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宇城道塾 2021年 秋季合同合宿が開催されました



去る2021年10月2日(土)、3日(日)、宇城道塾 秋季合同合宿が静岡県修善寺で行なわれ、東京、大阪、仙台、名古屋、和歌山、熊本の各道塾の塾生、53名が参加しました。


南は九州、北は北海道まで、全国各地からさまざまな課題を胸に集まった塾生が、宇城塾長の教えの下、新たな気づきと学びをいただいた2日間でした。



元気、勇気、気持ちがいい、気が利く、気になる・・・・日本語に多く「気」のつく言葉があるように、私たちの身体には本来「気」が刻まれているはずですが、教育や心のあり方で私たちの感性はさび付いてしまっています。

その感性を呼び覚ますような気の実践検証が、合宿ならではの時空の中でたっぷりと行なわれました。





「身体は内なる気に応じて動き、気は心の向かうところに従う。

 故に心変ずれば気変じ、気変ずれば体変ず」


講義・実践では、心のあり方がいかに重要であるかが説かれ、またそれを実践検証によって身体で体験し、理解を深めていくことが繰り返されました。

言葉での理解や理屈では意味がないこと、生まれながらに備えられたエネルギーを発揮するためには身体(細胞)で「わかる」が肝要であることを、塾生たちはまさに身体で学んでいきました。





<人間に存在する三つの力>


(1)今の常識の力(筋力の力)

(2)必死の力(火事場の馬鹿力)

(3)気の力(細胞の力)


塾長がホワイトボードに書かれた三つの力を検証していきました。

(1)肩を支えた6人の列を、もう一人の塾生が力任せに押しても動きません(筋力の力)。

(2)しかし、塾生が刃物を向けて列に近づくと、先頭者は後ずさり列を後ろへ動かします(必死の力)。

(3)宇城塾長が気をもって列に対すると、刃物を向けた時はもちろん、何も持たずとも列は後ろに動かされますが、その列の強さは先の塾生が刃物を向けた時とは桁違いの強さを秘めていることや、強さの質の違いなどを詳しく解説いただきました。


 また木刀でも同様の検証を行ないました。


塾生が木刀を向けて列に近づくが、列は動かない



宇城塾長が木刀を抜き、列に向かうと・・・・

列は自然に後ろに動かされていく




私たちはどうしても(1)今の常識の「筋力の力」、すなわち頭が命令する筋力レベルの力から抜け出せずにいますが、(2)危機的状況におかれると、私たちは自身を守るために無意識に「必死の力」が発揮できること、しかしその力があるにもかかわらず、意識で身体を動かしてしまうため、その力が日常ではまったく発揮できていないことを学びました。 さらに、(3)塾長の気によって、(2)よりもはるか上の、細胞レベルの気の力を何度も体験。桁違いな人間本来のエネルギーを認識することで、現状からの脱却、そして本来の人間力へ向かう道筋を示していただきました。




上記検証に関連して、塾長より3本の短刀を見せていただいた。

3本のうち2本は室町時代と江戸時代の短刀で、1本は模擬刀。本物には「気配がない」ことを感じさせていただくなど、貴重な体験をさせていただいた。






<調和の力>



10人ほどが連なった1列を動かすのに、筋力ではできません。

列の横に立ち、相手と同じ目線になって、調和を図ると・・・

列を引くことができる






塾長による実践


がっちりつながった1列先頭者の手をとり・・・・

まったく力を使わずに崩す






塾生全員が塾長を掴まえる

塾長は一瞬にして全体を調和させ、全員を崩す






<相手に入る>



1列先頭者に腕を掴まれる

「ワン・ツー・スリー!」の合図で1列が一斉に押してくるのを

止めようとするが、押し崩されてしまう


塾長の場合、あっという間に列を制し

1列は固まって動けなくなり、その後崩される


相手に入るには対立を解き、時空に溶け込み周りと調和することだと、塾長は言います。

そして大事なことは、「できる」ことではなく、気が通る身体になれるかどうかであり、そのためには頭ではなく身体(細胞)、心の発動が大切であることを説かれました。

それができれば、日常も変わってくる。

全員でこの実践を繰り返し行ない、また時に気を通していただき、入る感覚を身体に刻んでいきました。



塾長による実践

「武術ではこのようになる」と言って見せていただいた。

塾長の腕はほとんど動いていないが、爆発的な瞬発力が列を貫いている。




<サンチンの型>


塾長に丁寧に指導いただいて、サンチンの型を行なう。 型の動作と呼吸の一致で、身体に気を流していく。