2026年 宇城道塾 秋季合同合宿が開催されました
2026年9月26日(土)、27日(日)と、静岡県修善寺にて宇城道塾 秋季合同合宿が開催されました。年2回、全国の道塾生が集い宇城塾長と寝食をともにし学ぶ、貴重な機会です。66名が参加、合宿ならではの途切れない時間・空間で、学びを深めていきました。

今回の合宿は〈「知」の入り口を身体にする 〉をテーマに、体験・体感を繰り返し、「身体知」を獲得する実践・検証が多く行なわれました。
塾長が発する「気」は塾生の細胞に働きかけ、自由自在に動かす
その目に見えない変化を塾生たちは触れて感じ取る

身体の調和(統一体)をつくるために、様々な方法が示された
下は、ある方法で「まぶたを閉じる」ことで、後ろで帯を持ち構える1列と調和する実践

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女性が歩き始めると、構えていた男性6人が引きずられていく

全員が心ゆくまで課題に取り組めるのは合宿ならでは
下は、調和をつくり1列を動かす実践
相手と調和し一体となると「押す人」「押される列」の境界が消え、力に依らず列を動かせる

身体に気を流し、周りとの調和を生む「宇城式呼吸法」を実践
「口での呼吸」と「身体の呼吸」 呼吸の深さを改めて指導いただく

【塾長による実践】 鉄の塊(メリケンサック)を用いて
横になった人の胸に鉄を置き、その上に右手、鉄、左手を重ね、それをもう一人が打ち付ける。軽く当てただけでも下の人、手を重ねた人は痛みと恐怖を感じるが、「1、2、3!」の号令とともに塾長が気を入れると、思い切り打ち付けられてもなんともない。逆に、打ち付けたほうが激しい痛みを感じる。

【塾長による実践】 気のスピード
椅子に腰かけた塾長の膝を9人の列が押さえる。 「1、2、3!」の号令で9人が前に押し出そうとするが、瞬時に気で入られ、逆に弾き飛ばされる。

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2026年 宇城道塾秋季合同合宿 記念写真
塾生は、宇城塾長から発せられる気のエネルギーを受けて、時間を追うごとに身体に気が通る感度を上げていきました。塾長から気を受けるだけでなく、身体に気を通す方法をたくさん授けていただきました。 それぞれの日常で、この合宿の学びをどのように活かしていくか、気づいた自分の癖や課題に向き合っていくのか、学びを深める実践は今後も続きます。
以下に参加塾生の感想文を一部紹介します。
参加者の感想
●福岡 会社真 30代 男性 KM
道塾合宿でのご指導を賜り有難うございます。今回、初めて道塾合宿に参加させて頂きました。
こんなにも濃くて密度の高いエネルギーで満たされる時間、空間があるのか!と感動しました。
始めの方は私の感度が悪く、エネルギーの伝播を上手く感じられず、自分の瞬きの回数が多かったことを覚えております。後ほど先生が、この実証、事実を見たくないんだ、と仰られたことが私の合宿始めの状態と重なり、ハッとさせられ、深く反省しました。
この状態は先生から気を入れて頂いた後にはすっかり落ち着いていて、体験、体感することの重要性を学ばせて頂きました。
ChatGPTに上体を押されても倒れないようにする方法を聞いた回答で、これは宇城憲治流の方法です、と出てきたことに驚きました。しかし、内容を聞いても先生が実証実験されていることを見かけだけを取り出し、自分の常識の範囲内で解説しているまでに過ぎず、その通りにしても強くならず、低い次元から抜け出せないと思いました。
そもそも、強いとは何か、という点から宇城先生に学ばせて頂いている仲間とは観点が異なるでしょう。
このAIの回答を受け、先生は、これでええんや、何も要らない、と気を入れるだけで、瞬時に、同時に、複数の方を強くしました。これは過去の膨大なデータから回答をかき集めるAIには到底できない、無から有を生む人間の、気の国日本の技なのだと感服致しました。
これから先、AIが生活に侵蝕することで脳がやられる、と先生が仰ったことは、先生の実証も、AIによって、しかも間違った回答が出力されてしまっては、これを読んだ人は脳へ知識としてインプットされて、あぁ、良い事を教えて貰った、と自己満足して終わるだけで、何の生産性もないことを危惧されておられるのだろう、そしてこれは正にAIを使った洗脳だと思いました。
知の入り口を身体にする、正に体験、体感すれば、その次元の遥か上があるというのに。
講義、実践、食事や懇親会も含めた24時間修行の二日間を本当に有難うございました。
先生や各地の仲間達から学ばせて頂いたことを胸に、日々の生活を稽古と致します。
今後ともご指導とご鞭撻の程をよろしくお願い致します。
●千葉 自営業 50代 男性 JS
初めて合宿に参加させていただきました。
いつも道塾の中でも大きなエネルギーをいただいておりますが、それにも増して凄まじいエネルギーを2日間に渡りいただきまして心からお礼申し上げます。
多くの体験、体感をさせていただき、すぐに閉じてしまい劣化している自分の細胞を活性化させていただきました。有難うございます。
またその体験の中でつい瞑想に入ってしまう自分や、意識して固くなってしまう自分の内面の弱さを改めて知り、戒めております。
恐れない心、逃げない心を自分の中に築けるように、精進しなければと思いました。
お教えいただきました対象を見つめまぶたを閉じ残像を残しまぶたを開く方法や呼吸法も口だけにならないように丁寧に日々繰り返して細胞を活性化できたらと思っております。
さらに全体を見られるようにならなければならないことやオープンマインドなど本当に多くのことを学ばせていただきました。
奴隷から脱して、子供たちに希望ある未来を残すために、明るく調和融合できるように生きてゆく、その勇気をいただきました。
あふれるエネルギーと感動をお与えいただき心から感謝申し上げます。
2日間本当にありがとうございました。
●神奈川 パイロット 50代 男性 TK
最初に50円玉を糸につるして、その端を持つという実践がありました。
その時、腕を動かすことなく、ただ思うだけで50円玉が動き始めます。
周りから腕を押さえられることによって、その腕が動いていないことが分かります。
この実践によって、意識を使わずに外部に働きかけることが示されました。
自分達は、いつも意識を使うことによって身体を動かすことしかできません。
「意識ではなく心で身体を動かす」というテーマに関して、全くの無力でしたが、一つの大きなヒントを得られたと感じます。
その後、思いによって50円玉を動かしたまま、周りを投げるという段階に移りました。
これは、とても集中力を必要とする実践で、少しでも「相手を投げる」という意識が生まれると投げることはできず、50円玉も止まってしまいます。
「意識を使って身体を動かす」というプロセスが、如何に深いところにまで体に染み込んでいるのかが証明されました。
これらの実践は、自分自身の学びにとって非常に大きな意味を持つと感じると同時に、何か日常にある行為や現象から、自分の成長に必要なヒントを自分自身で見出していけるようにならなければいけないということを示しているのだと思います。
何かを学ぶときに「教えてもらう」という受け身の姿勢が、自分自身でも意識できないレベルで染みついているように思います。
自ら何かを見出していくという姿勢を作っていくことが、学びには必要なのだと感じました。
●東京 30代 女性 HO
2026年秋季道塾合同合宿でも、熱いご指導をいただきありがとうございました。
いつにも増してパワフルで激しいご指導、検証で汗だくです。
合宿前夜は、遠足の前日みたいに寝れず、懇親会後も朝5時頃まで飲んでいて、胃腸は不調でしたが、気持ちはむしろ元気になりました。
頭が寝ていたからか、講義二日目の方が身体のエネルギーを素直に感じられた気がします。
ご講義も懇親会も盛りだくさんで、まだ自分でも整理しきれていないし、文字に起こしきれません。
今回の主軸であった、身体を入り口とした「知」。内面、中心をもつこと。そのために「型」が必要であること。やっと自分の中で繋がってきた気がします。
身体やメンタルを鍛える、形だけ真似る。それでは検証によって内面とリンクしていないことがバレてしまう。
型は、目で見る形にこだわるのとは違う。形はできているように見えるが検証で人を押せないこともあれば、形は微妙に見えるが押せることもある。
一方、人の検証をみていて、先生の動きとちょっと違うな、と感じると、最終的に押せるがやっぱりちょっと突き抜け感が弱かったり。
やりながら「これで合ってるのかな?」と疑心暗鬼になっているせいかもしれません。
こだわるのは違うが、されど合っていないのも違う。
内も外も、心身が一致していていないと、崩れているように見える。
それが型なのかなと思いました。
できていない場合は、押す習慣に意識に切り替わり力になっている。
できている場合は、触れるだけで押せると分かり、列の後ろの方から下がっていく。
できている時は、腕を前や横に開く動き、呼吸とともに、腹の中の感覚も感じていました。
これを忘れないようにしたいと思います。
また、印象的だったのは、メリケンサックの間に手を挟んで、それを打ってもらう検証です。
正直、先生のお膝の上に手を乗せていただけたので最初から怖くなかったのですが、変化が分かりやすかったのが打つ方の人です。
腕を振り下ろして当たる前に、笑ってしまうほど軌道がズレるんですね。
車が衝突する前にブレーキを踏む瞬間と同じで、細胞が危険を察知して無意識に避けようとしている。鈍感な人なら、そのまま打ち込んで怪我をしていたかもしれません。
打つ人も打たれる人も、両者とも守ってくれたんですね。
余談になりますが、今回スキューバダイビングのお話が出たので私事で恐縮ですが、ご報告です。私も、数年前にライセンスをとり潜っています。
体験ダイビングは何度か経験があったため、最初は完全にレジャー、趣味感覚で始めたのですが、覚えることや心構え、身につける技術が思いのほかあることを知り面食らいました。
それでも体験ダイビングでは平気だったこと、水泳を習っていたことで完全に舐めていたのです。ただ実際潜ってみると、すぐ自分の甘さを突きつけられました。
水泳の経験なんて役に立たず、むしろ苦しめられました。
海の中でジタバタしたり少しでも不安に負ければ、呼吸が乱れパニックになりブラックアウトしてしまう。自分も何度もパニックになりかけましたが、水深40mまで行けるようになったので、いつか古宇利島沖に眠るアメリカの駆逐艦エモンズに潜ることが今の目標です。
それでも、潜降中、ふと顔をあげ何もない広大な海が目の前にバッと押し寄せてきた瞬間、その圧に負け苦しくなることがまだあります。
そういう時こそ先生の呼吸法を思い出すことで、海への畏怖はそのままに、不安がおさまり「今」に帰ってくることができています。
ずっとレジャー感覚でいたら、ただ怖くて途中で投げ出していたでしょうし、事故も起こさず今も生きているのは宇城先生のおかげです。
いつも守っていただき、本当に感謝しかありません。
今後とも、ご指導のほど何卒よろしくお願いいたします。
●東京 会社員 60代 男性 YK
宇城先生、今回も貴重なご指導ありがとうございました。
本当にあり得ない体験や体感を感じさせていただきました。
初日、5円玉を糸に吊るして円を描いたり縦や横に動かす実証がありましたが、指を使って動かしたり、動かそうという意識、欲があるとやはり上手くいかず、作為や頭の意識が邪魔をするということを体感させていただきました。
またメリケンサックを手のひらに挟んで打撃を与えるという実証もとても危険なものですが、受ける側は何の痛みもなく、打撃した側に痛みがあるというのは常識では考えられず、非常に驚きました。
二日目に真っ直ぐ正座もしくは直立して前方を直視し、一旦瞼を閉じて再び開くことにより軸を整え、その状態で10人が連なった列を動かすという実証では、初日での意識が邪魔をするという体験から、極力動かそうという意識を排除し、ただ単に前にいくだけ、後に下がるだけ、下に下がるだけと思いながら動作を行うと、結果的に列を押したり引いたり落としたりすることがいとも簡単にできました。相手である列が「ゼロ化」し、自分は全く筋力を使わず力を入れていないのに「自在」であるということを体感として感じ、「調和融合」とはこういうことかと実感させていただきました。続いて宇城式呼吸法で前方に手をかざしただけで実際に列が動いた瞬間は自分自身でも驚きでした。しかしこれで欲が出てしまったのか、列が一巡しもう一度試みた時は上手くいかず、いかに欲が邪魔をするのかも逆に認識させられました。しかしながら、この前を見つめて瞼を閉じるという所作は、たったこれだけのことで軸ができるとは驚きで、宇城式呼吸法は習慣化し毎日のように行ってはおりますが、この軸を作る所作も日常化させ実生活に応用して行こうと思いました。
またこの実証中、先生に背中を向けた形の方に対し、先生が「瞼を閉じていない」と指摘された場面や「横着な人は顔でわかる」などと仰ったことがとても印象に残っています。実際は見えない場所にありながら見えている。先生は全てをお見通しなのだと。それととても高い視点をお持ちなので、未来も見通せるのだと思いました。
「自分を信じろ」というお言葉も印象的でした。自分自身やはり自分を信じきれず、どこかに不安や怯えがあって、それが行動を抑制している部分があるのだと改めて自覚されました。折角凄い力が宿っているのにそれを封じているのは自分自身であると。
合宿の最後の方で、大勢でエネルギーをいただいて、その後、各々が自ら様々な実証をする時間がとても楽しかったです。二人で組んで相手を転がしたり、転がされたり、ただ手首を捻っただけなのに大柄な人を倒したり、また道塾でよく行う、気が通った状態で倒れた人の足を掴んで倒され、またその足を掴まれて倒し、次々と連鎖して繋がって倒したり、小柄な人に数人で覆い被さっても弾き飛ばされたり、筋力ではないエネルギーの凄さを満喫しました。
今回の合宿で通じて、先生のおっしゃる通り、やはり今現在常識とされている事は、スポーツにしろ受験勉強にしろ人間の本来の力を削ぐ方向で意図的に行われて、洗脳されマインドコントロールされていると実感せずにいられません。私も長年そのマインドコントロール下にあって、いまだに奴隷根性が抜けきらず、払拭できていないと痛感するのですが、それでも以前先生が仰った「人間は本当は凄いのだ」ということを実感せずにいられません。また反省点として、折角の貴重な機会でありながら多少取り組みが消極的であったことです。ちょっと遠慮がちになり、遠巻きに見ているケースがあったと思います。初日や懇親会の二次会で、メリケンサックや瓶などを手に挟み打撃を与えるというとても危険な実証も、実際に体験してみたいと思いました。しかしここも自分自身の横着な一面だと気づかされました。それでも沢山の収穫がありとても有意義な合宿でした。ありがとうございました。
●神奈川 自営業 60代 男性 RK
合宿の開催とご指導をありがとうございました。充実した2日間を過ごさせて頂きました。
数年前の先生のたとえ話で、走っている新幹線の中で窓を閉めてイヤホンで音楽を聴いていたら走行している事に気が付かない。駅に立って250キロ以上で通過する新幹線は凄い速さで動いている。どこで見るかで認識が変わってくる。さらに地上では動いていないが、宇宙から見ると地球は回っていて、このスケールでは新幹線は止まって見える。
最近は宇宙飛行士の「オーバービュー・エフェクト」という身体の経験から世界の見方が変わる例に対して、地上という日常の中で、宇城空手を通して自身を掘り下げる事で広い視点を身につける稽古「ディープビュー・エフェクト」を学ばせて頂いております。
広いとか深いとかの言葉のレベルではなく異次元の体験を受けて、勇気とか希望を超える自分のスケールではない覚悟を学ばせて頂いていると感じました。
未知の世界を学ばせて頂いていることに自信と誇りを持って、勉強と日常(生活基盤)を大切にしながら一人革命に精進いたします。
楽しい二日間をありがとうございました。
●大阪 歯科衛生士 50代 女性 HN
二日間にわたる道塾合宿にて、温かくも厳格なご指導を賜り、誠にありがとうございました。
今回の合宿では「知の入り口を身体にする」というテーマのもと、頭ではなく身体(細胞)で感じることの重要性を、身をもって徹底的に体験させていただきました。
合宿の初日は、何事も頭で考えて行動しようとする自分に気づかされました。私たちは日常のあらゆる動作を、頭主導による筋肉への命令で行ってしまっています。
しかし、細胞は頭の命令ではなく、身体が直感的に感じることや、心の奥底にある想いに反応するという違いを、これまで以上に深く感じることができました。身体で感じるとは、危険や心地よさを無意識のうちに捉えることなのだと、改めて気づかされました。
何より、「人間とはこれほどまでに凄い存在なのか」ということを体験を通して知り、私たちが持っている本来の可能性について深く考えさせられました。
合宿中、仲間とつながり、濃厚で元気あふれる時間を共有できたのも、紛れもなく細胞レベルで感じ合っていたからであり、細胞一つひとつが私達を元気にすることも病気にすることも出来るのだと実感いたしました。
また、この豊かな身体感覚を麻痺させるものが「自分の欲(我)」であり、「AIによる洗脳」であるというご指導にも深く納得いたしました。
現状に甘んじて学びを怠れば、人類が破滅へ向かうことは明白です。
自然界が常に調和の中に生きている一方で、人間だけが自然破壊や戦争、犯罪、自殺といった自然に逆らう生き方をしています。
他人を変えることはできませんが、自らの考え方や感じ方が変わることで、「自分中心」から「全体の中の自分」という調和の意識へと変わっていくように思えました。
この気づきと日常でのつながりを、これからも大切にしてまいります。
特に「頭の命令」と「心で感じて動くこと」の違いを一番感じたのは呼吸法でした。
これまでの肺による吸排気ではなく、「細胞の呼吸」として捉えることで、身体がひとつに統合されるように感じられました。
サンチンの呼吸においても、単に吸って吐いてという動作ではなく、このような呼吸で臨むことで身体が整っていくのを感じました。
呼吸ひとつで身体が変わる感覚を少しだけ触れさせていただいた心地がいたしました。
さらに、気の通った身体になれば、列に並んだ人を押すことも引くことも、あるいは傍を通るだけで動かすことすらできるという体験をさせていただきました。検証の際、無意識に「押そう」「倒そう」と意識すると衝突が生じ、接触面を感じてしまいます。
しかし、身体がひとつになっている時は接触面そのものが消え去り、結果として自然に相手を投げ、倒すことができる自分を知りました。
「衝突してしまう日常の自分」ではなく、「調和しているもう一人の自分」で生きることができれば、全く違う人生になるのだと感じております。
そして、その方向に向かって進んでいく道しるべを宇城先生が立ててくださっているので、真っ直ぐにそれに向かって前進するのみです。
五円玉を用いた実験でも、心をひとつにすることで糸が動き、その状態の身体であれば相手を倒すことができる体験をいたしました。
一方で、心理学的な瞑想などの「頭(空想)の世界」に陥ると、咄嗟の身の危険に対応できず、身を護ることができないというご教示に、日頃先生が仰っていることの真意が改めて深く胸に落ちました。
私たちは現実世界に生きており、いつ危険が迫るか分からない日常において、心を整え、身体をひとつにして周囲と調和して生き抜くことが不可欠です。
「身体で学ぶ」ということは、頭の世界である瞑想とは次元の異なる学びであると改めて気づかせていただきました。
これらを自らやって見せ、私たちが体感・体験できるよう導いてくださる宇城先生の偉大さに深く感動するとともに、心からの感謝の念で満たされた合宿でした。
今回の学びを大切に、日常においても実践してまいります。
貴重なご指導をありがとうございました。
●東京 会社員 30代 男性 SM
今回の合宿もご指導ありがとうございました。2日間、「知の入口を身体にする」をテーマに体験、体感を数多くさせて頂き、活力をいただきました。初日、メリケンサックを手の間に挟んでその上から思いっ切り叩く実技では、通常であれば怪我に繋がるような状況ですが、宇城先生の掛け声で、本気で打っても効かない。真っ直ぐに当たらない。ワン・ツー・スリーの速いスピードの中に入って瞬時に身体を変えるということを何度も見せていただき、迫力がありました。考えるよりも先に細胞が変化し身体を守ってくれるという人間の強さを感じるとともに、それを可能にする先生の術技の凄さ、言い訳の入る余地のない確からしさがそこにあることを感じました。私も一度、メリケンサックを挟んだ手を打つ(攻撃する)側で参加させて頂きましたが、打った手の痺れがしばらく続き、接触面だけではなく手のひらの内側にずっしりとくる衝撃でした。
やるぞ!と思っている時や幸せになりたいと思うのはそうなれない証で、出来ないことの訓練をしているようなものだというお話がありました。本当は、出来るようになるための積み重ねをしていかなくてはならないのに、逆のことをしている。50円玉を紐にぶら下げ、回るように念じると実際に回り出し、その時は腕を押さえている相手とも衝突せずに動けました。逆に、紐を持つ手を意識で動かそうとするときは、腕を押さえられると全く動けません。無意識と意識について、身体でその違いの一端を感じ取らせていただく貴重な機会でした。ただ、50円玉と紐を無くした時に同じことをしようとしてもあっという間に出来なくなります。だから、型が必要なのだと。内面の手がかりとして不変の型があるからこそ、フィードバックができ、変化・深化へのステップアップができる。全体をとらえることができるのは身体であり、頭脳、知識ではまず無理。受け取ることのできる情報量やその情報を処理する器の大きさが全く異なるにもかかわらず、頭脳を優位に働かせ、できない方向に努力しているのが普段の自分であり、まずはそのことに気づかなくてはならないというメッセージを強くいただいたと思います。
2日目は呼吸法で列を押す実技が印象に残っております。自分としては丁寧に所作を行なっているつもりでしたが、なかなか相手の列に変化が生じませんでした。列のうちのお一人から「途中で途切れている感じがする」というフィードバックをいただき、列を押したいという思いを引っ込め、ひたすらに呼吸に集中して切れ目がないように心がけると自然と列に伝わっていく感じがありました。列を「押そうとしてはいけない」と、ついさきほど習ったはずなのにすぐに「押そう」としてしまう。ここに病があり、取り除いていかなくてはいけない悪癖があるということだと思います。魚は水に、鳥は空の空気に、人間は気に包まれて生きている。意識での思考はほとんど自作自演で、悩みを自ら作り出しているようなもの。暗い自分から明るい自分へ。自分をさらけだす、心を開く。下手の考え休むに似たりで、考えてしまうのを完全に止めるのはすぐには難しくとも、身体を止めてはいけない。日々の過ごし方を工夫し気づきを活かす行動が、今の自分を知り変えていくチャンスをつくり、そこからさらに気づきも広がっていくのだと思います。この度の合同合宿もありがとうございました。
●神奈川 フリー映像編集者 30代 男性 YT
今回も2日間に渡る濃密なエネルギーに満ち溢れた貴重なご指導をありがとうございました。
改めて人が本来もっている身体・エネルギーの凄さ・素晴らしさを様々な実践・検証での実体験を通じて学ばせていただきました。
宇城先生の足にメリケンサックを載せてメリケンサックめがけて打ち込むと何倍もの威力になって打った手が痺れるくらいの反動が跳ね返ってきたり、十数人の集団や列を簡単に倒したりと常識ではありえない・考えられないことを、先生が実践するだけでなく、目の前で見て、触れて、実際に経験させていただき、合宿前のしんどかった身体がものすごく元気になり身体も心もすごく満ち溢れております。
一方で、頭で考えることや筋トレなど今までの常識や良しとしてきたものが少しでもよぎる・行うと、それらのエネルギーは一瞬で消えてしまったり、無意識に力を入れて相手を倒そうとしていてエネルギーがなくなってしまうなど、先生のご指導で高いエネルギーがある状態にしていただいたからこそ、エネルギーの無い状態の落差をものすごく感じることができ、改めて日常の在り方・考え方がエネルギーをない状態を作り出しているかということも学ばせていただきました。
また、先生のお話の中でAIの奴隷になるなという話を受け、仕事でAIを日常使いしているなかでAIを使い始めておかしな方向にハイになる人やAIがないと仕事ができないという人など、AI依存症ともいうべき同僚たちや、平気で嘘や誤魔化しを言ってくるAIの最もらしい回答に怖さや危機感のようなものを感じておりましたが、頭や理屈ではなく常に実践で示し体験させてくれる先生のご指導があるからこそ惑わされず、ブレずに進んでいけるのだということを改めて感じました。
AI化やロボット化が加速して進んでいく中で、これまで先生がずっと言われ続けてきた人としての生き様・心の在り方やエネルギーがまさに問われ今のままではいけないと、それをずっとご指導いただいていることに改めて感謝いたします。
先生からいただいた教えとエネルギーと情熱を絶やさないよう、日々の中で精進してまいります。
改めまして2日間の合宿でのご指導ありがとうございました。


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