――人間に秘められた人間力――


 土に花の種を植えると、いずれ芽が出て成長し花が咲きます。私たち人間は母胎で一個の受精卵から細胞分裂を繰り返しながら、10ヵ月後、人としての個を成した赤ちゃんとして誕生します。

 すでにこの時点から人間力はスタートしていることになります。物にはそれがありません。まさしく宇宙の神秘です。そう捉えると、私たち人間は地球に生かされていて、地球を大事にする役目があるということ、そこに気づき、いかなる環境下、状況下においてもそれを実践していくことが、地球と共に生きることに繋がり、そうでなければならないという教えとそれを可能にする答えが人間に秘められた力として内在しています。すなわち「人間力」です。


 人間力の凄さ、それは現在の常識ではあり得ないような、しかも今の科学をもってしても解明できないような驚くべき能力であります。宇城道塾や空手実践塾、体験セミナーなどで展開してきている数々の気による実証事例は、まさにその能力がすでに潜在力として誰にも備わっているということを証明しています。


 その根源にあるものとは、全てと調和する力であります。調和は融合を生み出します。すなわち境界がなくなり溶け込むということです。鳥が空を自由に飛ぶように魚が海を自由に泳ぎ回るように。


 身近な例で空手などの組手や投げにおいて、現在におけるそれは対立構図をとっていますが、そこから調和構図にすることによって、打ち合わずに勝ちを得ることができるようになります。すなわち対立から調和への転換です。


 それを可能にする具体的なあり方が「事理一致」の稽古です。事は技であり、理は心の働きですが、そのプロセスを通して「先(せん)をとる」ことが芽生えてきます。すなわち相手より常に先にあることで、相手の動きはもちろん、心も捉えることができるようになります。すなわち「先をとる」ということは時空に溶け込んでいるということでもあります。


 このことは日常においては「寄り添う」に繋がっていきます。ここに最大の価値があります。すなわち人と人、人と地球の調和融合です。調和融合とは境界がなく溶け合うということです。まさにこれが人間力です。


 人間にはもともと調和・融合すべき能力、すなわち人間力が備わっているのです。それは、前述の空手における組手や投げにおいて、初心の白帯であってもベテランの黒帯であっても、私が展開している気による5次元時空に身を置けば、相手のレベルに関係なく、白帯が黒帯を投げることができます。それはもともと人間に存在している調和力によって自由自在に勝ちを得ることができるからです。その実証事実は、人間力というスケールからすると白帯と黒帯の差はないに等しいということ示しています。まさにそのことは同時に現在のあり方が後天的につくられ対立構図のあり方になっていることを示しています。従って稽古は調和力を生み出す人間力に向かわなければなりません。

 競争を否定しているのではなく、競争原理を乗り越えた所に本来の人間力があるということです。今のスポーツに見られる筋肉的な強みを主体とするあり方は、逆に本来ある人間力に蓋をしているとも言えます。従って対立から調和に向かう仕組みが、知識優先主義の教育において、また勝つことを第一義とするスポーツなどにおいて、必要とされる時がきていると思います。

 

 今変わるべきは、教育は、教え込むティーチングから潜在力を引き出す「教育道」に、スポーツは、勝者優先主義から人間力を引き出す「スポーツ道」に、そして武道は戦わずして勝つという境地に至る気品、気位を培う「武術武道」に向かう事ではないかと思います。