東京特別教師塾が開催されました


去る2022年10月10日(月祝)、町田市文化交流センターにて東京特別教師塾が開催されました。


教師塾は、関西では4年目を迎えており、教員である塾生が定期的に宇城塾長に学び、教育現場での課題と向き合い、乗り越えるエネルギーを得ています。

子どもたちを取り巻く環境が日々厳しくなっている今、東京でも教師塾をという声が上がり、今回の開催となりました。

当日は教員を始め、保育士、栄養士、助産師など、子どもの成長に関わる人たち46人が集いました。関西の教師塾の塾生3人も駆けつけ、ともに学びました。




冒頭、宇城塾長はホワイトボードに「教育の未来と現状」と大書し、今の学校教育は「教え育てる」「教える⇒学ぶ」というあり方になっており、それは教育の本質「教え育む(はぐくむ=羽包む)」「気づかせる⇒気づく」になっていないと指摘されました。


子どもがもともと持ち発揮する力を潰さずに伸ばすために、大人ができることは何か――


実践講義は、まずは子どもの潜在力を知るところから始まりました。

8人が向かい合わせに組んだスクラムを、横から押す検証です。

●子どもの潜在力(1)―― 子どもにできて、大人にできない



8人が組んだスクラムを押します。大人が押しても、びくともしないが・・・・

子どもが押すと・・・・

スクラムは簡単に倒れる

子どもにできて、大人にできない――

なぜなのでしょうか?

それは、このような力を失わせる要因が大人になる過程にある、ということです。



●子どもの潜在力(2)



子どもに触れてもらい、スクラムを押すと・・・・

簡単に崩すことができた



大人が触れても、スクラムを押すことはできませんでした。

子どもには、このような潜在力があるのです。




●寄り添うことで発揮される潜在力


しかし大人も、潜在力を発揮する方法があります。

「寄り添う」という心のエネルギーです。


具合の悪い人に「大丈夫ですか?」と声をかけ寄り添う

そのままのスクラムを押すと・・・・ ▼

スクラムは簡単に崩れた

さらには、寄り添われた人が押しても・・・・

スクラムは簡単に崩れた



人を思いやり寄り添う心が、閉じ込められてしまった潜在力を発揮させる。 人と人のあいだの「間(ま)」が生き調和してこそ「人間」となることを、塾長は実践で示していきました。




●教育現場での実践例 ―― 教室に入る


教育現場で、たとえば生徒たちとの調和を図るためにどうするか――

実践検証を行ないました。


小学校教員が1列を引くが、動かない ▼

教室に入ることを想定し、会場外から「礼」をして入ってくると・・・・

今度は列を簡単に動かすことができた



日常の中で、礼をする、挨拶をする、感謝を伝えることで周りと調和できることを実践から学びました。




●守る力


私たちに備わっている「守る」という力を体験しました。


四つ這いの背中に乗ってもらい、手が上がらない状況をつくる

四つ這いの下に子ども(大人)がもぐると、簡単に手が上がる



全員がグループに分かれて、体験していきました



この守る力も、「守ろう」と頭で考えたとたんに消えて、手を上げられなくなります。

頭脳ではなく身体から発揮される力があることを学んでいきました。



●人間のエネルギー


「人間はこんなにすごい力を秘めている」――

筋力では絶対不可能な1対多数の腕相撲、数メートル離れての「気」による遠隔腕相撲をやって見せることで、塾長は人間の可能性を示しました。


3人が思い切り塾長の手を押さえつけるが・・・・

一瞬にして返されてしまった



さらに、指先だけでの腕相撲を塾長がやってみせると、子どもたちは「やりたい!」と自ら前に出てきました。 子どもたちは塾長と同じように構えました。


大人の手に指先を合わせ・・・・

3人を倒す



女の子も挑戦。指先を合わせ・・・・

3人をひっくり返す



大人は自分だけではできないが、塾長が「気」を通すと・・・・

3人をひっくり返すことができた




子どもたちが示してくれた人間の潜在力。

大人が発揮する寄り添う力。


競争や教え込むことで子どもを教育していいのだろうか?


現在当たり前に行なわれている教育の課題・問題を身体で感じる実践講義となりました。


以下に、受講感想を紹介いたします。



<受講感想文>


●秋田 教員 53歳 男性

子供に真実(真理)がある。それを目撃すると大人が真実(真理)と出合う。それを全国の大人・教員が体感することが、教育を変える力になると思いました。ありがとうございます。


●千葉 保育士 35歳 男性

学ぶことの根底にある「気力」についてを実践を通して教えてくださり、ありがとうございました。また、愛情も気力につながるということも感じました。勉強になります。


●東京 高校教員 61歳 女性

この度は貴重な体験、ご講話の数々に感謝の気持ちでいっぱいです。「自分が自分が……」という我を捨てないと、何事もうまくいかないのだと思いました。自分でも気づかない気の力に目を向けて、今後も成長していかれたらと思います。


●神奈川 保育士 39歳 男性

はじめの、教育とは「教え育む」という言葉がとても響き、心に落ちました。こうした考えは子どもたちだけでなく、同じ職場の人たちとも共感、思いを同じに現場に臨みたいと思います。ありがとうございました。


●茨城 保育園園長 66歳 女性

貴重な体験をありがとうございました。

スクラムを組んでいる人たちに大人が押しても動かないのに、子どもが押したら倒れてしまう……。

具合の悪い人にやさしい声かけしたら見事に倒してしまい、素通りしたら崩すことはできませんでした。その見本を重ねていく度に、理屈ではない見えない「気」が働くのか…。と思えるようになりました。

2人で肩を組んでいがみ合うと崩され、仲良くすると崩れない。これには驚きました。これは、職場の人間関係や意識の持ち方でエネルギーが違ってくるのか…。と。このことは、職員間に落としこんでいき、子どもたちによい手本となるよう、私たちがもっとしっかりした「気」が備わるように意識したいとおもいました。気づきをありがとうございました。場の空気の違いを感じてきました。



●岩手 高校教員 52歳 男性

多忙化が進み、学校全体が疲弊している状態で、何かしらのものを頂ければと思い参加させて頂きました。

特にハッとしたのは、宇城先生が「クラスを変えればいい」とおっしゃった時でした。私は今まで上部組織が現場をかき回している点にだけに意識が行っていましたが、一番大切なのは目の前にいる子供たちであるという行動をしていませんでした。


道塾を通して宇城先生から希望を示して頂き、それに向かって少しずつですが進んでいくことができています。ですが、飽くまでも自分の中だけで終わっていて、先生のおっしゃる「枯れた豆のような生き方」をしていませんでした。特に森島先生はじめ多くの方々がより多くの人を宇城先生に繋げようとする行動を拝見し、いかに私の心が閉じているのか実感いたしました。


子供たちへの接し方についても教えて頂きました。「守る」の実践の中で「守ってやる」と思うと途端に手が挙げられなくなることは、私の中に驕りがあるということに気付かせて頂きました。また、寄り添う行動をとれば、自分も相手も複数相手の腕相撲にも勝つことができました。今の私がすべきことは寄り添うということ、教室に入るときに礼をしてはいることなど、驕りや自己顕示欲を取り、謙虚に生きることであると痛感いたしました。


今までは一個人としてでしたが、今後は教師としての自覚をもちながら、今後とも宇城先生から学ばせて頂ければと思いました。特にも、参加してくださったお子さんたちのあのエネルギーに満ちた、元気な姿がそのまま成長する姿を見てみたいと強く思います。

今回も貴重な経験をさせて下さいました宇城先生はじめ、東京教師塾を運営して下さいましたスタッフの皆様に心より感謝いたします。本当にありがとうございました。



●神奈川 52歳 男性

昨日は教師塾への小学二年生の子供を伴っての参加をさせて頂きありがとうございました。

あらためて宇城先生は生命の本質、人間の本来のあるべき姿を絶対なる基盤をもとに私達へ伝え、気付かせる指導をされていることをひしひしと感じました。

同伴させていただいた息子はつまらないことに対しては周囲に気が行ってしまうことが多いようで今時廊下に立たされるような子ですし、学校の先生には自分のことは解ってもらえていないという思いも最近はあるように思っておりましたが、教師塾の始めに宇城先生がボードへの板書をされた際は見えにくい所に座っていたため、ぐいぐいと自ら前へ前へと行く姿を見た際は、教育の本質を観たような思いになり、しばらくはあえて静止せず、見守らせていただきました。

理解の出来ない話になると落ち着きがなくなり周囲の皆様にご迷惑になることも多々あったかと思います。

しかし、宇城先生の気遣いや皆様に温かい目で見て頂いたことは感じたようで、帰路には「懇親会に行きたい!」と言うありさまで、町田の駅方面まで道路を挟んで懇親会に行かれる皆さまを見ながら時に手を振りながら歩いていました。家庭での躾が先にありきなのは言うまでもありませんが、息子のその姿を見た際は「教師塾は保護者の希望でもある」という強い思いを抱きました。また、塾の教えは保護者にも強く強く響くものでした。そのような場に教師の皆様と居れたこと、そして人としての根幹を成す「教育」という現場にも実践、身体を通じて伝えて頂いている宇城先生、その教えを広めようとされている森島先生はじめ関西の有志の先生に感謝を申し上げます。ありがとうございました。



●東京 中学特別支援学級担任 26歳 男性

東京で初めての教師塾という特別な機会にご指導いただきありがとうございました。

今回の教師塾では、以前参加させていただいた9月の体験会とはまた違う雰囲気の中で、様々なことに気づかせていただきました。

宇城先生が繰り返し言われていた「仕組みを変えることは難しいが、一人ひとりが変わることはできる」「変えるだけではなく、実績がなければならない」というお言葉がとても印象に残っています。

これまでは、多数派の意見に流されることが多かったですが、先生のお言葉を聞き、自分の覚悟が足りなかったことを痛感しました。

自分の関わることができる子どもの命や将来を預かっているという責任を改めて自覚し、子どもを本当の意味で守り大切にする覚悟を持たなければならないと感じました。

そのためには、学校の方針と異なる意見しなければならないこともありますが、「子どものための学校である」という軸を崩さず仕事に取り組んでいきたいと思います。


また、懇親会では、宇城先生から「間が抜けている」というお言葉をいただきました。

これまで自分が傷つきたくないがために、他者と距離をとってしまうことが多かったことを反省し、今後は失敗を恐れることをやめ、他者との関わりから他者を思いやることや己の心を知ることを大切さを学びたいと感じました。

そのために、普段関わりのある人との間だけでなく、道ですれ違う人や同じ電車に乗る人などあらゆる人との間を大切にし、自分から積極的に関わっていくことを実践していきたいと思います。


宇城先生とお会いし、深い愛情で包み込まれるたびに、自分が指導者として子どもたちに何もできていないことを知ると共に、これからの希望を示していただき、とても感謝しています。

宇城先生から教えていただいたことを少しでも次の世代の子どもたちに伝えられるよう、今後は自分が行動、変化していかねばならないということを心に刻み、今を大切に過ごしていきたいと思います。



●東京 大学非常勤講師 55歳 女性

宇城先生、このたびも教師塾でのご指導をありがとうございます。まず最初に先生にお礼を申し上げなくてはならないのは、先生のご指導のおかげで、小さい人のエネルギーの高さや潜在力を、他ではできないと思われるレベルで理解することができたことです。

先日の教師塾では、塾生のお子さんののびのびとした、ものおじしない行動力、そこから発せられる調和のエネルギー通して人間の潜在力を思い出させてもらえました。子どもたちのあの姿と笑顔に大きな希望を感じるとともに、同時に重い責任も感じることができました。このような貴重な機会を作って頂き、誠にありがとうございます。


以前から、『子どもにできて大人にできないこと』がとても好きで、時々DVDを見ておりました。女の子のやわらかくも勢いのある姿を見て、人間のもつ潜在力を思い出させてもらうことが多くなっております。

普段は大学生や高校生を対象に伝える仕事が多いのですが、最近では、もっと小さい頃から、自然の中に身を置き、理屈ではなく、自然、生命の豊かさ、かけがえのなさを肌で感じて身にしみる機会を作りたい、増やしたいと思うようになっております。


子どもや学生時代の体験や環境がとても重要であることは、先日の先生の宮崎の山の中で育たれた、というお話や、今一緒に仕事をしている若い人や大学生を見ても、痛感するところです。その経験が不足していると、自然を、生命を大切にしよう、と言っても、それが頭の理解でとどまり、行動につながりにくいのを思い知らされてきたからです。


これまでは、「森のようちえん」にかかわる大人を対象として、樹木のことを伝えてきましたが、これからは、体験してもらう、伝える対象をもっと広げていきたいと思っております。

その際に、先生から教えて頂いた、子どもたちがもっている潜在力をいかに邪魔しないようにするか、ということがとても重要であることが身にしみております。あのやわらかくもパワフルな力、輝く笑顔を損なうことのないやり方を考えよう、と思っております。


今回教師塾に参加させて頂いてありがたかったのは、小さい人のために仕事をされている方が多数参加されていたので、その方たちとも何かご一緒させて頂く機会が作れたら、と希望を感じました。

これまでは、求められた仕事をすることで手一杯でしたが、これからは、自然を体験することで、そのありがたさを知る小さい人、若い人を増やしていく仕事もしていきたいと思っていたところでしたので、今回の参加を機に、具体的な案を考えていきます。



●埼玉 中学教員 45歳 男性

教師塾では、貴重な教えを受けることができました。ありがとうございました。 私自身、教師として学びが足りないと感じました。GAFAを代表とする世界的企業が日進月歩の勢いで進んでいるのに比べ、「教育界は旧態依然としている」という先生のご指摘が胸に突き刺さりました。まず自分自身が変わる、ということを念頭に学びを深めていきます。 「笑いがあると教えを忘れない」と先生が仰っていましたが、受講生の笑い顔が印象に残りました。無邪気に笑う顔を見て今日の気づきはずっと忘れないんだろうなと感じました。 また、初めて先生の話を聞く人でも、時間の経過と共にどんどん表情が変わっていくことに感動しました。最初はバラバラ感がありましたが、最後の方は一体感が生まれ、良い空気に包まれていました。 教師塾には、自分の子どもも参加させていただきました。5歳の子には理解が難しいかなと思っていましたが、杞憂に終わりました。自分の基準で物事を考えていることに改めて気付かされました。 子どもにとっては先生の空気感や波動のようなものが心地よかったのだと思います。いつもはちょろちょろしていて、何をやってもすぐに飽きてしまう子どもが、教師塾では3時間を超える時間、ずっと私の側を離れず先生のことを見ていました。途中何度か「外で休むか?」と聞いても首を横に振り、参加することを望みました。2歳の子どもも加わり、途中で寝転がったり声を出したりして、講習会の進行には迷惑をおかけしましたが、寛大に受け入れて下さりありがとうございました。

スクラムを組んだ人達を押したり、引っ張ったり、腕相撲で大人数人を倒したりさせていただいたお陰で、娘は自信がついたようです。帰りの車中も目をキラキラさせて振り返っていました。一生ものの体験をさせてくださり、本当にありがとうございました。



●奈良 高校教諭 58歳 男性(関西教師塾)

この度の特別教師塾に参加させていただきまして、誠にありがとうございました。

宇城先生から頂戴したご縁・・・。先生に繋げていただいた方々との再会。お名前はお聞きしていて、いつかはお会いしたいと願った人との初めての対面。日常は限りなく2次元の自分でも、この機会を得まして身体が大変喜んでおりました。


素晴らしい子供たちが、そのまま大人になっていってくれること。我々教師が子供たちの邪魔をしないという自覚を持つこと。自分と子供たち双方の能力を引き出し育むスキルの習得と実践。雰囲気作り。教師と生徒が互いに「気付く気付かせる時空」。ワクワクいたします。子供たちもやがて大人になり、自分がしてもらったことを根本にまた子供を育む。まさに、この循環が希望です。


学校とは、集うみんなが成長する、できる、し続ける場であってこそ存在価値も意義もあるというものです。何を学び、何を育むのか。それ以上にどのように感じ、自らつかんで成長・変化していくのか。このことを、自らの身心で感じさせていただけること、希望を実際に実態として見せていただける、参加する皆さんと実体験させていただける先生のご指導に身体が慣れ、ボケて甘えてはいないか。研ぎ澄ませる・・・。

「無駄と無理を省く」「全ての間を締める」

単なる方法や手段ではなく日常に繋がっている、よりよく生き抜くための技術。生ききる為、幸せになるための技術の習得。あらためて自分の姿勢、内面について考えさせられました。自己を顕示、いい気でおめでたい教員のこの自分。自分にこそ自然体で寄り添い現状を脱却して4次元へ向かうこと。

ご指導、誠にありがとうございます。



●京都 中学教諭 40歳 男性(関西教師塾)

昨日は、東京教師塾への参加をさせていただき、またご指導いただきましたこと心より感謝致します。あの場に自分が参加させていただいたこと。宇城先生のもとで共に学ぶ同志の皆様の想い。塾生の想いに大変お忙しい中ご指導をしてくださる先生のエネルギーに触れることができ、私自身大きな刺激をいただきました。皆様の活き活きした表情をみせていただくことは、今の自分と向き合ういい機会となりました。その中において自分自身の「時間」について感じることがありました。


「ミカン箱・本棚・人間は・・・」人間は「間」のこと。時間、空間が大切で、真面目とは本来「間締め」と言い、その反対は「間抜け」であると。さらには、2次元の世界ではいけない。ただ私たちは、2次元から抜け出せないということを指導いただき、京都から町田に向かう道中、森島先生から『日常生活、仕事をする上で、「忙しくて時間がないから参加できない。」と言って教師塾や実践講演会、道塾に参加しない人。その時点で「自分の中に時間がない」つまり2次元であるということをお話いただいたことが浮かんできました。さらに宇城先生が「時間を入れると」ということをおっしゃっているのを聞き、今まで全く点でしかみえていなかったものが少し線でつながっていくような感覚になりました。確かに宇城先生から「時間がない」というようなことは一切聞いたことはなく、未来のために指導する「時間が足りない。」ということでさらにそのスピードを未だに加速させているように感じます。


先生の「時間がない」という意味とは次元が違いすぎて、これまで自分が「時間、お金、家族、仕事」自分にとって都合の言い訳で動いてきたことを深く反省しました。こうして気づかせていただくためにもやはり「師」の存在が絶対に必要で、そこに基準となる存在があることによって全てを「間に合わせる・間を合わせていく」ことで調和・融合という流れになっていくのかと。そうして物事をみていくと「忙しい」という言い訳は、自分がいかに能力が低いのかと自分で言っているようなもので、それを認めながら動いていればまだ救いはあるのかもしれませんが、「忙しい」を職場や家族など他のところに転嫁している。もっと言えば「忙しい」は「心なし。愛がない」ということであり、職場、家族への本当の愛情はない。そこに関わる人や雰囲気がよくなることなどあろうはずもありません。何気なく発する言葉は違う意味のエネルギーとなり、場を変えてしまう。教師という未来あるこどもたちの人生に関わる立場として、発言の責任の大きさを改めて痛感しました。


自分自身のスピードが上がれば、また違う景色や違った課題が見えてきたり・・・。またそのことに対して向き合うことで、次に進む。当然自分のレベルを上げる学びと共に。いつも先生がおっしゃる「1に勉強。2に勉強。3に勉強」と教えていただいていることについて今このように感じております。まだまだ悪い思考・身体の癖が抜けませんが、引き続き、ご指導のほど何卒よろしくお願い致します。



■奈良 高校教員 44歳 男性(関西教師塾)

先日は、東京特別教師塾にてご指導いただき誠にありがとうございました。教師塾だけではなく、体験講習会などでも見せていただく子どもの潜在力を見る度に「すごい!!」と思うと同時に、現場に戻り、自分の力で生徒を何とかしようと力む自分に気づかせていただきました。


私は今、3年生の担任をしています。このたびの宇城先生の講義を拝聴しながら自らのクラスの女生徒のことが頭をよぎりました。3年生になり、進路に向いそれぞれが取り組むなか、その女生徒は、自らの進む道を決めることができず、学校も欠席、遅刻が多くなり、身だしなみもだらしなくなっています。そんな女生徒に対し、私は自分の独りよがりな気持ちを自分の言葉でぶつけていました。しかし、事態は好転せず私が関われば関わるほど生徒は学校から足が遠のいてしまっています。

「寄り添う」とはどういうことか。このたびの東京特別教師塾にて改めて考える機会となりました。その意味の深さはまだまだ私には身体での理解にたどり着いていません。しかし、今の私のその女生徒への接し方は、我欲以外のなにものでもないと気づかされました。


宇城先生の教え、教師塾での皆様との学びの場が無ければ、我々教師の大きな過ちに気づくことなく平和ボケした毎日を過ごすことになると思います。その代償が、子どもたちに行くことを考えれば教師という責任の重さを感じずにはいられません。教師の我々が今の学校教育に危機感を感じず、その状態に危機感、怒りを宇城先生が感じているからこそ今回の東京特別教師塾の開催になったのではないかと思います。


宇城先生からの学びの場は、日常の我々に対して違和感を感じさせていただけます。その学びの場を一人でも多くの教員と共有したいです。そのためには、今の私たち塾生が変化し続け、結果を出さなくてはいけません。調和です。教員も生徒も敵ではありません。このたびの講義を受けて、力むことなく、自然体で自分、教員、生徒と向き合っていこうと思いました。

今回もご指導誠にありがとうございました。



■神奈川 小学校教員 52歳 男性

このたびは、特別教師塾に参加させていただき、ありがとうございました。冒頭のホワイトボードでの講義の中で、「教育」には「教え育てる」「教え育む」の2つがあり、「教え育てる」は、教える→学ぶ、ことであり、「教え育む」は、気づかせる→気づく、ことであると説明されました。先生に学ぶようになってから、気づかせる→気づく、の教育を目指したいと思って取り組んでいますが、普段の自分を振り返ってみると、「教える」ことが主体になっていることがほとんどだと言うことに気づかされます。日々接している子どもたちを見ていると、やはり家庭の雰囲気というものがなんとなく感じられます。同じように、教師の振るまい方、雰囲気によってクラスのカラーも自ずと出てしまうものだと感じています。子どもたちは大人が思っている以上に大人のことをよく見ています。目の前の子どもたちにどう向き合っていくのか、常に試されています。


4人対4人のスクラムを横から押す検証では、子供が触れると本当に不思議なくらい力が入らなくなり、倒されてしまいました。助産師さんの方が押したときも同様に、本当にふわっと力が抜けてしまう感覚でした。

8人が並んでいる列を引っぱる検証では、入り口で礼をして歩いてくると、歩いているときもまったく気分的に動じることなく、自然体で手を持って引くことができました。その後に気合いを入れた途端に、立っている7人が、大男に感じられて、そのギャップに驚きました。

正座と体育座り、マスクありとマスク無し、塾長や子供との腕相撲など、様々な検証に参加させていただきました。本当に現代の常識(と思わされていること)が、全く間違っていることにあらためて気づかされることばかりでした。

今後への希望が湧いてきました。貴重な学びの機会をいただき、ありがとうございました。



■小学校教員 28歳 男性

最初は、本当かなと思ったこともありましたが、実際に2人1組のスクラムを押してみたり、四つんばいの姿勢で上に人を乗せ、間を人がいる状態といない状態では腕の上がり方が違ったりと、実際に力の感じが違うことを実感しました。これが潜在的な力、気のようなものなのかなと思いました。


また、先に挨拶をしてといったようなことを宇城先生がおっしゃっていたので、自身の気の持ちよう次第だと思い、早速実践してみました。本日の学級保護者会に入る前に、礼をして教室に入り説明をしてみました。残念ながら空気は和みませんでした。ただ出来ることからやってみようと思いました。ありがとうございました。



■愛知 大学教員 50歳 男性

今回教師塾に参加させていただき、今の世の中、これからの世の中、そして子どもたちの未来を考えた場合、教育こそが最も大事であり、それを担う私たち教師こそが本当に変わっていかなければいけないことを、深く深く学ばせていただきました。


 まず心に突き刺さったのは、子どもの未来を考えなければいけない教師自身が未来のことを全然知らない、勉強していない、もっと視野を大きくしなければ駄目だ、という先生のお言葉でした。今回の教師塾ではウクライナ戦争をはじめ世界情勢の話しからミクロの細胞の話し、また生と死の時間の話しから紀元前から現代に至るまでの歴史の話しなどなど、本当にあらゆることをすべて統合してお話され、しかもそれを実証しながらお話くださいました。それを聞き、体験し、もっともっと勉強しなければ駄目だ、もっともっと視野を広げなければ駄目だ、と強く思うと同時に、やるぞというエネルギーが湧いてきました。そしてその先生のお話は身体脳を基盤とするお話ですので、何よりも頭脳から身体脳に切り替えていくために、もっともっと普段の一人稽古を真剣に行わなければいけないと強く思いました。


また、教育とは「教え育てる」と「ティーチング」ではなく、「教え育む」と「エデュケーション」が本当の教育であり、そこにもっていきたいという先生のお話が強く心に残っています。実践塾では先生からこの教えを何度もうかがい、自分では理解しているつもりでしたが、今回改めて自分自身を振り返ってみると、ちゃんと教育というものを考えておらず、研究のことばかり考えていたことに気づかせていただきました。また教育といっても、これまでは非常勤講師として自分の得た知識を単に学生に教えるだけの「ティーチング」としての教育を行っていたにすぎなかったことや、今は専任教員としてゼミをもち、少人数の学生と向き合う機会をいただきましたが、先生のおっしゃる本来の教育に全然向かっていないことにも気づかせていただきました。


また今回は、子どもたちのいきいきと自信に満ちた姿をみて、また子どもたちの潜在力を改めてこの身で体験し、素直に感動するとともに、これを教育によって潰してはいけないと強く思いました。そのためには我々大人が対立から調和の世界に移行し、その潜在力を発揮できる大人にならなければいけないし、そのためには先生の指導のもとでもっともっと真剣に修行に励まなければならない、と強く思いました。


宇城先生、このたびは特別教師塾という貴重な場を設けてくださいまして、本当にありがとうございました。今年は研究について先生より厳しくご指導をいただきましたが、教育についても根本から考え直すきっかけをこの教師塾でいただきました。今年50歳になりましたが、研究、教育ともに自分はこれまで何をやってきたのか、という深い反省とともに、根本的な課題を先生からいただきました。もう横着することは許されません。先生の教えを身体で受け止め、日々の修行に励んでまいります。引き続きご指導を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

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