top of page

宇城教師塾開催 〈感想文紹介〉

去る2020年11月26日(木)、宇城憲治塾長による2020年度第3回教師塾が、ハートピア京都にて開催されました。

教師塾は、宇城道塾の塾生であり、教員である森島伸晃氏が、宇城先生の学びを一人でも多くの教師仲間と共有したいという願いで実現した塾で、年4回(4月から開催)行なわれています。




 

以下に、教師塾に参加された塾生の方々の感想文を紹介します。


教師が同じ仲間と共に学ぶ中で、進歩・成長・変化していく様は、閉塞状況にある今の日本において、止まらず迷わずあきらめず、希望を持って前進するひとつの原動力となっています。何より、教師の変化は子供たちの将来への大きな希望となっています。




第3回宇城教師塾 受講感想文



< 30代 男性  大阪  中学校 >

宇城先生、とても多忙な中、本日の教師塾にてエネルギー漲るご指導をしていただきありがとうございました。

全ての言葉が自分の心に深く落ちるような事ばかりで、自分の普段の指導内容、言葉掛け、自分の発するエネルギー、空気感を再確認することができました。


今日の中で特に自分の中で残ったのが、不使用の訓練の話でした。できないことを身体に教え込むことで本来の人間が持つ可能性を自ら潰してしまっていることにハッとしました。私自身はできないことをできるようにするためにしているものだと思い込んでいましたが、本当は全く逆でできないことを身体に教え込んでしまっているのだと初めて気付きました。学習においても同じことが言えるのではないかと思い、日々の教科指導の方法や伝え方を変えていかねばならないと痛感しました。我々は子どもの持つエネルギーを高めていかねばならぬ立場でありながらそれを落としてしまっているのは本当に次元の低いことをしているのだと感じました。


日々目の前にあることにいついて物事をぶつ切りで見てしまっている自分の視座を高く持ち、全体のエネルギーを高めていくことこそが自分とその周りの加速度を高めていくことに繋がると強く感じます。

本日先生からいただいたエネルギーをまた明日からの生活に活用していきます。 また今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。

ありがとうございます。



< 40代 男性  兵庫  高等学校 >

宇城先生、ご指導ありがとうございました。コロナで心身ともに影響を受けている中で、先生から直接学べる機会は明日への希望、エネルギーになっています。

生徒との接し方、指導について深く考えることができました。最近生徒との関わり、距離感に悩んでいました。コロナのせい? 自分はどの道に行きたいの? このままで良いの? 自分は? 生徒は? と自問自答を繰り返し考える日々でした。


手をかみ合わせて相手に引っ張って離してもらう検証では、まさに自分の指導そのものでした。無理やり力で離そうと対立する自分。離れないならさらに手をたたき厳しくする自分。よしよしと撫でて相手と調和することは自分のなかではあまりありません。厳しくする意味をもう一度考えないといけません。言うことを聞かない、指導に乗らない=悪い生徒。自分の言うことを聞く、指導にのる=良い生徒。自分の思い通りにいかないことに自分が腹を立てていただけ。そんな感じがします。もっと意見が言える環境にもしていかなくてはいけません。宇城先生は私たちのすべてを受け入れていただいています。男女、年齢、国籍、一切関係なくすべての方を包み込んで下さり、さらに明日への活力、希望を与えて下さいます。自分は……。生徒に申し訳ない。


いくら手を撫でて離そうとしても、前の行動がダメだと離れませんでした。良いとこ取りのかっこつけでは生徒、人を引き付けることはできません。前に立つリーダー、指導者がどうあるべきか。勉強しかありません。自分が生徒に映る。大きな役割があります。常識や偏りからなかなか抜け出せませんが、自分ではできない世界を先生から体験させていただき、実体をみせていただき、導いて下さっています。行動していきます。

今年もご指導ありがとうございました。来年もよろしくお願い致します。



< 30代 男性  京都  中学校・高等学校 >

昨日は、本当にご多忙の中、第3回教師塾でご指導いただき誠にありがとうございました。新型コロナウィルス感染が再拡大の中、教師塾を実施し、エネルギーをいただき希望の光を照らしていただいたことに心より感謝致します。


「実証ありき!」 地球は丸いが、丸いということを実際にみたことがあるのか。自分たちが生活をしている場所は、実際には水平で。止まっていて。ということ。それをあたかも自分が実際に体験・経験した実証したかのように錯覚して頭に違う形でインプットされある種のバイアスがかかってしまう。結果、身体も含め思考停止状態に。当然のことながら身体や発する言葉からはエネルギーが出るわけもなく、孤立する。周りを引っ張っていくことなどできるわけもないということを改めて学び、素直にオープンに、自然体でいることの大切さを感じました。


それを一番感じたのは、四つん這いになった人の手足を大人数で抑え中心の人が前に引っ張る検証でした。先生に気を通してもらうと引っ張ることができ、次にその人が前に立つと引っ張る人が増えても引っ張ることができる。「できた」という人からの波動・エネルギーがつながるということ。一番ハッとしたのは、先生が「人数が増えた方が簡単なんだ」ということ。私たちのこれまでの常識だと人数が少ない方が簡単というのが当たり前で、増えると無理ということがインプットされている。そうではないということ。仕事場でも同じことが言えると。エネルギーがあれば大勢の方が簡単。要するに今の現場が変わっていないということは、自分にその力がないということを教えていただきました。


これまで宇城先生より『教師塾で学んでいるのであれば、他の先生たちとどんどん差をつけなさい』このことは何回も言われてきた言葉でした。差をつけるということは、決して引き離すということではなく、包んで引っ張っていく。ということだったのだと。

教師塾を開催し続ける中で、自分自身が果たすべき役割は、エネルギーある宇城先生に一人でも多くつなぐということです。引き続き、ご指導のほど何卒よろしくお願い致します。



< 30代 男性  三重  高等学校 >

「身体で感じる」

ずっと私の中でキーワードとなっている言葉です。

 今回、自分の身体の中で体中が熱くなっているのを実体験しました。今までの教師塾では全くなかった初めての経験でした。寒い中、外でランニングをしたわけでもないのに、身体は温まっていました。何か内から湧いてくるものがありました。それを確かに実感できました。宇城先生や同志の仲間の方、場の雰囲気によって引き出していただきました。


常日頃、自信をつけることの大切さをみなさんおっしゃられます。自信とはどうやってつけるものなのだろうか。優勝したら自信はつくのでしょうか。難関大学に合格したら自信はつくのでしょうか。

今までなら、結果を出してなんぼだと思っていました。結果が出れば、そのやり方は正しい、出なければ間違っていると。しかし、根本は当人の問題なんだと。その本人ができると思っていればできるし、思っていなければできない。まずは自分を信じることだと。その自分と調和し、前進していくことで自然と自信はついてくるものだと分かりました。創らず、飾らず、ありのままの等身大の自分自身と向き合い、正直に今を生きること。まずはここから始めなさいと宇城先生におっしゃられたように思います。


 私はこの3月をもって、高校の現場を離れます。4月からは新しいステージで自分自身と勝負していきたいと思っております。公務員を辞め、新しいことに挑戦することへの希望しか今はありません。自分自身でこれからの「未来」を創っていきたいと思っています。そして、本当の意味で「実力」が問われると思っています。綺麗ごとでは済まないこともよく分かっています。しかし、そこに挑戦することでまた新しい「何か」に出逢えるようにも思います。


誰が前に立つかで、映せるか、映せないかが決まるということも実証していただきました。実際、一番前で進ませていただき、エネルギーのある方が前に立たれると、不思議と自分自身に力が湧いてきました。やれるんだという気持ちにさせていただきました。自分が他の方を引っ張っているように見えましたが、自分自身が一番みなさんに引っ張っていただいていることもよく分かりました。 

これからやってくる若い人たちと接する者として、良い方向へ導くことのできる導き星となれるようこれからも日々、自分自身と向き合ってまいりたいと思います。

最後になりましたが、この教師塾開催にあたり、見えないところで汗を流してくださいました皆様、そして宇城先生、誠にありがとうございました。



< 40代 男性  奈良  大淀高等学校 >

昨日は、教師塾にてご指導いただきありがとうございました。会場で感じた宇城先生からの熱い想いに言葉にならないくらいの期待を感じています。

真実とは何か。私たち大人がそれを知らなくて、どのように子どもに接するのでしょうか。実体を知らなくて、教育に携わることは罪なのだと感じました。同時に、日本の教育がいかに完成形の子どもたちを破壊しているのかを知ると自分自身の毎日の活動がとても怖くなりました。宇城先生から学ぶことは、それまで私が是としてきたことと反対のことばかりです。生み出すエネルギー、つながるエネルギー、相対から絶対、と今までにない物差しを知ることができました。実体を知れば知るほど、絶望感を味わいます。その実体のない教育界には犠牲となっている子どもたちがたくさんいます。不登校、支援、暴力行為、低学力、学校が抱える悩みの全ての解決方法が宇城先生の教えにあります。今の学校現場に解決方法は見つかりません。だから、子どもたちが悲鳴をあげています。でも、実体は、希望は、この宇城先生の気にあります。


宇城先生が昨日の講義で、私たちを大きな愛(気)で包みこんでいただいたように、自分自身も学校で、クラスで、家庭で、職場で周りの子どもたちや同僚の方たちといっしょに成長していけるような存在になりたい。ならなければならないと思います。教育に答えはありませんが、教師塾には答えがあります。子どもたちは答えを知っています。子どもたちの未来のために、自分たちの出番という気概で「一人革命」に邁進します。


宇城先生からいただくものは、希望、勇気、元気、挙げればきりがありませんが本当にありがとうございます。

今年1年間コロナ禍のなか止まることなくご指導いただきありがとうございました。来年も先生のご指導のもと学ばせていただきます。よろしくお願い致します。



< 30代 女性  京都  中学校・高等学校 >

宇城先生、教師塾でのご指導ありがとうございました。まず初めに、コロナ化におけるマスクの危険性について述べているニュース動画を見て、専門家であっても問題の本質を捉えずに曖昧な見解を出していることを知りました。保育現場の先生方は、実態をもとに子ども達の変化を感じているにも関わらず、専門家である医師はそこに対して具体的な対策を提言することができていませんでした。酸素不足になると発達障害を引き起こす可能性がある。そういった情報を知らずに、ただなんとなく与えられた情報で物事を判断してしまっている。まさに死に体の状況は今の自分にも当てはまることでした。最前線で実践を行なっている私たち教育に関わる人間こそがきちんと学び、正しい知識を得た上で判断していくことをしなければ、子ども達の能力を奪ってしまいます。教師が学ばなければ生徒を救うことができない。まさにそのことを痛感した瞬間でした。


四つん這いになった男性の両手をたくさんの人がつかみ前に進む実践では、前に立つ人によって前に進むことができるどうかが変わりました。一度前に進むことを経験をした人が前に立つと、次の人も前に進むことができました。宇城先生によって潜在能力を引き出していただいたことで自分の身体が持つ可能性に気付き、自信がついたことで前に立つ姿にエネルギーが宿った瞬間です。前に立つ人の姿勢で、そこにいる集団の空気が変わる。まさに、リーダーの姿勢が組織の姿勢になるということを実感しました。クラスの生徒が落ち着かない、学校に勢いがない、全ては自分の姿勢次第ということです。

一緒にやろうと言っても誰もついてこないのは相手が悪いのではなく自分の責任です。自分が変わることでしか、目の前の生徒や学校組織を変えることができないということを改めて感じました。たくさんの人と協力し共に歩んでいけるだけのエネルギーを自らが発する存在であれるよう、日々学びを続けていきます。

また、今回は様々な実践を通じて自分の中に対立の構図がすり込まれていることに気づくことができました。2人組で倒された人は倒されたままで相手を倒すという行動に出る気すら起こらないし、倒した側もその場に居ついてしまい、次は倒されるということに気づけていない。人数が多い=より引っ張られるので前に進めないと思い込んでいるが、より多くの人の応援をもらえると考えられれば、むしろ力に変わるということに気づけていない。どちらも無意識のうちに相手との勝ち負けや、正解・不正解を決め付けているから起こることです。自分へのすり込みを取り除くことができなければ、生徒達にも同じような構図をすり込むことになってしまいます。教育が果たすべき役割は、宇城先生が私達に実践してくださっているように、潜在する力を引き出すことで自分が持っている本来の力に気付き、自分を信じて前に進む力を取り戻すことです。良い生徒=エネルギーがない生徒という言葉を聞き、言うことを聞く良い生徒(生徒だけでなく教員もですが・・・)を量産してしまっていることに恐怖を感じました。今、学校現場が真逆の方向に進もうとしていることへの違和感に気づかぬふりをするのではなく、自分の身体が感じている違和感を信じ、前に進んでいこうという勇気をいただくことができました。行動することでしか周りとの調和を生み出すことはできません。たくさんの人を大きな愛で包み込めるような存在で自分があるためにも一人革命あるのみです。


「教師塾で学ぶ先生は差をつけなければならない。」

という宇城先生の愛あるお言葉に恥じぬ自分であれるよう、宇城先生から学ばせていただいていることを実践に変えていきます。教育が変われば子ども達がかわり、日本の未来が変わる。そのような責任ある仕事に関わらせていただいていることを心に留め、日々精進してまいります。


宇城先生という師と出逢い、同じ時代を生きることができることに心から感謝しています。宇城先生に学ばせていただくと、自分の身体にエネルギーが満ちていくことを感じることができます。教師塾での実践でも、実践を重ねていけばいくほど皆さんの表情が笑顔に変わっていきます。宇城先生の周りが笑顔で包まれるのは、誰よりも先生が相手を思い行動されているからです。私も宇城先生のようにたくさんの人を笑顔にできるように、頭でっかちではなく行動で示せる教師を目指していきます。今後ともご指導よろしくお願いいたします。



< 30代 男性  三重  高等学校 >

コロナウイルスの影響で、今までとは異なる生活を強いられている私達。そのコロナウイルスに表面上、形だけで対処しようとしている自分の浅い行いに気付かせていただきました。特にマスク越しのコミュニケーションからは感情が読み取りづらく、すれ違いがあることや共感、受容の面で子どもへの影響が大きいことを学ばせていただきました。この時代に育つ子ども達の今だけではなく先々のことを考えなくては危険であること。そして、マスクを外すことで人間が本来持っている力が発揮できること。そして人間の強さを宇城先生の実技指導を通じて真実として教えていただきました。マスクをするしないを場によって使い分け身体の密度を高め、自分自身のエネルギー、周囲のエネルギーを高めていくこができればと思います。マスクをしない生徒、マスクをする生徒が自分の目の前にはおります。マスクをしたがらない生徒の中には本当にエネルギーの高い生徒がおります。今までは、ただ面倒くさいからしない、気になるからしないのだと思っていました。ですが、その生徒なりに人間の本能としてそうしたくない何かが働いているのではないかと宇城先生のお話を聞かせていただき感じることができました。だからこそ、マスクの身体への影響と場に応じてマスクを付けることができる適応力を育んでいかなければいけないと思います。


自分は余裕がなくなると、生徒とのやりとりが特に横着になります。その際に、ふと出る心ない言動や行動が生徒からの反発を生んでいます。力ずくで相手を引っ張ることの愚かさ。脆さ。頭で考えて、感情で物を言う自分が作る空気。自分に足りないものを宇城先生の実技から学ばせていただきました。相手を想い、手を肩に差し伸べることで、信じられないほどのエネルギーがお互いから出る。何も分かっておりませんが、気付きをいただきました。子どもは大人をよく見ています。目の前にいる生徒は忖度をするような生徒はあまりおりません。直感で生きている生徒がたくさんおります。空気は作ろうと思って作れるものではありませんし、作るものでもないと思っています。生徒を愛すること。自信を持つこと。謙虚になること。それらが今の自分には大きく欠けています。教師塾という場は宇城先生をはじめ、そのような空気をお持ちの先生方がたくさんおられます。その場で学ばせていただけることに感謝するとともに、起こっている事実を自分の小さい器で判断する横着な自分を少しでも変え、誤魔化すことなく受け入れ、知らないことの深さを知ることが大切だと感じています。


最後になりましたが、いつも御指導をいただく宇城先生、見えないところでたくさんのご準備をしていただいているどう出版の皆様、事務局の先生方、教師塾の先生方、ありがとうございます。この学びを深めて、未来のある子ども達とともに精進していきたいと思います。本当にありがとうございました。



< 20代 男性  京都  小学校 >

先日の教師塾では、大変貴重なご講義をありがとうございました。

教師塾の全体を通して、実体でないものが世の中にたくさんありふれていると感じました。その中で、自分が生きており、子ども達も生きています。特に、このコロナ禍では、色々な情報が溢れ、何が実体なのかもわからないまま生きていると思います。実体が何かを掴まなければ、また、知らなければ、全ては部分体となってしまいます。ご講義の中で、身体に気が通った人が四つん這いになった前に立つ場合と、何もしていない人が前に立つ場合とで大きな違いがありました。四つん這いの人の顔も目つきも、パッと瞬時に変わる。一目瞭然でした。そして、自分自身はと言うと、後者の何もしていない側の人間であると感じました。身体に気が通り、実体を掴んでいる人が、教室の中で、学校の中で必ず必要な存在になると感じます。その存在に自分がなれているのか。それは慣れていないと感じます。なぜなら、「地球が丸い」「マスクでコロナウイルスを防ぐ」など、知識として知っているだけの存在だからです。その知識も正しいとはわかっていない場合もあります。知っていること、これまで学んできたものは、全て共通して実体ではないと感じます。しかし、宇城先生に気を通していただいた際の自分の変化は、実体そのものであると思います。その自分に近づいていく努力が必要だと思います。「1に勉強、2に勉強、教師は人の何倍も勉強しなければならない」というのは、まさにそのことであると感じました。


現在、小学校の教諭をしておりますが、その中で強く感じることは、「担任」という肩書きに頼っている自分がいると言うことです。「担任だから」と言って子ども達に言い聞かせている自分がいます。子ども達を導く際に必要なことは、全ては「信頼」と言うことに尽きると思います。宇城先生のご指導の中で、子ども達と接する場面をたくさん拝見してきました。その際の子ども達の輝いた目は忘れられません。その目こそ、「信頼」の証であると感じます。自分には、到底宇城先生のようなことはできません。無知で、横着ばかりです。それを受け止めて、今の自分にできることを一生懸命に取り組んでいきたいと思います。そして、子ども達の目を輝かせるような教師になれるように努力していきたいと思います。



< 50代 男性  京都  中学校・高等学校 >

「空気が違う、雰囲気が違う、その場はなにか違うものが漂っている、どうしてこんなに投げとばされるのか、どうしてこんなに投げとばすことができるのか、この力はどこから来るのか、いや確かに自分の力でもある、エネルギーが湧いてくる、身体が活性化してくる。」

宇城塾に参加していつも私が感じるものです。普段の自分の世界とのギャップを感じます。普段いかに自分がボーっと生活しているか、甘い環境に身を置いて周りに対して不平・不満を言っているのか、そんな自分と接している生徒はどうなんだろう、思い知らされる時間でもあります。


また、今からこのギャップを埋めるために動きます。まずはまっすぐ立ち姿に勢いを持たせ、しっかり周りを見ることからし直します。「少しでも持って帰って」のお言葉、ありがたくいただきます。

 宇城先生ありがとうございます。スタッフの方々ありがとうございます。



< 20代 男性  京都  中学校・高等学校 >

今回はこのコロナ禍の中、わざわざ京都までお越しいただき、ありがとうございました。また、非常にご多忙の中に置かれましても、我々のために貴重なお時間を割いていただき、本当にありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです。


まず感想についてですが、「書けない」というのが本音のところです。時間がない、書く気がないなどではなく、「書けない」のです。今までも教師塾などで宇城先生のパワーを感じることをしてきました。その時は感想というものを書けました。目で見て感じたこと、肌で感じたこと。体験して思ったこと。自分の心境の変化。それを文字で表現することができました。ですが、今回はパワーが凄まじく、自分が感じたことをうまく頭でまとめて表現することができません。こちらの受け取る器を大きく上回るエネルギーだったのからだと思っております。このような表現でしか自分の浅さを表すことができないことすら悔しく思います。


ただ一つ言えることは、間違いなく宇城先生のパワーが以前に比べて非常に大きく深くなっているという事です。もちろん、宇城先生に自分が出会う前、そのもっと前から宇城先生は私たちには想像のつかないような努力(この表現が正しいのかはわかりませんが…)をされているのは明白です。ですが、今現在において、またこのような状況下でも、自分を見失わず、ただただ自分のすべきことに実直に取り込まれ邁進しておられる。今でも間違いなく一日一日成長しておられるという事です。


それに対してこの一年の自分は何をしていたのか、何もしていなかった、なにも成長していなかった、という事実が明るみに出たという事です。恥ずかしながら宇城先生にお会いするまでその感覚はありませんでした。毎日前に進んでいると思っていました。自分がその場に居着いているという事に気づいていなかったことが本当に悔しく恥ずかしいと思っています。


教師塾にて宇城先生にお会いすることは感想を書くことがすべてではないと思っております。感想を書くという事は非常に重要かつ意味のある事です。しかし逆にこの「感想を書けない」という事が非常に重要であり、今の自分にとって一番意味のある事なのではと思っております。