top of page

宇城塾長による、第2回野球塾が開催されました


2021年7月26日(月)、創心館 高槻道場にて、宇城憲治塾長による第2回野球塾が開催されました。

参加者は、教員24名、学生4名、生徒1名の29名。


予定2時間のところ、開始を30分早くから、また終了も30分延長と、3時間にわたる熱のこもった指導が行なわれました。



以下に受講感想文を紹介いたします。



<大阪産業大学 1回生 H・U>

今回も講演会に参加させていただき、ありがとうございました。

お話の中で印象に残ったのは相手と仲良くするという気持ちを持つ事で引き出される力が変わった所です。握手や肩を組む事で帯を引っ張る時の力が全く違うものになりました。


目に見えない力を感じて、人からの思いは相手に対して大きな影響を与えると分かったので、相手と対立するような気持ちにならないようにしたいと思いました。

また、人からの思いによって力が変化する体験をした事が実際に野球に生かせるなと感じました。試合前に円陣を組んで声を出したりするのではなく、握手や肩を組んだりする事で、自分たちの本来の力が出しやすい環境に近づけてより良いパフォーマンスにしたいと思いました。ありがとうございました。



<大阪産業大学 1回生 K・U>

先日は、勉強会を開いていただきありがとうございました。

宇城先生のお話を聞けたのが2回目ということもあり、私の中で話の内容を深く理解することができたと思います。


今回は実践を通して対立(勝ち負け)からは真の強さは生まれないということを教えていただきました。私なりに、この意味を考えてみると、自分を捨て去ることが大切なのだと思いました。自分を捨て、今に真剣に取り組むその中で相手を思いやる気持ちを持つ。このような積み重ねが強さになるのだと今回の勉強会で感じました。


自分を捨て去ることが、実は自分を生かすことに繋がり、また他者を活かすことになる。このことを忘れずこれからも実践を通して、成長していきたいと思います。そして自分自身に「深さ」を生み出していきたいと思います。ありがとうございました。



<大阪産業大学 1回生 R・Y>

先日、野球教室を受けさせて頂いて前回と同様に気が空間を支配するすごさを身にしみて感じさせられました。自分はこれまでずっと「勝ちたい」や「打ちたい」など様々な気持ちが前に前に出ていてそれが逆に自分にとって不利になっていることに気づかされ改めて自分の癖を直さないといけないと思いました。


これまで2回指導を受けさせて頂いて、練習中に色々試しながらしていてまだまだ自分の物にできていなくて、意識しないとできないことが多くてもっともっと追い求めていかないとダメだと今回の指導を受け感じました。表面上を理解したと思ってもそれは本当は全く理解できていないので、突き詰めてやったその先に何かが見えてくると思うので頭では考えず、無意識にできるようになれば今までの自分より格段とレベルアップした自分になれると思います。もっともっと宇城先生のご指導を受けたいです。本当に貴重な体験をさせて頂きありがとうございました。



<大阪産業大学 3回生 K・N>

前回の野球教室では主に話を聞き、周りが実践していたのを見る機会が多く自分自身すごく学びにはなったのですが、宇城先生のレベルの高いお話に圧倒された場面があり、今回の野球教室を通して、自分自身の中にあった悩みや疑問がとても晴れた気持ちになり、自分が今まで考えてきた事と宇城先生のお話しされていた事を照らし合わせた時に、自分の考えの幅がまだまだ狭いと感じました。


自分一人が「がんばるぞ」という気持ちで取り組むのと周りが協力し合いながら取り組むのでは大きく違ってくる事を帯の綱引きを通してすごく伝わりました。そして力の伝え方、技術ではなく心で取り組むという事を、実践を通して、又自分の身で感じることができ、普通で教われない宇城先生から直接指導していただき、自分の成長に繋がる良い材料を得られました。この経験は私物化するのではなくチームの中でも伝えていこうと思います。



<大淀高等学校 2年生 T・S>

僕は今回の講習を受けさせてもらって、別に体が大きいとか小さいとか関係がないんだなと思いました。僕がいままでピッチャーで投げさせてもらっている時も体が大きいとかゴツいだけで変な力が入ってボール、ボールでフォアボールとかになっている記憶があるのでバッターの体が大きいから内気になるんじゃなくて、バッターが大きいとか小さいとか関係なく、今の自分のもっている最高のボールを投げたいと思いました。ありがとうございました。



<30代男性 奈良 高等学校>

宇城先生、第2回野球塾でのご講演有難うございました。また、素晴らしい環境をご提供頂き、普段以上に身が引き締まる思いで参加させて頂きました。

普段の教師塾でも仰っていますが、それ以上に自分の感覚が鈍ってしまっている(病気に陥っている)状態であることを認識させられました。


これだけ多くの機会で宇城先生にご指導頂いているのにも関わらず、未だに生徒にうつすことができていない現状にあり、まだまだ勉強が足りないと感じるのと同時に、物事の起源すら学習してこなかった自分に対して物足りなさを感じました。


最近の生徒はエネルギーが足りないと感じていましたが、子どもたちには大きなエネルギーがあるのにも関わらず、それを感じ取ることができないほど、自分自身にエネルギーがないのではないかと感じます。

それを子どもたちは感じていて、見透かされているのかと思います。この夏休みで学びを深め、新学期に向けて準備していきたいと思います。

本当に有難うございました。



<30代男性 京都 中学校>

宇城先生第二回野球塾開催誠にありがとうございました。コロナ禍で実施が厳しい中、高槻道場で学ぶ機会を作っていただきこの上ない感謝と身の引き締まる思いで参加させてもらいました。


今回の講義の中で何より考えさせられたのは、オリンピックで活躍する10代。誰にも教えてもらってない。楽しんでプレーしている。細かいこと、テクニックで勝っているわけではない。そこにあるのは、その競技が何より好きであるということ。これに尽きる。その心をいかにして育てていくか。指導者の勉強とはそういったことが大部分を占めていると改めて感じました。大谷選手は統一体だから疲れるはないと先生も仰っていましたが、メジャーのあの過酷な日程で実際できているのは、大谷選手の心(統一体)があるからとしか説明がつきません。


技は心。様々な場面での対応、態度。敬遠されても味方の応援だけでなく、敵のファンからもブーイングが来る。これこそが魅力です。我々はそういったものをどうしても資質、能力で片付けてしまいますが、今日も先生が何度も見せていただいた、気や実践。何より思うのは映るという現実です。バーチャルではなく現実。その事実を知っているというだけで、我々は希望が持てます。

やはり大切なのは心。その中で包まれるからこそ力が生まれる。空気がヒットを打たせる。その根源にあるのは調和何よりも皆んな仲が良いということです。対立を生む競争、評価を捨てないと調和は生まれない。しかし、スポーツや今の学校の在り方は逆を行ってしまっている。大きなことはできないが、自分は変われる。そして周りが変わり、その周りも変わる。狭い狭い世界で生きる教員。この中の常識に頼っていても何も生まれません。


改めて今日宇城先生に何を学んでいるのかが再認識できました。自分にサボらず。自分に丁寧に、足元から気を配って実践していきます。

本日は貴重な時間をありがとうございました。



<40代男性 兵庫 高等学校>

昨日は野球塾でのご指導、誠にありがとうございました。

高槻道場で開催していただき、感謝と感動で身の引き締まる思いで参加させていただきました。この様な素晴らしい場所で行うことができ、玄関に入る前からエネルギーに満ち溢れていました。始めに先生から刀を見せていただきました。自分は実物の刀をこんなにも身近で見ることは初めてで圧倒されました。包丁とは訳が違います。これを腰につけることの覚悟、自分には無理だなと思いました。昔の人はこの様なものを身につけ生活していたのかと思うと一日一日の重みが違います。やはり昔の人は凄いです。しかし身近で見させていただいて多くのエネルギーを頂きました。


先生に言って頂いたように自分は「体育教員なのに体育の歴史を深く知りませんでした」

上辺の薄い部分しか知らなく、家に帰ってすぐに調べると、これは何も知らないと同じだなと思いました。本当に恥ずかしく生徒に申し訳なく思います。初心がわかっていなくどこからその真理を伝えられるのでしょうか。勉強不足もっと勉強していき深さを求めていきます。


四次元の世界で物事を考えている自分。試合も勝った負けたの対立の勝負になってしまっています。先生が見せて下さった五次元の世界。勝った負けたではなく調和の世界。お互いが高めあう試合。頭ではなく身体を作っていきます。自分が変われば学校も変わる、クラスも変わる、野球部も変わる、生徒も変わる。統一体。


自分は生徒に自分を隠さずにありのままの自分を見せることができていません。先日、先生にアドバイスを頂き、自分の発言、行動を意識して振り返っているとまさに、その通りでした。先生とは、野球部監督とはこうあるべきだと。「地位名誉肩書き」を潰さないようにかっこつけて、生徒と接している自分がいました。できない自分を見せるのが怖く、口ばっかりになっている自分。肩書きで偉そうに生徒と接している自分。全く自然体ではありませんでした。でも生徒は気付いていますよね。こんな自分に。自分を変えるのは勇気がいりますが今しかありません。子供たちのため。今この時がチャンスです。勉強勉強で自分を変えます。


「このメンバーならいつでも道場を使って良いよ」と先生に仰っていただき、先生の愛、想いがさらに伝わり涙が出そうになりました。この場にふさわしい人間になります。今後もご指導よろしくお願い致します。



<50代男性 兵庫 高等学校>

宇城先生、第2回宇城野球塾でのご指導ありがとうございました。また、高槻道場を使わせて頂き、本当にありがとうございました。この道場のありがたさを改めて身に染みて感じました。


今回も、気を通して頂いた時の100万点の身体に対し、それを引き出せないマイナスの自分を示していただきました。何となく無難に勤めていれば、給料がもらえ、生徒は卒業していく教員の甘さ。生徒の持っているものを引き出すどころか、埋めてしまう指導。今までの数々の失敗は取り戻せませんが、目の前の生徒の100万点の身体を壊さず、引き出す教育をあきらめず、求めて生きたいと思います。


前回同様、先生の最後の指導には唸らされました。先生は、話を聞く態度が悪く、講習に乗り気でない大学生に対し、きつい言葉で指導されました。あのまま大学生が帰っていれば、時間の無駄ということになりますが、先生はきっちりとフォローされ、最後は大学生も納得して帰ったように思います。次の日は、先生に教えていただいたことを実践し、するどい当たりを連発していたのではないでしょうか。振り返って、自分の指導であれば、きっとしばらくきまずい雰囲気になり、場合によってはそのまま関係が悪いままということも十分にあり得たと思います。人間関係に投げやりなところのある自分にとって、先生の気の使われ方は、一番学ぶべきところであると思います。


生まれる、生きている、生きる、そして、生かされている。自分は、生きているの段階から抜け出せていないように思います。生きる、そして、生かされている、に向かえるように行動したいと思います。



<30代男性 奈良 中学校>

宇城先生、この度は第2回野球塾を開催していただきありがとうございます。急な会場変更にかかわらず高槻道場を使わせていただき、先生の私たちに対する熱の大きさ、深さは私ごときでははかることはできません。だからこそ、自分を変えたい、そう思い先生へ恩返しをしたいと感じます。本当にありがとうございます。


高槻道場に入ったとき、足裏から木の温もりを感じました。自宅の床も木ですが、木にコーティングを施工したものであり本物ではない。だから、自宅の床からは温もりを感じません。道場の床から得られた温もりこそが本物なのだと感じます。自然の凄さ、偉大さ、そこで生かされている私自身、、、本当にちっぽけなものです。そんな自分が偉そうに子供の前で自分の経験や人から聞いた話を語る、本当に恥ずかしいことです。


先生が始まる前におもむろに真剣を取り出し見せてくれました。人生で初めての真剣を目の当たりにしました。本物ですので、興奮しました。夢中で刃文を見ていました。しかし、軽く触れただけで、指が落ちることや鉄パイプまでもが簡単に切れてしまうことを聞き、興奮が恐怖へとなりました。江戸時代には無礼があれば、刀を抜けと言われる。その時点で死。今は無礼があっても、叱られる。すでに差が圧倒的だと感じます。「百聞は一見に如かず」まさにその一言に尽きます。


帯を引っ張り合う実践、体育座り=奴隷座り、気合を入れるは弱くなる、仲良くすれば強くなる。帯を引っ張る前にすでに勝敗がついていました。自分が正座をして帯を持ち引く、力を入れているわけではないが、勝手に相手がこちら側に引っ張られているように見えました。しかし、身体は熱かった。これが統一体なのか、本当に圧倒されました。


仰向けの相手の手を持ち、自分を投げようとしても投げれない、先生が気を通すと簡単に投げられました。私自身も続けて投げることができました。投げられているのに全く痛くなく、投げようと思わなくても勝手に投げている。これが「うつす」ということ、「守」ということ。ここからは先は自分次第、自分で工夫をする「破」、そして自立する「離」。


大谷選手は技術もすごいが、心の上に技術がある。ではどうすればその心が身につくのか、それは人柄である。今の自分の指導では、大谷選手のようなプレイヤーは生み出せない。自分の人柄がそれを表している。自分を変えること。自分が変わることで、周りを変えていくこと。まずは、自分をさらけ出すこと。きっと、それが自分を受け入れるということ。調和することだと思う。それもできないのに、周りを変えることはできない。


教師という年数を重ねれば重ねるほど、それができなくなっている。本当に情けなく、愚かです。先生に出会うたびに、落ち込みます。しかし、その度に気づかされます。時間が経つとまた、愚かな自分にもどってしまう。覚悟を持った気になっている。このままでは、5年後、10年後も同じです。今の置かれている環境、自分自身、謙虚に受け止め、そしてまた歩み出す。そして、走り出す。


先生には走っても走っても、追いつくことはできません。永遠にできません。でも、差は縮まらなくても、先生の背中をなんとか食らいついてでも追いかけさせてください。これからもご指導宜しくお願いします。本当にありがとうございました。



<30代男性 奈良 高等学校>

第2回野球塾につきまして、貴重な時間、場所、講義、実践、我々教員のために本当にありがとうございました。身をもって実践を体験できる場があることに感謝いたします。


我々教員が受けてきた教育と、今生徒たちにおこなっている教育の悪いところである、現場で生徒に対立させてしまっていることが良くないということが実践を通じて刺さるようにわかりました。仲良くすると調和でき、大きな力を発揮できる。しかし、対立しているとうまくいかないし、力が伝わらない。また、ゴミを拾ったり、挨拶したりなど、人間性の部分も大きく影響することも実践や講義の中で心に残っています。


「自分がやっていないことは生徒もやる(できる)はずがない」と先生がおっしゃったときに、いろいろ見直すところがあると思ったのが正直なところです。このままではいけないなと…

見直すとともに、自分にとって当たり前にしないといけないということもわかりました。


先生のお話を聞くと、現実を突きつけられ、自分がいかに無能であるかを痛感します。教員が子供に与える影響の責任の重さも含めて、しっかりと受け止めてこの先変わらないといけないと感じました。

「生きている」という自己中心的ではなく、「生かされている」という謙虚、感謝の心を当たり前にすることで、まずは、自分が変わる。そして、生徒に気づかせる。クラスの生徒たち、野球部の生徒たちが変わったと周囲にわかるように…


前回もお話いただきましたが、子供が自転車に乗れるようになるときの話で、頭ではなく、身体で、細胞で覚えて、体現できるようにしないといけないと…

「見せれば子供はわかる」

この言葉を胸に刻み子供たちの可能性を引き出せるよう日々前進します。

ご多忙の中、本当に貴重な2時間をありがとうございました。



<30代男性 京都 中学校>

宇城先生、この度は第二回野球塾にて学ばせて頂きありがとうございます。また、道場を会場として使わせて頂き、先生のお心遣いに感謝いたします。


今回は特に野球云々よりも教師としての心構えが何より大切であると深く自覚しました。野球を教える以前にやるべきことがたくさんあり、人財を育成していかねばならないと痛感しました。野球を教えるだけでは対立を生じさせることになりかねない、調和を教えていくことこそが本質であると思いました。


現在オリンピックが開催されていますが、その中で行われていることが次元の低いものであること、そしてそれに惑わされてはならないと感じました。

また、後ろから腕で押さえられた時に先生に気を通してもらうと簡単に抜けるにもかかわらず、自分で細くしようと頭で考えれば考えるほど締め付けられることには、自分が独りよがりになってはならないんだと強く感じました。

頭で考えるよりも前に行動できる人になっていかねばならないと毎回学ばせて頂いております。

今後とも御指導よろしくお願い致します。



<20代男性 奈良 高等学校>

宇城先生の話を聞かせていただいて2つの事を大切にして教員として生活していきたいと思いました。


1つ目は、学校を変えるのでは無く自分が変われば自然と学校も変わるということです。今まで私は、「学校を変えよう、変えよう」と考えていました。しかし、そうでは無いということに野球塾で気づかせていただきました。そのため自分の能力、人間として何が足りていないかを常に考えながら自分をどんどん成長させていき、それが生徒の成長に繋がり、学校の成長に繋がっていくというようにしていきたいと思っています。


2つ目は、仲良くする、対立、衝突しないということです。

今まで、仲良くするということを少しは意識していましたが、学級を作るのに仲良くするということにあまり重きを置いていませんでした。しかし今回話を聞かせていただいて仲良くし衝突を避けることでパワーを発揮するということを体験を通じて感じる事ができました。


最後に、生徒を成長させるには、雰囲気というのもすごく大切になると思いました。宇城先生の雰囲気があり自分も教員としての雰囲気を作れるように成長したいです。



<30代男性 奈良 中学校>

宇城先生、先日の野球塾でのご指導ありがとうございました。参加された先生方、学生、生徒の皆さんにもこの場を借りて御礼申し上げます。本当にありがとうございました。


5次元から物事を見て考える生き方。今の私はまだまだ成功と失敗と勝ちと負けと。低い次元の考え方が常に頭をよぎります。本年度から転勤し、橿原中学校に勤めさせて頂いております。先日、3年生の野球部の引退に立ち会ったこともまた、自分のズレを感じる要因になっていると思います。選手にも「勝ち負けではない」「最後までやってきたことをやり抜こう」とは伝えているものの、心のどこかで自分が試合に勝つことに囚われています。他校の結果を気にしたりすることもしばしばです。その横着さを生徒は感じ、焦りや力みとなって試合の中で出現する。本当に情けない。


頭ではわかっていてもいざという時に出現する。どうすれば良いのか。本当に悩んでいました。

「守破離」

自分の中でこれほどまでに視覚と記憶に残る落ち方がしたのは久しぶりでした。要するに自分自身の心がけが甘かった。単に物真似をしているだけで、徹底した守ができていなかった。ただそれだけだと思います。

守なくして破も離もなし。宇城先生と目が合う機会が何度かありましたが、その事を言われている気がしました。覚悟があるのかないのか。


今、心はスッキリしています。野球塾という志の集まる集団の中で気づかせていただけたことに感謝致します。

宇城先生、お忙しい中でのご指導ありがとうございました。また、この難しい社会情勢の中、高槻道場にあがらせていただき、本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願い致します。



<30代男性 三重 高等学校>

宇城先生、この度も貴重なご指導をいただき誠にありがとうございます。また、事務局や関係の先生方、たくさんのご準備をいただき、誠にありがとうございます。私のような人間が高槻道場で宇城先生のご指導をいただけたことに心より感謝申し上げます。


凄まじい空間に居させていただき、背筋が伸びる経験をさせていただきました。宇城先生が未来ある子ども達を思い本気で私達にご指導いただき、厳しいお言葉から本当の優しさを感じさせていただきました。心を込めて生徒を見ることの大切さを教えていただきました。宇城先生のお話を聞かせていただいている最中、生徒の顔が浮かび自分の無力さを痛感します。目の前で起こる全てのことが自分に突き刺さります。出来る方が目の前におられると出来る自分がいます。させていただいている自分がいます。


この感覚は言葉にできません。仲の悪い生徒。攻撃的な生徒。周囲が見えず、口だけで行動に移せない生徒。彼らが力に頼る時、お互いに対立し、頭を使う時、衝突し遅い次元で生きています。それらは、彼らの目の前に立つ自分に原因があります。宇城先生に学ばせていただき、自分達の役目の重要さに気付くことができました。生徒のせいにする弱い自分に気付かせていただきました。自分が変わり、身体に問い、この生徒達が気付き変わるまで自分の中で工夫し殻を破り深めていきます。


大阪産業大学の学生さんや大淀高校の生徒さんのような目の輝きを、自分の目の前の生徒が取り戻せるように。宇城先生が仰る、4次元の「賛成、反対」のレベルから5次元のレベルへ。師を持たせていただき、自分の小さな枠を越えて周囲と共に本当に謙虚に成長していきたく思います。

自分の学校の生徒に対する自分の姿勢を見つめ直し、先ずは自分から。そして他へ。エネルギーの醸成と活用。宇城先生、この度もありがとうございました。今後とも何卒、ご指導のほどよろしくお願い申し上げます。