東京実践塾 2017年12月〜2018年2月

■東京 会社員 HO

宇城憲治 先生

 3ヶ月間のご指導感謝申し上げます。

 今回、特にあっという間の3ヶ月間に感じられましたが、謙虚さが足らない自分をありありと感じました。

 宇城憲治先生からありえないレベルの実演を、目の前で毎回ご指導いただける幸運にも改めて感謝いたしたいと思います。

 「生き方」について考えさせられる期間でもありました。限られた命をどのように燃やしていくか、は本当に自分次第なのだと感じております。

 宇城憲治先生からのご指導のおかげさまで、仕事上でも、結果が少しずつ伴って今後、より自分で自分を律し、謙虚さを忘れないことの大切さを感じています。

 小さなグループ程度ではございますが、リーダーとしてもっともっと自分の器を広げていく必要性があると思います。「すべては自分次第」であるということが、宇城憲治先生の実演を通じて、ありありと体感させていただけました。

 机上の空論ではなく、書籍で読んだ内容でもなく、実体験として、ありありと体感させて頂ける場は、空手実践塾ならではだと思います。これは、一生の宝物になると感じています。

 実践塾の場のパワーがどんどん強くなっている事が関係しているのだと思いますが、稽古に参加させて頂いたときは、全身にエネルギーが満ちあふれているような感覚で、実践塾後1週間ほど今まで体験したことのないような不思議な状態になります。

 宇城憲治先生、先輩のみなさまの姿を映していけるよう素直な心の状態でいることが大切ということも感じました。

 実践塾の中、周りの先輩を見ていると、自分がいかに何もできていないか、謙虚さが足りないかをしみじみ痛感させられまして、自分に対しての甘さが際だち、情けなくなってしまうことも多々ございますが、宇城憲治先生という光輝く師匠の背中を見られているというだけでも、本当に運がよいと感じております。

 未熟者でございますが、引き続き、ご指導どうぞよろしくお願い申し上げます。 3ヶ月間のご指導に心より感謝申し上げます。。

■沖縄 自営業 HS

  宇城先生、12月度の昇段審査見学の機会を与えて頂きましたこと、誠にありがとうございました。諸先輩方のいつもと違う真剣な空気は勿論のこと、Nさんの型審査には、多くの学びがあり、とても感動致しました。子供の自然体で素直な型は、真似たくても錆びた身体ではできるはずもなく、Nさんの型審査を拝見して、型の本質を明確に示して頂いたように思いました 。  「その人の全てが型に出てくる」と常々先生が言われていたことが僅かながらも、少し理解できたように思いました。ひとりひとりの型は微妙に違えども、その中に流れているエネルギーは普遍性をはらんでおり見ているものに元気を与えます。人に感動を与える型は、その方の生き様そのものであり、その一端を見せて頂いたような気が致しました。生き様の美しさに気づいた時、心の底から感動が湧いてくるものです。感謝しかありません。  検証の1つに、人は何かをしようとか考えたり形にしようとするよりも、立ってるだけで一番強いことがわかった時は唖然としました。そのことは人と人との間のあり様を表しています。間があってこそ生きられるものなのかもしれません。  「相手に入る」の検証では、相手と調和しながら相手に入るための身体動作を試みるのですが全く出来ませんでした。突きの三本移動組手の途中、先生が一緒にやってくださった時に、徐々に身体が浮いていくのがわかりました。一往復終わって気が付いた時は先生の間になり拳はすでに顔面に届いておりました。  深さを知ると、周りの矛盾が何処から来ているのか見えてきます。そのせめぎ合いの中、先を取る事はどの道なのか、日々の一人稽古の質が問われてくると思っております。  今やオリンピックでは、平和はつくれないことが益々わかり、調和と「相手に入る」がひとつになる世界観を理解できる日本人にしか指導できないことなのかもしれません。調和がつくり出す美しさは、相対的な見方を超えた事理一致の世界観にあることをつくづく思います。  見える世界、見えない世界全てをひとつにしたベースの上に自分の信じる道を生きる。それを指導してくださる師に巡り会えたことは、何物にも代えられない宝です。

 平成もあと少しで終りますが、本年も宜しくお願い申し上げます。

■東京 会社員 OM

宇城憲治先生、ご指導ありがとうございます。

 10年前に先生にお会いして後、先生のご指導に照らし合わせて毎日を生きる中で、家族関係、友人関係、職場の関係、ありとあらゆることが幸せに向かい、個人としてはとても充実した毎日を過ごすことができるようになりました。先生のご指導には心より感謝申し上げます。

 一方で、自分だけが幸せで充実していればそれで良いのか―という大きな問題意識が湧きあがってきました。そしてそのような気持ちを持ち、志を高くして、なにか未来に貢献できる生き方をしてみたいと思う中で、より一層、先生の教えが輝いてくることを感じています。

  心の大切さ、特に感謝の心の大切さを毎回の稽古でご指導頂いております。そのようなことを実践する中で、様々な自分の問題、それは差別する心だったり、偏見だったり、プライドだったり、そういったことが次々に浮かび上がってきます。それらについて反省し、自分を変えることを実践していくうちに、本当に周囲が変わって、どんどん雰囲気が良くなっていくことを感じます。職場でのストレスもすごく減りました。

 また、先生に気を入れて頂くと、何故だかわからないけど色々なことができてしまうように、気の世界、宇城先生のご指導の世界は神秘の次元であり、頭では到底理解できないもの、理屈をつけてはいけないものだということに気づき始めました。以前、神秘に対しては、理解しようとするのではなく謙虚になり身を任せ、心を開く―というお話しを頂いたことを思い出し、先生の教えに対し、そのようなことを心がけるようにしたところ、ますます良い変化が訪れるようになりました。

 世界中が問題にあえぐ中、先生のご指導を頂ける我々は幸せであり、一方で、未来に対して責任もある存在だと思うようになりました。先生のご指導を自分の中で眠らせるのではなく、広く未来に世界に貢献できる人間になっていきたいと、感じています。

 地球の未来には、先生のご指導しかないと感じています。 今後とも何卒、宜しくお願いいたします。

■神奈川 会社員 MN

宇城先生。  いつも大変素晴らしい実践塾の稽古に参加させていただき誠にありがとうございます。

 この三か月間の稽古を通し、たくさんの貴重なお話やご指導をいただきました。その中の一つとして、宇城先生の仰られた大豆のお話しがとても印象に残りました。「枯れてしまった大豆は、死んでしまったように見えても、土に埋め水を与えるとまた育っていく。私たち人間も次世代に繋いでいけるように生きていかなければならない。それは魂を残していくという事」と宇城先生はお話しされました。

 それを聞き、私を含め多くの現代人は、財産、知識、思い出などを残す事ができても、魂を残していく事は出来ないのではないかと思いました。宇城先生は武術の概念に収まり切らないほどの英知を次世代に魂 として伝え続けていらっしゃいます。また、宇城先生は魂を残していくのと同時に、たくさんの方々の魂を受け継いでこられている方だと思いました。

 それを感じたのが、宇城先生と元神風特攻隊であられた浜園重義さんの対談音声を聞かせていただいた時でした。私たちのような部分体の人間は、「道」で対談されている半端でない生き方をされてきた方々のお話を聞いても、体験談やエピソードという「知識」としてしか受け取る事ができません。しかし、宇城先生と浜園さんの対談を聞かせていただいた時、浜園さんの受け継がれてきた日本人の「心」や「魂」を、宇城先生がさらに受け継がれているように感じました。

 そして、実践塾 において、宇城先生が浜園さんのお話しをされている時には、宇城先生の中に浜園さんの心が生きているように感じました。

 部分体の知識として学ぶ事は、頭の中に機械的な一つのフォルダーが作られるようなものだと思います。しかし、魂を受け継ぐ事は、頭では絶対に不可能な事で、心でしかできない事だと思いました。頭で学んだ事は知識になっても行動にはなりません。しかし、心で学んだ事は、そこに不正に対する怒りや人を助けたい、守りたいというエネルギーが生まれ、そのエネルギーは必ず行動として表れるのではないかと思いました。

 実践塾で学ばせていただいている、人を助けたり、ゴミを拾った時に身体が強くなるという 現象も、頭で考える理屈や損得勘定で行っていたなら逆に身体は弱くなってしまいます。

 仕事や家庭などの実生活においても、心から生まれる行動であれば進歩成長があり、逆に頭で考える行動であればそこに進歩成長はなく、何も行動していないのと同じであると思いました。

 対談の最後で、浜園さんが宇城先生に「動く船をつくってください」と仰られていました。動く船とは、行動するエネルギーのある人間の事であり、そのエネルギーの源は頭ではなく心からしか生まれないのだと思いました。船を動かすための心を創る場「創心館」の意味を今更ながら気づかせていただきました。

 宇城先生は多くの方々の魂を受け継ぎ、心を映す事ができます。また、子供は宇城先生の技を映す事ができます。このような心を映し伝えて行ける心が「直心」なのだと思いました。

 私たち大人は直心を無くしてしまっているため、魂を受け継ぐ事も、残していく事もできません。しかし、直心を無くしてしまった大人にもできる事があると、宇城先生は教えてくださっています。それが「言い訳しない」「逃げない」という事です。

 私は自分がなぜ空手の技ができないのかを改めて考えました。それは、今の自分の人生にとって空手の技が必要ないからではないかと思いました。人ができない技ができるようになって単に自分の欲望を満たすためや、志や信念もなく、言い訳したり、逃げたりする人生を歩むのであれば、今の自分を変える必要はなく、そこに宇城空手の技は必要ないし、宇城先生から学ばせていただく資格もありません。

 その反対に、「言い訳しない」「逃げない」姿勢を実践し継続するのであれば、「言い訳できない」「逃げれない」環境に自分の身を置き、自分の弱い心を強い心に変えざるを得ません。

 その人の人生に強い心が必要ないのであれば身につくはずはありません。逆に、今はできなくても、人間として「言い訳しない」「逃げない」堂々とした人生を望むのであれば、必ず強い心が必要になってくると思いました。そして、「強い心」と、技ができる「強い身体」はイコールであると宇城先生は教えてくださいました。

 宇城先生がこれまで歩んでこられた想像を絶する生き様と、宇城先生の気や技の境地は完全に一致しておられます。宇城先生が一切の妥協をせず、どんな立場、環境においても常に結果を出され、家族やたくさんの社員、仲間、弟子たちを見捨てずに守ってきた「強い心」を持たれているからこそ、とてつもなく「強い身体」をお持ちなのだと思いました。

■埼玉 教師 TS

 何十人といる塾生をたった1人の力で自由自在に投げたり無力したりしてしまう先生のお姿を見て、「できる人」の力がどれほど大きいか痛感しました。

 私が働く職場では、皆で話し合って決めたり、皆で協力したりして物事を進めていくことが良いとされています。これは、1人1人の力が同じという前提から来ています。しかし、実際は、1人1人の力は全く異なります。それを同じと捉える事に無理があります。その無理な事を押し通そうとすることが、「忖度」を重視することへと繋がるのだと感じます。

 宇城先生のように完全に実力で勝負しておられる方の前では、忖度や皆一緒という前提は奇麗事でしかありません。できる人が十分に力を発揮することが、周囲に良い影響を与え、良い結果を生むのだと思います。少しでも先生のように周囲に影響を与える人になり、よりよき方向へ向かえるようにしていきたいと思いました。

 分解組手や様々な実践を通して感じた事は、相手の動きに自分の心身が大きく左右されているということです。強く向かってくる相手に対しては力が入ったり、対立したりてしまうことを強く感じました。

 先生に御指南いただいた通りにやると力を入れなくても相手の動きがよく見えたり簡単に対処したりできるのに、1人ではまだまだできません。自分の内面に向かっていく型稽古を徹底して行い、相手に左右されないぶれない自分を創っていきたいと思いました。

 「1に勉強、2に勉強・・・」と常々先生が仰るように勉強することの必要性をとても感じています。自分が知らないということを知っている「無知の知」は先生の前では度々気付かされますが、いつまでもそれでは駄目だということを気付かせていただきました。とことん勉強することと統一体の見方ができるようになるような稽古を積んでいきたいと思いました。 ありがとうございました。

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