去る10月20日、21日、秋晴れのさわやかな天候の中、塾長の厳しい指導の下に静岡油山苑にて各支部合同合宿が開催されました。宿泊所の収容力を上回る総勢61名の参加でした。心道流空手合同合宿ならではの、利害関係を超えた純粋な人との交流を大切にする場となりました。また塾長の心に触れる時間を共有することで、実践塾の目標である信念を持って行動できる有為の人材になるための修行の場でした。
稽古は、心道流空手の根幹をなす型とその分解組手を、厳しい検証を通して徹底して学びました。瞬発力、中に入る、一(イチ)での攻撃、サンチンによる身体の締め、等々どれ一つとっても真髄にふれるもので、もったいないぐらいの指導でした。しかし、そこに立ち現れるのは塾生の武術空手に対する姿勢の甘さ、稽古そのものの甘さ、心の甘さばかりでした。
塾長は、武術の命をかけることの深さ厳しさから生まれる、責任感や「やる覚悟」、やる気と努力と一生変化し続けることの覚悟について、徹底して塾生に諭されました。
武術をスポーツ化してはいけない。空手バカ、バカ空手になるな。人生の勝利者になるには、知識だけではダメだ。思考の深さを身につけ、心の豊かな人間になりなさい。そして、人間の持つ無限の可能性を引き出さなければならない、と。さらに、そのことに勇気を持て、大胆になれ。世界と結び世界を動かす人間になりなさい、と。そして、私たちに、「できる」という身体感覚を植え付けるために、気があれば「できる」、気がなければ「できない」を、体感させてくださるのでした。ひたすら心の豊かさにつながる稽古でした。
改めて、日本の武道は人間造りの根本となるものであり、世界に冠たる身体文化であることを実感させていただきました。そのことを身をもって体現なさっている塾長から日頃の稽古では得られないエネルギーを与えていただき、参加者に変化が訪れたことを信じています。
「できなくて悩む必要はない。努力が足りないだけである。できて偉そうにする必要はない。次の段階があるのだから。」
「一生修行。ゴミを拾うことから日常の修行が始まる。日常の中に人生の真実がある。」
(事務局・伊藤)
● 毎回、先生の空手・お話の内には希望と勇気、そして生きていくための心が強烈に感じます。稽古の場・合宿に行くと、自分が裸にされてそれまでの自分の生き方が、嘘偽ることなく全て現れる気がしてなりません。そのたびに、自分の空手が全くできていないことと、仕事に生活に甘えがあるように思えます。いくら24時間空手だと思っていたとしても、ふとした瞬間、我が出てしまい忍耐の心や他人を尊重する心を忘れてしまいます。真剣さが足りないとは、そのふとした瞬間があることだと思います。その事が全て空手に現れ、怖くもありますが自分の本当の姿が見えてくるので、空手は人生の鏡のような存在のように感じます。
今回、先生のおっしゃった『いまを広げる』という事が頭から離れません。『いまを広げる』。自分の考えを覆すくらいの衝撃でした。過去ばかりに囚われ、今の自分があるのは過去からの産物のような感覚でいたのですが、本当はいまを大切にし、未来から今の自分を創っていかないといけない事がはっきり気づきました。その答えが先生の空手心道流にあります。どこへ出ても恥ずかしくない空手と生き方をしないといけません。多くの方がその希望の光に導かれ、集まってきたと思います。僕自身、実践塾にいらっしゃる方々より長くやっているぶん、その情熱に負けないものにしていかないといけません。甘えや中途半端な気持ちではなく、前に前に突き進む心で空手をやります。
希望ある空手、先生の教えは世界を広め、自分を含め周りを幸せにします。河の流れを止めるような生き方ではなく、湧いた水の一滴から大河になり海へたどり着き、また新たな河になる。そんな生き方がしたいです。
今後とも、心道流の名に恥じない生き方・空手にしていきたく思いますので、ご指導ご鞭撻よろしくお願い申し上げます。
(東京実践塾 Ke.U)
●今回の合宿もまた自分にとってとても意義のある合宿になったととても喜んでいます。
普段一緒に稽古する機会のない大阪実践塾の諸先輩方との合同稽古でいろいろと学ぶことも多く、また懇親会でもいろいろなお話が聞くことができとても参考になりました。
しかしなにより今回の合宿の私にとっての成果は、宇城先生といつもより長い時間ご一緒させていただいて、よりいっそう気のチカラを体験でき、また筋力によるチカラとの違いを再認識できたことです。
二日間通して自分なりには先生の気を通して頂いたことにより、今まで鈍化していた自分の中の感性が少しずつではありますがいくらか敏感になったようです。
自分でそれができるかできないかは別として、気が通った状態というのが実感として大分判るようになってきました。
こういったことは常日頃先生が繰り返しおっしゃっているように口先だけでなく本当に体現のできる宇城先生のような方に体感させていただかなければ、おそらく一生かかっても感じることのない世界だと思います。そういった意味では先生にこうして直接の御指導いただけることはとても幸せであると感じずにはいられません。
ただ先生の熱意とは裏腹に自分の進歩の遅さが歯がゆくもありまた汗顔のいたりでもあります。
今回の稽古で今までと違った部分としては自分が初めて昇給審査の許可がおりたということもあり、型の細部まで丁寧にご指導いただいたことがとても参考になりました。
型の中の動作の意味を理解させていただくことによっていままでただ動かしていただけの動作からひとつひとつの動きに自分の中で意味を考えて動く意識がかなり持てるようになりました。
そしてまた単なる競技や見せるための型ではなく本当に武術として使えるための型というものが少しづつ見えてきました。しかしそれは見えてくれば見えてくるほどどこまでも遠くまた奥深い道のりであることを感じずにはいられません。
先生が御指導の折にほんの少し見せていただく型の一部分だけからもそれが伺えてまたショックを受けるものであります。
どうして先生はあのように動けるのだろうか…、どのような稽古をしたらいくらかでも前に進めるのだろうか――自問しながらの稽古ではありますが、先生がその姿で自分たちを強力な力で導いてくれているのでたとえ遠く険しい道のりであっても安心して歩いて行けるのだと思います。
これからも少しでも前にすすんで行くことのできるようによりいっそう稽古に励みます。
(東京実践塾 K.H)
●今回の合宿も先生のお考え、空手に触れさせていただき、言いようのない感動を受けました。今回の合宿では先生の考えられない技だけではなく、よりつっこんだ理論をお聞きすることができ、改めて我々の想像もできない世界を先生は見ていらっしゃる、そしてそれは確実に存在する。ということを強く感じることができました。時間のずれ、空間の歪みなど、先生に会う前ならば、まったく信じることができなかったと思いますし、そのような話を聞くことがあったとしても、そういったことがあるかも知れないなという程度にしか考えなかったと思います。
しかし、先生は現実の世界、技としてそれを見せてくださいます。目に見えない世界、想像を超えた世界があるという真実を身体を通じて教えてくださいます。一方的な物の見方、考え方に終止し、目に見えない真実があることに気づかず、又は見ないふりをすることがいかにだめなことか教えていただきました。日常の仕事や人間関係においても自分自身の一方的な自我的な考えでは真実はまったく見えず、その先も読めないことが今回の合宿により、明確に感じることができました。目に見える現実の世界から見る。目に見えない真実の世界から見る。両方から見て初めて物事の核心と行く先が見えてくるのではないかと思いました。目に見えない世界は自身の理解を越えた世界であり、絶対に頭で行くことはできない。しかし、先生の技やお話、生き方という扉を通じてその世界を見せていただくと、その世界に飛び込みたいというエネルギーが湧き起こってきます。その世界に飛び込みたいという気持ちも欲であり、それが何事もできなくさせている原因なのかなと悩んでしまいますが、先生から言われました「悩むようなレベルじゃない。」という言葉を思いだし、明るさ、心の豊かさを忘れずに行きたいと思います。
今回の合宿において、私が突きの姿勢をとり、先生が軽く触れ、重力を強くし真下に崩すという技をおかけくださった時ですが、先生が「強くかけるぞ」とおっしゃり、重力を変えた瞬間、うまく言葉にできませんが、間が周りと遮断されたような感覚になり、先生が腕を軽く下に崩した瞬間、私の存在そのものが消え去るような感覚に包まれ、訳が分からなくなり倒されていました。もの凄い技を経験させていただき、ありがとうございました。体に残っている深い感動をエネルギーとして日常の生き方に繋げていきたいと思います。
(東京実践塾 Ku.U)