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第3回 宇城教師塾が開催されました


 2024年8月25日(日)、午後からの京都実践講演会に先立ち、第3回宇城教師塾が行われ関西近郊、遠くは山口県から教員24名が集まり、宇城塾長から今の教育に必要な事、また未来ある子どもに携わる者として心得ていなければならない事を、実践・身体を通して学んだ。

 

冒頭、日本を含む世界の情勢や、日本の政治の現状に触れ、もはや既存の教育では未来を切り開いていくことが難しいこと、現状維持は退歩であり、子どもたちの希望ある未来に繋げる教育にするためには教員自身が様々なことに関心を持ち勉強し続けなければならないと教えていただき、宇城塾長の講義を聴く先生方の雰囲気が変わっていった。

 

頭は5%で、深層意識は95%を占めている。この95%の潜在意識にエネルギーを与えることで、人間の潜在力が発揮され、常識にない力が顕在化するということを、宇城塾長のエネルギーに満ちた著書を介して実践いただき体験することができた。


著書の動きで机を掴む全員を動かす宇城塾長


 

 

【寄り添うことで強くなる】

エネルギーの源は何か。寄り添い、調和することである。寄り添い、調和の心を持つことで人間の潜在力が発揮される。逆に対立、自分さえよければという心では潜在力に蓋をしてしまうことになる。お腹が痛くなった人に声をかけるのか、また素通りするという心、行動の違いが身体に直結することを学んだ。


腕を掴む相手を投げることができないが・・・・

具合の悪い人に寄り添う行動をとると・・・・

今度は腕を掴む人を投げることができた



 

【宇城塾長の気の入ったボールを受けると列が崩れる】

大人の列に宇城塾長がボールを投げると、それを受けた列が崩れた。この事は今の常識ではあり得ない。しかし、目の前に起こっている事実です。冒頭にあったように既存の教育では子どもたちの未来を創るどころか、不登校、発達障害、問題行動の増加にあるように子どもたちの未来を潰してしまう。また、AIの進化により教師という職業自体が無くなってしまいます。人間にしか出来ないこと。人間がやるべきことに気づくには常識にないものに目を向け、教師が真実に気づくことが子ども未来に繋がると教えていただいた。


塾長が、列の端の人にボールを投げる

ボールを受け取ったとたんに押され・・・・

列ごと動かされる


 

【最後に】

たくさんの実践を通じ、身体での学びと、目の前にいる子どもたちを繋げ、新学期から「やるぞ!!」という覚悟が満ちていくのが分かった。

最後にもやはり、宇城塾長から前に立つ者は何倍も勉強しなければならない、と自分自身を進化させることの大事さを教えていただいた。同時に、この教師塾という場所に集まる先生方が周りの差を見せつけていかなければならないという訓示を期待を込めてお話いただき、2学期からのエネルギーとすることができた。



 

塾生の感想文

 


< 男性 30代 山口 中学校>

この度の宇城教師塾そして京都実践講習会での宇城先生のご講義、そして実践・検証をとおして、まずは自分自身が今変わらなければならない、変わる方向に向けて進まなければならないと強く感じました。今までは、私たちが置かれている状況は厳しいものだという認識を先生のお話から持ちながらも、横着にも先生の下で学ばさせていただいているから大丈夫という甘い考えが常に自分の中にあったことに気づきました。子ども達はすぐに先生を映し、常識では到底考えられないことを目の前で見せてくれます。しかし、私たち大人はできません。できない中でも、自分はどう生きていくのか。それを思いました。

フランクルの一人類主義、品格があるか、ないかというお話、私の無さすぎる理解力では知識として止まっていました。先生より検証をとおして、私たちの潜在力は寄り添うなどの心の在り方がいかに大切であるかをこの身体に何度も刻んでくださいました。

しかし、日常を振り返りますと、その貴重な教えを曇らせ、エネルギーの低下を招いているのは常に自分自身です。日々ほぼ全ての場面において優先しているのは自己中心的な欲や思いです。生きづらさや苦しさ、無駄な緊張、衝突、居心地の悪さを作っている原因は全て自分です。自分の力では自分の心や欲に振り回されるだけです。 私は改めて宇城先生に真剣に学ぶ姿勢をこれからの生活をとおして、自分自身の中に作り、磨いていかなければと思いました。宇城先生の御指導がなければ私は今ここにいなかったと思います。生かされているという謙虚さを持つことが何より私には必要です。先生の御姿をすぐ映していく子ども達の姿を拝見し、私はできないままでも先生に真剣に学んできたと胸を張れる大人になりたいと思いました。その真剣さを追い求めることが、大切なものを守れることへ繋がると感じるのと同時に、日常の中で心から他者に寄り添えることができるためのスタートであり、先生からいたたいたエネルギーを日常において周囲へ伝えていけるために必要なことであると思っております。

先生からの貴重な御指導を無駄にしないために、まずは自分自身を磨きます。そして、周りを笑顔にしていきます。この度もたくさんのエネルギーと御教示、御指導を賜り、本当にありがとうございました。これからも何卒御指導、御鞭撻の程、心よりお願い申し上げます。

 

< 男性 30代 奈良 中学校 >

本日はお忙しい中であるにも関わらず第3回教師塾にてご指導いただき誠にありがとうございました。今朝、京都に向け家を出ようと準備を進めていたところ2歳になる息子が私のカバンの中に入れてあった水筒を取り出しました。中には熱湯で淹れたお茶が入っていました。私は息子が水筒を取り出している事に気づいておらず、水筒が床に落ちる音と息子の鳴き声を聞いて、初めて事態に気づきました。急いで風呂場に連れていき、流水で流した後、体全体を見渡しました。幸い大きな火傷等はなく、息子はほぼ無傷の状態でした。リュックの中には先生のご著書『宇城空手の極意「型」と気』を入れさせていただいておりました。子供の手の届く範囲に熱湯が入った水筒を置いてしまっていた自分自身への反省と、先生の電波で守っていただいたことへの感謝の気持ちを感じながら会場へ向かわせていただきました。

本日、午後からの実践講演会には私が顧問を務めている部の生徒を初めて参加させました。ちょうど一年前、当時の3年生部員が引退したことで部員がゼロとなり活動がなくなりました。そのような状況の中、たった一人入部を希望してくれたのが現在主将を務めている2年生の生徒でした。彼は一時少年野球に入っていたのですが、うまくいかずチームを退団した経験をしています。中学校に入学してからは部活動には加入していなかったのですが、たまたま彼のいるクラスに授業の補助として私が関わるようになり、何度か会話をする事がありました。特に深い話をするわけでもなく、時が過ぎたある日「先生、野球は好きやねん。一人でも入部させてもらえませんか」と声をかけて来ました。入部してからの会話の中で少年野球時代の理不尽な叱責や勝利至上主義、高圧的な指導に嫌気がさしたといい、「先生は他の人となんか違うから、ここでやったら続けられる気がする」と言いました。宇城先生の電波が私を通して彼に伝わり、ゼロが1になりました。1名の部員で11月に再スタートした部活動、12月にもう一人の部員が加わりしばらくは2名の生徒との活動が続き、今年の4月に11名の1年生が入部してくれた事で9人以上の単独チームとして活動できるようになりました。「人は魅力でひきつける」。 先生に学ばせていただき、そこから発せられる魅力によっていただいたご縁。自分自身の中で「野球を通して彼らを変え、彼らの人生を明るく照らす」と意気込んで指導にあたるのですが、毎日彼らと向き合う度、その姿に自分自身の実力のなさを痛感させられました。「自分が変われば周囲が変わる。一人革命」と自分に言い聞かせながらも心のどこかで、彼らの現状を何かのせいにして正当化している自分がいました。「まぁ、ちょっとずつ。そのうち変わるやろ」と。そんな状態でしたので、本日の講演会に参加させる事も躊躇していました。それは「この子達を参加させて迷惑ではないか」「連れてきていいようなレベルではないのではないか」と最もらしい理由を考えていたと思っていましたが、本当は指導者である私自身に覚悟がなかったのだと気づきました。講演会に参加させて宇城先生に会わせる=私自身が肚を決めるということでした。今回多くの時間を私と部の生徒達に使ってくださり、これまでに経験したことがない温かさでもって叱っていただき、本当にありがとうございました。「姿勢は姿に勢い」。私自身の姿勢を正し、勢いを出し、スピードを上げ、進化・深化し続けていきます。「現状維持は退化」。言い訳はしません。これからもご指導ご鞭撻のほどどうぞよろしくお願いいたします。有難うございました。

 

 

< 男性 20代 奈良 高等学校 >

昨日はご多忙のなか、ご指導くださり、誠にありがとうございました。できる子どもに接する大人、教師がどれだけ大事かを実践を通して、示してくださり、改めて自分自身の力量で子どもをダメにするか、育っていくかを感じました。できる子どもが後天的な理由でできなくなっていく。素直さや謙虚さ自信がなくなっていく。指導してもらっている中学生をみて自分のクラスの生徒に置き換えて考えてみると、もっともっと指導しなければならないと感じました。根性や上から押さえつけるだけでは、何も残りません。生徒が相談しにくるような教師にならなければならない。生徒が相談に来るのは、実力がないと来ないので、自分自身勉強をして、謙虚で魅力のある人間になるしかないと思いました。 私自身も、中学校の先生に、高校・大学・社会人になっても、相談をして色々教えていただきました。なぜ、相談したのか、他の先生に聞いても答えがなく、その先生に聞くと自分の知らないことや心から納得できること、すごいと思えることを教えていただいたからです。 そんな先生に憧れて、教師の道を志したはずが、自分が楽をしたり、いい加減になっていることに気づかされました。私自身に置き換えると、生徒に理屈や、誰にでもわかることを教え、まさにダメな日本人を育てていると思いました。 子どもが教師のことをよくわかっているということを痛感しました。宇城先生が何度もおっしゃった、指導者が一番勉強をしなければならないという言葉を日々、心にとどめて、生活していかなければ、何の実力もないまま、年だけ重ねることになり、経験や知識だけで語る一番ダメな教師になってしまうと思いました。 また、心のどこかでそんな教師になることを恐れている自分もいると思いました。行動するしかないので、勉強を重ね、自分が接している生徒から学び、精進していきたいと思います。 二学期から生徒と接することが、また楽しみになりました。なにごとにおいても関心を待たせるような関わりができているか。現実から逃げずに向き合って生活していきたいと思います。 宇城先生に直接ご指導いただけることに本当に感謝しております。 教師塾に来ているからには、変化して周りと差をつけなければいけない。当然のことだと思いました。日々自分の生活をしっかりしていきたと思います。 ありがとうございました。

 

< 男性 20代 奈良 高等学校 >

今回もお忙しい中貴重なご指導を頂きまして誠にありがとうございました。今回も沢山の事に気づかせて頂いたと思っています。

まず、最初にふらふら、ふわふわしていることへの危機感です。実証の中に「地に足をつけた状態で計算を行うこととジャンプをしながら計算を行うことを比較する実証」での状態の違いを目に見える形、身体で感じる形で教えていただきました。ジャンプをしている際にはどうしても隙ができ、間が抜けてしまい計算が遅くなるというのを身体で感じました。遅れをとるということは何事においても先をとられているということになり、それが良くない結果に繋がっているということを改めて感じました。

2つ目は、3人1組になり、守るという思いから来る強さを教えていただく実証についてです。この実証をした際、守るということがこんなにも凄いことなのかこんなにもエネルギーがあるのかと思いました。それと同時にワクワクする感じが出てきてエネルギーが漲ってきたようでした。まさに生徒たちにもワクワクするエネルギーが漲ってくるような授業をしていかないといけないということも思うようになりました。そういった授業ではないと生徒にすぐに見透かされ信頼がなくなってしまうというのも感じました。そうならないためにも当たり前に起きていることに疑問を持ち本質を身体で感じることができるように自己改革していきたいです。

3つ目は、寄り添うことの大切さです。日々教員として生活をしているとどうしても生徒が自分の思っている行動と違うこと、望んでいることができないタイミングで自分の弱さが出てしまい、生徒に寄り添ってあげることを忘れてしまっていることに気づかせて頂きました。普段、対立してはいけないと思いがありながらも気がつけば生徒と対立していて寄り添えない、寄り添うだけの器がないと改めて考えるようになりました。そのため、生徒が本当に望んでいることに耳を傾け、生徒が何か物事を確実に達成できなかったタイミングでの行い、声かけを見つめ直して当たり前だと思っていることから脱却し、良い道を示して行きたいと思います。


最後に、今回は本校から教員志望の生徒を参加させて頂きました。普段、見たことがない、感じたことがないご指導に終始驚きの様子で目がキラキラと輝いていたことが印象的でした。このように目がキラキラしている素直な生徒と一緒に日々を過ごすことができていることの素晴らしさ、宇城先生のご指導の素晴らしさを感じ生徒から見られて恥ずかしくない大人(教師)になるために努力していきたいと思います。

退化するのではなく進化(深化)していきたいです。

貴重なお時間をありがとうございました。今後ともご指導のほどよろしくお願いいたします。

 


< 生徒 >

※午後からの講習会に参加。将来は、教師志望。

 

宇城先生、先日は教師塾でのご指導ありがとうございました。

私は、今回初めて宇城先生の塾に参加させていただきましたが、先生の教えてくださったことには、終始驚かされました。今までの自分の常識が覆されました。


今回のテーマだった〈潜在力を引き出す〉僕は最初この現在の科学や常識では説明のつかない潜在力はどんなものかわかりませんでしたがこの塾を通して少しわかったような気がしました。

中学生の子が手足を抑えられて少しずつ前に行く体験の時チームのみんなが応援をすれば進めました。そのとき言葉だけの応援だけでなく寄り添って体に触れて応援することが大事なことがわかりました。これは人を動かすのは言葉ではなく行動あるのみだと感じました。


今私たちは、意識しているたった5%の中で生きていて95%は無意識のほうで生きていることにびっくりです。その95%の力をこの塾で少し引き出してもらえました。また今回体験した中で一番驚いたのが、ボールを力いっぱい持っていうのに先生が少し微笑んでからボールをとると力を入れているはずなのにスッとボールが取れてしまったのが驚きです。あの体験は、僕的にですが先生が対立してボールをとろうとしたのではなく僕に寄り添ってくれて調和してくれたからだと思います。この体験から人に寄り添いながら生きていく生き方が大切だと思いました。また私事ですが吹奏楽部に入っていて休憩時間に先生から腕の出し方や、息の使い方まで教えていただきました。教えていただいたことを実践すると スムーズに腕が出せるようになりました。今回初めて宇城先生の教師塾に参加させていただき大変勉強になりました。この経験をこれからの進路や将来の夢への実現に向けて役立てて頑張っていきます。また参加させていただく機会があればご指導お願いいたします。

 

 

 男性 30代 奈良 高等学校>

貴重な時間をありがとうございました。

先生の我々教員への期待と思いを感じるとともに、応えなければ、自分が変化していかなければ、そこから生徒たちにつなげていかなければ、と思いながら、ワクワクして次の日を迎えております。今年度から勤務校での立場(役職)も変わり、商業科長を任されております。生徒の前に出る機会は少し減りましたが、生徒と教員どちらに対しても関わりや指導を行う立場になりました。先生のようにいろんなところにアンテナを張って、情報収集も行いながら、アプローチも行い、いい変化が出てくるようにしていきたいと思います。


午前は、世の中で起こっている出来事を例に挙げて、日本の現状や日本の教育がダメであることを話していただきました。変化しないといけないし未来がない、しかし現実の教育会は変わってこない。その中で個々で勉強し、変化していかないといけない。本を使って机を自由に動かす実証では、理屈ではなく実践が先、95%の無意識領域に働きかける(先をとる)ことの大切さを確認しました。その中で、先生がおっしゃった「先生を信じるではダメで、どう信じるか、どう考えるか、その信じた自分が真実である。」という言葉が印象に残っています。信じるだけでは平気で裏切るという話もあり、生徒や同僚にとって自分の存在がどうであるのか不安になりました。ですが、恐れ多いですが自分の中での宇城先生がそのような存在であることを認識でき、あるべき姿を示してくださり、身体で感じさせていただいたことに今回参加させていただいた意義があったように思います。また、一人類主義の話で、国境があるから戦争が起きるという話がありました。帰宅後思い返すと、自分の教科である商業科の雰囲気はどうなのか、他教科との関係はどうなのか、といろいろ思うこともありました。他教科の先生方には現場でたくさんの協力をしていただいています。「一人類主義」寄り添いや思いやりがなければいけない、まずは自分たち商業科から教科間で戦争を起こさないように科長としていろいろ目配り気配りからしていこうと思います。こうしたできる変化から起こしていき、生徒にも伝播していけばと思います。


午後からの講演会では、午前に取り組んだこと(先をとる、信頼、品格ありなし、実践先にありき、進化・退化、95%の無意識領域に働きかける、寄り添う、礼儀作法)これらをもとに学生や妊婦さん、子どもを中心に、大人ができないことが子ども妊婦さんができること、常識では考えられないことを実証されました。子どもの自身に満ちてくる表情の変化は何度見ても自分もうれしい思いになります。中学生も最後は姿勢も表情もよくなっていました。こうやって目の前の子どもたちが変化することがすごく自分にとってもモチベーションになります。自分もこれから変化してやるぞとエネルギーとともに、学校の生徒たちの変化が見えてくることが楽しみになって日々頑張るエネルギーになっています。姿で示して生徒をその気にさせ、品格ある人間が育つためには品格ある人間が育てないといけない。先生の話を聞いて、品格のなしの状態から脱却するきっかけをいただきましたし、先ほども言いましたが、これから新学期始まりますが頑張るエネルギーをいただきました。新学期が楽しみです。できることは限られていますが、謙虚に仕事と家庭に向き合って、自分から変化をしていきたいと思います。我々のために時間を作っていただきありがとうございました。

 


< 女性 30代 奈良 中学校 >

ご指導ありがとうございました。

現状維持は退化だというお話を聞き、自分の行動を思い返しました。現状維持にならず、日々勉強した、自信を持って答えられないです。自分の甘さを見透かされたようで、とても情けないという気持ちと同時に、いつもエネルギーをくださる宇城先生に対して、申し訳ないと反省しました。先生に学び、学んだだけで満足していました。実践ありきなのに、頭の中だけで理解していたつもりになっていたのだと思います。まだまだ頭が邪魔をしてしまうことばかりですが、今できることをやりきろうと思います。


また、今回の講演会では、先生の愛情の大きさを教えていただきました。相手のことを思い、常に愛情を向けてくださり、私たちがどんなでも、見離さず守ってくださります。これが、師なのだなと思います。教師という名の職業についているからこそ、自分が関わる子どもたちに責任ある大人として、覚悟を持つことを身に沁みて感じました。

宇城先生を師と仰ぎ、学ばせていただいているからこそ、自分も同じよう、愛情を持ってやり切りたいと思います。

ありがとうございました。

 


< 男性 40代 奈良 高等学校 >

この度は、第3回宇城教師塾ならびに京都実践講演会にてご指導いただき誠にありがとうございました。 感想文を書きながら、本年度を振り返り、2学期から自分がすべきことを考えました。 昨年度は教育委員会にいましたが、本年度は現場に戻ることが出来ました。なぜ現場に戻ることが出来たかと考えると、宇城先生に学んでいるからだと思いました。宇城先生から教師として魅力に気づかせていただいたからこそ、現場に対する思いを忖度することなく上席に伝えることができたと感じています。 新しく赴任した学校では、生徒指導部長という役を担っています。学期当初は「自分が」 という思いが強く、ある生徒から「先生、えらそうやな」と言われました。「肩書き」や「すごさ」で指導しない、と宇城先生から教えていただいたことを生徒から気づかされました。それ以来、「謙虚」な心、「肩書き」、「すごさ」で話をしない、生徒を同じ方向を見るという姿勢を心がけています。


野球部の顧問として部活動にも参加しています。この夏休みに、いろいろな学校と練習試合をしました。各学校の指導の風景は私が受けた30年前の指導と全く変わらない風景 です。日本は、「失われた10年」ではなく、「失われた30年」と言われます。日本の国力衰退の一因がここにもあると思いました。また、全く変わらない風景、大人の価値観が、子どもの潜在能力に蓋をしていると思うと腹立たしくもなり、改めて宇城先生に学ぶ自分から変化、進化していかないといけないと感じました。 この度の教師塾でいろいろな実践、検証を繰り返しながら改めて教育の本質を確認することが出来ました。それは「子どもの潜在力を引き出す」ということです。


午後からの、実践講演会で宇城先生から指導される子どもの姿、自分の可能性に気づく高校3年生の表情を見て、改めて今の教育が犯している罪と宇城先生から学ぶ私たちが日常で実践しなければならない事に気づくことができました。 最後に「前に立つ者は人の10倍、20倍も勉強しなければいけない。その姿勢がエネル ギーになり伝わる。」と言っていただきました。 午前の教師塾、午後の実践講演会とご指導いただきましたが、どの部分がということはなく宇城先生が話されたこと全てが私たち教員の実践すべきことだと感じています。 いつも、ご指導ありがとうございます。振り返り、今の自分、そして先の自分を見た時にブレる自分がニュートラルになれるのは、基準に宇城先生の存在、教えがあるからです。これからも本質を見失うことなく、生徒、同僚と関わっていきます。今後ともご指導のほどよろしくお願い致します。


 

< 男性 30代 三重 高等学校 >

この度は教師塾に参加させていただき学ばせていただき、誠にありがとうございました。私達が生まれながらに持つ力の凄さ、そして数々の実証からたくさんの気づきをいただきました。日本が世界に突出して借金が多い事を例に出し、日本の先を見るビジョンが希薄である事、多くの国民が望んでいない台湾有事やロシア・ウクライナ戦争が国のトップの我や欲で行われていること、それらが、世界の経済にも大きく影響しているという本質を教えてくださいました。このことは、スケールは違いますが私たちの身の周りで起こっている衝突や対立と構造は同じなのではないかと思います。「退化、退歩の方向へ向かっている」「対立・衝突の構図から調和・共生の構図へ」「競争から共創へ」という宇城先生のお言葉がとても胸に響きました。戦争は国のトップの判断で始まり、我や欲がそのような判断をさせています。江戸時代にあった、戦わずして勝つという考え方に、今だからこそ学ぶべきことがつまっていることを教えていただきました。先をとる事が10年先、15年先を見る事につながり、小さな積み重ねは先生が仰る「今の常識を超えたところに未来がある」ことにつながっていくように思います。今の子ども達が「心ある」大人に成長した時、正しく進んでいくための道、希望がここにあります。


先生の気に包まれている状態であれば相手が何十人であっても自分は守られます。しかし、守っていただいても倒れている人、困っている人に「大丈夫ですか?」と寄り添えないこと=無力であることを実証から拝見させていただきました。心ないとは何を指すのか。憤りや怒り、衝突や対立が身近なところで起こります。宇城先生に学んでいるにも関わらず私自身がそのようなレベルです。寄り添う心は日常生活の全てに活かすことができます。自らが変わる実践の積み重ねでいくらでも人生は豊かになります。日常の中で、恐れ、迷い、不安、後悔が生じるとき、余裕がなく切羽詰まっているとき、自分自身の身体のレベルが問われます。知識・頭脳を優先してしまう、自分の横着な身体を認めて受け止めたいと思います。生徒の細胞の活性化を妨げ、生徒の成長を邪魔している自分です。「気」は私には一生かかかっても到底、届くことがないレベルです。だからこそ、心を開いて、心と身体を謙虚に自分自身が変化したいと思います。答えを求めずに精進していきたいと思います。宇城先生、ご指導をいただきありがとうございました。最後になりましたが、関係の先生方、どう出版の皆様、様々なご準備等をいただき誠にありがとうございました。ともに学ばせていただいた先生方、誠にありがとうございました。

 


< 男性 40代 奈良 中学校 >

本日はお忙しい中、教師塾を開催して頂き、またご指導して頂き、誠に有難うございます。前回、教師塾に参加することが出来なかったので、本当に長い時間お話を聞くことが出来ていなかったので、すごく楽しみしていました。今回、先生の愛情あるお言葉やご指導を頂くと、本当にエネルギーを頂いていることが身に沁みて分かります。本当に私にとって、大事な時間だなと再確認しました。


進化と退化のお話を聞かせていただいているときに、先生にお話いただいている時間が本当に大切に感じました。この半年間、お話を聞く時間がなかったとき、情けない話ですが、私は現状維持。退化していたんだなと思いました。日々勉強をしていても、しているつもりでしたし、自分勝手で頭で理解をするクセがどんどんとでてきていることが分かりました。本当に先生に助けていただいている、成長させていただいていることを再確認しました。師を持つことの素晴らしさを痛感しました。先生がおっしゃっていたように、今の教育現場は現状維持で、良くしよう、助けていこうという雰囲気はなくなってきており、それが電波するように私にも伝わってきます。この半年間の会わない時間で、自分が本当にまだまだだということに気づきました。それが子どもに伝わっているんだなと感じます。子どもたちのためにも自分がもっと勉強し、日々精進しないといけないなと思いました。


先生から、信頼、調和、寄り添いこそがエネルギーを出すことができる術として教えていただいているにも関わらず、それを実践できていないことが反省です。今回、午後から私が教えている野球部の生徒を先生に会わせて頂きました。沢山の生徒が先生に触れさせて頂き、終わってからの子どもの感想を聞いていると話している目がイキイキと感じられました。これが本当の指導だな、エネルギーを頂いたんだなと感じました。私自身、少し指導に対して迷う部分がありました。私がエネルギーがなくなっていたのだと思うのですが、現状維持のまま進んでしまっていることが原因なんだろうなと思いました。生かされているのではなく、生きるという考えで過ごしていたんだなと反省しています。姿勢やあいさつ、礼儀は口を酸っぱくするほど伝えていたつもりですが、厳しさを教えていなかったんだなと思いました。「型は美しく、技は心で」と教えて頂いていたのに、反省しています。ヴィクトール・フランクルの『夜と霧』で説明して頂いていたのですが、品性があるかないかで生き残れるか、自殺をしてしまうかの違いがあると教えて頂きました。どんな状況であれ、人間としての振る舞いに品性があるかないかを判断するのは、「生かされている」と理解されている行動ではないかと思いました。生かされていることは、愛することに繋がるのだと思います。


 今回、お話を聞かせて頂いて、本当に世界から見る日本の状況はつくづく悪くなっているんだなと思いました。最近のニュースを見ていても感じていたのですが、自分の実力をつけないと、この社会を生き抜いていけないと感じました。私が変わるという覚悟を持って、対立ではなく調和、日本の文化、平和になるための寄り添い、人としての信頼を忘れずにやっていきたいと思います。先生は私たちの希望であり、光です。生かされていることを忘れず、生ききることができれば、社会に何かを生み出すことが出来るのではないかと思います。本日は、ご指導いただき、誠に有難うございます。今後とも何卒宜しくお願い致します。

 

 

< 男性 50代 兵庫 高等学校 >

宇城先生、教師塾、講演会でのご指導ありがとうございました。 宇城先生には、毎回、エネルギーと希望をいただき、ありがとうございます。

講演会での子どもの調和する力、速さ、素直さに驚きと希望を感じるとともに、その力が腕立てで簡単に破壊されることに恐ろしさを感じました。腕立て、腹筋、ラジオ体操、体育座りなど、学校で行われている多くのことが子どもたちのもっている力を破壊するものです。また、身体を弱くした上に、小・中・高と、記憶中心の、常に頭で考えて行動することを強制しているのが今の日本の教育です。


それでも希望を与えていただけるのが、先生のご指導です。大人でさえ、寄り添うことで調和でき、一人が強くなれば、全体も強くなります。みんなが応援する気持ちで見れば、その人は強くなります。宇城空手を学んでいる子どもたちも大きな希望です。宇城先生のお孫さんだけでなく、他の子どもたちも学校教育に染められることなく、素晴らしい成長をしています。先生のおっしゃるとおり、学校教育を変えるのは無理でも、そういったことを指導できる教師や、学校の空気をつくっていくことは可能であると思います。


講演会では、参加した子どもたちや中学生、高校生、大学生への、宇城先生のご指導を勉強させていただいております。今回の講演会には、たくさんの中学生が参加しており、自分ならどんなことを指導できるだろうと考えながら見ておりました。挨拶や姿勢については、自分も指導するだろうと思いながらも、それすらも宇城先生のご指導、見ていらっしゃることは、自分とは次元が違うように感じました。宇城空手を学ばせている者として、もっと稽古し、勉強しならなければと思います。

今回いただいたご指導・エネルギーを糧に行動していきたいと思います。

今後もご指導のほどよろしくお願いいたします。

 


< 男性  40代 京都 中学校・高等学校 >

昨日は、教師塾でのご指導ありがとうございました。日本という国の価値が、ここまで下がってしまうのか。 日本の大手企業が海外企業からの買収提案を受ける…。今の状況では、益々この流れは加速していき、国力は、どん底に。食料自給率も極めて低く、自立した国の将来の姿は全くといっていいほど想像できるものではありません。国にエネルギーがない今、いつ起こってもおかしくない戦争。宇城先生がおっしゃっている「戦争反対ではなく、戦争を起こさせない」という視点で行動できる人材を輩出していかなくてはもう間に合いません。今の自民党総裁選の動きをみていても「本当に日本のために」と思っている人物はどれほどいるのだろうか。自分のことしか考えていない。映像から伝わってくるエネルギーを一切感じません。もちろん言葉からも。ここを変えることができるのが教育であり、その本質を学ぶ場が宇城塾であると確信しています。 そのようないろいろな想いがある中で昨日を迎えました。


それに加え「信じるというのは、ただ『それが』真実だと信じるということではなく、信じることを、真実のことにする。」ビクトール・フランクルの資料や塾生の皆様の感想をいただいていた中で、京都講演会で宇城先生のお話とご指導いただき、その本質の全てが宇城空手の中にあることがよくわかりました。人間には無限の可能性があり、とんでもない力があるということを『気』 を通して気づかせていただける。その『自分の可能性を信じる。信じきる。』ことこそが『真実』であると。すごく自分の中に腑に落ちている感覚がありました。そして、宇城先生から学ぶことで、自分を信じることができるから『自信』が出てくる。自信を持たせてもらう。の方が正しいかもしれません。そうしてくれるからまた自分自身にスイッチを入れて頑張ることができる。まさに最高の教育システムです。 腕相撲で上から押さえてもらい、それをひっくり返す検証では、どうしても対立してしまう身体と思考の癖が抜けません。先生から「逆に手を完全につけて」とご助言いただくと相手の力がスーッと抜けていく感覚になり、 「ひっくり返すことができる」と前にわかる感覚を体感させていただきました。


「事の起こりをおさえる。だから戦わずして勝つ」どのような場面でも調和できていれば、対立は起きない。戦争も起きない。江戸時代がなぜあれだけ長く続いたのか。過去から学び、今の時代だからこそ引き継いでいかなくてはなりません。 そして今回 1 番感じたことは、私もそうですが、「自分事になっていない」ということです。要するに誰かに甘え、自分以外の誰かがやってくれると心のどこか。身体もそうなっているのだと思いました。日本の政治もそうですし、自分自身の職場でも同様です。自分が学校の最高責任者なら。会社の社長ならという視点が足りていなかったと。最高責任者であれば、全てを受け入れ、学び、行動する。それが本当の「一人革命」であり、それ が本当の実践であると。これまで何度もご指導いただいてきて、頭でも理解していたつもりでしたが、甘かったです。「自分がやる」ここが出来ていなかった。真剣ではなかったと。 それでも宇城先生が何度も塾生や日本のために、進むべき道を示してくださる愛情こそが世界の平和の道です。 「自分を信じる→自信」自分を信じられるように、行動し続けていきます。引き続き、ご指導よろしくお願い致 します。

 


< 男性 20代 奈良 中学校>

今回もお忙しい中教師塾を開催していただきありがとうございました。今回の教師塾でも宇城先生の温かい気を感じさせていただき、私自身心も体もとても元気になりました。また、先生のお話を聞かせていただく中で、もっと自分自身学び続けていかなければならないと強く感じました。

今回の教師塾で特に印象に残っていることは、スポーツの話をされていたことです。スポーツの語源はラテン語の「デポルターレ」意味は遊び・気晴らしからきている。昔の人たち気晴らしで行っていたことが、今はそうでなくなぜ勝利を求めすぎるようになったのか、勝つためにトレーニングを行うのか、準備運動についてなど、体を部分的にとらえる、まさに部分体になることばかりだと改めて感じました。 しかし、私自身が取り組んでいることも、部分体になるようなことをしていたとも感じました。宇城先生がおっしゃっていた「けんかをする前に準備運動をするのか?」という言葉と、「動物は準備運動をしない」まさにその通りだと感じました。自然や相手、状況に調和することで本来持っている潜在能力を発揮できる。言うことは簡単かもしれませんが、その領域に達するために自分自身もっと鍛錬しなければいけないと強く感じました。また、先生のお話を聞き、実践を体験していく中で、お話でGHQのお話がありました。数年前にどう出版主催の前島由美先生の発達障害・職についての講演会に参加したことがきっかけで、食についてとても興味を持ち、自分なりに学んでいる途中ですが、アメリカで使用されない添加物は日本では使われていることや、前島先生のお話にもあった水煮食品のお話など、宇城先生はじめどう出版主催の講演会に参加していなければ気づきもしなかったことにたくさん気づかせていただきました。平和ボケでいるのではなく、このような気づきに出会えることに感謝し、教師がもっと勉強し実践して子どもたちを導くことができるようこれからも取り組んでいきたいと思います。 そして、教師塾に通う中で、宇城先生という素晴らしい師匠に出会え、その出会いのきっかけを作ってくださった諸先生方に感謝しこれからも精進していきたいと強く感じました。

先生の言葉の中でも私がとても支えられえている言葉に「進歩・成長とは変化することである。変化するとは深さを知る事である。深さを知るとは謙虚になる事である。」があります。自分自身今以上に進歩するために大切にしていきたいと思います。

今回も貴重なお時間をいただき本当にありがとございました。また次回も教師塾に参加し、先生の温かい気を与えていただけることを楽しみにしております。今回もご指導本当にありがとうございました。今後ともご指導よろしくお願いいたします。

 

< 男性 30代 奈良 中学校 >

第3回教師塾、第3回教師塾・京都実践講演会に参加させていただきありがとうございました。

宇城先生にお時間をいただき前半は世界時事のお話を聞かせていただきました。私自身、ニュースや報道を通して日本の時事を見ていましたが、宇城先生は、世界基準で物事を考えられていることが調和すること一歩と気づかせていただきました。

また、日本か日本以外と分けるのではなく、「ともに生きる」、「調和」をテーマに講義を聞かせていただきました。「生きる→生かされている」ということに気づかせていただいたと同時に自分自身も生かされてるからこそ精一杯できることをさせてもらいたいと力をもらいました。

実技講習の方では、午後の講演会同様、不思議な出来事ばかりでした。

例えば、腕相撲で宇城先生が1人で相手が5人の状態で宇城先生が5人を圧倒してしまうのです。その後塾生の方がされましたが5人は相手ではうまくいきません。ですが、宇城先生に「気」を通していただいた直後はスルッと5人を倒せていました。そのほかには、大人1人が1列に並んだ大人を押す実践をさせていただきました。私は1列に並んでみんなで肩を支え合って動かないようにしていました。大人の男性が力いっぱい私たちを押してもびくともしません。ですが、7歳の男の子が先頭を押すと波打つかのように後列の私のところまで何かが走り、その途端後ろに動いていたのです。次はお母さんが子どもを抱っこした状態で私たちを押しても最も簡単に後ろに動いていたのです。


子どもにできて大人にできない。今の世の中には子どものように純粋に真っ直ぐい過ごすことが必要であること、また、お母さんのように相手を慮る事の重要性に気づかせていただきました。

宇城先生に触れていただいたら瞬間から力がみなぎるというより、体全体が温かくなり、特に足の裏からじんわりと温かくなる感覚になりました。その状態の中、自分は一緒に体験させていただいていた方の足を持って仰向けの姿勢で次の人を足を動かすだけで大きな大人を倒すことができました。そのまま次の人は、また足を持ったまま、次の人を倒す。ひ一本の長い道のように長くなりますが最前の方からエネルギーをもらってみんなで共有してているからこそどれだけ長くなってもみんなが同じことをできるんだと実感させていただきました。あっという間の1日で講習の後も体のじんわりした温もりは続いていて包まれるやありがたさにも気づかせていただきました。


次回の教師塾にも是非参加させていただき宇城先生のエネルギーをいただき自分が次の人に繋げられるように学ばせていただきたいと思います。

ありがとうございました。

 


< 男性 60代 大阪 中学校 >

宇城先生。先日の8月25日(日)は、午前の宇城教師塾そして、午後からの京都実践講演会と、全日御指導を賜り、誠に有り難うございました。

冒頭、「セブンイレブン」の買収の話をされましたが、そのような事態になっていることを、私は全然知りませんでした。国内では、最大手のコンビニエンスストアである「セブンイレブン」。(なぜだろう?業績が悪化しているのか?)…と思ったのですが、午後からの実践講演会のお話とあわせてみると…。

「日本の国力の低下→円安→株価の低下→外国資本に依る株の買い取り」…という図式になって、そのような事態を招いているのかな…と、自分なりに思いました(全くの的外れかも知れませんが…)。私は株式市場に対して、人々が株価の変動に依って、働きもせずに「儲かった」とか「損をした」などと一喜一憂するマネーゲームのように感じて、“働く”の本質からは離れており、全然関心がないのですが、でも、それでは社会情勢が見えてこないし、自分の“無関心さ”が、今回もあらわになりました。

そして、ご講義の最初の「進化と退化」についてお話しされたときに、“現状維持は退歩である”とのお言葉を頂きました。これは、私にとっては耳の痛い言葉です。


職場の学校では学校行事などを計画していく上で、割りとよく口にしたり、また、聞いたりする言葉に「例年通り」という言葉があります。例年と同じ通りにやっていけば、今年もそつなく進んでいく(現状維持)…ということなのですが、私はついつい昨年のものを、ほぼそのまま会議に提案しています。しかし、それでは「退歩」。そこに何かしらの“進化”するものがないといけないですね。


宇城先生におかれましては、教師塾に参加している我々が「進歩・成長」することを願い、時間を作って、ご指導して頂いているのに、受け手の私がそのような“姿勢”ではいけない…と、感じました。

また、宇城先生は「指導者は、一に“勉強”、二に“勉強”、三に“勉強”、四に“勉強”…」と説かれ、ご自身が身をもって示して下さっています。それに対して、学生時代から“受験勉強”しか、してこなかった私は、机上で紙と筆記用具を使っての勉強しか思いつかず、どのように勉強したらよいのかよく分からない…というのが正直なところです。ネット上では、いろんな情報があふれており、“勉強”する材料に事欠きませんが、その中から“本物”の情報を、自分が選びとれるのか…という不安(自分に対する不信?)もあります。


ただ、例えば今夏、季刊『道』の最新号を読み、三上監督の存在を知りました。丁度、大阪・十三の「シアターセブン」で、今年3月に封切られた映画『戦雲(いくさふむ)』が上映されていたので観に行きました。本当にごく最近の2016年頃より、沖縄本島から南西の島々にも自衛隊の駐屯地が作られ、ミサイルが配備され、射撃訓練場が作られ…と、戦争の準備をしているとしか思えない状況になっています。そして、その事実を私は全く知りませんでした。もう少し詳しく知りたくなり、三上監督の著書『戦雲(いくさふむ)』も読ませて頂きました。これらの行動は、少しは“勉強”になっているのかな…と、思います。


このように、まずは確かな信頼が置ける、宇城先生のご講義や季刊『道』を手掛かりに“勉強”していけたら…と思っています。

さて、午前でも、また、午後からも仰っておられた「(生)→(生かされている)→(生きる)→(生ききる)→(死)」が、印象に残りました。


「生ききった」からこそ、人も植物の種のように、次世代の“芽吹き”となりうるのだと。では、「生ききる」とは何か…それは、「真剣に“今”を生きる」ことだと思います(ただし、こう記しておきながらも、そのように生きているのか…と、問われると、「全く出来ていない」と答えるしかない状態だとは思いますが…)。

様々に繰り広げられる、常識では考えられない宇城先生が示される実証。その“すごさ”だけに目を奪われるのではなく、その“心”を学び、少しでも“変化”していけたら…と、思っています。

これからも、ご指導の程、宜しく御願い申し上げます。有り難うございました。

 


< 男性 20代 奈良 高等学校 >

先日は、教師塾においてご指導いただき、ありがとうございました。

私たちはほんの5%の意識の中で生活をしている。95%の深層意識の力を知らずに生活している。そんなこと、ほとんどの人は知ることすらできません。誰かに教えてもらっても、それを証明できる人はいませんし、とても信じられないことだと思います。しかし、宇城先生はいつでも実証でき、誰かの力を引き出すこともできます。これこそ、「先生」だと思います。


同時に、教育現場の危機も感じます。宇城先生のように人の潜在力を引き出せる人は誰もいません。それどころか、競争を煽って、他人を蹴落としていく教育をしています。それなにの、助け合わないといけないとも言っています。わかりやすく矛盾している世界です。しかし、多くの先生はこのままではいけないことは感じています。でも、どうしたらいいか誰も分かっていません。


その答えを教師塾では教えていただいています。参加した私たちが率先して、進化していかなければなりません。しかし、日々の仕事をこなすことに言い訳をして、勉強を怠る自分がいます。自分が成長できていないから、生徒の前で虚勢を張り、口だけの指導をしてしまいます。教師になってから全く成長できていません。成長するということは、謙虚になるということです。生かされていることに気づくことが、謙虚になるということだと思います。自分一人の力だけではどうにもならない世界を知ることだと思います。生きるのは、自分の力だけではできません。心臓を動かすことも呼吸することも、無意識にできています。深層意識の力で、人間は生かされています。


四つん這いになり、下に誰かが入ると手を上げられるようになる実践では、まさに深層意識の95%の力を引き出せているのだと思います。無意識に下の人を守ろうとして、自分の潜在力が使えるようになっています。つまり助けあいです。この助け合っていく空間を、教室・学校・家で作るのが、教師の役割だと思います。

教師塾に参加させていただいているとき、明日生徒たちに会ったらこうしてみたい、こういう声掛けをしたい、と生徒の顔が頭に浮かびます。どんどん元気が出てきます。その元気を、今度は生徒たちに分けてあげることで、返していきたいと思っています。ありがとうございました。

 


< 男性 30代 奈良 高等学校 >

本会も教師塾および実践講演会でご指導賜りありがとうございました。午前、午後とも身体を通して目に見えない量子力学の世界を体感し、より一層自分は生かされているのだという意識が強くなりました。目に見える世界を見渡せば、外国では依然として戦争、紛争が現在進行形で進行していたり、国内では相変わらず不安定な状態が続いています。そんな中、自分は地に足をつけて目の前にいる生徒に対して何ができるのか模索し続けようと思っています。国民のひとりひとりが本質的な学びを実践して、大局的に物事を見て意思決定しなければなりません。本当にいつ、何が起こるのか分からない世界で口先のではなく、本当に生きる力を備えさせる。そのためには我々教員が絶え間なく研鑽を積み続けなければならないということを肝に銘じたいと思います。現状維持ではなく、常により良い指導、より良い立ち振る舞い、より良い声かけ、より良い見本となるよう心がけようと思います。そんな中で、今回はたまたま遭遇したインタビューで語られていたことに、先生の教えとの共通点を発見したので、以下の通り感想を述べたいと思います。


アメリカ、スタンフォード大学女子バスケットボール部で長年コーチを務め、全米大学バスケットボールの歴史上最多勝利を収めたタラ・ヴァンダービアー氏のインタビュー内で、彼女も指導方針として調和を大切にしているということが聞かれました。そのインタビューの中で、審判、相手チームは敵ではない、と表現していました。曰く、審判は、バスケットボールの試合が円滑に進むための運営を担い、かつ選手が安全にプレーできるようにサポートしてくれている。このような認識のため、審判がコーチに対して罰則を与えるテクニカルファウルをコーチ人生の中でほとんど与えられなかったと語りました。そして、相手チームは、自分たちをより良いチームにしてくれるパートナーであるということでした。対戦相手がいるからこそ成り立つスポーツにおいて、このような認識で試合に臨むことで、自チームの雰囲気、相手チームや審判との関係がよくなり、観客も両チームをサポートするような声かけをして、その会場全体の雰囲気も良くなるのだろうと思いました。このような人間同士の気持ちや雰囲気は他者へと伝播し、正のエネルギーが生み出されるのだと思います。こと、スポーツに関しては試合というものは、当事者である両チームだけではなく、全体で作り上げていくものだと理解しました。これは学校に置き換えると授業に当たるのではないかと考えます。教師から一方方向で行うばかりでなく、生徒の主体的な参加を促すような指導が求められます。その為にはやはり生徒の興味関心を引くような指導が欠かせないと考えます。そのような取り組みによって教師、生徒で一体感のある授業実践を行うことができるのだと思います。


また、同氏は自チームの雰囲気作りに関して大切にしていることとして、練習開始時に選手ひとりひとりとの対話を欠かさないようにしているというと語りました。その日の授業について聞いたりするような何気ない会話や、その日の練習で実践する内容、練習における達成目標を確認して、共通認識を持って練習に臨みます。このような声かけがチームの結束を高め、信頼関係の構築に寄与すると考えました。また、競技だけに留まらず、人としてのあり方についても指導するということでした。スポーツの成績が良ければ良いのではなく、人としての成長に焦点を当てている部分に感銘を受けました。具体的には、チームメイトの成功を祝福することができたり、失敗したとしても励まし合いの声かけができるチームというのが、良いチームで、結果として勝利できるチームにつながります。選手がこのようなことが実践できるのは、まさに他尊自信の精神があってこそだと思います。そしてこの他者に寄り添うという実践を意識下で繰り返し、体に染み込ませる。そしてそれを継続し、当たり前のこととして無意識で実践できるようになることでエネルギーが生まれ、他者に伝播して、それが全体へ伝わるという良い循環が生まれます。部活動に入る生徒は減少している一方で顧問として何ができるのか、せっかく入っているのだから成長してもらわないといけない、そうでなくてはもったいないと思います。技術も内面も身体での実践を通して磨くことのできる指導を心がけたいと思います。本会もご指導ありがとうございました。

 


< 男性 60代 大阪 大学 >

人間は、生の中で生きています(人生)。また意識せずとも、どうしても捉われの中で生きているところがある。しかし「生かされている」という捉え方をするとどこか身体に入り込んでくるように感じます。

知識(頭)で考え、感じるのか、身体を通して感じるのかではスピード、次元がまったく違います。要するに身体はごまかしがきかないということを今回も改めて気づかせていただきました。

『教師が変われば、生徒が変わる』。それは即ち、生徒が変われば、更に教師は変わる。これは理屈ではなく、まさにエネルギーの交流であると感じます。

教師塾は、まさに終わりはない、止まっている時間もない、まさに教育現場に立つ我々が前に進み続ける必要がある。「過去→今→未来」の中の「今」をいかに生きるか、真の教育とは何になのか。それは宇城先生が常々仰っておられるエネルギーにあると改めて感じます。


今回も本を使った検証がありました。ベストセラーと宇城先生の著書、まさにエネルギーとは?を感じましたが、こういった実証がないとベストセラーはすごい、エネルギーが高いと勘違いします。それが今の世の中の流れになっており、どんどんエネルギーの低い方に流されている。そういったことが病気、事故、災害、戦争など世の中をまさに混乱させている。それはすべて人間によるものである。また災害の多さにも世の中の変動を感じずにはいられません。


しかも今の教育現場にはそういったところに気づける場がない。また自分の中ではエネルギーが下がっていると何となく思うことはあるが、実際に実証では、目の前で、誰が行っても明確に分かる。宇城先生のご指導、実証は、「人によって」ではなく「すべての人が・・・」にあります。それが本来一人ひとりが持っている潜在能力の中にあるエネルギーにあると感じますし、自分の今をはっきりと気づける時間でもあります。ただ「すごい」ではなく、自身と向き合う中での気づきが生まれます。まさに教育現場はそういった場である必要があります。ところが「自分は」「自分さえ」という周りを生かす、生かし合うという調和融合が希薄になっていることが、不登校やいじめなどのも表れている。まさに目先、小手先ではなく、大人の姿勢、教師のあり方が重要になっている。


ただこういった実証も、それも何度かやると消えるという現実も見せていただきました。要するに手品のようにその時だけでは教育にはならない、真の教育ではないということです。最近の教育は、その気にさせて終わることがすごく多いと感じます。それはまさに大人の姿勢、家庭教育(親)、「日常」にも表れているように感じます。

スポーツの世界での勝ち負け、学校現場での偏差値教育、人との比較、そういったところが邪魔をしています。結果や点数で評価されるよりも、その子どものあり方を認めてあげる。まさに寄り添うとは心と心にあると感じます。やる気はその場だけですが、エネルギーは途切れることはありませんし、それをどこに向けるか、何に注ぐか、どのように生かし、伝えていくのかが教育であると感じます。それには理屈ではない「事実」だけがあります。理屈もない、理由もない、すべては身体に表れる。それは自身の「心」の表れでもあります。


宇城先生は「目的は教育を変えることではなく、人間の潜在能力の発掘にある。まさに気づく、気づかせるにあります。そして「自分が変われば、周りも変わる」という一人革命の実践が必要であり、先生も生徒も希望ある未来に突き進むエネルギーを得る」と書かれております。改めて「教師が変われば子どもも変わる」を読み返し、教師塾とは何かを考えたときに、宇城教師塾の本質を改めて見つめ直す機会になりました。宇宙はすべての創造主であり、宇宙に存在しているという事実が、私たち人間が「生かされている」ということであり、畏敬の念を持ってこそ私たち人間の「あり方」も見えてくる。まさに部分体ではなく、「全体」を通して、対立ではなく、調和融合にあるといえます。


今回、「進化」と「退化」のお話がありました。『進化成長とは変化すること 変化するとは深さを知ること 深さを知るとは謙虚になること』、自身が変化し、深さを知り、謙虚になる。今の教育の中で非常に大事なことだと感じます。また教師がそういった生き方を示す必要があります。しかしそこを教育現場でなかなか教えることができていない、気づかせ、教える教師がいない。まさに教師が勉強し、自身が実践し、子どもたちに希望の光を当てることができる力を身につける。まさに「教育とは、岸壁に文字を書くような果てない業である」とあるように、力づく、その時だけ、周りの評価ではなく、「心あり」の実践こそが、子どもたちの未来に光を当てることへと繋がる。

そのためには、一人革命を実践し、自身が日々エネルギーを絶やすことなく勉強を重ね、同志が切磋琢磨し、宇城先生の教育への思い、エネルギーを世に広めていく。それが宇城教師塾にある。


 

< 男性 30代 奈良 県教育委員会教育研究所 >

先日は教師塾、実践講演会においてご指導いただき、誠にありがとうございました。今回は1日を通して、バラバラになっていた自分の心身を一つに整えていただいたという感覚がありました。

最近の自分は、将来どうなるのか不安に思い、過去に思いを巡らせることが多くありました。それは現在抱いている不安や怯えからくるものであり、今を生きていないということに気付かされました。頭と身体が完全に離れていました。けがでも病気でも今がベスト。今の環境、状態で今を生きる。身体に素直に。そして生ききる。それが生かされている自分にとって大切であり、まさに宿命であると感じました。


進化するか退化するか。現状維持は退化。進化するために今を深化させる。そのために、短期、中期、長期的な視点をもって、先をとる。私にとって今必要なことを、身をもって気付かせていただきました。

今の職場に来て5か月が経ちましたが、まだ何をするにも後手に回っているのが現状です。ところが、宇城先生にご指導いただいた後のここ数日間は、少し先を見て動けているような感覚があります。周囲の人にも、「もうこれできたのですか」と指摘されることが何度かありました。当日の中学生の変わりようにも驚かされましたが、私自身も変われていることに喜びを感じています。変えていただいた深層意識と身体を、これからも維持するのではなく、進化、深化させていきたいと思います。

今後ともご指導のほどよろしくお願いいたします。ありがとうございました。

 


< 女性 30代 奈良 高等学校 >

頭で理解できることはたったの5%であることが、宇城先生の実践で証明されます。科学や知識で説明できないことを見たり感じたりしたとき、細胞が元気になる感覚は宇城先生のご指導の他にありません。人も物質もエネルギーの有無に左右される。エネルギーは波動で伝わるので、後ろから見ていると机をもつ塾生の方々の身体が揺れ始めます。宇城先生の「気」を目で見えるのです。自分にエネルギーがなくても、師を信じる心で物も人も動かせる。紙の切れ端だけでも信頼する心で机も人も動きます。その事実だけで、救われます。今の教育現場でその関係を築くことはできません。


指導者による体罰や暴言、セクハラは全国各地で表面化しています。私の中高生時代のソフトボール界もそうでした。今、ソフトボール部の指導者となり、専門部という組織に身をおきますが、トップダウンで不透明で閉ざされています。調和やオープンな精神は残念ながらありません。しかし、それ以上にその現状を変える力がないのが自分です。「戦わずして勝つ」「先をとる」「事の起こりをおさえる」宇城先生が常々話されます。これらを実践する他にありません。潜在する力は調和・寄り添う愛で発揮されます。現代では、すぐにその調和が乱されてしまいます。スポーツと受験勉強がその最たる原因で、その両方を狭い世界の中でぐるぐる回すだけしかできないのが学校教育です。日本は偏差値で世界の大学に敵いません。食物自給力も低いです。企業の経済力はありません。日本は世界から無視される国になるでしょう。では、どの力で世界に立っていけば良いのでしょうか。そのことに気づかれて実践を重ねられている方々が季刊「道」に出られています。必死で支えられていることを、私の立場で繋げ、伝えるしかありません。調和と寄り添う愛情をどのようにして伝え広められるのか。真逆の衝突と孤立・分断の仕組みから知る必要があります。世の中に溢れているので、身近な事柄から子どもたちに伝えます。「興味・関心が湧くように」と宇城先生は私たちに様々な事柄を投げかけてくださいます。そこから何を感じ、どう読み取るか。「生きる」から「生かされている」の段階に進むには、謙虚さと気づきの機会が必要です。「生ききる」ために学ばなければなりません。


毎回のことですが、宇城先生に学ばせていただく時間には、合間に生徒の顔が浮かびます。明日、こうしよう。家族にこれを言おう。気持ちの変化の「最初」をいただきます。私自身の学びはまったく足りていないですが、原動力となる師と出会わせていただきましたこと、幸せに感じております。

今回もご指導いただきありがとうございました。引き続き、よろしくお願い申し上げます。


 

< 男性 40代 京都 中学校 >

宇城先生の講習のテーマ『人の潜在能力を引き出す』先生がおっしゃるように我々は生きていると勘違いしている。だから本来の人間としての力が出せない。先生からしたら当たり前のことが自分たちは分かっていない。5%の世界で生きている。普通は残り95%の世界を知らないままに一生を終える。宇城先生は本来の人間の力はどのように復活できるのか礼、感謝、1ミリ(丁寧)、寄り添う、妊婦の強さ。様々な実証で、本来の非常識の殻を破って下さいました。そして常識では考えられない『気』の力という究極の世界を余すことなく魅せて下さいました。


初めて参加した中学生の変化、大人の変化。姿勢、目つきが変わっていき、自分の潜在能力に気付いて行く。バスタブ曲線の説明にあったようにその中でいかにリスクが低いフラットな時期に起こりうる病気、事故、災害そして戦争。これを回避するためには、先生が何度もおっしゃる戦わずして勝つ次元、先をとる。そのためには人間としてのエネルギーが必要不可欠です。それは人に寄り添うこと。手を差し伸べること。その上で全体が見える視野の広さが必要不可欠です。物事を深く考えるためには、勉強が必要不可欠です。勉強もただ単に机に向かい本を読み漁るだけでは、自分の考え、中心、自分を構築することはできません。その中で宇城先生のような師、太陽がいてくれること。そしてその師は止まることなく、進化を続けているという事実が、我々が学ぶ本当の意味だと思います。


今回の講習を受講し改めて、指導者という人は数多いますが、宇城先生は師と呼べる唯一無二の存在だということに気付かせていただきました。だからこそ教師は師を持たねばならない。教師という立場は伝えることができ、広めることができる存在です。そのことを肝に銘じて今後とも学びを、行動を、実践を積み重ねていきます。

今後ともご指導よろしくお願いいたします。


 

< 男性 50代 奈良 高等学校 >

売らずに売る。しようとしない。意識、事の起こりを消す。ものすごく難しいことだと思っていました。そして今、ものすごく簡単ではないなと認識しています。

「進歩・成長とは変化することなり。変化するとは深さを知ることなり。深さを知るとは謙虚になることなり。」「一人革命」「稽古照今」「他尊自信」「何もしなくても死んでいく。何かをやっても死んでいく。」他にも先生にご教授いただいたことは数えきれません。今、自分のものになったもの、少しでも近づいたものは一つもありません。それでも、今、自分がこうして生活できているのは先生をはじめ先生に繋いでいただいた皆さんのおかげです。感謝の念しかございません。

心身に火をつける。やる気、そして結果をもたらすのは全て怒り、怒りからです。それ以外はない。その怒りの根源は何なのか。どこから来ているのか。

ご指導、誠にありがとうございました。

 



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