関西宇城教師塾が開催されました
- chiba
- 2025年8月21日
- 読了時間: 58分
更新日:2025年8月26日
2025年8月17日(日)、ハートピア京都にて第3回関西宇城教師塾が開催されました。近畿地方を中心に山口県や島根県から約30名の教員が集まり、宇城塾長から教育の本質について実証を通してご指導いただきました。
冒頭、白板に「なぜ、私たちは発展しながら自滅へ向かうのか?」と板書されました。自滅へ向かう原因は相手を倒すことや、偏差値に主眼を置く受験教育やスポーツが対立を生み、子どもの潜在能力に蓋をしているとご指導いただきました。また、受験教育やスポーツに偏った思考になる要素として利益優先の世の中の仕組み、またそこに気づくことができないほど私たちが自らアンテナをはり勉強していないこと、だからこそ政治が腐敗していっていることをあらゆる角度からご指導いただきました。
しかしながら、私たち日本人は勤勉、まじめ、時間や約束を守るという優れた人間性、人間力を備えているということもご指導いただきました。その、人間力を発揮するために筋力的な力からエネルギーへの転換が必要であり、本当の進化へ向かはなければいけないことを実証を通じて気づかせていただきました。
宇城塾長からは、厳しくも温かいお言葉で、「子どもたちが輝く教育をしなければいけない」、「学校が子どもたちにとってのオアシスでなければいけない」と激励ともいえるお言葉をいただき、改めて教育、教師の責任の重さ、やりがいの大きさを感じることが出来ました。
また、当日は午後からの京都実践講演会にも参加し、子どもたちと一体となり子どもの潜在能力、やる気を引き出す宇城塾長のご指導に触れ、午前の教師塾での学びをより深めることができ、教師である自らのやるべき事を明確にして意欲、エネルギーと変えることができました。
冒頭、宇城先生がバイオレゾナンス医学会全国大会で放映された動画を拝聴。
教育の本質、在り方について様々な角度からご指導いただきました。
(1) 後ろからつかまれて、外そうとしてもとれないが、宇城塾長から気を通してもらい統一体になれるといとも簡単にはずすことができる。
(2) 筋力的な力ではおさえられた手をあげることは出来ないが、宇城塾長の気のエネルギーでは複数の人数で抑えられても動かすことができる。
(3)
机の上においたトランクに宇城塾長の気を通すと、トランクが動いていくのと同時に机も重たくなる。気、エネルギーは周囲にも伝播することを教えていただいた。
(4)
困っている人に寄り添うことで、エネルギーを発揮することができる。また、寄り添った相手もエネルギーを発揮することができる。
(5)
意識で起き上がってもつかまれた腕を倒すことはできない。宇城塾長に気をとおしてもらい統一体になるといとも簡単につかまれた腕を倒すことができる。
参加者の感想
【奈良 中学校 男性 30代】
本日も私たちのためにお時間いただきありがとうございました。
ホワイトボードを用いて私たちにご指導いただきました。「私たちは発展してるいるのになぜ破滅に向かっているのか。」をテーマにお話いただきました。
破滅に向かっているというのは、人間は生まれながらに完成形なのに大人になるにつれて間違った社会性と教育にあると知りました。
世界の情勢でGDPが日本の順位は大きく下げていることを知り、チャットGDPや AIに頼るのではなく、日本人本来の人間性を大切にして伝えることが重要視されていること。私たちにはまだまだたりていないことと再認識させていただきました。
スポーツの勝ち負けや、成績の良し悪しではなく真理の追求や「どうして?なぜ?」を大切に過ごす内容にすべきことや、「ものごとの先手をとること=統一体」、対立・衝突→調和、融合の変化、戦って勝つのは後の先、打たずして勝つことが先の先。という気づきもいただきました。
実践では、事前に試聴した動画同様にスクラムを組んだ人を押して倒すことをしましたが、力だけの衝突・対立では倒すことはできず、宇城先生が気を通されるとスクラムは簡単に崩れます。私たちが再度実践する際には、体調不良の方に寄り添い声をかけてから押すと崩すことができました。
実践の中では、今の社会では教えていただくとのない、「寄り添うことの大きな力、エネルギーの実証、力ではなく目に見えない次元の実践、躾と姿勢」とさまざまな角度から教えをいただきましたした。
1日の講義で、私自身が成長できたと思うことは、「呼吸法」についてです。手のひらを自分に向けるときに吸い込み、手のひらを外に向けるときに周りや空、地面にエネルギーを与えるように呼吸をすることで質量のちがいに気づかせいただきました。また、正しい身体の動かし方を通じて学校生活でも授業でも実践できればと思います。
宇城先生にいつもご教授いただからことがいつも有難いなと思うと同時に大人が気づきを大切に子どもたちにエネルギーを分けて与えていく存在になりたいと湧き上がるエネルギーをいただきました。
次回もご指導よろしくお願いします。ありがとうございました。
【奈良 中学校 男性 30代】
本日はご多忙の中、教師塾並びに実践講演会でのご指導誠に有難うございました。宇城先生が問われた『なぜ、人は発展しながら自滅に向かうのか』にハッとさせられました。私自身宇城先生の元で学ばせていただくようになり、4年目を迎えています。当時の自分はまさに自分自身が通ってきた道、自分の物事の見え方が全てかのような錯覚で、目の前の生徒達を指導していました。免許で教え、恐怖で縛り、傲慢そのものであったと思います。そんな状態で日々生徒と向き合っていると、言いようのない不安や圧力のようなものを感じました。その違和感こそが先生が仰られた『自滅に向かっていた』ということなんだとわかりました。自滅の道ではなく、進化の道へ・・・・・生まれながらに完成形である我々人間が子どもから大人への過程で失ってしまうもの、そしてその原因である環境や教育。その環境や教育で育ってきたとしてもそこに疑問を持つ人はごくわずかで、その大人が次世代の子どもたちに教育を行う。どれだけの可能性とエネルギーをつぶしてしまうことになるのか・・・本当に怖くなります。日本はGDP30%、発展を支えてきた企業もどんどん業績を下げ、海外に遅れをとっている。しかし、日本人の人間性は世界でも類を見ない真面目さ・勤勉さがある。「時間を守る」「約束を守る」だから公共交通機関は当たり前のように時刻が守られ、落し物は返ってくることがあり、震災などで混乱している状況であっても列を乱すことなく秩序が保たれる。「この人間性こそが、人間力の発生源である」というお言葉に希望を持ったのと同時に、その人間性自体が低下の一途を辿ってしまっているという事実も確かに感じました。私たち教員は子どもたちにエネルギーを与える存在でなければなりません。それもやっているフリではなく本物の取り組みをしていく。まずは私自身が自らの人間性を磨き、謙虚に謙虚に学び続け、内面からにじみ出てくるようなエネルギーを出していかなければなりません。一番の課題は知識偏重、頭の命令にどうしてもなってしまうという現状です。その事実を正面から受け止め、勉強・修業を重ねたいと思います。
宇城先生が実証してくださるものは全て目に見えない「エネルギー」を感じさせてくださいます。力ではなく電波として伝わるエネルギー・・・子供たちに元気がなくなってしまうのは、大人の無学によって、力で抑えこんでしまい、脳に嘘やごまかしを植え付けてしまうから。大人が決めた枠に無理やり押し込めようとしてしまう、それこそ大人の力量のなさ、エネルギーの低さ、横着だとわかりました。筋肉ではなく、細胞。脳ではなく身体。実践講演会に参加していた子供たちの目はキラキラと光り輝いていました。私には2人の子どもがおりますが、子どもがキラキラと目を輝かせているのを見ると何よりも幸せを感じます。親も教師も、子どもという存在なくしては成り立ちません。根底にあるその真実を常に忘れず、謙虚に学び続けること。子どものエネルギーを引き出すこと。ビビらずに先に生きた大人として堂々とした姿勢を見せること。
いつもこのような貴重な機会を設けてくださり有難うございます。今後も宇城先生に学び続けていきます。ありがとうございます。
【奈良 高等学校 男性 30代】
本日も貴重な時間をありがとうございました。
先生の話を聞かせていただいて、自分の子どもに対する親としての責任、生徒を預かる3年間の教員としての責任を改めて重く感じるとともに、自分に甘く過ごしていた日々を振り返り未熟さも改めて感じる1日になりました。邪魔をせずに、『導く』『引き出す』ことをしないといけない。言葉ではなく『姿』で示す。教育は『生徒たちの目を輝かさないといけない』。など先生の言葉が胸に響きました。 2学期のスタートで生徒を迎えるにあたり、直前のこのタイミングで先生からエネルギーをいただいて前向きになっている自分がいます。このエネルギーを生徒に返していきたいと思います。
子どもにできて大人にはできない。退化している。まさしく先生がおっしゃった発展しながら自滅に向かっているという現状を進化に変えるには力(対立・衝突)ではなくエネルギー(調和・融合)人間性(人間力)が重要であることを示されました。特に午前の実証では、エネルギーのすごさを改めて体感し、答えを教えてもらって得る知識ではなく『なぜ?』という前のめりな好奇心で得ること、これがエネルギーの根源で必要なことであることを確認しました。生徒を前のめりにさせるには、自分が変化しないといけません。自分をもう一度見直し、まずできること、生かされていることに感謝の気持ちをもつ、謙虚に生きる、寄り添うことをしっかりとおこない、土台の部分をしっかりとした形にしないといけないと感じています。
午後の講演会でも力(対立・衝突)ではなくエネルギー(調和・融合)人間性(人間力)をキーワードに、今の常識ではありえないことを目の当たりにすることで、大人も子どももどんどん前のめりになっていく様子を見ることができました。毎回思いますが、この変化を起こせる先生の姿が教員として生徒の前に立つあるべき姿であると思います。こういうことが学校で出来れば生徒は学校に来るし、すべてがうまく回る流れになるような気がします。出来ればではなく、しないといけないのですが...一気には変えることができないですが、学校の中で自分が起点になりたいと思います。
スクラムを押し倒すことが、子どもにできて大人にできない。できなくても寄り添うこと、姿勢や所作を正すことでできるようになる。また、寄り添われた側もエネルギーで強くなる。この経験した子どもや保護者の方々の笑顔、できた後の拍手につつまれた会場の雰囲気、みんなが笑顔になるあの空間、最高でした。マイナスなことや不安なことなど一切考えることのないあの感覚にいることを日々心がけて前向きに生活していきたいと思います。
先ほども書きましたが、まずは自分が変わる。土台を大きくする。欲張らず自然体で答えを知っている身体に素直に生活していきたいと思います。1日あっという間に時間が過ぎました。ご指導ありがとうございました。
【奈良 高等学校 女性 30代】
今回は 「なぜ、私たちは発展しながら自滅へ向かうのか?」という問いを立て、その視点から「気」とエネルギーの実証を体験しました。まず、私なりですが問いの中に「発展」という言葉があることは、人間の潜在能力には希望があり、それを諦めてはならない。という直感でした。宇城先生はいつも私たちに希望をくださいます。自滅へ向かうということは、その潜在能力に気付くことができず、目も向けずに知識と力(古典力学)で物事を捉えることを繰り返し、子ども・孫へと何も繋がらない現実のことだと感じました。
自滅のプロセスを辿ると子どもにできて大人にできない。が、最もシンプルで分かりやすい事実です。しかし、そこから真実にたどり着く術(身体)がないのです。一旦、根本に帰ってきたように思いました。できていたことができなくなる=自滅。そうさせているのは、教育とスポーツ(古典力学)で、どちらも学校現場と密接です。
教師塾での実践で、驚いたのはテーブルの上にキャリーケースを置いて「気」によって動いたり、止まったりしている様子を見た時、テーブルにまでエネルギーが伝わっているのが分かりました。先生のエネルギーは球体のように広がり、影響している証だと思いました。きっと、そのエネルギーの広がりは時空を越えて、過去と未来にも繋がっていると思います。宇城先生に学んできたあの時からすれば、「今」は「未来」です。つまり、ずっと宇城先生のエネルギーに守られているということだと私は思います。
そんなエネルギーで身体を満たすには「人間性」「寄り添う心」です。いつもご指導いただいた後は、宇城先生は太陽だと感じます。今回はお話の中で「心のオアシス」と話されました。あぁ、そうか。と思いました。太陽であり、湧き出すオアシスであり、全ての生きものが居心地よく集まってくる場所。宇城先生の元です。そんな場所(人)が社会には必要で、もちろん学校現場がそうでなくてはいけないと思いました。
午後からの実践講演会では、多くの子どものエネルギーを目の当たりにしました。私自身も妊婦という特別な期間に実践に参加し、貴重な体験ができました。妊娠前と比べると相手との衝突がなくなる「ゼロ化」のスピードが圧倒的に速いことで、ほんの少しの力で大勢のスクラムを倒せました。力みが一切なく、力(エネルギー)で押している感覚を初めて体験しました。これがそうか!と新たな感覚と女性の特権ということで嬉しかったです。
自分自身も親になり、我が子に何を伝え、何を見せていくのか、自身の「人間力」の鍛錬と完成形である子どもとの時間の子育てという日々が始まることが楽しみです。迷走する日本社会でそう思うことができるのは、宇城先生に出会い、学ばせていただいているからです。今回も様々な角度から私たちに気づきを与えて下さり、ありがとうございます。
今後ともご指導の程よろしくお願い申し上げます。
【兵庫 高等学校 男性 40代】
この度は本当に貴重なご縁を頂き心より感謝申し上げます。
現任校に着任した初年度、担任をしていた生徒が自死をし、その日以来自分が学校という場で行っていることに対し、その意味を考えてきました。
どうすれば子どもが、自らを殺す選択をしないのか。
宇城先生がおっしゃられたように、授業中生徒が眠たくなる、という時点でその教育は意味を成しておらず、生徒が嬉々として目を輝かせて、知りたい、やってみたい、ということが本質であると、気づかされました。
当たり前のことなのに、今の学校の枠組みに自分を捕われたままで、この本質に近づくのが難しい、と頭で考えていました。
本質からスタートしようと思った瞬間に、何か今まで常にあった恐れ(忖度)がなくなったように感じました。
これまで、生徒に対して「もっと視野を広げて」などの声掛けを多用していましたが、自分自身が視野狭窄に陥っているのに、どうして生徒の視野を広げることができるか?生徒は私の姿を映しているので、私が常に視野を広く保ち本質からスタートする姿を見せなければならない、と強く思うようになりました。
2学期の授業をどうするか、産みの苦しみを深く味わいたいと思います。
今、このタイミングでこう感じることができていることを本当にありがたく思っております。
宇城先生に感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。今後も修行を続けます。
【京都 中高一貫 男性 40代】
一昨日はハートピア京都で開催された教師塾、京都実践講演会でのご指導誠にありがとうございました。
「なぜ、私たちは発展しながら、自滅の道に進むのか」この言葉を先生が板書され、何とも言えない気持ちになりました。それはその言葉通りだからです。今の世の中はここ数年急速に発展し、携帯、PC、生成 AI などなど、不自由だったことが次々に解決され、便利になる一方で自分自身が困ることが格段に少なくなりました。食料についても日本は食料自給率は低いものの、現状では困ることがほとんどありません。だから自分で思考しなくなったり、身体で何かを感じたり、察知したりすることが極端に減り、身体にあったものがなくなっていく、「手間暇かけて」 という言葉などからは、 どんどん遠のいているように感じます。 結果、 【こどもができて、 大人はできない】という自滅していくというサイクルから抜け出すことができなくなっています。
だからこそ、宇城先生が伝え、ご指導いただいている【人間性】が大切であり、それを積み重ねることで【人間力】がつく。ということを学校現場で実践しなければなりません。そのために生徒の前に立つ教師にエネルギーがなくてはいけません。相手に寄り添う検証で、両手で「大丈夫ですか」と声をかけてから列を押すと簡単に押せましたが、何もなく押すと列の先頭と衝突してしまい、押すことができませんでした。この検証はこれまでも先生からご指導いただく中で実践し、 行動することや相手に心から寄り添うことの大切に気づかせていただきました。今回同様の検証の中でも私が一番感じたことは、やっている「フリ」です。これはどの検証にも言えることですが、寄り添う「フリ」をして、列を押すと全くおせません。エネルギーは目には見えません。だから低次元の世界では「フリ」で誤魔化しがきくのです。しかし、実際には何のエネルギーもなく周囲に影響を与えることがない以上に、周囲をダメにしてしまっている現状にハッとさせられました。実際自分自身が仕事をする中において、 「フリ」 とまではいきませんが、 妥協してこれぐらいで…というスタンスが正直ありました。 しかし、このスタンスがエネルギーが湧いてこなかったり、 周囲と上手くいかない原因でもあったのだと理解することができました。エネルギーは目にはみえません。だからこそ自分自身が「やるのか。やらないのか」という約束であり、 どれだけ真剣に向き合っているのかということが試されていることをしっかり自分の胸にとめて仕事であり、日常を過ごしていきます。
午後からの京都実践講演会のはじめに、 先生が小さなこどもたちに大人が組んでいるスクラムを押す検証をさせて 「できた」 というこどもの表情は本当に輝いていました。 「これなんだ!この表情を生徒から引き出せる学校でなければならい!」 と心の底から思いました。 実際、小さなこどもたちからは、スクラムを押すことに対して、「無理」という空気が全く出ていませんでした。多少時間がかかっても押せるということが既にこどもたちの中にあり、押し続ける。「できる」が先にくる。あの感覚は大人になった私たちにはありません。「できる」というこどもたちのエネルギーは、大人にも伝わることも検証を通じて見ることができました。この素晴らしい能力を消している学校教育の現状。このシステムをどう変えていくのかに現場の教師は苦労し、そこがどうにもならないということからエネルギーがなくなったり、気持ちが沈んだりしているのが実態です。しかし、宇城先生に学んでいる教師塾の仲間は、同志です。それぞれの持ち場で一人革命。1 人でもやるという強さ。それは周りの仲間も真剣にやっているというところでつながっていることを忘れてはいけません。学校がオアシスとなり、心がかよう場になるよう日々行動していきます。引き続き、ご指導よろしくお願い致します。
【兵庫 高等学校 男性 50代】
宇城先生、教師塾・実践講習会でのご指導ありがとうございました。
子どもから大人へ、発展しながら自滅への道を歩んでいる。長く宇城先生に学びながら、この表現に衝撃を受けるということは、自分の認識に甘さがあったのだと感じさせられました。
もちろん自滅への道に進ませているのは、教育です。受験戦争という言葉がよく使われていた言われた50代の私の世代後、批判されながらも、中学校は高校に入るため、高校は大学に入るための受験勉強が一番大事なのは変わらず続いてきました。それがAIの時代を迎え、ようやく大学に入るだけでは駄目、知識だけでは駄目なことを多くの教員が感じ出しています。それでも変わらない、変えられないのは、小学校から大学へと続く学校の仕組みを変えられないからだけではなく、教員がその仕組みに頼っているからだと思います。特に「受験」と「評価」です。
今回、宇城先生に、評価がなくて教師が務まるか、と問われ、無理だろうと思うと同時に、目指すところはそこだと思いを新たにしました。子どもや生徒の目を輝かせるのに評価は邪魔にしかなりません。子どもや生徒の能力を伸ばすのに評価は全く役に立っていません。役に立っていないどころか、多くの子どもが評価に傷つけられています。
現状、多くの教師が評価で縛らないと教師の立場を維持できないと思います。評価で縛らずに教育が成り立つのは、宇城先生から見せていただいている子どもが大人に勝つ腕相撲のように、子どものもっている力を引き出し、自信につなげたときだと思います。
今回の講習会には小さい子どもが多く、その調和力、エネルギーを存分に見せてくれました。その能力にふたをすることなく、成長してもらいたいと心底思いました。
宇城先生は、今世界に必要なのは、日本人の「人間力」であるとおっしゃいました。「人間力」が必要なのは、子どもや生徒だけでなく、やはり教育に携わる教師だと思います。多くの大人を変えるのは不可能に近いと思いますが、教師塾に来ている仲間たちを見ていると、教師なら可能性があるのではないかと思わせてくれます。自分も教師塾の同士とともに、人間力を高め、変化の波を広げていけたらと思います。
【京都 中学校 男性 40代】
なぜ発展しているのに自滅の道を進むのか?という問いから講習会がスタートしました。社会が発展し、科学技術が進歩していっているのは明らかですが、子どもが親を殺すというような事件が連日報道されている。しかもその家庭は明らかに裕福で、社会的地位も高い家庭。何がそうさせてしまうのか、先生が今日の講習会で白板に書かれていた人間の最高の状態が元気そしてそれの対極が不安や怯え、そしてそれが殺気となり、狂気となった時人は自分へ向かうと自殺に、他者に向かうと他殺にと言う行為に至ってしまう。人間とは一体何なのか、子どもにできて大人にできないということを先生が言葉でだけでなく、事実検証を基に我々に見ててくださいました。
スクラムを5人が対になり向かい合った列を大人は力一杯押すが、倒すことはできない。3才の子どもは押すことができる。大人の力とは違う力で身体が持っていかれる。その中でも今日来られていた妊婦さんのエネルギーの感覚は柔らかくその中でも芯があるように感じ、一瞬で吹き飛ばされました。言葉で言うと古典力学ではなく量子力学。対立ではなく調和のエネルギーがいかに凄いか、古代遺跡やピラミッドは人間の力では絶対に完成できない。しかし先生が実践されている気の力なら想像することができる物が重くなったり、軽くなったりまた、遠隔でエネルギーを与えることができるなら。こういったことに気付かされて改めて学校教育のあり方、教育(引き出す)とはどうあるべきか。
先生が『成績の1から5が無くて先生方は指導ができますか』と仰いました。それでしか指導ができないなら誰でもできる。だからこそ免許でやってはいけない。『人間的な魅力』それは、『子どもたちの目を輝かせること』やはり、楽しい、ワクワクする。もっと学びたい、知りたい『なぜ』を先生のように子どもたちから引き出すのが教師としての役割です。人間として可能性に溢れる子どもという時代に大人になると子供の頃にできたことができなくなる。ではなく、そのエネルギーを基に可能性を引き出す教育に向かうことが子どもたちそして社会や未来の希望になるんだという気持ちになりました。まずは、自分自身が子どもたちの前で良い方向性やどんなことに対しても前向きなエネルギーに変換できる人間性を持ち得た人間。宇城先生のような先生になれるように日常に中心をもって過ごして行きます。
また、昨今の異常気象九州地方で起きたら浸水についても、ただ雨が沢山降って起きたということではなく、その背景に山を切り開いてメガソーラーパネルを設置したことにより、本来山や自然が守ってくれていた無形の力がなくなり、このような事態を招いたという先生の物の見方捉え方、検証についても大変勉強になりました。一に勉強二に勉強三に、、そのような捉え方をすることで、正しい判断。未来に対しての最良な判断ができる。こういった裏付けなしには判断ができないし、失敗を招く。欲に駆られてはいけない。様々ことを学ぶことができました。2学期に向けての素晴らしい視座を頂き心から感謝します。今後とも御指導宜しくお願い致します。
【奈良 中学校 女性 30代】
ご指導ありがとうございました。
子供たちと過ごしているなかで、どうすればいいだろうと感じることが多々あり、その度に、教師塾で学んだことを思い出し過ごしています。しかし、子どもたちの目を輝かせる教育をできてないなと反省したと同時に、エネルギーのある子どもたちを潰してしまうのではないかと、とても怖くなりました。
今、私が担任している子どもたちは、エネルギーが溢れている子が多いと思います。そんな子どもたちの目を輝かせることができる人間であるのか不安です。先生のおっしゃっていた、教師が勉強しなければならないということを痛感します。子どもたちの未来を自滅させてしまうことも、日本という国の心や品性がなくなってしまうことも嫌です。
正しいこと、答えは身体が分かっているのだと教えていただき、今日、宇城先生に教えていただいたことを心をやり続け、人間性を深めていきたいです。
私は、頭で考えてしまうので、どうしても独りよがりになってしまうこともあるかもしれません。呼吸で、地に足つけて、いろいろなことと調和していきたいと思います。
年齢を重ね、立場や関わり方も変化する中で、自滅ではなく成長できる人でありたいと思います。
ありがとうございました。
【大阪 中学校 男性 60代】
宇城先生。先日もいろいろとお忙しい中、午前の教師塾に引き続き午後からの実践講演会…と、全日のご指導を賜り、誠に有り難うございました。
午前の教師塾では、最初に「宇城空手の『気』とは何か」という動画を見せて頂きました。この動画は今年の7月に行われたバイオレゾナンス医学会全国大会での宇城先生の講演冒頭に放映されたものとのことで、貴重な動画を見せて頂き、誠に有り難うございました。
我々は、宇城先生が指導されている道塾や教師塾において、今の常識では考えられない実践を見せて頂けます。また、その宇城先生が実践されることと同じようなことを、宇城先生の“気”に依って「できる」という体験をさせて頂けていますから、あの動画の内容をそのまま素直に受け取ることが出来ます。
しかし、その体験のない方が、あの動画を見てどう感じられたのかが少し気になりました。
お話しを伺っていると「バイオレゾナンス医学会」は、ただ単なる“西洋医学”一辺倒の学会ではないようなので、一般の医者の方々に比べるとその受け取り方も柔軟なのかな?…と思いましたが…。
さて、ご講義の冒頭、ホワイトボードに「なぜ私たちは発展しながら自滅へ向かうのか」と本日のテーマを記されました。有り難いことに今回の教師塾の5日前(8月12日)に行われた大阪道塾Bクラスでも同じテーマでご講義頂き、この短期間の間に続けてご指導頂けることの有り難さを感じました。
それは、前回の道塾のご講義で十分に理解が出来ていないところを少しは補完して頂けたことです(十分に理解が出来ていないということは、あくまでも受け取り手の“私”の課題なのですが…)。有り難いことです。
動画でも紹介されていましたが、「子どもにはできて」→「大人にはできない」という事実があります(この辺りのことは、午後からの実践講演会でたくさんのお子さんや中高生が参加されていたので、その事実を「目の当たり」にさせて頂けました)。
「子ども」から「大人」へと“発展”しているはずなのに、できなくなるということは“自滅”であり、その成長の過程で何かしら“自滅”へと導く要因や環境があるということで、それが戦後行われてきた「教育」とのこと。私は現在、中学校で教えていますが、やはり、中学校の卒業間際には高校入試があり、そのゴールがあるので、ついつい、その“競争”に“打ち勝てる”ように教えてしまいます。そのような現在の受験(他の人と“競争”し、自分さえ良ければよい…となりがちである)などの「しくみ」がある中で、どのように生徒を導いていけば良いのか?
私が教員になった頃(もうかれこれ40年弱前)、当時、宮城教育大学々長だった林 竹二(ハヤシ タケジ)先生など“心ある”方は、「競争原理を越えて」…と教育改革を謳い、また、演劇の「竹内レッスン」を繰り広げられていた竹内 敏晴(タケウチ トシハル)氏らと共同して夜間高校での授業実践などをしておられました。
しかし、林先生や竹内さんの著書を読み、その実践が素晴しければ素晴らしい程、“希望”は感じるのですが、反面、その方々が“特別”なだけで、いわゆる「マンパワー」に負うところが大きいのだと感じ、それに比べて私には同じようなことは出来ないと思い、それらからは遠ざかっていきました。
そして、宇城先生が示される、今の常識では考えられない実践に関しても、これこそ、宇城先生の「人間力」無しにはなし得ないことだと感じてしまいます。
しかし、宇城先生の“気”に依って、自分も同じような実践ができる、ということを「体験」させて頂くことで、今回のテーマに端を発しての「“発展”しながら“自滅”」へと向かう道筋ではなく、「“発展”しながら“進化”」へと向かう道筋を歩むために最も必要なものが何か…ということに気づかせて頂けたと思います。
それは…。
「“人間性”を起因とする“人間力”」。つまり、日頃から宇城先生が仰る「心あり」の“在りかた”であると思いました。
合わせて、午後からの実践講演会のご講義が午前中の講義内容をより分かりやすくして頂けたと思います。改めて、基本の部分から説き明かして下さり、“躾”(正しいお箸の使い方)や“姿勢”(姿勢を正して息をゆっくりと下へ吐くことに依り、力みのない調和のエネルギーを発する)などの大切さや宇城式呼吸法の細やかな息の吐き方(軽く歯を合わせた、そのすき間から息を吐く)など、私が知らない、いや、私が今までに気づけていなかったところに目を向けるよう導いて頂いたと思います。
また、何よりも、小さいお子さんの参加も多く(前述しましたが)、子ども達の「調和力」を「目の当たり」にさせて頂けきました。
そして、その子ども達の「調和力」をはるかに超える宇城先生の「“気”のエネルギー」。
それは、これからの日本をつぶさないための大いなるエネルギーであると確信致しました。
自分にも内在するその調和の力を、全然、自分では引き出せてはいない現実がありますが、まずは自分の「人間性」を高めるべく「“心あり”の行動」を少しでも行うよう歩み続けたいと思います。
引き続き、ご指導の程、宜しくお願い申し上げます。
有り難うございました。
【大阪 男性 60代】
今回の教師塾・実践講演会でのご指導、誠にありがとうございました。午前の教師塾でのご指導をいただいた後の午後からの実践講演会では、子どもたちのエネルギーに大人が引っ張られているのを感じました。
そして、日本の教育を変えるのは宇城空手しかない。改めてそう感じます。
参加することが「学ぶ」という考えを捨て去り、自分の責任の中で日々自身を磨き続ける必要があると感じる機会でもありました。だからこそ日常(24時間稽古)だと・・。まさに一人革命にあるといえます。
今回も宇城先生は何度も実証を繰り返し、一人ひとりのエネルギーの低さ(出せていない)を明確にしていただいておりました。単に「えっ」「すごい」という次元にいること自体が既に遅れている。
何とかしようと頭で考えていること(意識)自体が「自滅」に向かっており(既に自滅している)。
そこにピンとこないということは、自身の日常に問題がありエネルギーが低下していることであり、理屈や説明をすることではなく、瞬時に実践を通してその中で自分の細胞で気づくことが如何に大事であるか、改めて自身の身体は如何に鈍くなっているのかを実感しました。
例えば、終わってから後付けで解説をするスポーツの解説者、試験の結果だけでものを言う教師では今の教育現場では通用しませんし、子どもたちに未来への希望を与えることができない。
子どもたちは、大人が誤魔化してもすべて見抜いています。
今がその方向に進んでいることに気づく意味でも、今回の教師塾の中で何度も繰り返し実証していただきましたことは一つひとつが繋がり、その全てに深さがありました。それは一人ひとりが自身の現状を知り、変化を身体で感じ取ることが如何に必要かという事を知る機会になりました。
また先生に「気」を入れていただくと、それが「できる」というエネルギーと共にどんどん周りの人にも調和、伝播していく。そして強さとは力ではないこと、そこから発せられるエネルギーがその場を包み込んでいく。学校現場では、そのエネルギーが低下し、生徒のせいや親のせい、今の日本の政治のせいにして終わっていないかということです。
実証を通して、宇城先生から答えを教えていただいているのではなく、今の自分自身に「問われている」という受け止め方が必要だと感じます。まさに「気づかせる・気づく」に本質があります。
「できる・できない」を求めるという狭い中からエネルギーは出てきません。できる自分がいるのにそこにすら気づいていない。不安、怯え、誤魔化しが自身のエネルギーを下げている現状の中、自身の中心をもって日常を過ごすこと、今をどのように生き抜いていくか、まさに日常が真剣勝負だということを改めて示していただきました。
教師塾での宇城先生のご指導は、「参加して学んで終わり」の一般のセミナーとは桁が違いますし、教育現場に居る人間は、それだけの覚悟をもって参加する必要があります。
また誰と勝負するかということではなく、自分自身に矢印を向ける生き方を通して、逃げている自分、不安・怯え、誤魔化しの中にいる自分にも気づけます。
そのためにも、横着を捨て去り、素直な心ある生き方をする。素直とは捉われがない、自分を捨て去る、さらけ出すことを意味します。
宇城先生は「すごい」ということを見せておられるのではなく「あなた自身にもこういった能力がある」「そこに気づいていない」ということを示していただいています。だからこそ、聴いて終わり、体験して満足ではなく、細胞に刻み込むだけの真剣さが必要なのです。
常々先生が言われますように、ボ-ッとしているとエネルギーはどんどん下がっていきますし、言われたことをただやるだけの生き方は、本来あるべきエネルギーをどんどん低下させていきます。
だから昨今は様々な事件や犯罪が頻繁に起こる。「誰でもよかった」という自分勝手な行動が人を傷つけたり、人の命を奪うという現状、現実。
スポーツ界でもあり得ないような事案が増えています。何を信じていいのかを問われた時に、自分自身を信じることができていない、それだけぼやけた中で日常を過ごしていると言わざるを得ません。
それが今は事が起こっても「またか」という感じになっている。「またか」を繰り返すと、それが当たり前になり受け止め方も無意識の中で薄れていきます。
このままでは日本がダメになる(既になっている)。このままではすべてが他人ごと、無関心になっていき日本全体が益々ひどくなっていきます。
まさに「寄り添う」という教育が成されていない現状が浮き彫りになっている現実があり、だからこそ「教育」が大事であり、事実・真実・真理を明確にしていく必要があります。
自分はそうではない、自分はそうならない、、、これこそが自分勝手な驕りであり、不安・怯えている証拠です。実証の中で「寄り添うと強くなる」という実証がありますが、先生の言われる強さとは単なる力(パワー)任せではありません。内(中心)から湧き出るエネルギーであり、見た目やその場限りではありません。人との繋がりを通してお互いを引き出し合う中で真の教育があると実践・実証から感じます。
そこがないと、何かあると逃げたり人のせいにするといった状況になります。犯罪を犯す若者たちは、エネルギーをどこに向けていくかが分かっていません。そういったことに気づかせる教育の場(環境)がないという現状があります。教育現場、日本全体が自分中心、無責任になっています。
また「やる気」は見せかけ(ふり)でもできますが、「エネルギー」は誤魔化しが効きません。まさに自身の細胞を通して働きかけ、それが電波として伝わっていく、当たり前を当たり前で済ますことがないように、日常を通して「一人革命」を実践・継続していく中で自身の生き方に繋がります。まさにスポーツ界にも大きな問題、課題があります。華やかさばかりを求め、人間性を磨く指導が成されていません。
まさに日本人の財産である「人間性」こそが、人間力を生み出します。厳しさの中に優しさがあり、優しさの中に深い厳しさ(愛情)があります。
単にやり易い環境を整えて子どもに与えることが愛情ではありません。突き放す(自立させる)ことも深い愛情だといえます。大切なことは「間」にあります。数字で計れる距離感レベルではなく、計り知れない「間」こそが根っこのところで繋がっていくのです。
宇城先生は厳しい時代を生き抜かれ、ご自身も日々勉強されて私たちに人としてのあり方、生き方を示していただいております。
我々はそこに甘えることなく、自身を深めていく中で改革していくからこそ教師塾のエネルギーが教育界に広がっていきます。今回も初めて参加の先生がおられました。お話をすると「頭がグチャグチャで分かりません」という事を言われていましたが、それだけ普段から知識(頭)で考えているという事であり、分からないということに気づけたことは本人にとりましても大きな気づきだと感じました。
今回の様々な実証の中で、宇城先生の「触れずに人を動かす」があり、力ではない目に見えない電波(エネルギー)を感じ、子どもたちを預かるという責任がある以上、言い訳ができないのが教育現場だという深いメッセージだと受け止めさせていただきました。だからこそ自身が「一に勉強」「二に勉強」、、、が必要であり、自らが実践し、日常を通して自身の生き方を深めていくことにあると感じます。
そういう意味でも教師塾は、今の自分を知り、自身で前に進むことであり、どんどん差をつけていく意味でも、私自身も参加者の先生方からも気づかせていただける時間でもあります。
また何かあると目を背けたり、周りを見たり、不安そうに下を向く子どもたちがどんどん増えているのを感じます。それは大人、親、教師、スポーツの指導者の責任であると思います。
今回「待ったなし」「このままではぬるま湯につかっているだけ」「すでに遅れている」という事を宇城先生は実証を通じて言葉ではなく細胞レベルで気づかせていただきました。
教師塾とは、自身のあり方、どこに向かうかを明確にするだけではなく、「なぜ」という探求心の中から教育現場に身を置く自分に甘えている時間はないという事に気づかせていただける場でもあります。
そして参加させていただく以上、自分も勇気をもって日々変化し、進化・成長していく自分であり続けるには勉強がまだまだ足らないということを明確に示していただいており、実践、検証を通して細胞が活性化していることを感じます。
教師の日常化されている生徒を巻き込んだ犯罪が増える中、「教壇に立つ」ということを今一度深めていく意味でも、今回の教師塾での冒頭にありました「なぜ、私たちは発展しながら自滅に向かうのか」に繋がると感じますし、このままでは子ども達や親も含め、学校、教師を信用、信頼できなくなっていきます。
午後からの実践講演会は教師塾での気づきを更に深める意味でもあり、子どもたちからの気づきの場でもありすべてが繋がりました。
「子どもにできて」「大人にできない」・・・ただ「今できている子どもたちも時代と共にできなくなっていく」という先生の言葉に危機感を感じます。それを何とか変えていかないと、これからの日本はどんどん低下(エネルギー)の一途を辿っていくと感じました。
今回の実証の中でも、子どもができると自然と皆が手を叩いて拍手していましたし、子どもの表情が一瞬で変わっていき、帰る時には来た時とは別人のような表情に変わっていました。
宇城先生に触れると、まさにそういったエネルギーが自然と子どもから出ているのだと感じます。それは「すごい」というレベルではなく、一人ひとりのエネルギーが場の空気を換えていました。
また妊婦の先生が前に出られてスクラムを押された時、まさに力ではない波動がスクラムを押している(人を動かす)のを感じましたし、押されている側も力で押されているという感覚はないと思います。
「妊婦さんがもっとも強い」という先生の言われていることが目の前で実証されました。そこには事実しかなく疑いも驚きもありません。そして一瞬にして会場全体が温かい空気に包まれました。
それは、エネルギーとは心ある人間が創り出していくものだという間違いのない事実、現実、実証でもありました。
宇城先生のご指導に理屈、説明はいらない・・・答えはそこにある(出ている)。そのエネルギーがどんどん膨らんでいき一瞬で全体の空気感を変えていきます。だから子どもたちは寄ってくる。
教育現場、スポーツの場でも本来こういったエネルギーがあるはずですが、競争、勝ち負け、目先の結果、人の評価に左右され、本来あるべき中心からどんどんかけ離れていっている。
まさにテスト前にテスト勉強をする。試合前に試合に向けての練習をするといった一時的なインスタント教育になっています。今は自分の都合で生きている教育が、人と人の間にある大切なものを失わせている。
例えば、いい選手を集めて勝って「強い」と言われる世界が当たり前になっているアマチュアスポーツの世界。だからスポーツ界でも様々な問題が出てきており、それは人間性を磨き、高める教育が出来ていないということを示しています。口でいくら何を言っても、宇城先生の実証に勝るものはありません。
メリケンサックでの検証では「練習して・・・」がありません。受験勉強、スポーツなどとは桁が違います。環境が良くなったと言われるスポーツ界で、なぜケガ人が多いのかを見ても分かります。
ケガ人が増えると医者が必要になる。本当の医者とはそうならないようにするところにあるはずです。先生が仰る「戦争反対」ではなく、「戦争が起こらないようする」と同じです。
宇城先生のように細胞に働きかけることは医者にはできません。診察し、薬を処方して様子を見る。これが現状です。
そして宇城先生には、医者のように薬を与えて「様子を見る」はありません。やる前にすでに答えが出ている(有る)からです。それが先生の生き方にあり、その場(瞬間)が真剣勝負の場であるからです。
教師塾に参加するとは、それだけの肚(覚悟)が必要です。学んだ以上、それを現場で子どもたちの変化、成長として活かし示していく必要があります。だから自身の勉強、真剣さが必要なのです。
学校の先生だからという驕りを捨て、地に足を付けた謙虚な生き方こそが、自身を磨き、高め、周りの子どもたちに希望の光を与えていくと思いますし、その人間性に自然と子どもたちが寄ってくるはずです。
11月の教師塾の時には「8月以降これだけのことが実践できました」という事が一人ひとりから出てくるような場にしていかないと宇城先生からの気づき、学びを教育現場で活かしているとはいえません。
更に、日常を通して自身と向き合う中で日々精進して参ります。
【山口 中学校 男性 40代】
「もし成績をつけなければ、スポーツに試合がなければ」私達は何を教えるのだろう、またどのように教えるのだろう、そもそも教えることはそんなに無いのでないかと想像をいろいろと致しました。そして普段の在り方を振り返って見ると、教科指導では受験、スポーツでは勝利という目標で生徒を引っ張り、引っ張るというよりむしろ後ろからせっついているだけだったのだなと、先生の投げかけから思いました。よくよく考えて見つめてみると、勉強やスポーツの本質はものの見事にすり替えられ、競争や対立を煽り、本来ある能力を封じ込めるためにそれらは悪用されているようにしか思えてなりませんでした。
先生が私達に実証を通して実際に体験、見せてくださっているように、その人の潜在力を引き出すという、本来あるべき教育の本質へ立ち返る、その方向へ転換することが必要であると強く感じました。今の子供たちの元気のなさや無気力、劣化が助長されているのは、子供の中にも希望がないから、自分達の才能や可能性が潰されていると感じているからではないかと思いました。先生が目の前で実証されたことを目撃・体験した子供たちの表情は驚きと喜びに満ちており、希望の光を掴んだ瞬間のように見えました。そのような子供の表情を引き出させる教師を目指す、その一歩として、自分自身の常識や認識を変えていく、またいかに縛られているかを自分自身で知っていくことが今を変える重要な手立てなのだとご指導いただき、私自身希望を持って進んでいけると思いました。
「全てはエネルギーである」というお言葉も非常に印象に残りました。そもそも、「モノ(自動車、携帯、あらゆるもの)は動かないが、人は生きていて自分で動く」という観点が私の中にはありませんでした。私達が実際にこのように生きていることは、まさにエネルギーそのものである、様々な実証を通して気を体験しているからこそ、本当にその通りだな、人間や生き物が生きているっていうのは本当に素晴らしいし、命そのものがエネルギーなのだなと感じました。先生のご指導を賜るとエネルギーは満たされ、とても高まり、私達は希望を持ってまた進むことができます。エネルギーを高めるということが重要なことも私達は繰り返し体験しています。検証でもあった、先生に倒された人にはエネルギーが入り、自分で動くことはできないが他の人を投げることができる。その連鎖はどんどん繋がっていく。その連鎖を日常でも作っていきたいと思いました。
辛いことや苦しいことがある時、普通は弱気になりがちです。しかし、先生が譬え話で仰ったような捉え方「四十肩は50代になれば治る」が自然とできるようになれば、その変化は周囲へ、子供たちへ良い影響を与えることができると思いました。頭でやればただの痩せ我慢で潰れてしまうと思いますが、先生からご指導いただいたことを実践して、日々エネルギーを高めて自然とそのような捉え方ができる自分になっていきたいと思いました。困っている人、助けを求めている人、苦しんでいる人に寄り添うこと。人間性が全てである。なぜ、宇城先生からご指導を賜るのか、それは自分自身が人として成長するためであると再認識致しました。子供たちを導くような素晴らしい大人になりたいとは到底言えません。未熟にも未熟過ぎる私ですが、日々少しでも悪いところは減らしていけるように生活していきたいと思います。そして子供たちの邪魔を少しでもしない大人になりたいと思います。
宇城先生、この度も大変貴重なご指導を賜り、誠にありがとうございました。また、全国の教師塾の先生方ともお会いでき、大変心強く思いました。まだまだ足りないところばかりですが、しっかりと自分自身を見つめられるよう努力いたします。この度も誠にありがとうございました。これからも何卒御指導、御鞭撻のほど、心よりお願い申し上げます。
【奈良 高等学校 男性 20代】
先日は、ご多忙の中、教師塾並びに京都実践講習会を開催していただき、ありがとうございました。午前も午後も、時間を超えて、少しでも私たちの為にと様々な検証やお話をしてくださり、ありがとうございました。宇城先生の熱意を持って、私たちをご指導してくださる姿を見て、私も学校の生徒へ見せないといけない姿だと思いました。自分で常識だと思っていることやこれまで生きてきた中で洗脳されてきた価値観など、全てを変えていかないと、ダメだと思いました。お箸を正しく持つだけで強くなることや、相手の腕を優しくなでるだけで力が出ること、毎回見せていただく寄り添えばスクラムが倒れることなど、人間の本当の強さを日々の生活で実践できるようにしていかなければ成長はないと思いました。
宇城先生がおっしゃった、「来週試合やから」「受験のために」の指導は、教師は何も考えずとてもレベルの低い指導だと改めて気づかせていただきました。試合がなくても、日々の活動のなかで自分の可能性を感じて、やってみたいと思えると、試合などなくても、野球を好きになれると思いました。これには指導者の実力が絶対にいるので、これからも勉強し続けないといけないと思いました。普段、生活しているとどうしても物事を見る目が自分基準になってしまいます。そんなとき、恩師に相談して教えてもらうと、問題が解決しそうな気がして、次に生徒と会うのが楽しみになります。まだまだ実力がないので、宇城先生や恩師に積極的に教えていただくこともとても重要なことだと気づかされました。
私たち教師は、特に常識や、周りからの評価、これまで自分が受けてきた教育を良かれと思って子ども達に指導していると思います。こどもの現状や成長スピードなどを置き去りにして、進んでいく教師の指導には、こどもはわかっているフリ。聞いているフリ。こどものほうが気を遣って過ごしていることに気づきました。そのような指導者が教えると、私たち大人のように、スクラムを倒せなくなり、力や知識だけしか頼るところがなくなり、周りと衝突する人間になってしまうと思いました。私が受け持っているクラスの生徒に、こだわりが強く、世間の常識をとても嫌う生徒がいます。昨年は、その生徒と衝突することがとても多かったですが、職場の尊敬する先生は、その生徒と一度も衝突せず、ゆっくりと確実に生徒を導いていました。私の中で、培われた常識、よかれと思っていることがその生徒の健全な成長を止めてしまっていると気づかされました。また、この生徒について、ある先生に相談すると、「その子に訓練してもらってるんや」「おまえが周りの教員に謝ったらいいんや」「子ども第一に考えてやってあげたらいい」とアドバイスをもらい、とても晴れやかな気持ちになりました。
その後は、成長するペースはゆっくりですが、何も言わず少し待つと、周りの友達を気遣った素晴らしい行動をしてくれることが増えました。
自分の教員という、責任のある仕事をもう一度自覚し、私と関わる子どもが人間の本来の強さに気づいて、日々を楽しく充実して過ごせるように、これからも精進したいと思います。
このたびは、大変お忙しい中、1日ご指導下さり、誠にありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
【石川 高等学校 男性 50代】
遠方のため、京都での実践講演会に参加させていただいております。今回も宇城先生にご指導いただく機会を得て、大変感謝しております。私自身、宇城先生の実践講演会また御著書から学び、実践しているつもりですが、その意識がいつの間にかあいまいになっており、実践講演会に参加することで、自分の意識の低さ、弱さをあらためて痛感しております。
今回宇城先生は、初めに「子どもにはできる」「大人にはできない」とホワイトボードに書かれ、そこから「発展しているのに自滅するのはなぜか」と問われました。大人になるということは「発展している」はずなのに、私たちが日々実践している教育、つまり知識の蓄積によって本来持っているはずの力が発揮できなくなっていく。これが「自滅」です。宇城先生は、そうならないようにエネルギーによる人間性を高めることが重要とおっしゃいました。
昨今の国際情勢を見ても、自国優先の風潮が高まり、各地で紛争が続いています。また国内の政治についても、利権を優先しているような制度や政策が遂行されています。このような状況が続くようでは、社会が分断され、さらに争いが起こる可能性があります。そのような中競争や力ではなく、調和エネルギーを高めることが重要だとおっしゃっていました。
腕相撲による検証では、何人もの男性が腕をおさえていても、宇城先生は触れることもなく、腕を返すことができます。これが気です。このこと自体すごいことだと思うのですが、さらに先生が塾生同士に腕相撲を取らせると、気を入れた方の方が勝つようになります。気は自分だけでなく、周りの人にも通すことができるのです。このようなことを実際に子どもたちに見せ、子どもたちに実感させることができれば、子どもたちが自ら学ぼうとするはずです。そして宇城先生は、「人に寄り添うことで気を通すことができる」「正しい姿勢で気を通すことができる」「正しい答えを言うことで気を通すことができる」ことを教えてくださいました。考えてみれば、このようなことは教員、人間として本来の姿であり、自己中心的になっている自分への戒めとなったような気がします。今一度、「なぜ教員という仕事をしているのか」という原点に戻り、誠実に職務にあたりたいと思いました。
また宇城先生のお話の中で、通知票がなければ教師が困る。試合や大会がなければどうすればいいか分からなくなる、ということがありました。非常に核心を突かれていると思いました。私たちが考える成果が「良い成績を上げること」や「進路実績をあげること」や「大会に勝つこと」に向けられ、本来目指すべき人間性の向上がおざなりになっているように思われました。スポーツで勝つことを目標にすることは悪いことではないと思いますが、人間性を高めなければなりません。挨拶や姿勢、呼吸によって統一体を目指し、競争ではなく調和による強さを求めていきたいと思います。
今回の実践講演会では、自分自身があらゆる面でいい加減になっていることに気づかされました。宇城先生に教えていただいたことをあらためて胸に刻み、目の前の生徒たちにエネルギーを与えられるよう、日々精進してまいりたいと思います。
【奈良 中学校 男性 20代】
昨日は、教師塾でのご指導、誠にありがとうございました。
実践を通して、寄り添うことの大切さや寄り添われた側が受けるエネルギーの大きさ、日本人が本来持っている人間性の力に感動しました。そこには、不安や怯えなど一切なく、「できるかな」といった手探りの感覚もありません。既にできる自分が見えている状態です。この感覚をもって日々生徒に接していくことができたら、生徒たちの可能性は無限大だなと感じました。
現在の学校現場は、「受験勉強」「競争」など、いたるところに対立の構造が見られ、日常的に衝突が起こりうる状態にあります。この対立構造を利用することは、容易に生徒たちにその場限りのやる気や活気を出すことができます。物事の勝ち負けや数字といった表面的で具体的なものを求め、重視しすぎることで自滅へと進んでしまいます。ただ、現場ではこの表面的なわかりやすさがウケているように感じています。
中学校では、7月に1学期の期末懇談会があり、生徒と保護者と3者で話をする機会がありました。そこで聞こえてくる話は、「受験勉強」や「点数」「成績」の話が多く、なかなか保護者の方もどうやって我が子のやる気を引き出していけばいいのか苦労されていました。実際、成績や数字で火がつかない生徒は、大人からすると困った存在なのかもしれませんが、本人はそこに本質がないことを察知しているのだと思います。午後からの講義で、たくさんの子どもたちの前で先生が実践をされると、子どもたちはみんな目を輝かせ、感動し、どうなっているのかと前のめりになっていました。これが本来の学びに向かう姿勢だと見せていただくことができました。
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生徒たちが、知識偏重の詰込みの受験勉強以上に、人間性の部分や様々な知見を広げるような勉強をしていけるように教師側も努力が必要です。特に中高生の年代の子どもたちに長い時間関わっている大人は、私たち学校の教師です。私たちが変化、進化することで子どもたちは変わっていきます。日本も学校現場も難しい状況に立たされていますが、先生から学び、エネルギーを与えていただいている私たちがこの状況を少しでもいい方向へもっていくことが明るい日本の未来に繋がると信じています。
日本人の魅力である人間性を取り戻し、明るい未来を創造していけるよう精進していきます。今回もたくさんの学びと気づきをありがとうございました。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。
【奈良 高等学校 男性 20代】
今回も宇城教師塾において、貴重なご指導をいただき誠にありがとうございました。
子どもたちにはできて大人にはできないことを、具体的な実践を通して体感させていただく度に、常に驚きとともに自分自身の学びの浅さを痛感いたします。大人3人で隊列を崩そうとしても何も変化がなかったのに、子どもたちが後ろに来てくれた瞬間から隊列を崩せる気が湧き、実際に崩すことができました。この体験から、子どもたちが持つエネルギーの強さを改めて実感しました。宇城先生が教えてくださる「力ではなくエネルギーが必要である」ということは、教育の根本に関わる大切な教えだと思います。子どもたちが目を輝かせてご指導を受けている姿こそ、教育が本来目指すべき姿であり、それに比べて今の教育現場には未だに「無理やり枠にはめて指導しようとする教師の自己満足」が残っていると痛感します。そのような教育を続けていては、子どもたちの未来を狭め、教育そのものが退化・自滅の道へ進んでしまうと強く感じました。
また、今回の講義を通じて、私たち教員が無意識のうちに「知識や言葉を優先する教育」を行い、その結果として子どもたちの可能性を閉ざしてしまっていることに改めて気づかされました。口先だけで伝えようとするからこそ子どもたちは言うことを聞かず、それを見た教師がさらに叱責する。その繰り返しによって、子どもたちのエネルギーを奪ってしまう。この悪循環こそが、教育現場の大きな課題であると思います。
実際の体験の中で印象に残ったのは、筋力や競争ではなく「エネルギー」や「調和」によって物事が大きく変化するということでした。私は現在、野球部の副顧問を務めていますが、自分自身も昔から受けてきた「試合前はいつも以上に頑張ろうと気合を入れる」「相手と勝負する」といった考えが身体に残っていることを、今回の実践を通して改めて感じさせていただきました。そのような浅い指導を繰り返さないためにも、私たち教員自身が学び続け、子どもたちの可能性を最大限に引き出せる教育にしていきたいと思います。
改めて、貴重なご指導をいただきありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
【奈良 中学校 男性 40代】
本日はお忙しい中、教師塾を開催して頂き、またご指導して頂き、誠に有難うございます。
午前中、教師塾にてご講義をいただきました。「なぜ、人間は発展しながら自滅に向かうのか」というテーマからお話を頂きました。今、外国の方が日本に文化を楽しみに来ている様子が私が住んでいる奈良にもたくさん見られます。また、SNSでも電車の時刻が正確であったり、落としたものが戻ってきたりすることが日本人としての文化だと日本の文化の素晴らしさをよく伝える動画が流れてきていますが、それは本来特別なものではなく、人間性が表されているものだと思います。そのように考えると、そのうち日本人としての特性である真面目で、勤勉で、約束を守るといった特徴がなくなっていくのではないかと不安を感じました。
この人間性を考えず、受験やスポーツなどの競争の中で、自分勝手な考えが横行して心がない行動につながっていくのだと思いました。人間性を失いながら、前に進んでいくことが起こっているのだと思います。先生のおっしゃるように発展しながら自滅に向かっていることになっているのです。社会でもたくさんの課題がありますが、それに対して十分な対策もなく、まるで危機とは感じていないようなことが多いように感じます。これから先のことを考えると、不安になります。どうなっていくのか、どんな風に社会が進んでいくのか、本当に不安になってしまいます。
でも、私たち大人がその課題に気づかず、そのままにしておくと今の子どもたちにも同じ不安を与えてしまうのだと思います。その不安は時間が経てば経つほど、大きくなってしまいます。「先を取る」ことができれば、未来は変わるのだと思いました。私たち教員は、今まで子どもたちの将来のことを大事に指導をしてきましたが、昨今の教育環境の変化からその大事にしてきた人間性、躾がおろそかになってきているような気がします。私たち教員から人間性の大切さを伝えていかないといけないと感じました。そのように考えると、教育の重要性は本当に大事なことだと思います。
午後から実践講演会で私が受け持っている野球部の生徒を連れて行かせていただきました。始め、「子どもにできて、大人にできないこと」の動画を視聴させていただきました。何度も見させて頂いていることなんですが、大人ができないようなことを子どもがやっていく姿は本当に感動します。実際にスクラムを押すのですが、大人が押すと時間が止まったかのように部分的に力がかかっているように見え、子どもが押すと中心から広がるように全体を押すような力がかかっているように見ました。これがエネルギーなんだと感じました。あと、子どもたちが手を触れずに3人で押すような格好をすると倒れたのですが、気(エネルギー)なんだなと思いました。腕相撲や中心を捉えることをさせてもらった子どもたちがこの先どうなっていくのか、本当に楽しみに感じました。この経験ができたことで対立の「力」を使わずに、エネルギーを使って生きていくことになるかと思いました。
今回、生徒を連れて行ったことで初めて見る生徒と2回目、3回目を見る生徒では全く感想も違い、エネルギーの存在を認めた感想を書いていました。普段からも先生に教えて頂いている人間性は伝えてきていますが、もっと愛情を持って、子どもたちに躾をしていかないといけないと思いました。そのためには私自身がしっかりと勉強をして、おとなになってもできるような環境を作っていかないといけないなと思いました。私自身、最近エネルギーのなさをすごく感じていました。先生にあって、お話頂いて、少しエネルギーが出てきたような気がします。いつも本当にありがとうございます。これからも何卒宜しくお願い致します。
【石川 高等学校 男性 20代】
今回の講演会では、宇城先生から「なぜ大人は発展を目指しながらも自滅の道を進んでしまうのか」という問いをいただき、大きな衝撃と気付きがありました。午前中の講義ではその的確な言葉に引き込まれ、午後の実践公演では、子ども達が目を輝かせ「なんで?なんで?」と前のめりに学ぶ姿に心を動かされました。そこには大人が失いがちな純粋なエネルギーが残されており、教育の現場においてこそ必要なものだと実感しました。また、自分がどうしても言葉で生徒を引っ張ろうとしていることに気付き、教師としての在り方を深く考え直す機会となりました。これからは姿勢や日々の細部に表れる態度を意識し、生徒に未来への希望を持たせられる教師を目指したいと思います。
【島根 男性 40代】
本日はご指導頂きありがとうございました。
周りに左右されることなく、ブレない身体が必要であり、ブレないためにその自分の軸をどこにおくのかが大事であり、その自分の軸をどうすべきかを今回、宇城先生から学ばさせて頂き、実証で感じさせて頂きました。
生まれながら持っている人間の力、数パーセントしか使えておらず、大人に近づくにつれてより本来の力を無くして行く。子供にできて、大人にできない。そうさせている1つの要因が教育であること。教え育てるものである、教育が逆方向に進んでいる。教える側の責任は重い。ただ、その現状に嘆いている暇はなく、自ら変わるしかなく一人革命。焦り、囚われ、結局は自分に余裕がないだけ。出来ない自分を隠すことに必死になる自分がいる。自分が変われば、自分と関わる周りも変わる。謙虚に少しずつでも変わること。宇城先生が我々に移して頂いているように、本来人間が持っている力を他へ波及させることができるものであり、それが希望である。エネルギーは自然と湧いてくるものであり、そのエネルギーをスピード感をあげて他へ移していく。頭、思い、考えではなく、行動に移すこと。そこに真剣さがあるのか。
自らの身心の調和をはかり、相手との調和をはかる。相手を無力化すること。決して押さえ込むのではなく、一緒に流れを変えて行く。その流れが、今の日本に必要であり、世界から取り残されている今、スピード感をあげないと手遅れになる。そこに覚悟があるのか。
関わる子供の目は輝いているのか?子供がいきいきしていないことを、子供のせいにしていないのか?
自分に問い、気づき、行動にうつす。
引き続き学ばさせて頂きます。
ありがとうございます。
【奈良 高等学校 男性 40代】
第3回関西宇城教師塾、ならびに京都実践講演会にてご指導いただき誠にありがとうございました。
「なぜ私たちは発展しながら自滅へ向かうのか?」この言葉を心に持ちながら生徒の前に立っている教員が何人いるのでしょうか。理由、原因、対処方法を知らなくてもこの言葉を教えていただけるだけで宇城教師塾に参加した意味があると感じました。
今回の教師塾では、宇城先生からたくさんの問いかけがありました。「教員が日々勉強しているのか?」、「生徒たちが学びたいと思って学校へ来ているのか」、「学校が生徒たちのオアシスになっているのか」、どれも私の学校現場で聞くことはない言葉です。
私が勤める学校は、日々起きるトラブルが多く、その対応(特に保護者対応に苦慮する)に追われ教員として本当に大切にしなければいけない心を忘れてしまっていると感じました。
午後からの実践講演会で教師塾のご指導をより深めることが出来ました。子どもが大人の列を押し、親の元へ手をたたきながら喜び戻っていきます。この教育が本校でできているのか?そんな気持ちになりました。最初は手を挙げることがなかった中学生が、最後には自ら手を挙げ、実践に主体的に取り組むように変化しました。最後は、会場が一体となり宇城先生の気を感じ、自らの潜在能力に気づく、自分の知らない世界に気づく喜びを得る時間となりました。私たちが生徒を預かる3年間のストーリーが午後からの3時間にあったように思います。
教師の役割は生徒に力をつけるではありません。午後からの動画にもあったように、人間は生まれながらに完成しています。元々、人間はさまざまな力を持っています。その力を引き出すことが教育の真実、真理です。相手を倒す、周りとの比較ではなく、自分に気づく、1日を通して自分の偏りかけた思考に気づき、自信を持ってやるべきこと、進むべき道に気づくことができました。
懇親会においても、自分の弱さをストレートにご指導いただきました。生徒は自分の鏡です。生徒の行動は自分の責任です。大きな船、揺れない船に乗る生徒は安心して生活を送り余裕が生まれます。小さく不安定な船に乗る生徒は、怯え争いが絶えません。自らが、同僚や生徒にとっても大きな船になれるように宇城先生からのお言葉を真摯に受け止め、自らを磨くために日々精進致します。
夏休み、野球部員の一人の真面目な生徒が、結果が出ずすごく暗い顔をしていました。あまりにも落ち込んでいたため、声をかけ何も出来ませんが全体練習後、残っていっしょに練習をしました。その後の試合で、少し結果が出て、表情が明るくなり、すごく前向きな心となり、積極的な姿勢で練習に取り組むようになりました。「寄り添う」という本当の深さ、その意味はまだ分かりませんが、寄り添えば相手にも自分にもエネルギーが出る、何よりも心が前向きになるということを実感致しました。スポーツが自滅へ向かうものではなく、本当の発展につながっていけるように、宇城先生の教えを少しでも実践できるように精進致します。
いつもご指導誠にありがとうございます。今後ともご指導よろしくお願い致します。
【京都 中高一貫 女性 40代】
宇城先生、教師塾、また京都実践講演会でのご指導ありがとうございました。
なぜ人は発展しているのにも関わらず、自滅の道を進むのか。核心をついた問いから教師塾がスタートしました。学校とは本来、子ども達の可能性を引き出す場なのにも関わらず、今の学校は教師である私自身の実力が足りないことで、その可能性に蓋をしてしまっているということがよくわかりました。
最初は不安そうにしていた子ども達が宇城先生のご指導のもと、目を輝かし実践をしていく姿を見ていると、教育の存在意義がどこにあるのかということがよくわかりました。できる!と体感し、自分を信じて前に進みたいと思える力を育むことこそが教育の役割です。評価や成績、競争を煽ることでしか生徒を惹きつけられない魅力のない自分が変わらなければ、子ども達のエネルギーはどんどんなくなっていってしまうのだと痛感しました。
改めて今接している目の前の子ども達への申し訳ない気持ちが大きくなったのと同時に、そう思うからこそ、自分が変わらなければならないという危機感が大きくなりました。とはいえ、まだまだ頭で考えてしまい、力に頼ってしまう自分がいます。たった40年という人生の中で、無意識の中で身についた力むという癖、また競争という勝ち負けにこだわっている自分が自分の中にいるのだと感じました。
言葉でいくら柔らかい言葉を使っていても、実際に行動が伴っていないことがその答えです。寄り添う教育をと自分に言い聞かせながらも、宇城先生の実践にもあるような寄り添う側も強くなるといった寄り添い方ができているのかと自分に問うと、結局は自己満足の世界で止まってしまっているように感じました。心が先ではなく頭が先で動いている証拠です。寄り添うふりをしている自分がいるのだと思います。このように自分と向き合う機会をいただくだけではなく、実際にできない身体があるということに気づかせていただくことで、より謙虚に学ばなければならないと思わせて頂きます。
生徒が安心して挑戦ができ、失敗ができるのは、教師である私に安心感があるからこそです。宇城先生がいてくださると、エネルギーが湧いてくるように、生徒にとって自分がそのような存在になるために何を捨てなければならないのか。自分が変わることでしか変えられないことがあるのだとより強く感じました。できない自分、弱い自分、すぐに甘い方向に流されてしまう自分、それでもやはり逃げない自分でいたいと思い、前を向けるのは宇城先生のおかげです。教育者である以上、目の前の子ども達だけでなく、自分が出会う全ての人たちに対して、その人達に希望を与えられる存在でありたいと宇城先生から学ぶ中で思うようになりました。だからこそ、もっと自分に集中し、自分の中で我欲を捨て、対立感情を捨て学ばなければならないのだと感じています。
子ども達が純粋に目を輝かせているその中には忖度はありません。自分の中にまだまだ人からどう見られるのかという物差しが存在しているのだと思いました。ただ純粋に目の前の希望に向かって進むのみ。宇城先生を、宇城空手を信じて、謙虚に学び続けることでしか見えてこないものがあるのだと今回の教師塾、体験塾では改めて教えて頂きました。自滅ではなく発展に向かうためには、真剣に目の前の人たちを守りたいと思える自分である必要があります。妊婦さんがなぜ強いのか。守るべきものが自分の中にあるからなのではないか。そう感じました。言葉ではなく、真剣に目の前の命を守りたいと思い、そのためにいらないものを捨てる勇気と覚悟を持つことが今の私に足りていないことです。教師塾で学ぶ私たち教師が、忖度や仲間ごっこではなく、本当の仲間になるために、本当の意味で仲間や大切な人たちを支え守れる自分になれるように、宇城先生の学びを日常と繋げていきます。
世界中で争いの連鎖が止まらず、日本国内でも自分ではなく他人に矢印を向ける動きが加速しています。落ちるところまで落ちないと気づけない。宇城先生の言葉が現実になろうとしています。身体が感じる違和感をそのままにしないこと。今の私は違和感を感じても、どこかでそれに気づかないふりをしていたように思います。それは自分の中に軸がなく、周りに合わせていたからです。頭優先になっていました。自分は違うと思い、現実から逃げるのではなく、もっと宇城先生と出会った頃の純粋さと、今も自分の中から湧き出てくる希望のエネルギー、そして何よりも地球に生かされていることを忘れずに、時間を止めることなく今自分にできることと向き合っていきます。自分が生きてきた過去の中に未来があるのではなく、学び深める中にしか未来はないということ。事理一致。5%の世界から抜け出し、心を磨く自分になれるよう日々精進します。
いつも真っ直ぐに向き合い、ご指導いただき本当にありがとうございます。今後ともご指導よろしくお願い致します。


































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