幸せに向かう一歩が成長となる


〈以下は、宇城憲治塾長の著書『気でよみがえる人間力』(2012年刊)からの言葉です。

 コロナ禍で多くの人が不安をかかえる今、大切なメッセージとしてコラムにしてお伝えします〉




武道にある成長へのゆるぎないプロセス  武道というのは本来無宗教の宗教として存在すべきものと思っています。それは、生と死のなかから生み出されたものであるからです。どの宗教も、人間として生まれた以上おのおのの天命に気づいていくことを説きますが、宗教の場合、その気づかせるプロセスは「説教」ですが、武道の場合は、「やってみせる」という、理屈ではない筋の通ったプロセスです。

 居合道においては実際真剣を使って600年前より継承された型を学びますが、その真剣の〝重さ〟があって初めて型に内在する真の意味も理解できると思っています。また身体と心を通す学びだからこそ、生と死の意味も理解でき、逆にそこに湧く「生へのエネルギー」に人が集まってくるのだと思います。

 人が集まる、魅力があるというのは、ただ単に組織のなかでの試合や昇段という意味での魅力ではありません。本来武術には不易流行として、いかなる時代にも調和し、しかもリードしていく不変の本質と普遍の時代性があり、そこに価値があると言えます。したがって、本来の武術は今の自分の日常の生活にプラスになるのみでなく、戦争や争い、差別といった世界のあり方を平和に導くものであるということです。  一方、宗教は、歴史から見ても宗教戦争があり、統一されていません。統一されていないから宗教戦争にもつながっていくのだと思います。

 宇城塾での実践は本書で紹介したように、一つひとつ「やってみせる」という、否定できない事実が土台にあります。投げた人がまたその相手を投げることができたり、鍛えていないのに強くなる、男性はできなくても子どもや女性ができるという強さ、それらはある面、「力の概念」というものを根底から覆すものであると思っています。それは世の中の常識を通り越したところにあるものですが、一方で、そこに「気」を通す統一体というあり方、そこからくるぶれないものの見方、考え方というように統一されており、それは、次章に紹介する塾生の感想文からもわかるように確実に人を変化、成長に、ひいては幸せに導くものであると思っています。  現在の空手や剣道や合気道や柔道といった近代武道のみでなく、野球や水泳、ゴルフ、ラグビー、陸上、アメフトといったあらゆるスポーツには共通した課題があります。それは一つには加齢に対する答えをもたないという点、もう一つは非日常的であるという点です。スポーツにピークがあるのはその土台に筋トレという力の概念があるからですが、人間の一生を見てもわかるように、筋肉は20~30歳をピークに確実に衰えていきます。それに打ち勝つ力が「調和の力」です。「調和の力」というのは、「筋トレによる衝突の力」とは正反対のところにあるもので、スポーツなどの外面や意識による力とは真逆の「内面の力」のことです。内面の力の起動力は心のあり方にあります。古来の鍛錬法の「事理一致」がまさにその方法を教えています。しかもそれはすべて実践、検証されているもので、イデオロギーの世界ではありません。そしてその調和の力の根底には、常に自ら可能性を求める人の幸せがあります。それが生きることへのさらなるエネルギーになります。

幸せに向かう一歩が成長となる  本質にあるものはすべて心なのです。「気」の根源も心です。稽古で「気」ができるようになるわけではありません。日常の生活、すなわちその人の生き様のなかに「気」の根源は見つかるのです。ですから、仕事で抱える現実的な問題と切り離して道場に通うと、道場の稽古が稽古のための稽古になってしまいます。日常で抱える問題がたとえ苦しい思いをするようなものでも、そこに対する答えを武術に見い出すこともあれば、逆に仕事で成功したことが今度は自分の武術に生きてくることもある。そのように日常と修行があざなえる縄のごとく相乗してこそ、「気」という概念も出てくるのです。そこで初めて「気」は生かされてくるのです。

 ですから日常こそが、自分の修行の場だと思えば腹が立つことでも耐えられる。逆に感謝も出てくる。そういうものの見方、考え方になるだけでも、ものすごく心が楽になり、明日からの具体的なエネルギーにつながるのです。

 今、多くの人がエネルギーを失っているように思います。人間は黙っていてもいずれ必ず死ぬ運命にあるのですから、大事なことは「生かされていること」を悟り「二度とない人生を精一杯生きる」ことだと思います。裏切りや嘘でエネルギーを奪われても、そこに逆にエネルギーを与えてくれるのが「気」のエネルギーなのです。

 世の中には人を幸せにするものと、人を不幸にするものと二つしかないような気がします。私は、すべて幸せに向かうことが進歩であり、成長であると捉えています。なぜならそれはエネルギーがあるということだからです。そのエネルギーをつくる元となるもの、それが「気」であり人間力です。人生は幸せの方向に向かっているからこそ成長をするのです。エネルギーが出るのです。そのような捉え方、考え方に基づいて実践行動していくことが大切であると考えています。 



(『気でよみがえる人間力』第五章 「日常こそが修行の場」より)


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