立するという立場をとるのではではなく、講演や小説という形によって世の中を変えるための行動を起こし、病没するまでそれを続けたということは非常に意味のあることだと感じます。また、その後の日本の歴史から見れば彼の思想や行動はもっと評価されるべきことだとも思いますし、今現在の日本国民が学ぶべきことは非常に多いと思います。今のこの時期にこのような学びの機会を与えて頂いたことに感謝申し上げます。


私事ですが、3月の実践塾の際には2月下旬に発症した頚椎ヘルニアにより左手に痺れと痛みがあり、稽古に参加すること自体に不安がありました。しかし稽古で先生に気をかけて頂くとそのような状態でもパッと思っただけで技がかかり、宇城空手は筋力ではないということを改めて知ることができました。また、稽古をすれば体は動き型もできることから、今後に不安がないとは言い切れませんが、こうすればもっとできるのではないかという希望を感じることもできました。この日感じたことを稽古に落とし込み、稽古と治療を続けていきたいと思います。貴重な体験をどうもありがとうございました。

3ヶ月の稽古を通じ、先生の教えは現在の日本社会の問題、或いはこれから間違いなく訪れる困難とその原因、そしてそれらに我々がどう対応すべきかという答えが一つになっていると感じました。また、人間には誰しも困難を乗り越えるエネルギーや可能性を持っていことを、単なる理論ではなく気による実証を通して体感させて頂きました。


我々がすべきことは、感じた疑問や危機感から目を背けず、次世代が幸せに生きていける社会や環境を作るための努力をすること、それを実行するためのエネルギーを稽古を通じて自分の中に養うこと、そして行動することだと思います。


素晴らしい稽古をどうもありがとうございました。引き続きご指導のほどよろしくお願い申し上げます。どうもありがとうございました。


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■A.S 教師 埼玉

宇城先生の毎月のとても貴重なお話と実践塾での様々な体験は、自分自身を振り返り少しずつでも進化していくための大変貴重な機会となっており、大変感謝しております。また、先生が送ってくださる諸先輩方の感想文などを読ませていただくと、大変深い内容のものばかりで、先生の言葉や行動から多くのことを学び取っておられることが伺えます。同じ場所で同じ話を聞いていても、そこから感じ取ったり、理解する内容の質や量の違いに歴然たる差があることに驚かされます。


同じ時間の中でこれだけの違いがあると、人によって時間の価値が違ってくるのは当然のことであり、ましてや先生がおっしゃっている内面のスピードは計り知れない違いがあると想像できます。「時間は皆に平等だが、時間の中のスピートは自分次第で変えることができる。」とおっしゃる先生の言葉が少しわかった気がします。自分自身の学びが深ければ深いほど、先生から感じられる学びも深くなるということであり、自分自身の学びがなければ何も学べないし自分の中に入ってこないということだと思います。


世の中の出来事については、日々情報を集め様々考えるようにしていますが、表面上だけの情報からは本質はわからず、これから先の動きを予測することは見当違いの予想になるだけです。世の中を動かしている大きな流れや過去の歴史からの成り立ちなどを十分理解した上でなければ本質を見通すことはできないと、実践塾での先生のお話を伺いながらいつも感じているところです。


1月の実践塾で、先生から出された課題を体育館のあちこちで別れて検証している場面で、先生からかなり離れたところでやっているグループでの内容を後からご指摘いただいたことがありました。遠くでの動きに対して瞬時に体の使い方や心の持ち方の違いを見抜きご指導いただいていたことに本当に驚きました。フォーカスを合わせるという言葉をお話の中で聞いたことがありますが、そうすることで離れた場所で起こっていることが感じられるということなのでしょうか。


以前先生が、目には見えなくても空気の変化が見えるとおっしゃっていたことを思い出しました。時空の変化についてのお話もされていましたが、創心館総本部道場は特別な場所であるということで、道場の清掃の機会が許されるなら是非お伺いして、道場の時空や身体に気が通り安定するという体験をしてみたいと思います。


私がこれまで生きてきた中で、宇城先生や実践塾の方々のように様々な分野について一人ひとりが深く真剣に考え、勉強をしている集団に出会ったことはありませんでした。先日、昼食でおにぎりを食べながらFさんと農業や食についての話をしていたところ、短時間ではありますがこれからの日本の農業や食のあり方について熱く語ってくれました。私もほんの少しですが畑をやっているので、作物を育てる上での苦労や食の大切さなども実体験としてわかるので、Fさんの言っていることがすーっと腑に落ちます。今年も令和の百姓一揆を行う旨をお聞きしたので、ぜひ参加して、参加者が真剣に考えていることや訴えていることを感じてこようと思います。


空手の上達は遅々として進みませんが、付属のS先生と職場が近いということもあり一緒に稽古をさせていただいています。一人の稽古が何よりも大切だと思いますが、相手が目の前にいるというだけで一人の時とは同じように体が動かないことが多く、一人の稽古が不十分であることが実感できます。また、一緒に検証しながら、視線、呼吸、心の変化によって力ではない自然な動きや反応ができたりできなかったりすることを繰り返しています。その繰り返しを通して少しでも深さに気付ける稽古になればと思います。一緒に稽古をさせていただいている関根先生には教えていただくことが多いのですが、常に感謝の心を持ちお互いに深めあえる稽古にしていきたいと思います。


今年の目標の一つである、「宇城先生の出される気を自分の意識として感じられるようになる」が達成できるよう、日々鍛錬していきたいと思います。これからもご指導よろしくお願いいたします。


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■K.M 会社員 東京

この度の実践塾の中で学ばせていただいたことは、起きたことに対してどう向き合うか、自分の選択が重要であること、そして宇城空手から得られる可能性の大きさです。

学ばせていただいている内容があまりにも深く、言葉にすることが初めて難しいと感じました。力ではなくエネルギーであること。エネルギーを主体とし、衝突による衝撃を前提としておらず、力を伝えるために相手に対して前に重心をかける必要がないことです。


また、稽古していく中で、間合いが重要なのだと感じるようになりました。相手との距離をむやみに詰めることは危険であり、自分を中心に置き、できる限り自分を崩さないことが大切なのだと感じます。

実際に、宇城先生が見せてくださる技では、投げる、倒す際に相手に力を一切加えていません。自分ではまだ再現はできませんが、投げよう、倒そうとすることをなくすこと。自分をゼロ、ニュートラルな状態にすること。そしてその状態を維持することです。


しかし、宇城先生に気を流していただいた状態においても、力に頼ってきた癖は強く残っています。身体が百パーセント力に頼ることなくできた時に、初めて本当に理解できるのだと思います。だからこそ、できない自分を理解することがとても重要だと思っています。


一月の実践塾では引手が甘く、宇城先生にご指摘いただき、拳の握りを見直しておりました。そこから、呼吸の重要さに気がついてまいりました。今までの自分の動きは呼吸の意味が理解できておらず、枯れ木のようでした。今、少しずつですが、基本の姿勢に呼吸で気を通していくことを練習しています。その微妙さ精緻さに驚くと共に、手足の動きではなく身体の中身、中心を作ることの大切さを学んでいます。まだ気づいたばかりで手探りですが、気が通っていれば力はいらないのだと分かります。

そして、気持ちにも変化が起きてきました。以前であればカッとなっていた場面で、そんな自分を客観的に感じて抑えることができる回数が増えてきました。その結果、少しずつですが、日常での人との対立が減ってきた気がいたします。周り環境も穏やかになり、子供たちの笑顔が増えてきた気がします。振り返ると、いままでイライラしていることが多く、ずいぶんと家族に対して迷惑をかけ、仕事においても視野が狭く、対立を繰り返してきたのだと気づきました。呼吸が対立を減らしてくれているのではないかと思っています。身体の隅々まで呼吸を通せるように稽古して参ります。


三月の実践塾では、五次元についての書籍『「既にある」を論理する。』を音声で聞かせていただき、以前実践塾の稽古中にご紹介いただいたシュレーディンガーの猫の話と合わせて考えると、行動を起こす前にすべての選択肢と結果は存在しており、どの選択肢を選ぶかによって進む未来が変わる。だからこそ、ネガティブではなく明るく肯定的な心の選択をすることが重要であり、悩むことを選択することは自滅することだと気づきました。


実践塾に参加することで、悩んでいたことはすっきり消えます。それは、宇城先生の気に満ちた空間での稽古の場で、エネルギーで満たされることで身体と心が開くからだと思っております。


過去に何度も自滅の方向に自分を追いやってきました。今でもその思考の癖はありますが、呼吸を通すことを意識してから、自分を被害者にしてはいけないと思うようになりました。悩むよりも、呼吸を通して行動することで不安や悩みは薄らいでいきます。まだ気づき始めたばかりですが、宇城先生が仰る型ですべてが解決するということは、このようなことなのかなと思いました。


さらに、重力についての体験も深く印象に残りました。質量が大きい場所では時空にゆがみが起き、吸い込まれるように物体が移動していく。肩を組んだ人が引き寄せられていく事象は、まさにそれと同じでした。


以前、インターネット上で同じ時空が歪みボールが移動する事象を紹介していた動画を見たときは理解できませんでしたが、実際の事象として目の前で見ることで力を使わずになぜ、人が倒れていくのか初めて理解することができました。そして、なぜ関節を伸ばさなければいけないのか。寝ている体勢から立ち上がるとなぜ技がかからないのか。視線はなぜ先にありきなのか。過去に何度も宇城先生が教えてくださったことを少しずつですが自分の身体で感じられるようになりました。自分に染みついた手足、力に頼る癖を捨て、変化できるよう稽古して参ります。


宇城先生、引き続きご指導の程、どうぞよろしくお願いいたします。 ==============================================

■Y.I 画家 神奈川

宇城空手を土台とした教育機関のお話に、大きな希望を感じました。

AIとの共存が加速的に進む中で、教育の現場もそうなることは必至だと思われますが、自分も含めて、思考停止にさせられるような教育を受けた者の多くは、自分の意志が無く、AIにどうしたら良いか相談だけして答えをもらい、さらに自分を失って(奴隷化して)ゆき、逆に、これを創りたい、こういう未来にしたいという意志のある者は、AIを使いこなして、志、願いを叶えていく。そういう共創が実現されていくと周りを見て感じています。


これは絶望と希望という対極ほどの違いだと思います。愛と調和を根底にした先生の教育が浸透すれば、自分で考えて決断できる子供がどんどん育つと思います。


また、先生が仰った日本古来の伝統文化。釘を使わない100年持つ木の家、たたら製鉄の技術、など効率、経済重視では残せないもの。絵画では、西洋の枠組みに拠らない身体的な空間性。音楽でも、宇宙観を現す連綿と続く雅楽の楽器とその音色、それを指揮者無しで、呼吸だけで合奏出来る楽師たちの体感覚など。全て、言語や理屈を超えた、エネルギー、波動を感じられる身体感覚を、子供が潰されずに伸ばしていかれる教育が必要だと思います。


新しい教育によって、調和の世界で育ち、自己実現をしてゆく未来の子供たちを想像し、毎日ワクワクしています。


自分は、見栄や我欲を自覚して、装うことなくさらけ出して行きたいと思います。そうして激動の世の中で子供たちに寄り添えるような者でありたいと願います。

本当にいつもご指導を有難うございます。

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